第8混ぜ お祝いしますよ、ミルフさん
お待たせしました!
よろしくお願いします!(´ω`)
少し長めかもです!
◇◇◇
「ふふーん、出発前とずいぶん違う対応じゃない? ミルフ」
「……別に変わらんぞ。余計な勘繰りはよせ、サリュ」
「あの人、錬金術師なんでしょ? パーティー組めば良いんじゃない? 一緒にクエストに出掛けてどうだった?」
「そうだな……料理が美味しかった。それと、お菓子も……あっ」
ガタッ! と座っていた椅子から立ち上がったサリュが顔を近づけてくる。そんな態度をみせるサリュに私は軽いため息を吐くと同時に、心の中でホムラに謝罪していた。
「お菓子って、種類は!?」
「甘いクッキーだ……」
「料理の方は!?」
「スパイスの効いたスープとか……」
「何枚!? クッキーは何枚食べたの!?」
ぐいぐいと問い詰めてくるサリュは、二歳上とは思えない程の……ただの乙女だった。甘い物は総じて価値が高い。本来なら自分の稼ぐお金じゃ食べられないという事を、私だって理解していた。
ちゃんとした職に就いているサリュですら、一ヶ月のお給金を節約した上で何枚かしか甘いクッキーは食べれない。そう愚痴を吐いていたのをよく知っている。
だから、ホムラに対して心の中で謝罪をしていた。この後の展開を予想できているから。数少ない友達の頼みを自分は聞いてしまうだろうと、分かっているから。
「サリュ、声がデカいぞ……あと、耳を貸せ」
「あ……うん」
先手を打って、あたかも譲歩した様な雰囲気を出して、彼女に条件を提示した。
「最初の一回だけは、私から頼む。だが、次回からは自分で交渉すること。二つ目は、この件をホムラの了承なく広めないこと」
「分かったわ。広まったらホムラさんの所に街中の女性が押し掛けるものね……」
目の前でお菓子に思いを馳せている友達が、浮いたお金のほとんどをホムラに注ぎ込むだろうと簡単に想像できたから、私は少しだけ表情を曇らせた。
サリュを悪いとは言わないが、甘い物をチラつかせれば簡単に騙されそうだと……心配になっていた。
「まったく……お前の甘い物好きもそうとうだな」
「甘い物に弱いのは仕方ないじゃない?」
「悪い男に騙されても知らないぞ?」
「ホムラさんは……どうなの?」
「悪い奴……では、ない……と思う」
「歯切れが悪いわねぇ? 好きなの? 嫌いなの?」
「嫌いでは……な……何を言わせてるんだっ!」
困る私を見て、彼女は笑顔になる。イジワルな所は、出会った当初から変わらない。まだまだ長い付き合いとはいえないのだが。
それでも、ただの友達としてサリュは私を心配してくれる。人付き合いの苦手な私にとっては、本当にありがたい存在なのだ。
男が怖いとか、男にトラウマがあるという訳では無いのに男の影が見えない私を、サリュはよく心配している。
ホムラのせいで、これからもサリュに何かを言われ続けるのかと思うと……先が思いやられるけど。
「サリュ! 列が混んで来てますよ!」
さすがにゆっくりと話し込んでいれば、他の受付に怒られるのは当然のことだった。
サリュは急いで仕事を再開させ、私はは明日の準備をしにギルドから出て行った。
――そして翌日。
今までなぜ出来なかったのかを問い詰めたくなる程にあっさりと、私はギルド職員でありランクアップの担当として一緒について来たサリュの前で、跳躍兎三匹を討伐してみせた。
「おめでとうミルフ。これで青ランク冒険者ね!」
「ありがとうサリュ。ホムラにも報告してくる!」
そう言って、私は街の方まで走っていった。後ろからクスクスと笑い声が聞こえたが……聞こえない振りをして。
一刻も早く、約束の品を見定め、裁定を下さねばならない。完成品次第では……だ。
◇◇
街からそう遠くない草原。一人で帰れはするものの、か弱い受付を置いていくミルフに対して『冒険者としてはまだまだね』という評価をしていた。
「まったく、行ってらっしゃい……。あの子があんな笑顔を見せるなんてね。やれやれ……」
『キュゥアッッ――』
後ろから体当たりをしようとしていた兎に対し、私は動かない。ただ――指先を後方に向け、唱える。
そよ風が私の髪を撫で、何事も無かったかの様に歩き出す。後ろに落ちる真っ二つになった兎なんて気にも留めずに。
「さーて、戻ったらまたお仕事がんばるぞー!」
◇◇◇
大釜に水を張り、空気中の魔素を集めて注ぎ『魔水』に変える。
そこに、『小麦粉』『卵』と『ミルク』と紅茶の『茶葉』を少し加えて、初めはゆっくり、だんだん速くのペースでかき混ぜる。
ものの三分ほど掻き混ぜれば完成だ。その名も――
「『お手軽ホットケーキ~紅茶の香りを添えて~』の完成!」
太陽が真上に昇る頃、師匠が帰還しない事よりも自分の空腹を優先させてクッキングをしていた。
師匠に関しては心配も何もしていない。無事に日本へ戻れていたとしても、していないにしろ、どうにかやってのける筈だから。
普段の昼ご飯なら、パン屋から幾つか余ったパンを分けて貰い、それを軽くアレンジして済ませている。
だが、今日はミルフさんが来る予定になっている。それにきっと、冒険者ランクを上げてからやって来るのだろう。
そのお祝いも兼ねて、自分の為というよりは、ミルフさんの為に自炊したのだ。
――トントンッ!
