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22-24.

22.

「こんにちは」

 ちっちゃな王子さまは言った。

「こんにちは」

 返したのは、転轍手(てんてつしゅ)(線路のポイントを切り替える人)だった。

「ここで何をしているの?」

 ちっちゃな王子さまが尋ねる。

「旅行客を千人ごとに、仕分けしているんだ」

 転轍手はそう答えた。

「私が送り出した汽車が、彼らを運び去っていく。ひとつは右に、その次は左に、ってね」

 その時、まぶしい光を放つ特急列車が、まるで雷のような轟音を上げて、転轍手の小屋を震わせた。

「ずいぶん急いでるみたいだね」

 ちっちゃな王子さまは言った。

「あの人たちは何を探してるの?」

「機関士自身が、それをわかっちゃいないのさ」

 転轍手はそう言った。

 すると轟音が、今度は反対側から聞こえ、二つめの特急の光がきらめいた。

「もう戻ってきたの……?」

 ちっちゃな王子さまは尋ねたんだ。

「あれはさっきと同じやつじゃないよ」

 転轍手は答える。

「すれ違ったんだ」

「あの人たちも、自分のいたところに満足できないの?」

「自分のいるところに満足できるなんてことは、ありゃしないんだよ」

 転轍手は言った。

 そしてまた、三つ目の特急の光、雷みたいな轟音。

「最初の旅行客を、追っかけてるのかな?」

 ちっちゃな王子さまは尋ねた。

「なんにも追っかけてないよ」

 転轍手は言う。

「中で眠ってるか、あくびをしてるんだろうよ。子供たちだけが、窓ガラスに鼻を押しつけてるんだ」

「子供たちがだけが、何を探しているのか、わかっているんだね」

 ちっちゃな王子さまはうなずいた。

「彼らはボロボロの人形に時間を費やしたから、それはなくてはならない大切なものになる。だから誰かがそれを取り上げようとすると、彼らは泣くんだ……」

「子供たちは幸せだよ」

 転轍手はそう言った。


23.

「こんにちは」

 ちっちゃな王子さまは言った。

「こんにちは」

 商人は答えた。

 彼は喉の渇きを完璧(かんぺき)に抑えるという、すごい薬を売る商人だった。週に一度この薬を飲めば、一滴の水を飲む必要もないってわけ。

「どうしてそんなものを売ってるの?」

 ちっちゃな王子さまは尋ねた。

「これは大変な時間の節約になるのです」

 商人は言った。

「専門家に計算させましたところ、週に五三分の節約になるとのことです」

「それで、その五三分で何をするの?」

「もちろん、あなたが望む何でも……」

(ボクだったら、)

 ちっちゃな王子さまは思ったんだ。

(五三分あったら、それを水飲み場に向かってゆっくりと歩いて行くのに使うだろうになぁ)


24.

 それはぼくの砂漠での飛行機の故障から八日目のことで、商人の話を聞いていた時はちょうど飲み水の蓄えの最後の一滴を飲み干したところだった。

「ああ!」

 ぼくはちっちゃな王子さまに言ったんだ。

「実におもしろいよ、君の話はさ。だけどね、まだ飛行機の修理ができてないし、飲みものはもう一滴もないんだ! ぼくだって、できることなら、水飲み場に向かってゆっくりと歩いて行きたいもんだよ!」

「ボクの友達のキツネはさ……」

 彼はまだぼくに話そうとする。

「なぁ、いい子だからさ、もうキツネどころじゃないんだよ!」

「なんで?」

「喉が渇いて死んじゃうからだよ……」

 彼はぼくの言ったことが理解できてないみたいで、ぼくにこう尋ねたんだ。

「もし死んじゃうとしても、友達がいるってのは大事なことだよ。ボクはさ、キツネと友達になれて、とても良かったと思ってるんだ」

(今がどれだけ危険な事態なのか、わかっていないんだ)

