第9混ぜ 師匠とメイド
お待たせしました~٩(๑'﹏')و
よろしくお願いします!
「ホムラ、悪いがキミが作っている所を見ててもいいだろうか?」
「良いですけど……面白いものなんてありませんよ?」
「構わないさ、錬金術というものは知っていても、実際にどんな風に作っているのか見たことが無いからな」
「まぁ……錬金術師は“自分だけが知っている”を第一に考えますからねぇ」
「そういうものか」
「俺だって、誰でも作れるお菓子だから見せてもいいと思っただけですし」
ミルフさんを錬金に使う釜の近くに立たせる。俺が立つ位置と素材の置いてある机の中間地点に。
どうせなら手伝って貰った方が俺も楽だし、ミルフさんも飽きないだろう。
「じゃあ、俺が言う素材を順番に適量入れていってください」
「わ、私もやるのか?」
「そうでもしないと、本当に暇ですし」
「分かった。まず、何をすればいい?」
「井戸から水を汲んできてください」
「外じゃないか!」
これは俺もうっかりしていた。
さっき作ったホットケーキばかりだ、当然始めから準備をしなければならない。
外にある井戸からバケツに水を入れて五往復。一度に二個のバケツを使って五往復である。
俺よりも力のありそうなミルフさんなら、こんなのちょっとした手間程度なんだろうな。
「お願いしますね、これ……ミルフさんの為なんですよ?」
「なんだかムカつく言い方だな……分かった! 分かった! 行けばいいのだろう?」
水を汲んでくる作業は正直、面倒臭いとずっと思っていた。
共用である為に、井戸にから直接水を汲み取るアイテムを設置する訳にもいかなかった。それで仕方なく、不便で効率が悪いと知りつつも手作業で水を汲んでいた。
それをやって貰えるだけで、肉体的にも精神的にもこんなにも楽だなんて……近所の子供にお菓子を報酬としてやらせようかとちょっと考えてしまう。
「ほら……こんなもんでいいのか?」
「グッジョブです! では、始めましょうか」
いつも通り、空気中の魔素を右手に集める。
「ちょっと待て!!」
「ん? どうしました?」
「なんだその視認できるレベルの魔素は!」
「何言ってるんですか? 魔素は魔素でしょ?」
変なミルフさんは放っておき、集めた魔素を水の中へと注いでいく。
「ちょっと待て!!」
「またですかぁ? 今度は何です?」
「いや、私の知ってる錬金術の知識はだな……」
ミルフさんが知っている錬金術師の仕事は、集めた魔素を水に入れ、他のクスリを足して『魔力ポーション』を作れたり、いろんなクスリを作れる――といったことだけらしい。
それはそれで当たっているが、俺からすれば、別に魔力ポーションは片手間で作るレベルの仕事内容でしかない。
しかも……ちょっと騙されてないか? ミルフさん。
「お前は魔素を水に入れただけなのに……どうして魔力ポーションが完成している!?」
「まだ完成ではないですが……でもまぁ、魔力ポーション作成の九割はこれだけですよ? 他のクスリうんぬんは……きっと、料金を上げても違和感の無い様にするための嘘でしょうね」
「そ、そんな……。では、残り一割は何をするんだ?」
「秘密です」
「くっ……。では、お前なら完成した魔力ポーションをいくらで売る?」
「そうですねぇ……安売りはしたくないですが、他の店より安く売っても良いですよ?」
水を入れ、魔素を混ぜて完成するのはただの『魔素水』だ。
確かにこれでも、体内の減った魔力を回復する事はできる。それでも、自然回復より少し早いくらいだろうか。
しかし、魔素を体内に入れるということは、だ。当然、体に負担が掛かり、リスクもある。
取り込んだ分の魔素を魔力に全て変換できるのなら問題は無いが、魔素が魔力に変換するのだって時間が必要となる。
変換する速さよりも取り込むスピードが上回ってしまうと……下手をすれば、魔物になりかねない。
だが、ちゃんとした魔力ポーションならば、そんな心配はしなくて済む。最初から体内に入れるのは魔力なのだから、効率良く回復するし、変なリスクも無い。
「本当か!?」
「えぇ、ですが……残念なことに巷で売られている魔力ポーションのほとんどは劣化版です。本物の魔力ポーションの価格を俺は知らないんですよね」
「確か……冒険者界隈で聞いた話だと、高名な薬師の人が作った魔力ポーションは一瓶で銀貨五枚くらいはするらしい」
「なるほど……名前が売れるとそういうメリットもあるか」
無名の人がいくら良いポーションを作ろうとも、有名な人が作る普通のポーションの方が“安心感”という付加価値が付くから高く売れるのだろう。
