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11 自動販売機の取り出し口で、手がぶつかった女の子とまたコンビニに行った

「え、なんかいるじゃん」


 鳥居の奥に人がいた。

 コンビニで買ったであろうワンカップの酒を手に持った、あまり綺麗とは言えない身なりをした老人が座っていたのだ。


「おいおい! なんでこんな時に……!」


 焦りからか、父さんは少々苛立っている。

 見るからに酔っ払ったその老人は、とてもじゃないが重要人物には思えない。

 下手に絡んでトラブルに巻き込まれる可能性を考えると、確認のために話しかけるリスクも高い。


「お父さんがどうにかしないと。私達じゃ何もできないよ」


「け、警察とか、呼んだりとかは……?」


「いや、それだと父さん達のことも怪しまれるはずだ。藤野さんの身元のこともあるし、何よりタイムロスだ」


 老人は賽銭箱にもたれかかるように座り、眠っているのか起きているのか分からない。

 それを見て、父さんは覚悟を決める。


「静かに行こう。もし、あの老人が起きて暴れたりしたら、父さんが取り押さえる。その間に何かないか探してくれ」


 父さんが珍しく頼もしい。

 ここまできたら力技だ。

 なりふりかまってはいられない。


「分かった。行こう」


「あ~こわ……」


 僕達四人はゆっくりと、しかし身体は強張ったまま、老人のいる神社に入っていった。




 見たところ、特に変わったものは無い。

 老人がいるせいか、火曜日にいた猫達は神社から離れているようで、老人以外生き物の気配は無い。

 虫はいるかもしれないけど。


「……」 


 老人は眠っているのか、僕達が来たことに気付いていないらしい。


「…………ないな」


 ぱっと見えるところには、特段変わったものは無い。

 ……こうなってくると、老人の眠る賽銭箱付近もよく確認したくなる。


「…………」


 三分ほど経過し、誰となくお互いが顔を合わせる。


(起こすか?)


 父さんが目で伝える。


(起こそう)


 僕達も目で返事をする。


(……下がってろ)


 父さんが顎をクイと上げ、ジェスチャーで伝える。

 僕達はそろそろと下がる。

 老人の前に父さんが立ちはだかる。

 かっこいいとこ見せてくれ、父さん。


「おいっ! ……あの~」


「……んぁ?」


 父さんの声で、老人が目を覚ます。

 荒々しい現場は見せたくない。

 僕は藤野さんの目を手で隠す。


「あっ、夜分遅くに申し訳ございません、わたくし修理業をしております者なんですけども」


 おや?

 さっきまでの凛々しい態度は何処へ。


「……修理ィ? なんの」

 

「あ、こちらですね、お賽銭箱のほうのフタの金具がですね、少々緩んでしまっているという連絡を頂きまして、ええ、はい……」


 ……すっかり営業モードだ。

 客に謝るのが仕事なだけある。


「…………あぁ~!? 俺はやってねえぞ、なぁ! ……だろ!?」


「あっ、いえいえ、決してお客様が何かをされたと言うわけではないんですが、こちらの賽銭箱の持ち主の方から連絡がありまして……。恐らく住み着いた猫か雨の影響かと言うことで今回点検のほうを……」


 怒鳴られたもんだから「お客様」とか言っちゃってる。

 社会人って大変だな……、とあらためて思った。




「ふう……。怪我はないか、みんな」


「あるわけないじゃん」


「お父さんダサすぎ」


「そんな~……」


 数分後。

 父さんの営業トークの甲斐もあり、老人は悪態をつきながらもどこかへ消えて行った。

 争いにならずに終わったのは凄いし正しいけど、落差がちょっとかっこ悪い。


「それより、早く探さないと……」


「そうだった。急ごう、警察が来る前に」


 僕達は泥棒か!