玄関の扉が叩かれる。来訪者は予想通りの人物で、その表情を見る限り……お祝いの準備も無駄にはならなそうだった。
「いらっしゃい」
「ずいぶんと分かりにくい場所にあるのだな……一軒家なのは羨ましいが」
「まぁ、借りてる状態なんですけどね。さっ、入ってください」
「では、失礼して……うん? 何か良い匂いがするな?」
「昼飯というか……おやつみたいなものですけど、用意しましたので。とりあえず、ひと休みしてください」
キョロキョロとアトリエの内部を見渡していた彼女だが、おやつの言葉にピタッと止まる。
服装はいつもと変わらないが、ちょっとだけ血生臭い香りが混じっている。
消臭剤で取れる臭いなのかは分からないが、花の香り付の液体を雑に吹き掛けておく。
「おい!? 何を吹き掛けた!?」
「いや、臭いんで……」
「くさっ……!? 失礼だな、キミは! 本当に!」
「す、すいません! とりあえず座って待っててください」
「ホントに、まったく!」
腕を組んで座る彼女に、作りたての紅茶ホットケーキとミルクを用意してあげる。
ナイフとフォークに三枚重ねのホットケーキ。喜んで貰えてるかはどうかは、その表情を一目見ればすぐに判った。
「か、金は無いぞ?」
「知ってますよ。冒険者ランク、上がったんですよね? 今日はそのお祝いを兼ねてです」
「そ、そうか……。ありがとう、とても嬉しい。その報告も兼ねて今日は来たのだ」
「おめでとうございます。ですから、遠慮せずに食べてください」
「うむ。ご馳走になる」
一口大にカットしてお上品に食べる姿からは、冒険者というのを感じさせない佇まいだった。
ただ、パクパクと食べ進める姿は年相応の女の子という感じがしているが。
そんなミルフさんを横目に、俺はクッキーを摘まむ。どうやら食べ終わるまでは、会話も始まりそうになかった。
「美味い……美味い……むっ。食べ終えてしまったか……」
「材料に余裕があれば、また作ってあげますよ。ミルフさんの本題は……」
「そうだった! ぬいぐるみ……もし、不恰好なものなら」
感情の揺れ幅が広い。情緒が安定していないご様子だ。
可愛い物に目が眩むことに関しては、女の子なら普通に可愛いで済まされるのだが、冒険者……戦う者に取っては弱点になるのではないだろうか?
