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08 自動販売機の取り出し口で、手がぶつかった女の子と散歩した

「やっぱ暑いね……。昨日より気温上がってる気がする」


「暑いの苦手なんだから、わざわざ外出る必要ないのに」


「自分がいない世界なんて、もう一生来られないでしょ。観光したいじゃない」


 僕達は、例の自動販売機を目標に散歩に出た。

 正直死ぬほど暑い。

 服を着てるぶんサウナより暑く感じる。


「べつに、何も変わらないでしょ。……変わったとしても、気づかないよ、どうせ……」


 暑すぎて会話するのもやっとだ。


「ふふ。私、元の世界じゃ凄かったんだから。あそこの空き地なんて、私のおかげで今工場になってるわよ」


 マジ?

 藤野さん、この町の地主なの?


「嘘だけどね。あ、そろそろだ」


 …………。

 暑すぎて何も言えない。




「あ、そうだ。コーヒーとお釣りが……」


 自動販売機の前まで来て思い出した。

 僕はコーヒーもお釣りも取らずに藤野さんから逃げたんだ。

 多分ないと思うけど、ダメ元で確認してみる。


「どっちも空っぽだね」


「ま、そっか……。はぁ」


 ま、どうせ無いと思ってたし。

 全然いいけどね。

 …………。


「……自動販売機がタイムトンネルみたいな役割になってるのかなって思ったけど……。ま、普通の自動販売機だね」


「お金入れたら動くんじゃない? ……お金ないけど」


 僕に飲み物を無駄買いするお金は無い。

 今日もコーヒーしか残ってないし。


「あっ、そういえばね、優希くんのお母さまにお小遣い貰ったの。使っていいかな?」


 そう言って藤野さんが取り出したのは、正真正銘の一万円札が一枚と、千円札が二枚だった。


「えっ、なんで?」


「夜ご飯間に合わないかもしれないから、昼と夜は二人で食べてて、って」


 ご飯代?

 昼は二人で千円だろ。

 夜も二人で千円。

 ……残りの一万円は?


「贅沢していいよって、お母さまが」


「……それ全部、ご飯代ってこと?」


「ふふ。そうだね、何に使ってもいいと思うけどね」


 ヤバい。

 昼に回転寿司行って、夜に焼き肉食べても余るぞ。


「……ゴクリ」


「……やっぱり、普通の自動販売機だ」


 僕が人知れず興奮している間に、藤野さんは自動販売機に千円札を投入し、コーヒーを買っていた。

 小銭で買うパターンも検証したため、藤野さんの手元にはコーヒーが二本。


「はい。喉乾いたでしょっ」


「…………朝飲んだんだけど」


「コーヒーは一日三杯まではいいの」


 なんだその理論。

 こっちの世界にはないぞ。




「子供だけで来るの、中学の打ち上げの時以来だ……」


 その後僕達は、近くにあるファミリー向けの焼肉屋に入った。

 回転寿司は、この暑さの下ではなんとなく食べる気にならなかった。

 そもそも、近くの回転寿司屋まで行くには車が必要なのだ。


「焼肉屋って、いい匂いだね……。優希くんはよく来るの? 焼肉屋さん」


「まあ、そうだね。父さんの誕生日とか、なんかのお祝いのときとか」


「ふうん……。特別なところなんだね、焼肉屋さんって」


 藤野さんは伏し目がちにそう言った。

 まさか藤野さんは、焼肉屋にはあまり来たことがないのか。


「藤野さんちは、焼肉とか食べないの?」


「……うん。お母さんが食べ物に厳しくて。……だから楽しみっ」


 ……そういう家の子に身体に悪い食べ物を食べさせるって、なんか背徳感がある。

 お嬢様にカップラーメンを食べさせるやつみたいな感じだ。


「……食べ放題、ドリンクバー付き。……どう?」


「? なにそれ?」


「このメニューにある食べ物、何でも食べていいの。ジュースも好きなだけ飲んでいい」


「ええええ……。さすがに、お金足りないよ」


「高校生は二千円」


「うそっ! へえ、お寿司より安いんだ……」


 お寿司のほうが安くない? ギリ同じくらい?

 ……ん? なんか価値観違う?


「……まあ、そんな感じ。どう?」


「……食べてみたい」


「分かった。じゃあ、これから無言になるから。本気で食べるよ、藤野さん」


「えっ? えっ?」


 こうして僕達は、動けなくなるまで肉を喰らい尽くした。




「も、もうだめ……」


「藤野さん、意外と食べるね……」


 いつの間にか昼過ぎ。

 動けるようになるまでに相当の時間を要した。

 おかげで少し涼しくなった。


「焼肉って、こんなハードなものだったんだ……」


「……ま、まあね」


 無駄な見栄を張った。

 なんの見栄だかわからないけど。


「どこか、行きたいとこある?」


「うーん……。……あっ、お腹は、いっぱいなんだけど……」


「アイス食べたい?」


「うそっ! なんで分かったの?」


「焼き肉食べたあとにアイス食べたくなるのは、よくあることなんだな~」


 焼き肉で藤野さんにマウントを取る。

 気持ちがいい。


「優希くんは凄いなあ」


 褒められた。

 やはり気持ちがいい。




 コンビニでアイスを買い、女の子と歩きながらアイスを頬張る。

 夏休み終盤にして、急に青春だ。


「……今日はありがとね。色々教えてくれて」


「別に、何もしてないよ」


 実際、コーヒー買って肉食ってアイス食べてるだけだ。

 改めて感謝されることではない。


「……というか、僕のほうこそ……ごめん」


「えっ。どうして?」


「……いや、最初会ったときとか、色々」


 危ない人だと思って逃げたり、見捨てようとしたり。

 それなのに、今では僕達のために協力してくれたり。

 本当に、藤野さんには申し訳ないことをしたなと思っているし、感謝もしている。


「ふふ。もう忘れちゃったよ、そんなことっ」


「……!?」


 そう言いながら藤野さんが僕に接近してきて、僕のアイスにかぶりついた。


「……だから、優希くんも忘れてねっ」


 藤野さんは耳元でそう囁いて、小走りで駆けていった。

 熱中症……癇癪……激怒……号泣……。

 ……ぶっ飛んだ、色々と。

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