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02 自動販売機の取り出し口で、手がぶつかった女の子が家までついてきた

「ここよ。私の家」


 ファミレスから歩いて十五分。

 住宅密集地帯に連れて行かれ、とある民家の前でようやく歩みは止まった。

 目の前の民家の表札には「藤野」と書いてある。


「ふじの?」


藤野美穂(ふじのみほ)。私の名よ」


 門の前で振り返り、そう宣言した。

 そんなかっこつけなくてもいいけど。


「……一応、インターホン鳴らしたほうがいいわよね」


 うんうん。

 未来から来たなら、同一人物でも他人だしね。

 わかったわかった。


「……何よ」


「いや、なんでも」


 危ない。

 態度には出さないようにしなくては。

 藤野さんはインターホンを鳴らす。


「……出ないわね」


「……未来では、先週の日曜は何してたの?」


「……家にいたわ。インターホンが鳴ったかどうかは覚えてないけど。いつも出ないから」


 引きこもりだなぁ。

 ……あ、そういう設定か。


「……いいわ。鍵もあるし。私は私なんだから、不法侵入にはならないわ」


 そう言って藤野さんは、鍵を取り出そうとポーチをゴソゴソし始める。

 あれ、マジなのか?

 と思ったところで、家の扉が開く音がした。


「……どちら様?」


「あっ、お母さん」


 出迎えた妙齢の女性を、藤野さんは「お母さん」と呼んだ。

 この人がお母さん(という設定の知り合い)なのか。

 まあ、似ているような、似ていないような。


「……?」


 お母さんと思しき女性は怪訝そうに首を傾げている。

 とてもじゃないが、子を迎える肉親の反応とは思えない。

 そして、ごっこ遊びに付き合ってくれる優しい知り合いの態度にも見えない。


「…………」


 少しづつ、お母さんの目が奇妙なものを見る目に変わっていく。

 まさか知らない人を巻き込んでるのか……?

 ……ぼ、僕は関係ないぞ。

 そんな目で見ないでくれ。


「えっ? お母さん、私よ。美穂」


「……? ……罰ゲームみたいなものかしら? ……ごめんなさい、あまりそういうのは得意じゃないの」


「えっ、ちょっ……!」


 スーッと扉が閉まっていった。

 そりゃそうだ。


「ちょっと、お母さん! 待ってよ!」


 藤野さんは閉まったドアをバンバン叩き出す。

 これには、さすがにちょっと引いた。

 ……まあ一応、これで気が済んだかな?


「……じゃあ、僕はこれで」


「っ! 待って! ちょっと待って!」


 いや、さすがにもう無理でしょ。

 大丈夫、そういう時期は誰にでもあるから。

 数年後に布団の中で悶えるだけだから。


「違うの! ほら、あそこに私の自転車が……」


「……無いね」


「……私が育てたトマトと紫陽花の鉢植えが」


「……それも無いね」


「なんで……」


 そりゃ、君はここの人じゃないからだろ。

 そうだ、学生証とか見せてよ、住所確認するから。


「……あーっ、もう! ポーチしか持ってきてないの! 暇だから散歩してただけなの、今日は! というか、それってどういうこと!? 何が言いたいのよ!」


 また始まってしまった。

 ……一言多いな、僕も。


「……ごめん。でも、僕帰るから」


「ちょ、待ってよ!」




 帰路についてから二十分、ようやく僕の家に着いた。


「お願い……。待って、私、行くとこ無いの……」


 藤野さんもついてきた。


「さっきの家が、藤野さんの家なんじゃなかったの?」


 ちょっといじわるなことを言った。

 案の定、藤野さんの顔がどんどん怖くなる。


「……だ! か! らっ! 私がいない世界に来ちゃったの!」


 帰り道、藤野さんはずっとそんなことを言っていた。

 一週間先の未来から、一週間前のパラレルワールドに飛ばされた。

 タイミングは、自動販売機でコーヒーを買ったとき。

 だからあのとき、お互いが買ったはずのコーヒーを取り合うなんて事態になったんだと。

 ……ここに来てうまく辻褄を合わせてきたな、と感心した。


「……あのさ、何度も言ってるけど、警察に行きなって。それで全部解決するからさ」


「だからっ! 警察が解決してくれるのは、この世界で生きるための手続きだけじゃない! 私は元の世界に帰りたいのっ! ここに住むつもりはないのっ! なんで!? 分かってよ! ねえ、なんで!?」


 あ~もう……。

 正直疲れた。

 ……なんでこんな人に関わってるんだろ。

 なんか冷静になっちゃった。

 もういいや、終わらせよう。


「ごめん。だけど、僕じゃ何もできないから。夏休みが一週間伸びたと思ってさ、ポジティブに行こうよ」


 帰って宿題やらないといけないし。

 これ以上藤野さんに構ってても仕方ない。

 全部作り話なんだから。

 …………。

 ドリンクバー代、払ってないや。

 ま、いいか。


「じゃあ、僕の家ここだから」


 鍵を開け、ドアを開ける。


「ただいま」


 結構遅くなっちゃったな。

 リビングのほうから、晩御飯を作る匂いがする。

 今夜は多分唐揚げだな。


「待って……」


「気を付けてね」


「待ってよ……。お願い……」


 有無を言わさずドアを閉める。

 ほんと、とんでもないやつに会ってしまった。

 残り一週間は家で過ごそう。


「…………」


 手を洗い、靴下を脱衣所に放り投げる。

 台所に置いてある二度揚げ前の唐揚げを一つ盗み、頬張りながらテレビを点ける。


「…………」

 

 …………。

 五分は経った。

 もういないよな?

 ……なんかモヤモヤするなぁ。


「一応、念の為……」


 玄関に戻り、ドアスコープ越しに外を覗く。

 いないことを確認して、スッキリしてからテレビを見よう。

 どれどれ。


「うっ」

 

 …………なんでまだいるんだ。

 厄日だ。

 ドアの外には、うずくまり、動く気配の無い藤野さんがいた。


「……そこ、邪魔なんだけど」


 たまらずドアを開けてしまった。

 いつまでもそこに居られて、父さんが帰ってきたら面倒なことになる。


「お願い……。泊めて……」


「いや、無理だって……」


「君以外、誰も信じてくれないなんて、自分でも分かってるの。……お願い、怖いの。せめて、今日だけでも……」


 いや、僕だって信じてないんだけど。


「お願いっ……! お願いだからっ……! 見捨てないでぇっ……!」


「ちょっ!」


 うわわわわ。

 声でかいって……!

 家の中まで聞こえちゃうだろ!


「私にはっ……、あなたしかいないのっ……! ねえ、なんでもするからっ……!」


 うずくまっていた藤野さんだが、ついに玄関まで這いずり、玄関にいる僕の両足を抱き抱えてきた。

 よりによってこんな、……なんだ、これは!

 初めてのシチュエーションに頭が追いつかない。

 よく分からないけど、家族に見られたらヤバいのは分か……!


「うわっ、アンタ修羅場じゃん」


 聞かれてた。

 見られてた。

 ……最悪だ。

 姉ちゃんが来てしまった。


「! お姉さんですか! 助けて下さい、私……っ!」


 ドアを開けたのは失敗だった。

 ……やること全部、上手く行かない日だ。

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