少し前に絡んで来た冒険者達も、ミルフさんが可愛い物に手を出せないと知っていたみたいだし。
それは本人がどうにかしないといけない問題で、俺がどうこう言っても仕方のない事になるんだが……。
「はいはい、すぐにお持ちしますよ」
見えない場所に置いていた木箱をミルフさんの目の前まで運んだ。
やろうと思えば、本物に限りなく近い人形を作る事だって可能だ。だが、今回のお客様は可愛さを重視している。
その要望に合わせて、リアル寄りにはせず子供が喜びそうな造形に変形しておいた。
見た目だけで言えば――――
「か、か、か……可愛いぃぃ!!」
「箱から取り出してすぐに頬擦りをしてしまう完成度……よしっ!」
確かな手応えはミルフさんを見ていれば得られる。
ただ、作る前から考えていた『普通で良いのか?』という錬金術師としての悩み。
要望通りの品を作る事だって、お金を受け取る以上やらねばならない事だ。
ただ今回は、ミルフさんへの報酬の一部としてぬいぐるみを贈る事になった。一部だ。一部なら……ちょっとしたアレンジくらい良いよね? という結論に至るのは、当然の帰結と言えるだろう。
アレンジ――そう言ってもやり方はいろいろだ。
爆破……は駄目だろうと、最初にしぶしぶだが却下している。
贈り物という観点、それと自分の試したい事を込みでアレンジを施した。
「期待以上の物だ! 素晴らしい!!」
「ミルフさん……さては錬金術師の俺が、肌触りや見た目の完成度だけで満足するとでも?」
「な、何を言っている……?」
「実は一匹分の毛皮さえあれば、一つのぬいぐるみは作れるんです。今回は三匹分の素材がありました……そりゃ、いろいろと試しますよね?」
またしても木箱を取りに行く。
最初に見せたぬいぐるみは、本当にただのぬいぐるみだ。面白くもなんともない、最低限の仕事だ。
だが、今持ってきた二つの木箱に入っているぬいぐるみは、見た目こそ同じだが特殊加工が施されている。なかなかの自信作だ。
「一つ目を紹介しましょう。その名も『ぶくぶくウサギちゃん』です!」
「可愛くない名前だな? でも、見た目は同じだぞ? 何が違うと言うのだ?」
「見ててくださいね? …………ハッッ――!!」
床に置いたウサギに、魔水を作る時と同じ様に集めた魔素を注いでいく。
このウサギに施した特殊加工とは、簡単に言えば『魔素を溜める伸縮性に優れた袋』という性質を付与したこと。
生き物の心臓は、体の中で一番魔素が溜まりやすい部位である。その心臓を素材として、他の材料と一緒に錬金して伸縮性のある『魔素袋』を作成したのが、このぬいぐるみの核となる部分だ。
そして、それをぬいぐるみを作る際の材料に加える事で、魔素を注ぐとぶくぶく膨らむ――『ぶくぶくウサギちゃん』の完成である。
「お、おい……ホムラ! 既に私やお前よりデカいぞ!?」
「ふははははっ! 良い感じですね! これは何かに使えるかもしれませんっ!」
「大丈夫なのか!? こわっ……なんか怖いっ!」
「でも、もふもふ具合は最高ですよ? 意外と、意外と……じゃないですか?」
「うっ……。たしかにそう言われると……意外と、意外と、かもしれない」
大きくするのを止めると、既に二メートル近い大きさまで膨らんでいた。巨大なもふもふの完成。
そのもふもふに、ミルフさんが顔を埋める。手をウサギの胴部分でサワサワと動かしている。
俺も反対側の胴部分のふかふか具合を確かめる。
「意外と、意外と……」
「あぁ、これは良いものだぁ~」
ミルフさんの声が蕩けていく。
これはこれで満足してくれたのだろう。ただ、残念なことにこの膨らみは長くは保たない。
心臓は魔素が溜まりやすい場所であるが、溜まり続ける場所ではない。人も動物も、無意識に魔素を外へと排出している。
排出が出来なければ、すぐ心臓が魔石に早変わりしてしまうからな。
魔素を外に出しても出しても溜まる量が多い場合に限り、生き物は魔物へと変貌を遂げる事となる。
つまり……このぬいぐるみは魔素をゆっくりと吐き出して、ここから少しずつ縮んでいくのだ。
「面白い。というか、凄いなキミは……ぬいぐるみ職人になれば良いのに」
「なんすか、その職業は。俺は錬金術師ですよ」
普通のぬいぐるみとの違いは膨らむことだが、毎回それを確めるのは面倒だろうと思い、特別に目の色を変えている。
普通のが赤色。膨らむのが青色だ。そして、三つ目のウサギは黄色の目。
これも、簡単に言ってしまうなら『ぴょんぴょんウサギくん』だ。ただ、跳ねる。そして、よく引っくり返るというだけの仕様。それでも見てて癒されるから良い出来上がりには違いない。
「……以上、三つをプレゼントしますよ。次は、素材を持ってくるか緑ランクになった時ですけど……すぐ上がるものですか?」
「試験自体は楽だろうが……受ける為にはクエストを幾つか、な。それに時間が掛かるだろう」
「なるほど。頑張ってくださいね!」
「あぁ……塞き止められていた水が流れ出したんだ。これからの私は凄いぞ」
そう、自信ありげに宣言する彼女に、拍手を送る。
俺と師匠はこの世界での錬金術師ランクを上げていない。人気のアトリエには毎日の様に依頼が来ると聞いて、辞めることにしたのだ。
あくまで、俺と師匠は自分の好きな事をするつもりである。
俺は新たなアイテムを作り出して、自分だけのレシピノートを作る事を目標として。師匠は……婚活でも頑張るのだろう、きっと。
「何かあれば依頼、出しますね」
「うむ。いつでも声を掛けてくれ。特別だぞ。キミは男で軟弱だが……良い奴だからな」
「言ってくれるじゃないですか、ミルフさん」
「ふふっ。キミに影響されたのかもしれないな。……っと、そうだ。私の名前をちゃんと教えておこう」
ちゃんと……? ミルフさんはミルフさんじゃなかったのか?
