第58混ぜ 土下座してゴネて何とかなるなら!
お待たせしました!
すみません……祭り当日まで辿り着けなかったです( ;∀;)
でもでも、よろしくお願いします
「ただいま」
アトリエに着くと、一気に疲れが押し寄せてくる感じがした。
あの街の混み具合……思っている以上に人波に疲れたのかもしれない。
「お帰りなさいませホムラ様、それに皆様も」
「キャサリンただいまネ! これ、お土産ヨ!」
出迎えてくれたキャサリンに、エレノアがお土産を渡す。そしてその奥では、マユエルが一心不乱に釜を掻き混ぜていた。
一定のペースでただひたすらに。最初は一秒に二回や三回ペースの練習も苦戦していたマユエルだが、少しずつ安定してきている。
「して……ホムラ様? そちらの背負われている御方は?」
「あぁ、そうですね。簡単に言えば拾って来ました。吸血鬼で長生きしているみたいですけど、最近住処を出たらしく……ディール、アトリエに着きましたよ」
「……むぅ。妾、全然寝足りないのだが……――ッッ!?」
いきなり背中を飛び降りて、距離を取るディール。
その理由は明白――キャサリンさんが放った殺気だ。マユエルの気を散らさない様に調整した殺気で、身構えたのは玄関付近に居た俺を含む帰宅組だけ。
「良い反応です。ホムラ様達も、だんだん殺意のあるモノに鋭敏となってきましたね」
「……急にやると心臓に悪いですよ。急にやるから意味があるのかもしれませんが」
「な、な、何奴だ? 母上が本気で怒った時に近しいものを感じて……ホムラ! 妾、かなり怖いんだけど!」
「ディール、こちらはメイドのキャサリンさんです。年齢不詳、本名不詳で、自称ただのメイドです」
その上、戦闘訓練、学業、家事……炊事を除いてほぼ完璧にこなすメイドだ。
今は俺以外のみんなにも、強くなる為の訓練方法なんかを教えてくれている。歩き方から気配の薄め方、ナイフを連続して動かせる格闘を交えた型まで。
今の殺気とて訓練のひとつで、不意に放つ殺気に誰が一番に反応するか試している。それで、日々の成長を見ているらしい。
「ご無礼を謝罪致しますディール様。改めまして……ホムラ様に仕えております、キャサリンと申します。以後お見知り置きを」
「う、うむ……いや、はい! 見知った! もう、見知ったぞ! だから……お、怒らない?」
「別に先程のは怒った訳では……その辺りはホムラ様からフォローをしてくださいね?」
「あ、はい。言っておきますね」
キャサリンさんは普段から丁寧なのだが、初対面の相手に対しては特に丁寧になる。
それ自体は特におかしい事ではないのたが、あの殺意の後の丁寧さが、ディールにとっては怖く感じるのかもしれない。
(何てフォローすれば良いのか……本当に怒ったら死の手前まで戦う事になりますよ? ……じゃ、流石にダメだな)
俺とエレノアは小さい頃にめちゃくちゃ怒られた経験がある為、他のみんなよりもキャサリンさんの殺意には敏感になっている。
ただ、意味もなく怒る人では決して無い。キャサリンさんが怒る時は、必ず俺が馬鹿をした時だ。基本的には優しく、俺のやりたい事を見守ってくれる人だからな。
「……うにゅ。できたのよ」
奥の方で釜を掻き混ぜていたマユエルが、そう言葉を漏らした。
快適な空間になっているアトリエで、汗を拭う仕草はやりきった感を演出する為の愛嬌ってやつだろう。
