04 自動販売機の取り出し口で、手がぶつかった女の子がコーヒーを入れてくれた
「……ちょっと、美穂ちゃんやめてよ~」
姉ちゃんがぎこちなく笑う。
そうだ。
これは冗談だ。
そもそも、最初から全部嘘じゃないか。
「藤野さん、父さんに合わせなくていいから」
「……いえ、見ました。刃物で刺された。全員、リビングで。今日の朝のニュースでした」
再び沈黙。
どう反応すればいいんだ。
悪い冗談はよせ、と一喝してしまいたいところだが、名前を当てたことの説明がつかない。
「……自分から聞いておいて申し訳ないんだけど、信じられないな。恨まれるようなことをした覚えもないし、この先する気もしないよ」
「……恨まれるような人じゃないって、確かに言われてました」
「おいおい……」
「てか、優希の彼女じゃん。お母さんの名前とか話しただけなんじゃないの?」
「いや、だから今日会ったんだって。その話はさっき藤野さんがしたでしょ」
「あ、そうだった……」
姉ちゃんも混乱している。
母さんは何か考えているようで、目を閉じて動かない。
「……何日の、何時だ」
父さんが、再び口を開く。
頼む、藤野さんの嘘を暴けるのは父さんしかいないんだ。
「具体例には、覚えてないです……。今日の朝に、速報として報道されてて……。死亡推定時刻は、忘れちゃいましたけど、速報だったので、土曜日の夜に起きたんだと思います……」
「……犯人の特徴は」
「……不明、だったと思います」
「……これから一週間、ニュースで何が報道される」
「今年受験なので、テレビは朝のニュースしか見ないんですけど……。……熱中症は去年よりは落ち着いてるらしくて、政治は、相変わらず他国との協議の話がよく報道されてて……。芸能はよく覚えてないですけど、スキャンダルみたいなのがあったような……。あと、海外の日本人サッカー選手のゴールのニュースがあったのは覚えてます」
「……天気は」
「あっ、それは晴れでした。曇りっぽい日もありましたけど、雨ではないです」
「…………あぁぁ~~っ……!」
ついに質問が尽きた父さんが、頭を抱え唸りだす。
未来の話も確かめようがないけど、嘘を言っているようには見えなかった。
「……分かった。父さんは信じるぞ。お前たちはどうだ」
……まあ、そうなるよな。
そう決心した父さんは、姉ちゃんと母さん、そして僕の顔を見る。
「……信じるも何も、私は最初から美穂ちゃんのこと信じてるよ」
姉ちゃんが言う。
よく言うぜ。
最初から変な顔して聞いてたくせに。
「お母さんも、信じるわ。嘘をつくような女の子には見えないもの」
黙っていた母さんも同調する。
癇癪持ちの、本当の姿のほうを見たらどうするんだろう。
そんなことを思っていると、みんなの視線は僕に集まっていた。
「……優希。お前はどうなんだ」
「僕は……」
……正直、ただの嘘とは思えなくなったよ。
自動販売機で会ったときも、本当に急に現れた。
今の話の流れだって、父さんが誘導したようなものだ。
藤野さんが最初から騙そうとしたわけじゃない。
………………。
「うん。信じる。……だから、協力して欲しい、藤野さん」
「……はいっ」
こうして、一週間先のパラレルワールドからやってきた未来人、藤野美穂との、一週間の共同生活が始まった。
「逆に言えば、こういう展開なら父さんたちは助かるんだよな。いや~良かった良かった」
元の調子を取り戻しつつある父さんが、また映画の知識で語り始めた。
それは藤野さんが自分の意思で過去に来た場合だろ。
「えっ……。……すみません、私、ほんとにどうすればいいか分からなくて」
「はは、いいよいいよ。一緒に考えてくれれば、何か分かるかもしれない」
「は、はいっ」
「……でも、美穂ちゃんは、元の世界に帰りたいんだよね。それはいいの?」
今日の出来事の衝撃で忘れていた。
そういえばそうだった。
「……それは大丈夫です。お父さまの真似ではないですけど、全て解決したら元の世界に戻るようになっているはずですから」
藤野さんは笑う。
境遇で言えば、これから死ぬ予定の僕達のほうが辛いと思ったのか、藤野さんは健気に振る舞ってくれたように見えた。
さっきまで、「怖い」と泣いていたのに。
こういうところも、女の子の不思議なところだ。
「とりあえず、今日はもう寝よう。お父さんは明日も仕事だから、みんなで対策を考えといて」
あ、仕事は行くんだ。
時計の針は、いつの間にか十二時を回っていた。
下手に徹夜で対策を練るよりも、一回落ち着く時間は必要かもしれない。
「おやすみ」
……意外にも、すぐに眠れた。
「ねえ」
「あっ、おはよう、優希くん」
朝起きると、藤野さんは既にリビングにいた。
「……ほんとに、未来から来たんだ」
「正しくは、別の世界の未来だけど。信じてくれたんじゃなかったの?」
「信じたよ。……でも」
「でも?」
「……最初にあったときと、全然違うから」
「なにが?」
「……は、話し方とか、言葉遣いとか」
「ふふ。……嘘ついてるように見えた?」
「……」
「女の子なんてみんなそんなもんでしょ」
結局嘘なのか、どっちなんだ。
……やっぱりこの人は信用ならない。
そんなこと言ったら、また癇癪を起こしそうだから言わないけど。
「おはよ。二人とも早いね。……ふっ、何してたんだか」
「何もしてないから」
朝食を済ませ、身支度を整える。
父さんが仕事に出ていったあたりでリビングに再集合すると、藤野さんがコーヒーを用意してくれていた。
「大丈夫。ミルクと砂糖もあるから」
藤野さんはニヤリと笑う。
別にブラックでも飲めるよ。
……まあ、ミルクがあるなら入れるけど。
「……で、どうしよう。これからのことだけど」
お菓子をつまみながら作戦会議を始める。
「そうね。とりあえず、美穂さんがこの世界に来たって言うのは、何か意味があるって考えるべきだと思うわ」
母さんが言う。
確かに、そう仮定しないと話は進まない。
「美穂ちゃんがいなかったときの一週間でしたかもしれないことを、一回まとめたらいいんじゃない?」
姉ちゃんが続く。
「なんで?」
置いてけぼりになっている気がして、僕も喋ってみた。
「その通りに生活したら、絶対殺されちゃう予定表ができあがるでしょ。その予定を避ける必要があるけど、それをまた私達家族で考えても意味ないかもしれないじゃん。だから、美穂ちゃんにそれを見てもらって、美穂ちゃんに新しい予定を考えてもらうの」
なるほど、確かにそのとおりだ。
悔しいけど、姉ちゃん頭いいんだよな。
こうして、月曜日の午前は、一週間の予定を書き出すことで終わった。




