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ロマン泥棒

作者: 京本葉一
掲載日:2019/10/25



「あなたのことが好きでした」


 わざわざ時間を割いてみれば、ただの別れ話だった。

 ため息のひとつも出したくなる。

 泣きたいのは、仕事を邪魔されたこちらのほうだ。


 雨が降るなか、女は店から出ていった。

 傘もささずに遠ざかる女は、雨に濡れて、無様な姿をさらしている。

 馬鹿な女だとは思っていたが、最後までそうであるらしい。


 店内には、他人事に興味のある、くだらない連中がいるようだ。


 去っていく女を追いかけてどうなる。

 無駄なことだ。

 便利な女ではあったが、いまはもう、面倒な存在でしかない。


 時間は有限だ。

 無駄を排して、合理的に進めなければならない。

 余計なことに労力をつかえば、それだけ遅れをとる。


 勝ち続けるためには、目標を明確に。

 効率的な努力を。


「今度は、面倒なことになる前に捨てないとな」


 雨上がりの街を歩く。

 端末で発車時刻を確認しつつ、足早に移動する。

 ただでさえ前を歩く奴らが邪魔だというのに、前方に、ビラを配る一団がいる。

 教会の前。

 シスターか?

 若いが、化粧気のない、野暮ったい女だ。


「どうぞ」


 差し出されたビラは、当然、受けとらない。

 宗教などに興味はない。

 神に助けを?

 祈りに実用性があるとでも?

 そんな愚かな行為に、時間を割いている余裕などない。


「世の中は勝つか負けるかだ。お前らは、人生を浪費しているだけの、負け犬だ」


 勝利を積み重ねて生きてきた。

 未来がある。

 他の奴らにはない、輝かしい未来が──。





 見習いシスターは、テレビを消した神父の表情から、痛ましい事件の存在に気づいた。


「また事件ですか?」

「……ええ、近くの駅で起こったようです」


 外資系の企業につとめる男性が、駅のホームで腹部を刺された。

 犯人の男は、その場で取り押さえられた。

 詳しい動機は不明だが、現場にいた目撃者の証言や、報道機関の調査した情報は伝えられていた。恨み言を叫び、犯行におよんだ男は、先月倒産した中小企業の、元社員であるという。


「怨恨ですか?」

「そのようです。本当のところはどうなのか、わかりかねますが」

「どういう意味ですか?」

「いえ、もしかしたら、嫉妬もあったのではないかと思っただけです」


 神父は、見習いシスターとともに、礼拝堂へ移動する。


「他者をねたみ、うらやむ……誰もがもつ嫉妬の心が、争いを生みだしているのではないかと、考えてしまうのです」

「神父さまでも、嫉妬なされるのですか?」

「もちろんですとも。子どもの頃はもちろん、いまでも、コレクターの持っている希少な模型が欲しくなりますからね」


 見習いシスターは苦笑した。

 神父の趣味は、シスターたちから理解されず、唯一の欠点とみなされている。


「だから私は、神に祈るのです。事件関係者の安らぎを祈るとともに、私のなかにある、他者をねたみ、うらやむ心を消し去っていただけるよう、神に祈るのです。世界から少しでも、争いが消えてなくなるように」


 神父は礼拝堂で膝をつき、神に祈りを捧げた。

 見習いシスターもまた、同様にして祈りを捧げた。


 静寂があり、ふたりの心は、安らぎに満たされていった。





 翌日には、事件の詳しい情報が報道されていた。

 犯人だけではなく、被害者男性の情報も伝えられている。


「意味も実用性もないものに、時間や資金を費やしてはならない。事件の被害者は、そういう情報を発信していたそうですよ」


 掃除をする見習いシスターが、戦艦模型を棚に飾る神父に告げた。


「なんとも、ロマンの欠片もない話ですねえ」

「生産性のある話ではあります」


 見習いシスターの苦笑は止まない。


「世の中の流れは、そうなっているのでしょうね。生産性を向上させるための、合理化。悪いことではないはずですが……無駄なことをしない人間など、ロボットと同じですよ」

「無駄なことも必要ですか?」

「ロマンというものも、人生には必要だと思いませんか?」

「資金繰りが悪化したら、売り払いますよね?」


 シスターたちがオークションの話題で盛り上がっていることを、神父は知っていた。若き見習いシスターもまた、彼女たちに毒されていると理解した。


「お金は大切です」

「はい」

「しかし、豊かな経済とは、お金が循環する社会状況です。合理化によって増大した富が、貧しい人々にも回るなら良いのですが、世の中の流れは、そうなっていないように思えます……ロボットのように働かされて、お金持ちがさらにお金持ちになるだけでは、庶民の心は荒んでしまいますよ」


 争いが増大することは、想像に難くない。


「わたしたちは、どうすればよいのでしょうか?」


 不安を抱く見習いシスターに、神父はやさしくこたえた。


「いまの私たちにできることは、ささやかな奉仕活動と、神に祈りを捧げることだけです。すべてを神の御心のままに、世の中の変化を受けいれましょう。やるべきことはただひとつ、私たちのなかから、他者をねたむ心、うらやむ心を消し去っていただくこと、争いが起こらぬことを、神に祈るのです」


 見習いシスターにとって、神父は良き導き手であった。


 彼らは日々の喜びとして、神に祈りを捧げる。

 静寂があり、心には安らぎが訪れた。





 ある日、世界に不可思議な変化が起きた。

 女性たちの胸が縮んでゆき、だれもかれもが貧乳となったのだ。


「神父さま……これが、合理化を求めつづけた人間たちの結末なのでしょうか? 豊かさを分けあたえることができない貧しい人間たちに、神が与えたもうた試練なのでしょうか?」

「いや、そういうことじゃないとおもうんですよ。これはそういうことじゃないとおもうんですよ」


 世界が混乱に陥っても、神父と、とくに変化のなかった見習いシスターは、礼拝堂にて膝をつき、神に祈りを捧げた。

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