もしかすると、良い商品を作り続けたから有名になったのかもしれない。でも、ポーションで銀貨五枚はやりすぎだろう。
「……そういえば、ミルフさんは魔力ポーション必要なんですか? 魔法とか使えないんじゃ?」
「まぁ、そうだが……」
「じゃあ、必要無いんじゃないですか?」
「いや、それはほら……身体強化するのにも魔力は使うだろ? それに、魔力が抜けた後の倦怠感がちょっとな」
まるで血が減って貧血になった時に似た症状が、魔法や魔力を使った後に襲い掛かってくる。
これは、魔力の量が多い少ないに関わらず誰でもだ。それを目安として、魔法師は自分があとどれくらい魔法を使えるかを調べたり、回復したり、撤退したりする。
だから魔法師に魔力ポーションは必須アイテムと言えるだろう。
俺が居た日本でも、錬金術師に頼らず、自分で魔素水を作りがぶ飲みする魔法師が年に二、三人は必ず現れていた。だいたいは新米、お金が無いのかもしれないが、処理する側としては迷惑な話でしかない。笑い話にもするけど。
「その理由でしたら、市販の魔力ポーションを飲むのはオススメしませんよ。必要なら、何らかの取引で俺が作ってあげますし」
「取引か……キミがとんでもない奴と知った今では、少しだけ怖い言葉だな」
「いや、すぐ剣を抜こうとするミルフさんの方がよっぽどですよ……」
話が脱線していたが、ようやくミルフィーユ作りを再開させた。
魔素水が入った釜を火で熱して、ブクブクと気泡が浮いてくるのを少し待つ。
ミルフさんには材料の入れる順番と量だけを先に伝えておき、準備ができたら一気に完成まで持っていける様にしておいた。
ザクザク食感を出す為に、可能な限り素早く掻き回す方が良いだろう。
「では、材料をお願いします!」
「わ、分かった! いくぞっ!」
ひたすら掻き混ぜる俺と、材料をテキパキ入れていくミルフさん。
最後の材料を入れてから数分、ずっと混ぜていた釜の中がピカピカと光だした。
「とりあえず成功みたいです」
「これが……そうなのか。よく分からないが分かっただけだったが……凄いな」
「成功すると釜の底に……ほら、ありましたよ!」
想像していた通りの、パイ生地と生クリームの層になっているお菓子ミルフィーユが置いてあった。
見栄えを考えるならイチゴがあった方が良いのだが、それはまた別の機会に取っておくことにしよう。
とりあえず完成。失敗すると辺り一面に飛び散る可能性もあった訳で……ま、ひと安心だ。
「おやぁ? 美味しそうな物を作っているじゃないか」
ふと聞こえた、俺の声でもミルフさんの声でも無い声。
コツンコツンと床を鳴らし、アトリエの最奥のドアから言葉を投げ掛けてくる。
「師匠! おかえりなさい」
「ただいまホムラ。隣のその子は? まさか……」
「こちら、冒険者のミルフさんです。素材採取の時に護衛をお願いしたのが縁で、今日は彼女の冒険者ランクが上がったお祝いをしていたんですよ」
「は、初めまして……」
師匠がじっくりとミルフさんを観察する。
これは師匠の癖の様なもので、対象物をなんでも見抜こうとしてしまう。実際、師匠の目に着けているコンタクトレンズにはそういう機能も付いている。
ただ、初見の男性にも同じことをしてしまうため、さりげなく敬遠されてしまうのだが……。
「そっか、ホムラをありがとね!」
「いえ、私の方こそ感謝しています」
「手に持つミルフィーユ……机のぬいぐるみ……ぷぷっ。もしかして、ミルフちゃんって、クールな顔してるのに可愛い物が大好きなのかい?」
「師匠……ぷぷぷ、正解です! くふふ……」
「おい、なぜホムラまで笑うんだ!」
「いや、その。クールな顔して『私の方こそ感謝してます』とか言っても、本当は可愛い物にデレデレって考えると……笑っちゃうよね! 良い意味でだよ?」
師匠が俺の作ったぬいぐるみを品定めしていく。何か作れば師匠に見せるのが当たり前なのだが、評価の基準がいまいち分からないのが師匠だ。
出来が良くても評価が悪い時もあれば、お遊びで作ったジョークアイテムを評価してくれる時もある。
結局は、面白いか面白くないかの価値観で判断する師匠ということなのだろう。
「おい、ホムラ! あの人は間違いなくお前の師匠だな」
「そうですよ。いろいろとブッ飛んでますけどね」
「お前も受け継いでいるだろ……特に人を馬鹿にする所とかな」
「怒ってます?」
「怒ってないと思うのか?」
「すいません……」
ミルフさんは怒りを通り越して呆れたみたいだ。
