第6混ぜ 覚悟したとこ悪いけど……
お待たせしました!
よろしくお願いします!
森や洞窟……もっと言えば、世界には素材が満ちている。
この世界において言うなれば、魔素の濃さが良い方向に転じて素材の質が良かったり、魔素の影響で意外な効力を持つ物もある。それは、熱を溜め込む鉱石だったり甘過ぎる花の蜜だったり。
素材を加工する側とすれば、この森だって宝の山みたいな場所だが、そうでない人にとっては……退屈過ぎるのかもしれない。
「おい、いつまでも同じ場所に居て良いのか?」
「この辺なら、魔物も動物もほとんど見掛けないぞ?」
「……私も葉っぱを取ってきてあげたけど?」
しきりに話し掛けて来るミルフさんを、その都度軽くあしらっていた。暇なのだろう……ただの雑草を持って来られた時はどうしようかと思った。勝手に離れられても困るし、かと言って素材を見分ける事は出来なそうだし。
仕方ない……と俺は立ち上がって、もう少し森の奥へと進む提案を彼女にすることにした。
「ミルフさん、この森へは何度か来たことが?」
「ある。ほとんどの冒険者は、基礎をこの森で培うからな」
「なるほど……この辺りの素材はとりあえず置いておいて、もう少し奥へ進もうと思うんですが」
「分かった! なら、私について来てくれ」
意気揚々と依頼主の前を歩いて行くのは、俺が背後からの奇襲で死んじゃうから辞めて欲しい。ようやく冒険者らしい事が出来るのが楽しいのが、やる気を見せている彼女を止めるのは可哀想だから今はしないが。
だが、まだミルフさんの実力を知らない点において言うならば、そろそろ魔物と対峙する姿とか、動物を罠に掛ける姿を見ておきたいと思っていた所でもある。
同い年くらいか少し年上か……どちらにせよ女の子が一人で冒険者を“やっている”時点で、ある程度の強さを兼ね備えているのは想像できる。
だからこそ、ランクが低い理由が謎だ。それを知れるかもしれないのなら、今は好きなように動いてもらう方が俺にとっても得なのかもしれない。
森の中とはいえ、歩き易さがある。ミルフさんが冒険者の基礎作りに訪れと言っていた通り、今までにかなりの数の冒険者達が地面を踏みしめていったのだろう。
かと言って、周囲の見通しは悪いし迷いやすそうなのも確かだ。ガンガン進んでいるが……帰り道の目印になるようなものがあるのだろうか? 冒険者には分かるとかなら、まだ良いのだが。
「ミルフさん、ちなみにですけど入って来た方向って分かってるんですか?」
「当然だ……なんだ、その疑いの眼差しは」
「いえ……大丈夫なら問題ないです」
とても不安。だが、ミルフさんが大丈夫と言うのなら、俺はそれを信じるしかない。
どんどん奥に進んでいく彼女に追従して進むこと数十分……ちょっと疲れて来たみたいだ、俺の身体が。
俺の体力が少ないというよりは、冒険者をしている彼女の体力が多いのだろう。たぶん、そう。いや、絶対そうに違いない。
「ホムラ、休める場所はもう少し先にある」
「だ、大丈夫ですよ? 全然、へ……平気ですし?」
「いや、無理をされると私も困るのだが?」
「そうですか……じゃあ、休憩をください。ミルフさんのペースが速いので疲れました」
「キ! ミ! は! 余計な一言を付け足さないと喋れないのか!?」
怒られてしまった……事実を述べただけなのに。先程までよりも、ペースを上げて進んでいく彼女に何とか追い付こうと走り、余計に疲れていく。
なるほど、これが『口は災いの元』というやつか。気を付けようと思っているのにどうしても出てしまうな……。
「ん……?」
近い距離の場所だと思うのだが、水の流れる音が聞こえてきた。この森を少し抜けた場所に、川が流れているのかもしれない。
疲れを見せない表情をしたままの彼女は、一直線に進んで行く。倒れている大きな木も、ちょっとした段差も軽々と。
どんどん先へ進むのに、俺と距離が開くと一応は待っていてくれている。
噂に聞く、クーデレってやつかもしれない。いや、デレて無いか……呆れてるもんな。呆れた表情で待ってるもんな。