 ぼくは心の中でそう思った。

(飢えたことも、渇いたこともなかったんだろう。ほんの少しの日光さえあれば、十分だったんだ)

 けれど彼はぼくを見つめて、ぼくの思いに答えるようにこう言ったんだ。

「ボクも喉が渇いたな……井戸を探しに行こうよ……」

 ぼくはやれやれと肩をすくめた。この広大な砂漠の中で、でたらめに井戸を探そう、なんてのはナンセンスだ。けれどとにかくぼくらは、歩くふりだけでもしてみることにしたんだ。

 何時間か無言で歩くうちに、やがて夜が訪れ、星がぼくらを照らし始めた。それはまるで夢のようだった。喉の渇きのせいで、いくらか熱に浮かされていたのかもしれない。ちっちゃな王子さまの言葉たちが、記憶の中で踊っていた。

「喉が渇いているの? 君も?」

 ぼくは彼に尋ねた。だけど、彼はぼくの質問には答えなかった。ただ、こう言ったんだ。

「水はね、心にもいいものなんだよ……」

 ぼくにはその言葉が理解できなかったけれど、でも黙っていた――彼には尋ねてはいけないってことが、よくわかっていたから。

 彼は疲れていた。そして座った。ぼくも彼のかたわらに座った。少しの沈黙の後、彼はまた話し始めた。

「星がきれいなのは、目に見えない一輪の花のせいなんだ……」

 「そのとおりだね」とぼくは言って、それから何も言わずに月に照らされた砂漠の波を見つめていたんだ。

「砂漠がきれい」

 彼はそうも言った。

 本当にそうだった。ぼくはいつも砂漠のことが好きだった。砂漠の、砂丘の上に腰掛ける。何も見えない。何も聞こえない。それなのに何かが、静寂の中で輝いてるんだ――。

「砂漠が美しいのは、」

 ちっちゃな王子さまは言った。

「どこかに井戸を隠しているからなんだ……」

 砂漠が神秘的に輝いていた理由が急にわかったことに、ぼくは驚いた。ぼくが幼かった頃、ぼくは古い家に住んでいて、そこには秘密の宝物が埋まっている、なんていう言い伝えがあった。もちろん、誰もそれを見つけたことはなかったし、おそらくは探したこともなかっただろう。だけどそのことが、家全体に魔法を掛けているみたいだった。ぼくの家は、その心の底に秘密を隠し持っていたんだ――。

「そうなんだ、」

 ぼくはちっちゃな王子さまに言った。

「家も、星も、それから砂漠も、目に見えないもののおかげで美しいんだね」

「ボクはうれしいよ、」

 彼は言った。

「君が、ボクのキツネと同じことを言うなんて」

 ちっちゃな王子さまが眠っちゃったから、ぼくは彼を腕の中に抱いて、また歩き始めた。

 ぼくは感動していたんだ。とても壊れやすい宝物を運んでいるような気がしていた。地球上で、これ以上壊れやすいものなんてない、と思えた。

 月明かりの下で、ぼくは見たんだ。その青白い額を、その閉じた瞳を、そして風にたなびくその髪を。

 そしてぼくは思った。

(ぼくに見えているのは、彼の見かけだけだ。一番大切なものは、目に見えない……)

 彼の唇がわずかに開いて、ほんの少し笑ったように見えた。ぼくは思ったんだ。

(眠っているちっちゃな王子さまに、こんなにもぼくの心が締め付けられるのは、彼が花に対してまっすぐだからだ。バラの姿は、彼が眠ってる時だって、ランプの中の炎みたいに彼の心の中で輝いているんだ)

 するとより一層、彼が壊れやすく思えた。このランプを護ってあげなくちゃいけない。ほんの一吹きの風で、かき消えてしまうかもしれないんだから――。

 こうして歩き続け、夜が明ける頃に、ぼくは井戸を見つけたのだった。

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