状況に慣れたり適応したりするのは冒険者にとって必須の能力なのだろう、流石は実力だけならそこそこのランクであるミルフさんだ。
「ホムラ、なかなかに面白い物を作ったね! こっちの世界にある素材の性質を上手く活かしていると言っていい」
「改良というか、いろいろと試せるとは自分でも思いましたね。やはり、たまには外に出るのもアリかもしれません」
まだ知らない素材や不思議な場所があるかもしれないのが、この世界だ。
近場だけじゃなく、金銭的な余裕があれば遠くに観光とかもしてみたい。変な色の果物とか、甘い味の湖とか、毒の沼地とか……面白そうだ。
「ホムラ、お師匠が帰って来たなら私はそろそろ帰るとするよ」
「そうですか? また、いつでも来てくださいね」
「あぁ。おっと、そうだった……ホムラには悪いんだが、ひとつお願いががある。サリュにもお菓子を作ってやってはくれないだろうか? 彼女は甘い物好きでな」
「それくらいなら別に良いですよ」
「助かる。代金はお互いの納得のいく額でやり取りしてくれ」
「わかりました」
軽く手を振り合って、アトリエから出ていくミルフさんを見送った。
――そろそろ、本題に入っても大丈夫だろう。この話をミルフさんに聞かれると、さすがに面倒だ。一から説明とかしたくない。俺ですら未だに理解しきっていないのだから。
「師匠が出発してこっちでは六日ほど経過しましたよ」
「ふむふむ……私は“一週間”日本で滞在していたぞ」
「ズレ……がありますね」
「ズレがあるみたいだな」
「他に分かった事って何がありますか?」
師匠が言うには、『世界繋ぎ』を使った後は魔力的なチャージが必要になるらしい。
日本で自然とチャージするなら三日近い時間が必要とのことだ。
それと、日本での俺達の現状も調べて来てくれたらしい。
俺と師匠は二年前に、何かしらのアイテムを使ってどこかへ消えた、という事になっているみたいだ。
さすがに追っ手達も異世界に居るとは思わないよな……いくら柔軟な発想を持っている人が多いとはいえ、技術的に。
当然、アトリエは封鎖されていた。錬金術師達が所属している組織からもその名前が抹消されていたらしい。
「よくもそんなに情報を集めてましたね……ホームセンター辺りでぷらぷらしているのかと思ってましたよ」
「情報はキャサリンからよ、私は遊んでただけだもの」
「キャサリンさん……ですか」
「あれれ……? まさか、まだ怖いのかい? あんなに可愛がってくれてるじゃないか」
「怖いというか、なんというか、有無を言わせない眼光がですね……ミルフさんを大人にしてより隙を無くした感じですよね」
師匠の友達らしいキャサリンさんは、ただの雇われ『戦闘メイド』らしい。日本人だから絶対に偽名なのだが、これは気にしてはいけない部類の情報である。
誰かに仕え、誰かを支えるのを信条としているらしいが、その素性はよく分からない。師匠ならもっと詳しい事を知っているのかもしれないけどな……。
師匠の弟子だからなのだろうが、俺を溺愛してくれる反面、メイドとしてのその献身的な行動が時として恐ろしかったりする。
学校に通ってなかった俺の家庭教師をしてくれた時もあった。師匠が出掛けて居ない時は、代わりに完璧な家事炊事をしてくれていた。
ありがたい事なのだが……勉強は詰め込み式のスパルタだし、料理はゲロ不味い。
しかし、本人は大真面目だし俺の為にしてくれている行動だから何も言えない……。
――それに、何も言えない理由の追加として、『戦闘』の部分。シンプルに強いというものがある。
背後からイタズラで攻撃しても、素早い回避からの壁を凹ませる正拳突きを鼻先スレスレに無表情で放ってくるのだ。
「有無を言わせない眼光ですか……ホムラ様」
「……えっ。えっ!? キャ、キャサリンさん!?」
師匠が現れた奥の部屋のドアから、いつものクラシカルなメイド服に白いカチューシャ、黒く艶のある髪を束ねて後頭部で纏めたシニヨンと呼ばれるヘアースタイルにしている。
相手を射抜いてしまいそうなその黒い瞳がとても……とても。
俺はキャサリンさんから目を逸らし、師匠に助けと事情説明の視線を送る。
「ホムラ様、お久しぶりにございます」
「は、はい……お久しぶりです」
だが、いつの間にか視界の中心に現れるキャサリンさん。
速すぎてキャサリンさんを無視する方が難しい。戦闘メイド……やはり恐ろしい。
お帰りなさい師匠!
そして厳しいけど、どこか甘く優しい洋風かぶれのキャサリンさんの登場!
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