第5混ぜ 甘めのお菓子
お待たせしました!
そして、明けましておめでとうございます!
٩(๑'﹏')و
今年も何卒、何卒……
街から森の近くにある、村というよりは屋台が集まった市場みたいな場所。
そこへ向かう為の、乗り合い馬車の出発場へ俺は行こうとしていた。
ただその方向へと歩いていただけなのに、何故か変な人を見る様な視線と共に、ミルフさんに歩みを止められてしまった。
「キミは森で必要な道具を持っているのか? 準備不足は最悪だぞ?」
「一応……持ってはいますけど?」
「む……本当にそうか? だが、冒険者として必要な道具の説明をキミにもしておかねばなるまい……さぁ、行くぞ!」
たしかに俺は冒険者じゃないし、森で必要となる道具を完璧に揃えているかどうかは判断が出来ない。
ここは、冒険者であるミルフさんに従っておく方が無難そうではある。
たぶん、急に依頼を受けた事でミルフさんの準備が整ってなかったのでは? と思うが……あえて口に出す必要は無いだろうな。
大きな通りから少し裏路地へと入り、そのまま進んでいくと古びた一軒家のお店が見えてきて、その店の前でミルフさんは立ち止まった。
「ここ……ですか?」
「言いたい事は分かる。が、お金が無い」
「外観がアレなだけで、実は品質が良いとか……は?」
「ないな。実家にもお金の援助は頼めないからな……仕方ない」
これが低ランク冒険者の現実なのだろうか。ミルフさんのランクを聞いた訳じゃないが、俺のクエストを受けるくらいだし、そんなに高いランクじゃないのは確かだろう。
とりあえず、お店には入ってみた。
外観と同じで内装もそこそこ古い。棚には飲むタイプの回復薬や塗るタイプの傷薬、ボロいロープや中古のナイフなんかが置いてある。
耳を集中させる――すると、小さく声が聞こえてきた。
『うぅ、回復薬になりたい訳じゃなかったのに』
『誰か研ぎ直してくれぇ』
声が小さいという事は、それだけ品質が悪いという事だ。
素材の声を聞く。回復薬は完成品の様にも思えるが、回復薬を素材にする事もあるし、たいていの物は素材として成り立つ。
「一応聞きますけど、何を買うんですか?」
「回復薬と森だからロープだろ? 寝具は持ってるから必要なくて……」
冒険者にとって、見た目よりも多く荷物が入るマジックバッグは、それほど珍しい物ではないらしい。ミルフさんの腰に身に付けているやつがそうなのだろう。
ただ、ポーチサイズがリュックサイズになるのがほぼほぼみたいらしい。
マジックバッグを作っているのは、魔法技術ギルドに属する魔術師がほとんどで、錬金術師はほんの一部と聞いたことがある。
たしかに、魔力を使ってマジックバッグを作る事は可能だ。
だが、師匠の力を持ってすれば服のポケットが物置レベルには拡張される。だから……多分だけど、錬金術師の方が良い物を作れる筈だ。
安定した供給が出来ない分、錬金術師よりも魔術師の方が都合が良いのかもしれないが。
「ロープは持ってきて無いですけど、回復薬なら俺のを差し上げますよ。それに……それほど深い所まで行くつもりは無いですから、やっぱりロープも要らないかと」
「……助かるが、キミは良いのか?」
「えぇ、まぁ……回復薬なんて水と薬草があれば一時間に一〇個は作れますし」
「はあ!? 薬屋の人でも一日で二〇個と聞いたのだけど?」
「こっちは錬金術ですからねぇ……」
「そうか……ちなみに効果はどれ程のものだ? 擦り傷くらいは治せるのだろ?」
擦り傷どころではない。再生は無理だが、千切れたての指程度なら、くっ付けられる。それを言うとまた騒ぎそうだし、とりあえず「擦り傷程度なら……」と返事をしておいた。
そういう訳で、店にも用事は無くなり、俺とミルフさんは馬車の乗り場へと移動した。
◇◇◇
馬車乗り場には、冒険者が多くいるらしい。でも、それは朝の話であり、今の時間帯はそれほど多くない。
ミルフさんから冒険者についての話を聞いてみると、ある程度高いランクになった冒険者は王都に出ていくらしい。そして、その半数以上が、自信を無くして戻って来てしまうみたいだ。
なんか、東京にギターを担いで向かって、上手くいかず田舎に戻ってくるみたいな話だな。
王都は仕事も多いが人も多い。高いランクの人が集まる分、有名な人なんかは、派遣して欲しいと地方から依頼が来るらしい。
ミルフさんも、いつかは王都に出ていきたいらしい。成功すれば地位や名声に富……夢はある仕事だからな一応。
「ホムラは王都に行ったことはあるのか? 私はあるぞ」
「あー、無いですね。人の多い所はどちらかと言えば苦手なので」
「たしかに人は多かったな……子供の頃だが今でも覚えているよ。王都には有名な剣士も多いし、私の実力が通じるか試してみたいんだ」
「行かないんですか?」
「…………ランクが低いと、相手にもされないだろう?」
「あはは……」
悲しい現実である。だが話したり歩き方ひとつ取ってみても、雰囲気からは戦い慣れているのを感じる。冒険者のランク上げって、そんなに大変なのだろうか?
