第50混ぜ 初対面
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壁をペチャペチャとよじ登り、最上階の窓の少し下で止まり、窓ガラスの奥を確認してから城の中へと侵入する。
この最上階まで来た理由は、とある一室に人が動かずに存在しており、尚且つ、王の私室があるならやはり最上階だろうと予想してだ。
配置をタブレットで確認すると、部屋の前に二人、部屋の中に二人の護衛という感じだ。
「さて、キャサリンさん。どうしますか?」
「そうですね。ここは運良く天井が高いですから、そこを伝って護衛の上まで行き、眠り香を染み込ませたハンカチで……上から眠らせるのが一番安全かと」
その案を聞いて、衝撃吸収の靴からいつもの壁を歩ける靴へと履き替えた。デザインは違えど、キャサリンさんも同じ性能の靴を履いている。
「次はこの液体を染み込ませて……っと。一人はお願いしますね」
「はい。部屋に突入して中の護衛と戦いになれば、手紙だけ置いてすぐに撤退します。上手く話し合いに持ち込めれば、後はホムラ様にお任せします」
「えぇ、侵入者ですもんね。最低限、手紙を読んで貰えれば良しとしましょう」
俺とキャサリンさんは壁を歩いて天井まで行くと、頭に血が上る前に護衛の立っている部屋の前まで移動して行った。
キャサリンさんのスカートは、逆さまになったとて翻ることは無い。そういう風に作られた特注のメイド服である。
キャサリンさんの目を見て、お互いに頷いてタイミングを合わせ……天井から体を捻りなから両足で着地し、護衛として立っていた男の口と鼻にハンカチを押し付けた。
ものの数秒である。体の力が抜けたのか、倒れそうになったところを支えて、音が出ない様に床へと寝かせる。
――そして、ドアを二回ノックした。
「どうした?」
若い声。返して来たのは中に居る護衛だろうか。
きっと外に立っていた二人のどちらかだと思っているのだろうが……さっそく、そして遠慮無く、お邪魔させて貰うとしますか。
「どうも~、失礼します」
「――なっ!? だ、誰だ貴様ッ!? どうやってここまで!!」
予想通りの反応が軽装に身を包んだ男から返された。
部屋の中に居るのは、その若い男と中年……初老とまではいかない見た目のの男性の二人。反応は三つあったはずで、だからきっと、もう一人も何処か見えない場所に居るのだろう。
「あなたが国王陛下ですか?」
ここは私室というよりは執務室だろうか、一般的な書斎をもっと広く、豪華絢爛にした感じの部屋だ。
椅子に座って作業をしている中年男性へ向けてそう聞いてみたが、なんとなくそうなのだろうという確信があった。
「いかにも」
低く重々しい声は、少ししゃがれていた。聞いた通りの元気さはあまり感じられないものの、やはり一国の王としての威圧感はたった四文字の言葉からも感じる。
「初めまして、ホムラと申します」
「ホムラ……ふむ。たしか、マユエルの進んだ錬金術科に来た教師だな?」
「おぉ~、流石に名前くらいは知られてますよね」
「名前くらいしか、なのだ。姿とて……お主が本物ならば今知ったのだ……ゴホッ、ゴホッ」
乾いた咳を心配しながらも、若い男が俺達と国王の間に立ち警戒をしている。
「えっと、それで用件は幾つかあるのですが、今日は家庭訪問ですね」
「ふざけるなよ! 城への不法侵入、国王への不敬な態度……貴様等は今! 罪人なのだぞ!!」
「こっちも、それ覚悟で来てるんで脅しにはならないですよ?」
「よい、シミラーマン。敵意は感じぬ……少し下がっておれ」
「陛下、しかし!!」
「よい」