この世界では『鍛冶師カバーラ』や『商人のマイク』みたいに名前しか無い人の方が圧倒的に多い。
所謂、ファミリーネームを持つ人は貴族や有名な商人。他には何かを成して、褒美としてその個人や一族に与えられた場合のみらしい。
まさか、ミルフさんって高貴な生まれなのでは? と少し思ってしまった。
ただ、そう思った所でどうもしない。実は王女とか言われても、関係ない。今までの不敬とか言うならば、どうにかするだけである。
「私の名は、ミルフ・イーユ=ボルゾイという。隠していたが、実はあのボルゾイ流剣術を創設した一族の娘なのだ」
「え? ミルフィーユ?」
「いや、ミルフ・イーユだ」
「ミルフィーユ……?」
「ミルフ! イーユ!」
「あぁ! はいはい、ミルフィーユ! 可愛いというか、美味しい名前ですね!」
なるほど、なるほど。ミルフィーユだからミルフと呼ばれていたのか。納得だ。何だか食べたくなってきたな、ミルフィーユ。パイ生地と生クリーム……意外と作れるかもしれない、かな?
「いやまぁ、そこは良いんだ……。私の強さは実家があのボルゾイ流というのがあってな」
「へぇ」
「……反応が薄くないか?」
「いや、ちょっと……ミルフィーユのことを考えてました」
「なっ……!! キミは急に……なんなんだっ!?」
「美味しいですよね、ミルフィーユ」
「美味しいとは、何だ! 美味しいとは!」
あぁ、そうか。ミルフさんは知らないのか。時間があるのなら作ってあげても良いのだが、既にホットケーキを食べた後で、まだ入るだろうか?
「パイが美味しいんですよね」
「パイ!? パイとは……その、おっ、おっ……ん~~~っ!!」
「どうしたんですか? 急に顔を赤くして。熱ですか?」
「キミもやっぱりケダモノなのだな! 女性の前で恥ずかしげもなく胸の話をするなっ!」
「えっ!? 誰が、胸の話を?」
「キミだろぅ!」
「してないですよ!」
「えっ……。だが、おっ……」
「おっ? パイ? あ、なるほど」
パイをそういう意味で捉えてしまったのか。なるほど、やはり無知とは怖いな。師匠の言うとおりだ。
ミルフさんの場合、自分の力では知り得ない知識だから仕方がないとはいえ、やはり知らないは怖い。知らないからこそのヒラメキはあるかもしれないけど、それはそれだ。
「とりあえず誤解というだけ先に言っておきますね。その上で、ミルフさんはまだ食欲はありますか?」
「誤解……なのか? 本当か? 嘘なら斬るぞ!」
「いや、すぐに斬ろうとしないでくださいよ……。少し待っててくださいね。すぐに用意します」
作った事は無いが、材料はだいたい同じだろう。パイ生地だから、薄力粉や強力粉を使うのだろうが……無い。無い時は魔素のアシストと他の材料でそれっぽく仕上げるしかない。
美味しさよりは、見た目重視で今回は作れば良いだろう。
さて、やりますか!
みる!ふぃーゆ!
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