「おいおい、ミルフが男連れだぞ!」
「ははっ、マジかよ! 仕事じゃ誰とも組まねぇのにかぁ?」
「冴えねぇ野郎じゃねぇか……ちっ」
おっ……若い男が三人組で歩いて来ている。ちょっとチャラい系の三人組で、正直そんなノリは苦手だし、どうやらミルフさんの知り合いっぽいから任せておきたい。
彼らも冒険者なのだろうけど……もしかして馬車を使うのだろうか? 行き先が同じとか、ちょっと嫌だけど。会って会話もしてないけど、なんか苦手という認識ができてしまった。
「この人は依頼主だ」
「ほぉ~? じゃあ、俺もミルフに依頼だそうか? 一日メイドとかなぁ!」
「ふぅー! 冴えてるぅ~」
ミルフさんが露骨に嫌悪感を顔に出した。
見た目が良いだけに、ああいった奴等に絡まれる事も多いのかもしれないな。ドンマイ、だ。ここは最低と言われようが何だろうが、関わるのは吉とならないだろう。
「お前らその変でやめておけよ? ボルゾイ流でやられちまうぞ?」
「わはははは! そりゃ、ちげぇねぇ! お前ら可愛くないもんな!」
「流石におめぇには負けるぜ? くははははっ!」
ミルフさんも無視を決め込もうとしてはいるのだろうが、もうそろそろ、デコに怒りマークが浮かび上がりそうだ。
三人組がやって来てからそう時間が経たない内に、乗り合い馬車が到着した。そしてやはり、奴等も乗るみたいだ。
「なぁ、ミルフも森だろ? 一緒に行こーぜ?」
「断る」
「はっ、どうせ簡単な依頼なんだろ? ……なぁ、依頼主さんよぉ? あんたはどうだ? 良いだろ?」
良いわけが無い。こういう奴等は基本的に、素材の採取が下手くそだ。雑、雰囲気が雑な感じがもう滲み出ている。
それに……俺の依頼した冒険者はミルフさんだけだ。よーし……良いこと思い付いたぞ。
「悪いけど、クエストと言いつつも本当はデートなんだ。森へピクニックに、ね。ミルフ、ね? ね?」
「……っ! そ、そういう事だ。だから、こちらには構うな」
よし。どうにか伝わったみたいだ。それに、三人組の驚いた顔が少し面白い。ミルフさんもそれを見れて、少し満足げだ。
「お、おい……マジか? あんた、どうやってミルフを落としたんだ? 今までどれだけの冒険者がミルフに心を叩き斬られたか……」
「お、おい! リーダーが放心状態だぞ! どうする!?」
「あっ……こうなったらダメかもな。リーダーやっぱりミルフの事……」
マジかよリーダー……ゴメン。そこまでとは思ってなかった。好きな子に意地悪しちゃう系男子なら、先にそう言って欲しかったぞ。
同じ男として申し訳ない気持ちでいっぱいだ。たぶん、その内ミルフと冒険者ギルドで会うことがあれば、嘘だと分かるだろうから……うん。元気だして?