「マユエル、お疲れ」
「うにゅ? 先生いつの間に?」
「ついさっきな。この子はディール、吸血鬼で最年長だ」
「分かったのよ~」
理解力があって助かる。もしかすると、特に気にしていないだけなのかもしれないが。
年齢の割りに大人びているマユエルと、年齢の割りに子供っぽいディール。意外と良いバランスかもしれない。
「童は何をしていたのだ?」
「うにゅ……マユエルなのよ?」
「そうか。して、童は何をしていたのだ?」
「わらべ、じゃなくてマユエルなのよ?」
「おい、ホムラ!」
俺に通訳をしろとでも言いたげに睨んでくるが、ノータッチだ。
マユエルはただマユエルと呼んで欲しいだけで、それを俺がディール教える理由は特に無い。
「さて、マユエルの作業が終わったなら晩御飯の準備でもするか」
「聞かぬか! なんじゃ、あの童は? 何故に名前を強調する!?」
「うにゅ。吸血鬼……知ってるのよ。生き血を飲むのよ? 人を動かなくするのよ? 体も再生するのよ? でもお日様の光に弱いのよ?」
まるで幼稚園といった賑わいだ。通った事は無いが、小さい子が騒がしくしているという情報は得ている。
年齢を考えても幼稚園は言い過ぎかもしれないが、間に立たされるとそんな事を思ってしまう。
「おーい、ミルフさん交代しよ――」
「任せろ!! ホムラはさっさと飯を作ると良い。私は『いたりあん』の気分だ!」
「ミルフ駄目ヨ! 明日の為に最終訓練をする時間ネ!」
「……くっ。そうだったな。キャサリン殿が居るからお手合わせして貰えるチャンスで……くぅぅぅぅぅぅ!!」
顔がくしゃくしゃになる程悩む事とは思えないが、ミルフさんにとっては相当な葛藤が心の中で起きているのだろう。
最初の頃の、綺麗で格好良い剣士のイメージは今は無い。『美人剣士』から『変態剣士(笑)』にジョブチェンジしている今の姿を親御さんが見たらどう思うのか……。
「ミルフ、早くするネ! クルス、お腹空かせてくるからネ」
「ちゃんと灯りは持っていけよ?」
「ホムラ様、回復アイテムの用意もお願い致します。私も手加減は難しくなってきましたので」
ミルフさんを引き摺りながら出て行くエレノアと、一緒に外へ向かうキャサリンさん。
最後の一言が不穏だが、裏を返せばそれぐらいエレノアとミルフさんの実力も上がって来ているという事。素直に喜べる情報だ。
「なぁ、ここは騒がしいな? 特にこの童」
「ディールもすぐに慣れますよ。まだ学生ですけど、マユエルはこう見えて街の事にも詳しいですし、話を聞いてみるのも一興かと」
「暇だしそれもアリ……か」
たしかに少し騒がしく思うが、それは今回みたいにみんなで集まった時くらいだろう。
普段はマユエルも居ないし、ビスコもずっと寮暮らしだし。マユエルが無駄にテンションが高いのも、おそらくはその普段とは違うからだろう。
「あ、そうだ! ディールって本当に再生能力があるんですか?」
「再生? ふむ……たしか、母上に右手を木っ端微塵にされた時は生えてきたぞ。めちゃくちゃ疲れたがな」
再生――イメージとしては、トカゲのしっぽが切れても生えてくるみたいな感じだ。
回復はただ単に傷の修復だから、当然、切れた指が再び生えてくる事は無い。
(つまり、親指を切って再生すれば……くっ付いている親指と千切れた親指の二本が在るという事!)
