第40混ぜ 先生の方が上ですもの
お待たせしました!
よろしくお願いします!(´ω`)
「お待たせ致しましたホムラ様……おや、そちらの生徒さんは?」
「あ……あなた様は……ははーっ!!」
入室してすぐに土下座とは……ビスコも案外変な奴だな、やっぱり。凄いひれ伏している。
「ビスコ……どうしたんですか?」
「ホムラ! その方をどなたと思ってるんですか!? 早くホムラも頭を垂れてください!」
「はいぃ? マユエルは錬金術科の生徒ですよ。さて、揃ったのでお昼にしましょうか」
変なビスコは放っておいて、そろそろお腹を満たそうと――思った矢先、また窓をドンドンと叩いている頭のおかしい女性が居た。
「はぁ……俺とキャサリンさん以外、変な奴しかいない……マユエル」
「任せて」
「いいえ、ここは私にお任せを。ホムラ! マユエル様のお手を煩わせるとは何事ですか!」
今日のビスコ……というか、アトリエに来てからのビスコの様子が本当におかしい。
そんなビスコがアトリエのドアを開け、更に頭のおかしい人を招き入れた。
「キャサリンさん、ビスコ、こちらはマユエルの護衛であるハイピスさんです」
「以後、お見知りおきを」
「それで、何しに戻って来たんですか?」
「ふふっ。窓の外からようやく話の分かる人物を見付けられたものだからな。貴様の無知っぷりには些か驚いたぞ」
ビスコを褒めて、俺を貶してくる。
まぁ、ハイピスさんの機嫌が良くなっているのは良いことなのかもしれないが……何がそうさせているのかについてはサッパリだ。
「よもや、この私の前でホムラ様を貶すとは……良い度胸ですね」
「ぁ……ぁ……ぇっ?」
空間が震え、殺気がアトリエの中に充満する。身体が萎縮し、動かなくなり、そして心が痛い程に締め付けられる。
――もちろん、錯覚だ。殺気によってそう感じただけ。俺はもう慣れた感覚だが、その殺気を向けられているハイピスさんはとても息苦しそうに固まっていた。
「キャサリンさん。まだ幼いマユエルもいるので、その辺で」
「失礼致しました」
「いえいえ、キャサリンさんにはいつも助かってますから」
「うにゅ~……」
怖かったのか、少し涙目になっているマユエル。少し背中を撫でてあげて落ち着かせてあげる。
ビスコはいつも通り柔らかい表情になっていて、ハイピスさんも呼吸は正常に戻っているみたいだ。良かったですね。
では、そろそろ話を戻すというか……聞いていこうか。
「ハイピスさん?」
「恐るべき殺気……こんなの騎士団長にも劣らない。キャサリンとか呼ばれていましたね。貴女……何者ですか?」
「別に何者でもございません。ただのメイドにございます」
「あくまで素性を話す気は無いと……くっ。こんな体たらくでは、お嬢様の護衛失格……お嬢様、代わりの護衛を付けますのでご安心を。私めは少し己を鍛えて参ります!!」
どこか気落ちした雰囲気と、何かを覚悟した顔をしてアトリエを立ち去っていった。
話す事があったから来たんじゃ……と思ったが、別に呼び止める程でもないだろうとそのまま見送った。ヤバい奴は見送るに限るよな。
「まぁ、なんか変な感じになりましたが……昼飯にしません?」
「いえ、ホムラ様? まずは、本当にホムラ様がマユエル=ミュニニ=シュレミンガルド様を知らないかのチェックです」
「えっ、なんて?」
「うにゅ……マユエル=ミュニニ=シュレミンガルドなのよ?」
「ほ~?」
長い名前だな、それにちょっと言いにくいし覚えにくい。
だが、キャサリンさんはマユエルの名前をフルネームで知っているという違和感。俺が無知と罵られた事実。ビスコの対応……。
いったい……マユエルには何かがあるのだろうか?