「ちょっと、離れるか……」
「そうだな」
気まずさや申し訳なさに耐えきれず、俺はミルフを連れて少し離れた場所に移動した。と言っても視界には入る距離感なのだがな……。
「良い機転だったぞ、ホムラ」
「まぁ、後処理はミルフさんに任せるよ。面倒はこちらに回さないでくださいね?」
「いや、キミから始めてその言い草はどうなの?」
ごもっとも……でも、そんなことは気にしない。
嫌そうな顔をしていたから、紳士的に助けたに過ぎない。錬金術師はいつだって、仮定よりも結果に拘るものなのだから。
それから数時間ほど馬車に揺られて、森の近くにある市場にやって来た。
食べ物を売っている露店、武器や防具の点検をしている店があったり、買い取りサービスを行っている場所もある。
見る限りでは、まだ装備も高級ではない冒険者達がほとんどだ。
食べ物を売っている店を見ると、そんな事はお構い無しって感じの値段設定だ。お祭りの露店でありがちな料金設定に近いものがある。
安いお金で生活しないといけない低ランクの冒険者達が多い中で、良い匂いを漂わせている店がそこかしこにある。節約しないといけない者達にとってこれは、中々に凶悪なトラップと言えるだろう。
彼女もまた――そのトラップに引っ掛かる寸前なのだが。
「お腹空きました?」
「……そんな事ないぞ。早く森へ行こうで依頼を――」
その時だ。何を待っていたのかと聞きたくなるほど、絶妙過ぎるタイミングでミルフさんのお腹の虫が鳴いた。
そういえば、馬車に揺られてる間も何も食べていなかった。自分が少食というのもあって、冒険者のミルフさんのお腹の空き具合を考えていなかった。
今のを聞こえなかった事にして、少し恥ずかしそうにしている姿も見ていないフリをするのが紳士的なのかもしれない。
だが、いざという時に力が出ないで全滅。そんな場合が無いとも言えないのがこの世界だ。
腹が空いては最悪死ぬ。それに、いくら俺が金を持っていないとはいえ、昼飯代を払えない程じゃない。
「お昼にしましょうか。依頼人としてお金は支払いますよ」
「すまないな。では、あっちの高級食材を使った……」
「やっぱり、お昼抜きで良いですね!」
「ふっ……男は強さと経済力なんだぞ?」
一理ある。でも、うちの師匠は言っていました……「男に求めるのは私を受け止める度量だけ」と。
つまり、最後の最後に女性が男に求めるモノは『器の大きさ』という事だ。強さも経済力も女性が持っていてもおかしくない時代であり世界なのだから。
「考えが古いですよ、ミルフさん」
「ほぅ……では、腹を空かせた女は男に何を求めれば良いのだ?」
「それは……えっと、その……食べ物を獲れる強さか、買える経済力……でしたね……ハハッ」
限定されたらもうね、そう答えるしかないですよね。
堂々とお腹を空かせたとか言われたら……何も言えなくなっちゃいますね。
ここから巻き返せる何かが無いかと思案したタイミングで、俺は自分のカバンの中に作っておいた焼き菓子があるのを思い出した。正確には焼いてはおらず、掻き混ぜて作ったから混ぜ菓子なのだが、結果的には焼き菓子だ。
「ふっふっふ……これは勝ちました」
「どうした、急に笑いだして? 腹でも空いたのか?」
「ミルフさん? お腹を空かせた女性を前にしたら、強さでも経済力でもない……本当に必要なのは、錬金術の腕ですよ!」
俺は袋に入れてあるクッキーを取り出して、そう言い放った。
しかも、ミルク感のあるバタークッキーとココア風味のクッキーという二段構え。普通のマジックバッグなら品質が劣化していくが、俺や師匠のカバンにそんな制限は無い。
「さぁ……ミルフさん。錬金術クッキーの味をご賞味あれ」
ごくり……とミルフさんの喉が鳴って、手を伸ばしてきた。その手の上に二種類のクッキーを置いてやると、やはり普通の女の子とは少し違い声を出して喜んだりはしない。だが、クールに笑ってみせた。
「歩きながらでも食べれますよね?」
「うむ。でも、しばらくは自分の身は自分で守って欲しい。私は今、このクッキーを食べたくてしょうがないのだ」
「あー……お菓子ってそこそこの値段するんでしたっけ?」
「そうだな。甘いお菓子は特に、だ……だから、これはその……本当に食べて良いのか?」
「もちろんです。遠慮せずに全部食べて良いですよ!」
「そうか……ありがとう」
クッキーを一枚一枚大事そうに食べるミルフさんを見て、お菓子を食べる女の子はクール系だとしても、可愛くなるという発見をした。
水と小麦と甘い何かとミルクを入れて、ゆっくりと混ぜれば完成するクッキー。調理するよりも簡単で、材料の一部は魔素が代わりになるし、工程も省いてくれる。魔素様様だ。
こんな反応をしてくれるなら、また作っても良いかもしれない。
そんな事を考えながら、本来の目的である素材を取りに森へと入って行った。
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