錬金術師からしてみれば、かなりレアな体質と言わざるを得ない。それが吸血鬼ともなると、尚更だ。
吸血鬼の牙、血液、眼球、皮膚、筋肉、骨、髪……使い道はまだ分からないが、めちゃくちゃ欲しい。特に耳と舌は翻訳通訳機の改良の為に、是非とも欲しい。
――だが、少しだけ悩む。出会ったばかりの相手に「再生するんだから耳をくれ」……なんて事を言えるかどうか。
相手が魔物とかなら遠慮しないが、そうじゃない相手にだと少しくらい考えてしまう。
「ふむ…………」
「ん? どうしたんだ?」
「ディール、疲労回復とか魔力回復とか痛覚を麻痺させるアイテムをあげるので……耳と舌をください!! この通りです!」
言い終える途中から、土下座のポーズへ。
自分でもヤバイ事を言っている自覚はあるが、土下座やアイテムでどうにでもなるなら、それで良いという結論に至った。
「お主、何を言っているのか分かっておるのか!?」
「もちろんですよ! 吸血鬼の耳と舌で我慢しようとしている所は自分でも評価したい部分です!」
「もしかして妾、変な所に来ちゃった? ……そうだ! ビスコ、お主は普通よな?」
「まぁ……他の方達よりは。ディールさんに説明しますと、かくかくしかじか……」
ビスコが錬金術師がどうとか、土下座している俺の代わりに説明をしてくれている。
俺の土下座が面白いのか、マユエルが座ってきたり揺すってきたり、隣で同じポーズをしていたりするが俺は最初の位置から動かずにいた。
もうマユエルが変な事をしようと、最近はまったく止めないキャロルさんだ。職務放棄が日に日に酷くなっていた。
「なるほど、妾は賢いからすぐに理解出来たのだが……吸血鬼の素材など、そこまで欲しい物か?」
「珍しいので」
「おいホムラよ! さては珍しければ何でも良いのだな?」
「それは……、正直に言いますと……何でも良いです! あ、よろしければ温度調節機能を付けた紫外線もカットしてくれるローブをお作りしますけど?」
いろいろな条件を出して、ゴネて、ゴネてゴネてゴネてゴネてゴネて……そして粘る事二〇分。
痛みを無くしてくれるなら――と、ディールから吸血鬼の耳と舌を頂ける事になった。
「ここ最近で一番ゴネたわ……マユエル、恥や外聞なんて邪魔なだけだと覚えておくと良い」
「うにゅにゅ……淑女の嗜みがあるのよ?」
まだ、この境地に至るにはマユエルも捨てきれない物が多くあるみたいだ。
「さて、とりあえずこの液体を飲んで貰って……」
「うっ……こんな色の液体、本当に飲んで大丈夫なのかー?」
「大丈夫ですよ。一時的に触られる感覚が消えるだけなので」
小瓶に入れた紫色の液体をディールに飲ませる。効果はおよそ十分程度だ。
「じゃあ、切りますね~」
「ホムラ……今のお主、今日一番の笑顔してるぞ?」
「それはもう、楽しいので! はい、切りました! 次は舌を……」
「えぇ……そんなアッサリと吸血鬼の耳を切り落とすかえ? あ、ひょっと! はいふはひへへほる!!」
耳と舌はすぐにタッパーへ、そしてマジックバッグへ。
今日の大金と同等に嬉しい素材の思わぬ収穫に、気分が高まってくる。今なら二日ぶっ通しで釜を掻き混ぜられそうだ。
「ふーーーーーんっ!!」
そう声を荒らげたのはディールで、その途端耳と口元に薄紫の靄が掛かり……少しずつ、再生をし始めた。
俺の作った万能薬を使えば、再生も可能だろうが……それを使わずしても再生してしまう吸血鬼という種族の強さに、何度も驚いてしまう。
「ひぃ……ひぃ……妾、やはり疲れるぞ」
「ありがとうディール。ローブは明日の朝までには作っておきますね。あと……今からご飯を急いで作りますから」
「う、うむ……約束を守るなら特に言うことは無いぞ、妾は吸血鬼の真祖だからな」
床にペタリと這ってしまったディールを、一先ずベッドまで運んで幾つか回復系のアイテムを渡しておいた。
ディールにはこれで問題は無い。後は腹を空かしているみんなへのイタリアンと、エレノアとミルフさんの用の回復薬を用意すればそれで全体的なやる事はだいたい終わりになる。
おそらく戦闘が終わるまで、あと二〇分くらいは余裕があるだろう。急いで作るとしますかね。
◇◇
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