「もう少しで川の近くに着く。そこを拠点にしよう」
「川の氾濫とかは大丈夫なんですか?」
「大雨でも降らない限りは、な? 他の冒険者も居るだろうが、緊急時には協力も出来る」
「なるほど」
水場でキャンプには良い場所だし、人が多く集まると動物達も学習しているのかもしれない。安全面に関しては問題なさそうだ。
ただ、問題があるとすれば人と人。ここへ来る前に出会った冒険者達みたいな、遠慮無く絡んでくる奴等だってもしかしたら居るかもしれない。
ミルフさんの様な女の子と俺の二人組だ。狙いやすさは断トツだろうな。
「ミルフさん、一人って危なくは無いんですか? サリュさんも誰かと組んで欲しそうでしたが……」
「たしかに危険だ。危なすぎて野営も難しい」
「なら、どうしてですか? 女の子の冒険者が居ない訳でも無いでしょ?」
「理由は幾つかある……が、私だけランクが低い。パーティーを組む際に、パーティーランクというものがあるのだが……そこでも足を引っ張る」
「ちなみに……ミルフさんって」
「………………白だ」
――白。それは別に下着の色の話では無い。
冒険者ランクの一番下、つまり成り立ての冒険者という事を意味している。たしか魔法ギルドでも、ランクは同じタイプで表していたはずだ。
ギルドは、色でランクを区別されているから分かりやすい。
日本での錬金術師のランクは、上から太陽、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星……と天体を用いていた。結局は……面倒という理由から、大抵の者はSからHまでのアルファベットを用いていたが。
ちなみに、師匠は当然『太陽』の地位にいる。俺はちゃんとした試験は受けていないけれど、師匠からのお題をクリアしていたら『金星』ランクまではあるだろうと、師匠には言われた。
太陽と水星の力量の差は大きい。もちろん、水星と金星もだ。
師匠からは「そろそろ水星ランクの力はあるんじゃない?」とお墨付きを頂いているけど、自分ではまだまだだと思っている。
「俺もランクは上げてないですよ、一緒ですね! ……なんて、慰めにもなりませんかね」
「いや、気にしないでくれ。私が未熟なだけだ」
「あっ……そろそろ森を出ますね。ちなみにですけど、白から青へのランクアップ試験の内容って何ですか?」
「…………跳躍兎を三匹討伐だ」
おぉぅ……狩猟で、子供からそこそこの難易度として人気のウサギさんじゃないですか。
そりゃいったい、どういう理由があるんすか……ミルフさん。
◇◇◇
「なるほど、なるほど。えっ、キャラじゃなくないですか?」
「べ、別にいいだろっ! ――私が可愛いものが好きであっても」
川の近くに陣取り、お腹を満たす為に持ってきていた『何処でもキャンプセット』を使ってオヤツ感覚のスープを作りながら、ミルフさんの事情について聞いていた。
どうやら、小動物からお人形……とりあえず可愛い物が好きなのだとか。クールな顔して可愛い物が好きとか、ギャップが凄い。
それで、その性格が災いして可愛いウサギさんを討伐できずにいるらしい
「いや、だとしても……冒険者ですよね」
「可愛くない魔物なら……殺れる」
「そ、そうですか……。でも、ランク上げの条件はウサギさんですよね?」
「……とても厳しい条件だ」
たしか、次に失敗するとヤバいとか。そりゃ、頭を抱えるのも無理は無いだろう。
誰にでも苦手な物はあるだろうけど……好きすぎて無理というパターンはそんなに聞く話じゃない。動物が好きでも生きる為に、と普通なら割り切るものだ。
「む……それにしても、なんだ? この食欲をそそる香りは」
「スパイスってそういう効果もありますよねぇ、カレーラ……いや、スープカレーですね」
「たしか、スパイスを使ったスープがあると聞いた事はあるが……これか」
「具材とかほとんど何も入れてないので、物足りないかもしれませんけど。……ウサギの肉とか入れると合うのにな~」
