白鳥は悲しからずや
白鳥は悲しからずや
今日は堀口明日香の部署に転属してきた白鳥君を交えての会社の慰労会である。今まさに宴もたけなわ。
あちこちで、大きな声での会話が聞こえて、宴会場はかなり混沌としてきたところ。
「白鳥君! この堀口明日香の注いだお酒が飲めないっていうの?」
「いえ、堀口先輩、そんなことありませんが、僕、お酒はまったくだめなんです」
「そうは言ってもあなたのグラス空だったじゃない」
「最初からお酒を入れてなかったんです。すみませーん」
「じゃあどうやって乾杯したの?」
「空のグラスをもって真似だけしました」
「はあー? なにそれ、それじゃあ、社会人として失格よ。いいわ、それじゃ今から訓練しましょ。薄いお酒から訓練していけば飲めるようになるはずよ!」
「だれかー、薄めでハイボール作ってくれるー?」
「はい、明日香。」
「静香、サンキュ!」
「白鳥君、薄めのハイボールだから大丈夫なはずよ」
「堀口先輩、勘弁してくださいよー。僕、お酒の臭いだけでも駄目なんですー」白鳥君はもう涙目である。
「訓練なんだから、頑張って、ほら!」ハイボールの入ったグラスを白鳥君の鼻先に差し出す堀口明日香。
先輩による後輩いじめ、まさに、アルハラである。本人に自覚がないのが幸か不幸かはわからないが。
「うっ! ううっ! 先輩失礼します」
白鳥君は口を押えたまま走って宴会場を後にした。
「あらら。行っちゃった。
静香、私には濃いめのハイボール作ってくれる?」
「明日香、もう飲みすぎじゃない?」
「そんなわけないじゃない。まだ、グラスで4、5杯よ!」
「グラスで4、5杯って、あなたの飲んでるの、焼酎のロックじゃない。明日香を連れて帰るの私なんだから人の迷惑も考えてよね。あれ? そういえば、白鳥君どうしたの? さっきまであなたと喋ってたのに。」
「白鳥君? 誰だっけ?」
「もー、明日香は飲みすぎなんだからー」
そのころトイレの個室ではまだ異音が続いていた。
白鳥は悲しからずや空の酒薄い酒でも飲まずただ酔う 季語:白鳥?作:山口遊子