ここで「サンキューおっちゃん」なんて言うほど、愚か者でも不遜な態度を常日頃からしている訳ではない。ここは素直に一礼しておく。
「では、先にこちらの用件をお伝えさせていただきます」
今日起きた出来事を中心に、マユエルの才能を邪魔しないで欲しいという事を可能な限りやんわりと伝えた。
第二王子の私兵に教われる寸前だった事は強めに話して、そしてその男からいろんな話を聞けたという事もついでにバラしておいた。
例えば、第一王子第一王女が軸である穏健派と第二王子第二王女が軸である過激派の話。
例えば、己の将来的な利益の為に動いた貴族によって今の現状が生まれてしまったという話。
例えば、まだ引退には早過ぎるのに、国王が体の調子を悪くしたのが事の発端となったという話。
「まぁ、貴族や王族の事情は正直詳しくはないですし、どうでも良いんですけど、とりあえずまだ学生であるマユエルを巻き込むのはやめて頂きたく思います」
「ふむ……話は分かった。だが、今の私ではどうする事も出来ぬであろう。今ある流れを止めれる程の言葉……力はは持たぬ」
「ご病気だからでしょうか?」
「それも、ある。だが、私はそうだな……良くも悪くも現状を守ろうとし過ぎていた。この国も赤子が毎年多く生まれる……国土を広げようとするべきなのも分かっているのだがな」
国王は、少し哀しい表情をしていた。
一国の長と話す機会なんて無かったし、基本的には上の人という意識で、それ以上の感心も無かったが……思ったより良い人みたいだ。
トップともなれば汚い事にも手を染めているもので、きっとこの国王とてそれはあると思う。
だが、それでも俺の中の印象は良い人というものに決まってしまった。
「息子達ならそれをやって見せると?」
「現段階では、無理だろうな。そう思っているからこそ、二十歳を越えているのにまだ決めていないのだからな」
「大変ですね」
「えらく他人事であるな。この国の未来を作る者だと言うのに」
「これでも錬金術師ですから。自分の好きな事を出来る環境であれば……そうですね。現状維持なんて最高の政でございますよ」
第一王子は穏健派。こっちが王になれば、協力関係にある国とはこれまで通りだがおそらく背後に居る人物に操られて国が変わっていくだろう。
第二王子は過激派。おそらく背後には軍関係に強いパイプを持つ貴族が居て、領土拡大に積極的になるだろう。上手くいけば国は栄えるかもしれない。だが、下手をして周辺国家に纏まって対立されれば国土の低下は免れない。
(どっちもどっち……というか、どっちでも良いな。一番はやはり、現国王にもう少し続けて貰うことになるだろうか)
俺は持ってきたアイテムの中から、コルクで蓋をしたフラスコを取り出した。中身は黄緑、水色、赤色、紫色……に、見える混沌色の液体。
自分の人生でも、未だにたった二回しか成功していない超レアアイテム。
「……それは?」
「毒では無いですよ。これでもちゃんと回復薬です。俺達錬金術師の間ではこう呼ばれてます――万能薬と」
飲めば不老不死になるとも言われていたけど、それはまた別の薬だ。
その薬も完全な不老不死ではなく、噂では血を摂取しなければ若さや生命を保てないという……まぁ、つまりは吸血鬼。その始まりとなった薬と言われているらしい。師匠に聞いた話だけど。
残念ながらそんな危なくも興味が出る薬ではなく、俺の作った万能薬は治療薬としての効能しかない。外傷を直すというよりは病を治す薬。
「……良ければ差し上げますけど」
「陛下、どうみても毒です。あんな色の物が薬? 最上級の薬はどれも澄んで綺麗な色をしているもの……まるで泥水。ふざけてますね」
「ぷぷ。無知は罪なり」
「この私を侮辱するか! ミーナ!!」
(――殺気ッッ!!)