「ホムラ様? 先程は怒りましたが……それは無知と言われても仕方がありませんよ?」
「マジですか……。おい、マユエル? マユエルって実は凄いのか?」
「んーん、別に?」
「だよなぁ~」
「これは知っていると思っていた私のミスでしょうか……この方は、この国の第三王女マユエル様です」
言い放ったキャサリンさんの言葉を、自分の頭の中で何度か繰り返して、ようやく理解できた。王女……それつまり、国王の娘。
マユエルに視線を向けても別に表情の変化は無く、反応がよく分からない。
俺もどう反応するのが正解なのか、よく分からなかった。わざとらしく驚くべきなのか、それとも素の反応として無関心のままで良いのか。
第三王女と言えば、どれくらいの権力があるのだろう。ピンとはこないけど、何となく凄いというのは分かる。
立場的にも、一般市民である俺達とは掛け離れた存在というのも理解した。それでもやはり、マユエルの肩書きに対しては『だから?』という気持ちしかない。
――それでも大人の対応として、褒めてあげた方が良いのかもしれないんだよな、やっぱり。
子供ってのは、少しでも良いところを見付けてあげて、すぐにでも褒めておかないと、すぐヘソを曲げる生き物だ。嘘でも褒めるくらいで丁度良いだろうな。
「ほー……凄いんだな、マユエル」
「えっへん」
「ホムラ! マユエル『様』ですよ!!」
「いや、ほら、俺って先生だし。生徒に『様』を付けるのっておかしくない?」
「おかしくありません!!」
異世界のついていけない部分のひとつはこれだ……。
何かにつけて敬意を払わないといけないのが、実はかなり面倒臭い。
シララさんに敬称を付けるのは理解できる。錬金術師として名を馳せるくらいに凄い人だから。だが、マユエルが何をしたと言うのだ。今はただ、王族に生を受けたに過ぎない子供だ。
マユエルが何かを為して、人から尊敬される人物と言うのなら敬称を付けるのも吝かではないが、違うのならマユエルはマユエルで構わないだろう。
「ビスコ、落ち着きましょう?」
「落ち着けません! 無礼と言われ、捕らえられれば打ち首ですよ!?」
「いや、その前に逃げるか倒せば良くないですか?」
「良いわけないでしょ!? キャサリンさんからも、言ってください」
「無駄ですよ。ホムラ様は、そういう方ですので」
心配性なビスコはまだ言い足りないのか、どれだけ危険なのかを説明してくれる。
だが、その説明が長くなるにつれ、マユエルの顔が悲しそうな表情へと変わっていった。
「あーあー、ビスコがマユエルを泣かそうとしたー」
「うにゅ……」
「も、申し訳ありません!!」
「ビスコ、心配はありがたいです。けど、こんな事で打ち首になる国ならこっちから出て行きますから、そこまで心配しなくて大丈夫ですよ。そろそろ、いい加減にお昼にしましょう」
椅子が足りずに立食形式になってしまったが、作っておいた中華料理をみんなで食べ始めた。
ビスコとキャサリンさんは立って、俺とマユエルに椅子を譲ってくれている。中華料理じゃないけど作ったプリンをマユエルは見詰めていた。
「スプーンはそこに置いてあるだろ? 食べて良いんだぞ?」
「ぷるぷるしてる」
「ホムラ、私にもそれをひとつ……」
「はいはい、置いてあるのを食べちゃってください」
マユエルがスプーンでプリンを突っついたり、器の方を揺すってぷるぷるさせたりと、それなりに楽しんでいるみたいだった。
味については言わずもがな、ビスコも納得の味らしい。慣れすぎるのも、新鮮さを失うという意味では良いことばかりでは無いな。
「ビスコはこの後どうするんですか?」
「私は先生用の寮に行く予定ですよ。ホムラはどうするんですか?」
「まぁ、ちょちょいとやる事をやったら今日は帰りますかね。キャサリンさんは何か予定入ってますか?」
「いえ、この後は何も」
「そうですか。マユエル、早く帰れよ」
「もっと錬金術みたーい」
まぁ、マユエルは放っておいても勝手に帰るだろう。
俺はまだ明日からの準備やシララさんの所に戻ったりだとか、いろいろ考える事があったり……まだまだがやる事が残っている。
そういうことで、今日はもう解散という流れで良さそうだ。食べ終わった食器も洗わないといけないしな。
(何か忘れてる気がするけど……まぁ、良いか!)
