10 自動販売機の取り出し口で、手がぶつかった女の子と買い出しに行った
金曜日。
朝食を食べ、藤野さんがコーヒーを淹れる。
すっかり染み付いた朝のルーティンだ。
「今日は……。展開的に意味があるとは思えないけど、不審者対策をしよう」
展開って。
まあ、今更突っ込まないないけど。
「必要なものはこれだ。今日買いに行くぞ」
「うわ、めんどくさ。ネットで頼んどけば良かったじゃん」
「駄目だ。そんな映画見たことあるか? B級映画でも無いぞ。こういう物は目で見て買うことが大事なんだ」
展開的に意味ないんじゃなかったのかよ。
突っ込みたいことは色々あるけど、回ってきたメモ用紙を見る。
・板(厚め) →ガラス用
・釘
・かなづち(四つくらい)
・催涙スプレー
・防刃チョッキ
・他、それっぽい何か
「最後のやつ、なに?」
「映画映えするような何かだ。なんならそれが本命だ」
「バカすぎ」
……ふざけた回答だけど、あながち間違いとも言い切れないんだよな。
たとえ板や催涙スプレーで難を逃れられたとしても、一時しのぎに過ぎないのは明白だ。
それに、タイムスリップしてきた女の子がいて、あとは日曜大工で防衛したら解決しましたというのも、今となっては疑い深い。
ファンタジー作品によくある、超自然的な現象に頼りたくなる父さんの気持ちも分かってきた。
現実的にどうだとかじゃなく、そういう展開しか知らないんだ、僕達は。
「ビー玉とか、どうすんの?」
「それは、今日コンビニに行ってから考えよう。……そういえば、昨日は何も無かったな」
火曜日はビー玉。
水曜日は人形。
確かに、そうきたら木曜日も何かあって欲しかったな。
「……あれ。お母さん、海辺で何か拾わなかったっけ」
「あ、そうだったわ。拾ったけど、ただの綺麗な石よ。水槽に入れようと思ったの」
そう言って、バッグの底からティッシュに包まれた石を取り出す。
出てきた石は、キラキラと光る白い鉱石のような石と、うすべったく黒い丸石だった。
「……ただの石だな」
「あらためて見ると、そこまで綺麗でもなかったわねえ」
海辺の補正があったんだろう。
机の上に転がればただの石だ。
うーん……。
「……ま、行くか。買い物」
グダグダだな。
一応はキーアイテム候補ということで、保管することになった。
……そんなこんなで、各自買い出しに走った。
結果として、板と釘だけ調達した。
催涙スプレーは、屋内で使うものでは無かったので、店員に止められた。
防刃チョッキは、そのへんで買えるようなものではあまり意味を成さず、高級なものは海外から輸入するしかないようだった。
……こんなグダグダで大丈夫か?
「ちゃっちゃと取り付けるぞ。夜になると近所迷惑だからな」
「え~、私図工とか無理なんだけど」
「気合だ気合。とりあえずでいいから」
父さんの見様見真似で僕達は作業を開始する。
カン、カンという釘を打つ音が鳴り響く。
なんとこの釘、家の壁に直接打ちつけている。
「命のほうが大事だろ。もし死んだら保険で直せる」
と父さんは笑う。
いや、笑えないけど。
不謹慎なジョークを聞き流しつつ、僕達は着々と防壁を準備した。
「残った釘は庭に撒いとこう。撒き菱になるかもしれん」
午後四時。
一通りの侵入経路を塞いだところで父さんは、思い出したように言った。
さすがに意味ないだろ。
釘を渡されたが、あとで掃除が大変だからやめといた。
午後五時。
片付けを終え、母さんと藤野さんはご飯の支度を始め、残った男達(と姉ちゃん)は風呂に入るなりテレビを見るなりしていた。
この前、生きる決意として宿題をやるなんて言ったが、あれは嘘だ。
午後六時。
晩ごはんの用意ができた。
藤野さんが調理のほうにいることで、いつもとは少し趣向が違う料理が出てくる。
それが結構美味しい。
バリケードを作った安心感で、いつもより食欲はあった。
「よし、行こう」
午後七時半。
ついに、例のコンビニに行く時間になった。
「今日は、本当にただ行っただけで、何も無かったと思いますけど…」
藤野さんは不安そうに言う。
近所のコンビニに行ったくらいじゃ、そうそう変な事件に遭遇したりしない。
今日コンビニに行くのは、どちらかと言えば答え合わせだ。
「大丈夫だよ、藤野さん。今日行くのはコンビニというより、あの神社だ」
父さんが補足する。
……そう。
火曜日に、猫に連れられたあの神社。
今までの行いが間違っていなければ、恐らくそこに手掛かりがある。
これは、"展開的に"だ。
「お母さんは、誰も入ってこないように見張ってるわ」
せっかく作ったバリケードも、家の中に侵入されていたら意味がない。
むしろ逃げ場がなくなり万事休すだ。
「ああ、頼む。お母さんも気をつけてな」
「大丈夫、お母さんは強いのよ。これで返り討ちにするわ」
釘を打ち付けた金槌を持ち、自身有りげに宣言した。
母さんのその自信、多分思い込みだから。
……とりあえず、時間的に何か起こる時間ではないので、母さん一人で留守番することに変わりはない。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん。行ってきます」
こうして、母さんを家に残し、僕達は火曜日に訪れたコンビニ脇にある神社へ向かった。
「一応、藤野さんがいたはずの時間まではコンビニの近くにいよう」
「は、はい……。八時半には家にいたはずなので、八時二十分ごろまでいたら大丈夫だと思います」
程なくして、僕達はコンビニの前に到着した。
悲鳴もなく猫もいない、ただのコンビニだ。
「…………」
「…………」
「……何も起きないな」
当然、何も起こらなかった。
「ど、どうしましょう」
「……ここまでは予想通りだ。逆に、何か起きても困る」
父さんは、コンビニの脇道に目を向ける。
火曜日に来たときに比べて暗く感じるその道に、僕達の心は吸い込まれそうになる。
みんなは、無言でお互いの顔を見合わせ、小さく頷く。
「……行くぞ」
父さんを先頭に、僕達は神社のある道へ向かった。