部屋に存在していたもう一人、まだ子供かと思う程の小さな体躯。
その子が持つナイフの刃が、俺の首元へと伸びていた。
脅しのつもりでいたのだろうが、それを見逃すキャサリンさんでは無い。でも……笑顔で刃を握り締める姿はちょっと怖い。
「誰に刃を向けているのですか?」
「えっ……うそ、どうして……」
「貴女の気配は確かに薄い。何かの魔法ですか? ですが、無い訳ではありません」
パリンッと音が鳴り、粉々になった刃が床に落ちていく。
「貴女もあの男の指示で動いたのでしょう? その忠誠心に免じて一度目は許しましょう。ですが……次は無い。次、私と彼女のホムラ様へ殺意を向けてみろ……」
「あらあら……キャサリンさん。その辺りで大丈夫ですよ」
「……失礼致しました。お見苦しい姿を」
「いえいえ、キャサリンさん手を」
鞄から普通の回復薬を取り出して、キャサリンさんの手に直接掛けてあげる。
血や回復薬で床を少し汚してしまったけれど、それくらいは許して貰おう。
「えっと、そっちのお嬢さんは?」
「……彼女は私の付き人です」
「そうですか。若いのにキャサリンさんの殺気に耐えられるなんて、凄いですね」
「えぇ。それに、足運びもナイフの扱いも上手い」
微妙な空気になりそうなところを、どうにかジョークで誤魔化しておく。
シミラーマンと呼ばれていた男はやや気圧された感じで、ミーナと呼ばれた少女はナイフを握り潰されたショックが大きいのか、呆然としている。
「まぁ……その、国王陛下には生きていて欲しいのでこの薬を渡します。鑑定士やお抱えの錬金術師にでも調べさせて構いません」
「いや、ありがたく受け取っておこう。キミがシララ様のお気に入りというのは聞いているからね。少し調べさせて貰うが……この薬で私の病は治るのだね?」
「最強の錬金術師である我が師匠の名に賭けて、お約束致します……不安でしたら住所を置いていくので、学校の無い日にはいつでも来て頂いて構いませんよ」
この距離よりも踏み込むとまた、何か言われそうな気もしたから近くに居た少女へと渡しておいた。
紙を取り出してアトリエの場所のメモを残し、最後に念押しする様にマユエルの事と刺客は排除する事を伝えておいた。
言い逃げに近い形にはなったけど、俺とキャサリンさんはそのまま部屋を出て、来た道をそのまま戻るように王城から出て行った。
マユエルの安全が確立されるまで、時間は掛かるだろう。流石に数日で問題が収束するとは思っていない。
学校内はキャロルさんが常に居るだろうから安全だろうが、休日にお出掛けするなんて場合は、街中とはいえ安心できない。
心苦しいが……しばらくはいろいろと我慢して……。
(いや、違うか。我慢させないという教育方針にしてるんだから……俺がサービス休日出勤も考えないといけないか)
「ホムラ様、先程の結果はどう受け止められていますか?」
「そうですねぇ……あまり良くなかったかもしれないですね。まぁ、初対面であれなら良い方と言えるかもしれないですけど」
「万能薬……あの程度の者に渡しても良かったのですか?」
「まぁ、確かにもったいない気はしますけど、回り回ってマユエルの為になるなら安いものですよ」
「だいぶ先生になられましたね」
「どうしても模範にするのが師匠しか居ないので、変じゃないと良いんですけどね」
まだ手探りの状況。甘やかすし、厳しくもする……そんな感じを目指していこうとは思っているのだが、まだまだ努力が足りないかもな。
上手くいっているのか不安な時もあるし。意外と難しい事も多いし。
先生や師匠という立場、教え導かないといけない子がいるというのは案外楽しくもあるが怖くもある。やりがいは少しずつ感じ始めているけれど。
(……ふむ。そういえば師匠は今、何をしているんだろうか)
何か余計な事をしているという予感を、ビンビンと感じる。
面白い情報を手に入れたと言って出て行った師匠、そして流れる時間。絶対にやらかしているに違いない。
「……そうだ、キャサリンさん。国王の名前って何でしたっけ?」
「セラシウム=ベアスト=シュレミンガルド」
「セラシウム……ちょっと言いづらいですね」
「決して本人の前で言わない様にしてくださいね?」
そんな事を話ながらも、夜の街を中々のスピードで走っていた。
追跡者の影も無く、俺とキャサリンさんは無事に城からアトリエへと戻って来れたのだった。
明日も学校である。準備は怠らないようにしないといけない。先生だからな。
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