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12 自動販売機の取り出し口で、手がぶつかった女の子と家で待機した

 土曜の朝。

 よくよく考えれば、寝てるうちに殺される可能性はゼロではないんだから、まあまあ危険な賭けだった。

 あんまり考えないでいてよかった。

 リビングに行くと、先に起きていた姉ちゃんが飛び出してきた。


「美穂ちゃん! 起きたらいなくなってたからびっくりした……って」


「お、おはようございます」


「あっ、ふーん……。ま、そっか」


 美穂の後ろを歩く僕を見て、何かを察した姉ちゃんは椅子に座り直した。

 そこからはいつも通りだった。

 朝食後、美穂の淹れたコーヒーを飲みながら、僕達は最後の作戦会議を始めた。


「……とまあ、そんな感じだ。弘奈、母さん、何か思いつかないか?」


 昨日の夜に話したことを、父さんはもう一度説明した。

 黒色。

 これが持つ意味を明らかにする。

 それが今日の課題だ。

 明らかにできなければ、それは死を意味する。

 そう考えても間違いじゃないはずだ。


「風水じゃないかしら?」


 母さんが言った。

 ん?

 もう分かっちゃった?


「風水的には、黒色はね、悪い物や人を寄せ付けない、って意味があるの」


「へ~……」


「それに、拾った物は四つでしょ。黒色のものは北側に置くのがいいんだけど、置きすぎてもだめ。だから、リビングの四隅に置いておけばいいの」


「なるほど……」


「……まあ、風水の話だから、参考になるか分からないけど。お母さんが思いつくのはそれくらい」


 いや、説得力ありすぎだろ。

 

「黒色のイメージって基本良くないものばかりだから、どうすればいいのか分からなかったけど……。そうか、風水だとそういう意味があるのか……」


 父さんも納得している。

 反対意見など出るはずもなく。


「風水に賭けよう」


 これが僕達の結論だった。




「ここからは長期戦だな」


 まだ昼前。

 すんなりと決まってしまったので暇になってしまった。

 ……いや、何時に事件が起きたか分からない以上、準備がすぐ終わるのはいいんだけど。


「他に何かないかしら……」


 バリケードで何も見えないが、遠くから子供の笑い声が聞こえてくる。

 自分たちがこれから殺されるとはとても思えない。


「は~~っ。落ち着かない……。いつまでやんの、これ……」


「日曜の朝になるまで待機だ。日曜の午前三時あたりを、土曜の深夜として報道していた可能性もある」


「え~……」


 具体的な時間までは分からない。

 もしかしたら、あと十秒後にはバリケードが破られるかもしれない。

 その不安とストレスでお腹の中がキリキリする。


「まあ、報道されたってことは通報があったってことだ。暗殺みたいなことは無い。なんなら寝ててもいいぞ」


「眠れるわけないじゃん……」


 家のドアにはチェーンを掛け、あらゆる窓にはバリケードを張り、家の隅々まで侵入者がいないか探した。

 リビングの四隅には、今まで集めたアイテムを配置した。

 そこまでした上で、僕達四人はリビングに集合している。

 加えて、各々の手には包丁や物干し竿など、自衛のための武器を持っている。

 それでも全く落ち着かないのだ。


「とりあえず我慢だ。みんなで生き残るぞ」


 未来を変えるなんて、本当にできるのかな。

 不安は尽きないけど、僕達は信じるしかない。

 僕は金属バットをぎゅっと握り、気を引き締めた。




「……テレビ見ていい?」


 午後三時。

 昼ごはん代わりの非常食をつまみながら、僕達はリビングで待機する。

 いつ殺されるかで気が気でないのは確かだけど、実際暇だ。


「だめだ。外の物音が聞こえなくなる」


 あっさり却下された。

 別に、家に入ってくるとしらバリケードを壊さないといけないんだし、絶対気付くじゃん。

 そんなことを思って、少しふてくされてたときだった。


 …………バァン!

 カラ、カラ……


「……! おい!」


 リビングではなく誰かの部屋から、かなり大きな音が響いた。

 何か大きなものが落ちたような音。

 恐らく、それぞれの部屋の窓に貼り付けたバリケードの板が落ちたんだ。


「……みんなはここにいろ。父さんが行く」

 

 父さんは、左手に殺虫剤、右手に包丁を持つ。

 そのまま、恐る恐る音がしたほうにすり足で歩いていく。

 …………。


「……ここか! …………違う」


 父さんは、リビングから一番近い父さんの部屋のドアを勢い良く蹴り開けると共に、殺虫剤を振り撒いた。

 しかし父さんの部屋には、特に異常はなかったようだ。

 次は姉ちゃんの部屋だ。


「……おらァ!」


 同じように入った姉ちゃんの部屋だが、父さんはしばらく出てこない。

 ……襲われたにしても静かすぎる。


「……父さん?」


 僕はいても立ってもいられなくなり、危険と知りながらも姉ちゃんの部屋に向かった。

 金属バットを両手に持ち、覚悟を決める。

 半分開いた扉を足で思い切り蹴り、勢い良く部屋に入ると、父さんが一人立っていた。


「……父さん! ……あれ? 大丈夫? 生きてる?」


「ああ……。張り付けた板が落ちただけみたいだ」


 窓の下付近を見ると、大きな板が一枚。

 板に打ち付けた釘が壁の中で曲がったのだろうか、四方八方に曲がった釘が板から大量に生えていた。

 窓も割れていない。


「……姉ちゃんが不器用なの、忘れてた」


 単純な話、この部屋の窓に貼り付けた板は、姉ちゃんが不器用なりに窓に固定させた板だ。

 正しく打ち付けられていない釘では、何日も耐えられなかったのだ。

 人騒がせな……。




「お父さん! だ、大丈夫……?」


「弘奈の部屋のバリケードが落ちただけだ。人は入ってない」


「落ちたって、なんで……!?」


「姉ちゃんの取り付けがヘタクソだったからだよ」


「……?? なにが?」


 姉ちゃんはよく分かっていない。


「ま、何もなくて良かったよ。いい予行演習になったしね」


 ポジティブに捉えればそうだけど。

 結局、父さんに捨てろと言われていた釘を保管していたのを思い出し、僕は姉ちゃんの部屋に板を打ち直してやった。

 これが昼の出来事。

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