1話
「じゃあね!今日は楽しかったよ」
「私も!また誘ってね、りお」
深夜、人の少ない駅の改札を出て友達と手を振り合う。一緒にご飯食べただけだけど、やっぱり友達と居るのは楽しくて。友達のりおに背を向けた後も、一日を思い返しては人目も気にせずフフッとにやけた。
毎朝通学は自転車だ。駅の地下に自転車を止めているから今日も取りに行かなければ。気分も上がって、高校生まではできなかった深夜まで友達と遊ぶというなんとも言えない非日常感が景色を明るくさせているような気がした、その時。
「ねぇ」
程よい低音で話しかけられながら誰かに後ろから腕を掴まれた。なんだ、誰だ。りおかな、何か言いたいことがあるのか。だったら電話してくれればいいのに、そんなに急ぎなのか。いやまず声が違う。それとも不審者…?でも20年間彼氏出来たことない私だ、不審者もこいつは無いと思うんじゃ?頭の中に一瞬で駆け巡る思考。
「なんですか」
バッと勢いよく後ろを振り向く。目の前には白のトレーナー。どうやら背が高いようだ。私の身長は150…それで顔が見えないってどういうことだ。私の身長が低いのか。この人が高いのか。顔を上にあげる。黒のニット帽を被ってマスクをしており、駅だというのに改札から少し離れたところまで来たため周りが暗く、顔が見えづらい。
「不審者…」
「えっ!?ちょっと待って、俺だよ俺」
「オレオレ詐欺…」
「待って、なんでそうなるの」
わたわたと慌てたように男は私の腕から手を離し、足元を照らすライトまで私を誘導させてしゃがんだ。そしてマスクを外した。…この顔は…。
「見たことあるような…」
「いや、あってほしいんだけど」
「もしかして、小学校の時…」
喉元まで来ている見覚えのある懐かしい顔に頭を悩ませていると、呆れたように彼はため息をついた。
「小中、ね。俺らおんなじ学校だったでしょ。久しぶりだなーって思って声をかけようと思ったらスタスタ歩いてっちゃうから。身長小さいのに」
「馬鹿にしてるの?」
少し怒りを含めた声で言うと、彼はクスッと笑って冗談だよと手をひらひら振った。
「小さい方が可愛いよ」
短期大学も女子だらけで小中高まともに男の子と話してなかったから、男に対して免疫のない私は照れるどころか無心になっていた。
「夜遅いけど何してたの、彼氏とデート?」
意地悪そうに笑う彼に私は鼻で笑う。
「友達とご飯食べてた。楽しかったよ」
「そうかそうか、俺とも行かない?」
「なんであんまり話したことない人と今日久しぶりに会ってどこか行かなきゃ行けないの」
「でも今すごい喋ってない?」
言われてみれば、と口を閉じた。小、中学校一緒でも彼と話したことなんてそんなにないのに、すっかり彼のペースにのまれていたなと振り返って頭を抱えた。
「え、可愛い」
「ふざけんな…」
「ねぇ、携帯持ってる?」
持ってるよ、とスマホを上着のポケットから引き出す。彼は私のホーム画面を見るなり自分のスマホを操作し始めた。
「LINE、交換しようよ」
「断る理由も無いし、いいよ」
「よっしゃ。帰ったらメッセージ送るから、絶対返信してね。俺既読無視とかすごい傷つくタイプだから」
LINEの交換も終わると、彼はそそくさと立ち上がって足早にじゃーねと言いながら暗闇に溶けて行った。
「なんなんだ、今日は」
呟いて携帯の画面に視線を落とす。友達の数が一人増えており、タップする。
「あおば…」
名前を口にした途端、ハッとした。彼の名前は吉岡 蒼葉だ。懐かしすぎて携帯を抱えた。