俺の最後の呟きを完全に無視して、器に注がれるカレーだけを見ている。そこまで辛いやつでは無いが、念のため口に合わなかった時の為に、半分くらいにして渡してあげた。
見た目の色に少し戸惑っているご様子である。だから先に、同じ様に準備したカレーを俺が飲んで見せた。
「我ながら美味い。まぁ、お湯で溶いただけなんだけど」
「そ、そうか……よし。私もいただこう…………んっ!?」
恐る恐る口に含ませていたが、一口目が喉を通り過ぎた辺りで彼女はもうその美味さの暴力に屈していた。
あまり多くはしていなかったが、それを一気に飲み干し、おかわりを要求してくるくらいには味の虜になってしまったみたいだ。
「キミは料理人にでもなった方が良いんじゃないか?」
「レシピ通りに作るって点では、錬金術師も料理人も似てるかもしれませんね」
「しかも、それほど時間を掛けずともこの美味しさ……猪の臭い肉を焼いて食べてた私はなんだったのか……」
「いや、臭い消しをすれば猪の肉だってめちゃくちゃ美味し……あっ、ミルフさんランクが低すぎてお金が」
「猪を狩れる事よりそっちを言うんだな、キミは」
何か、話を聞いてただけなのに彼女が可哀想に思えてきた。
動物を可愛がる感情を捨てろとは、さすがに言いづらい。
俺やその他の錬金術師からしてみれば、余計な感情でしかないのだが、きっと大切にすべきものだろうし。
だからと言って、このままじゃ何も変わらないのもたしかだし。どうしようか? 俺に……何をしてあげられるのか。
「猪は狩れて、ウサギは無理なんですよね?」
「可愛いからな」
「それは、命が懸かっていても無理ですか?」
「さすがに……そこまででは無いと思う。ただ、可愛いものが減っていくのは悲しい」
「“減っていく”のが悲しいですか……それならどうにか出来るかもしれません」
「いや……無理だろう。殺せば終わり、目の前に居た可愛いは無くなってしまう」
普通の考えだ。とても普通。普通過ぎる程に普通の理論。
だが、その普通が錬金術師に通用すると思ったら大間違いである。
――殺せば終わり?
違うな、殺せば素材となる。素材となれば……そこからが錬金術師としては、スタートになる。終わりは始まりなのだ。
「俺が前に居た場所にはこういう言葉があるんですよ“可愛いは作れる”。ちょっと格好良く言うとラブリークラフト」
「可愛いは……作れる?」
「あぁ、もちろん……生き返らせるとかは無理ですよ? ですから“ぬいぐるみ”って形にはなります。素材さえあれば……いや、素材さえミルフさんが持ってきてくれるなら」
「――――聞きたい。本当に可愛い人形が作れるのだな?」
「これでも最高の師匠の弟子ですよ。満足するものを作り上げてみせます」
ミルフさんの中で覚悟ができたのか、顔付きが本気になっている。
俺にできる事といえば、錬金術くらいだ。それでも、ミルフさんの悩みを解決するのならば十分だろう。会話をしてくれる依頼の報酬として渡すのが、お互いに金を使わずに済む良い方法かもしれない。
「素材は何が必要だ? 作るのに何日掛かる?」
「そうですね……。素材は動物の毛皮の使える部分を三枚ほど必要です。よく洗って干すのに一日で、実際に作るのは数時間ですが……多めに見積もって計二日くらいですね」
「分かった。なら、急ごう。私の覚悟が冷めないうちに」
「いや、スープが冷める方がちょっとアレなんで……えっ? おかわりまだありますけど?」
「――んもうっ! いただくけど! あまり私の覚悟を軽んじてくれなるなよ、ホムラ!」
立ち上がり、『いざっ!』って感じを出していたのに申し訳ないとは思うし、覚悟を決めた所に水を差したのも謝る。
けど、ね? 美味しいスープが冷める方が大変じゃん? それに、俺はまだ全然食べてない訳で。
――この後、そこそこゆっくりしてから、俺達はまた森へと入って行った。
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