 ……泥棒だった。




「あっ。これ、なんだろ」


 姉ちゃんが何かを見つけた。

 賽銭箱の中に手を突っ込む。

 いや、それは本当に泥棒だろ。


「違うから。あった、これこれ」


 姉ちゃんが賽銭箱の中から取り出したのは、束になった黒い羽根だった。


「うわっ! 最悪! カラスの羽根じゃん! きも~~!」


 その物体をカラスの羽根と認識した途端、姉ちゃんは取り乱す。

 ゴキブリで人目をはばからず叫ぶ姉ちゃんだ。

 カラスの羽根でもダメージはでかい。


「羽根か……。たまたま落ちてきたか、猫が入れたのか……。まあ、貰っておこう」


 父さんは、地面に叩きつけられたカラスの羽根を拾い、持参した袋にしまい込んだ。


「え~……。それなの? 大事っぽいやつ……」


 姉ちゃんは疑わし気に羽根の入った袋を睨む。

 しかし、唯一あった目につくものと言ったらそれだけだ。

 本当はお守りとか御札とか、神社っぽいものがあればよかったんだけど。


「あと五分探して何も無かったら帰ろう。……今までの傾向から、頑張って探さないと見つからないわけじゃないはずだ。何も無いなら、今回はこの羽根だけだ」


 結果、何も無い。

 そもそも小さいこの神社を四人で探すのに、一人三分もかからない。

 装飾品を盗むという選択肢があるなら、鍵となりそうなアイテムはたくさんある。

 けど、倫理的にそれは違うだろう、というのが父さんの意見だった。


「よし。帰ろうか」


「カラス……」


 姉ちゃんは手を洗いたくて仕方無い様子で、先にコンビニのほうに走って戻っていった。

 僕達も戻る。

 これで本当に全部なのか分からないけど、あとは信じるしかない。


「明日に備えて、今日はゆっくり休もう」


 手を洗ってきた姉ちゃんと合流して、みんなでバリケード塗れの異様な雰囲気の家に帰る。

 さっさと風呂に入り、姉ちゃんに急かされすぐ上がる。

 リビングに戻ると、父さんと藤野さんが何やら話し合っていた。


「お、優希。どうだ、これ、何か気が付かないか?」


 リビングの机の上には、今まで集めてきた"鍵"と思われるアイテムが並んでいた。

 黒いビー玉、黒い人形、黒い石ころ、黒い羽根。


「……黒いね? 全体的に」


「そう! そうなんだよ。この"黒"って共通点は、きっと意味がある」


 父さんは自信満々に言う。

 確かに、"黒"という要素を主軸に置いたら、今日のカラスの羽根にも説得力が出てくる。


「黒……。この共通点を、どう活かしたらいいんでしょう……?」


 藤野さんは、ビー玉をライトに照らしながら考える。

 少なくとも、殺人犯に投げつけて効果があるようには思えない。

 黒という色も、なんとなくだが縁起が悪いような気もする。

 ……あれ、どうしたらいいんだ?


「……明日の課題だな。黒色が持つ力の意味を考えるぞ」


「明日って、それじゃあもう遅いんじゃないの?」


「藤野さんが言ってたろ。日曜の朝に速報でニュースが流れたって。つまり、土曜の夜に事件が起きた可能性が高い。家で死んだ以上、犯行時刻と発見された時間の差は、あったとしたら三日以上じゃないと逆に不自然だ。だが現在父さん達が生きていることから、やはり犯行時刻とほぼ同時に通報があったと考えるのが妥当なんだ」


 語るなぁ。

 まあ、冷静に考えるとそうかもしれない。

 殺されたことが気づかれず、すぐに通報されなかったなら、次に気づかれるタイミングは会社や学校からの連絡だ。

 父さんの推察は一見お花畑思考に見えて、筋が通っていることが多い。

 今まではあんまり意識しなかったことだったけど、今回のことがあってからそれを実感する。


「わかった。とにかく今日はもう寝るよ」


 とにかく、明日にスタミナを残しておくことが先決だ。

 明日は持久戦で、眠れない可能性もある。


「ああ。……藤野さん、明日は危ないから家から離れていてくれてもいい。どうする?」


「……ここまできたら、一緒にいたいです。……いえ、一緒にいさせてください」


「……ありがとう」


 藤野さんは、父さんの目をしっかりと見て言った。

 本当にありがとう。

 僕は明日、何があっても藤野さんを全力で守る。

 自分の命に代えてでも。




 各自が寝室に入り、寝静まった頃だった。

 僕の部屋を小さくノックする音が聞こえた。


「……誰?」


「……私。ちょっといいかな」


 藤野さんの声だった。

 僕が何と答えようか考えているうちに、藤野さんは部屋の中に入ってきた。


「どうしたの?」


「よく考えたら、二人で話せるタイミング、もう無いなって思って」


「まあ、確かに……」


 良くも悪くも明日になれば、僕か藤野さんのどっちかがこの世界からいなくなることになるはずだ。


「……私、帰りたくないなぁ」


「え、なんで?」


「……優希くんと一緒にいたいからだよ」


 言わせるな、という気持ちがこもった表情で僕のことを見る。

 癇癪を起こす藤野さんの影は、もう見えない。


「……僕だって、藤野さんと会えなくなるのは寂しいよ。……でも、藤野さんが元の世界に戻れないのも嫌だ」


「……優しいね。優希くんは」


「……あっちの僕と、仲良くしてくれたら。……それでいいんだ、僕は」


「……」


「……」


 無言が続く。

 ……突然、藤野さんが僕の手を握る。


「ねえ」


「……なに?」


「名前で呼んで」

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