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07 自動販売機の取り出し口で、手がぶつかった女の子と二人きりになった

「おかえり。何かあった?」


 フルーツを切って待ってくれていた母さんに、先程の出来事を父さんが脚色しながら話す。


「……というわけで、このビー玉が割れたとき、災いは起こるわけだ」


「……それで、明日の予定だけど」


 父さんは無視しよう。


「藤野さんは、明日と明後日は、家にいたんだっけ」

 

「はい……。特別なことも、特に無かったような」

 

「てことはだな、父さん達で何か見つけないといけないわけだな。……コンビニに行ったらあんなことがあったんだ。やはり藤野さんの一週間の行動には意味がある」


 ……そこに関しては、僕もそう思う。

 フィクションの影響は受けているものの、父さんの言っていることは実際当たっている。


「明日は……。会うべき人に会う日にしよう」


「どういうこと?」


「謝らないといけない人に謝るだとか、死ぬ前に会っておきたい人に会う日ってことだ。もちろん、死ぬつもりはないけどな」


「……もしかしたら、それで助かるかもしれないものね」


 謝らないといけない人か。

 確かに、恨みをかっているから僕達は殺されるはずなんだ。

 ……そういえば、植田君にゲームのカセット借りたままだったな。

 ……まあ、それはいいか。


「私、べつに謝る相手とかいないんだけど。……予定あるし、友達と遊ぼうかなぁ」


 ……考える限り、僕もいない。

 多分みんな思ってることだけど、自分が一家殺害の原因じゃないはずだ。

 どうせ姉ちゃんに違いない。

 ガサツだし。


「僕は……」


「……お母さんは、おばあちゃんちに行こうかしら」


 おばあちゃん。

 確かに、会うべき人としてはふさわしいような。


「あ、僕も行きたい」


「えー、それなら私も行く」


「……よし。明日はみんなでおばあちゃんちに行ってきてくれ。お父さんはお客さんに謝ってくる」


「……あっ。じゃあ私は、お掃除とかしてますね」


 ……あ。

 藤野さんのことを忘れてた。

 自分のことばかり考えていた。

 ……藤野さんだって、知らない世界に来て不安なのに。


「あっ、……美穂ちゃんも来る? おばあちゃんち」


「いえいえっ。私のことは気にしないで、ゆっくりしてきてくださいっ」


 藤野さんは明るく振る舞う。


「なんかごめん……美穂ちゃん」


 ……僕は知っている。

 …………僕だけが知っている。

 藤野さんが、本当は不安で仕方ないってこと。

 一人になるのが泣くほど怖いってことも。


「……母さん。やっぱり僕も家にいる」


「あら。……じゃあ、家のことはお願いね」


「おっ、優希やさしー。さすが彼氏」


 彼氏じゃないって。


「とりあえず、もう寝るから。おやすみ」


「あっ、優希くん……っ」


 まあまあ恥ずかしいことをしてしまったせいで、僕はそそくさと部屋に戻った。

 おばあちゃんには来週会おう。

 そのためにも生きるんだ、僕達は。




 水曜日。

 ちょっと寝すぎた。

 起きたら既に誰もいない。

 藤野さんはいるけど。


「……おはよう、優希くん」


 リビングの椅子に座ると、藤野さんはトーストとコーヒーを用意してくれた。


「……コーヒー、好きじゃないんだけど」


 昨日のこともあったので、ついぶっきらぼうな返事をしてしまった。

 せっかく用意してくれたのに。


「はい、ミルク」


 僕が文句をたれることを分かってたみたいに、ノータイムでミルクが出てきた。

 さすが未来人だ。


「……ありがとう」


「優希くんが苦手なのは知ってたから。……こちらこそ、ありがとね」


「え、なにが?」


「家にいてくれて。私のこと、心配してくれたんだよね」


「いや、別に……」


 そうだけどさ。

 この認めたくない感情はなんなんだろう。


「ふふ。……私、洗い物してくるから。ゆっくり食べててね」


「あ……、うん」


 ……おかしい。

 二人きりなのにやけに優しいぞ……。

 素の藤野さんはどこいった?


「……にがっ」


 モヤモヤしたまま飲み干したコーヒーは、とても苦かった。




「今日のニュース、神楽坂の平井ちゃんが出てきた気がする」


 朝食を終え、朝のニュース番組を眺めていると、洗い物を終えた藤野さんが戻ってきた。


「ふーん……。あ、ほんとだ」


 スポーツニュースのコーナーが終わり、アイドルが毎日入れ替わりで星座占いの結果を発表するコーナーに切り替わる。

 平井というアイドルが、名前付きのテロップと共に確かに出てきた。


「……優希くんの家族って、みんな優しくていい人だね」


「まあ、うん……。少なくとも、誰かに恨まれるようなことはしないと思う」


「……もしかしたら、この世界の優希くん達と、私のところの優希くん達は別人なのかもね」


 父さん理論で言うと、藤野さんがいる・いないで僕達の性格が変わるらしい。

 藤野さんの世界と別人格だとするなら、今の僕達の平和な家庭は藤野さんがいなかったから成り立っているってことになる。

 そんなわけないと思うけど。


「ごめん、こんなことに付き合わせて。これで僕達が殺されたら、藤野さんも危ないかもしれないのに」


「……大丈夫。そんなこと、優希くんが心配することじゃないよ」


 藤野さんは僕の椅子の隣に座る。

 話題がなくなり、僕達は無言になった。

 しんみりする話をするのは慣れてない。

 ……微妙に気まずい。


「……今日、お父さまが帰ってくるまで、優希くんと二人だね」


「……まあ、そうだけど」


「一週間後には私はいなくなるかもしれないし、優希くんは生きてないかもしれないんだよね」


「? うん、そうかもしれないけど……」


「……二人だけの思い出、作ろっか?」


 !?

 藤野さんが僕を見つめて、目を離さない。

 こんな朝から!?

 ……じゃなくて、急にどうしたんだ。


「……ちょ、藤野さん……!?」


 ちょ、ちょちょちょ……!?


「……なんてね、バーカ」


 ん?


「元気出しなさいよ。しみったれちゃって」


 ん?


「そうだ、暇なら散歩しない? 準備してくるね」


 そう言って、藤野さんはどこかへ消えていった。

 …………

 ん?

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