◇◇◇
ビスコがアトリエを出てから少し時間が経ち、俺は錬金をしていた。キャサリンさんはアトリエ内の掃除をしてくれていて、マユエルはというと……。
「うにゅ~……何故それを入れるの?」
めちゃくちゃ近くで見ていた。邪魔だが、興味を持ってくれているのにあまり無下にもできない。
作っているというか、今している作業は『複製』だ。シララさんに借りたアトリエの鍵となる珠を作っている。
必要な材料は『珠』『同じくらいの大きさの鉱石』それと肝となる『鏡』だけだ。今回は割りと簡単な複製だから材料は少ないが、転移鏡を複製しようものなら三倍は材料が必要となるだろう。
「ガラスよりも鏡の方が『写す』という素材の性質を引き出せ……って、講義は明日から。暇なら筋トレでもしておくんだな、慣れるまで辛いぞ」
「どのくらい?」
「うーん……知らん。とりあえず、今よりは鍛えておいた方が良いだろうな」
マユエルの体力や筋力は知らないが、並みの八歳児だと数時間も釜を掻き混ぜるのは大変だろう。
俺も最初は筋トレからやれと言われたし、それだけ筋肉も錬金術には大事ということだ。
「まぁ、マユエルがどんな錬金術師になりたいかで教え方も変わるし……最初は基礎をみっちりな。お前がなりたい道を見付けたら、そこからまたやっていこう」
「お願いします。先生!」
「よろしい。では、帰りなさい」
「うにゅ~!! まだ、見るの」
別に面白いものでは無いのだが、珍しいから飽きないのだろう……マユエルは完成するまでずっと釜と掻き混ぜる俺を見ていた。
釜の中に珠が二つ――複製には成功したが、もう既に空は暗くなり始めていた。
「ほら、これ持っとけ」
「うにゅ?」
「このアトリエの鍵だから、落としたりするなよ?」
「わぁ! 嬉しいのよ~」
小さい手じゃ落としそうで、とても危なっかしいが、嬉しそうに握りしめている。
その姿は昔、俺が師匠にオモチャを作ってもらった時に似ていて懐かしく感じた。キャサリンさんも微笑ましくマユエルを見ている。
「ほら、明日またオモチャを持ってきてやるから……今日は帰りなさい。寮か?」
「うにゅ~」
「そうか。すいませんキャサリンさん……マユエルを送ってあげて貰えませんか? 俺はシララさんの所に一度行くので」
「かしこまりました。では、送った後は校門にて」
「お願いしますね」
アトリエを出る所までは一緒で、そこからは別の方向へと歩き出した。無邪気に手を振る姿は年相応だった。
シララさんが帰っているかもしれないが校長室へと向かうと、運良くまだ残っていた。中に入れて貰うと、こっちの言いたい事が分かっているみたいな、ニコニコとした表情を浮かべていた。
「生徒……マユエルの事について教えてくれても良かったのでは?」
「まぁまぁ、うふふ。驚いたでしょ?」
「肩書きには一応。まぁ、だから何だって話ではありますけど……ビスコには説教されましたよ」
「王族ですものね。私だってマユエルちゃんって呼ぶのよ?」
「大事なのはその人が何をしたか、これから何をするかです。生まれで尊敬されるのは、本当に理解出来ません……まぁ、時と場合はさすがに弁えますけどね?」
無用な争いを生むというのが、ハイピスさんのお陰で理解出来たからな。面倒とは言え、やらない方が面倒な事になってしまう。
それでも、授業中はマユエルはマユエルとして扱う予定だ。そこに変わりはない。
「ホムラちゃんは人族なのに、本当に面白いのね。教え方も含めて任せてるのだから……好きにしてて良いのよ」
「ありがとうございます。シララさんも時間がある時に寄ってくださいね! きっとマユエルも喜ぶでしょうし」
「えぇ、是非に。じゃあ、明日からもよろしくね」
「はい。では、失礼します」
校長室を後にして、校門へと向かう。
キャサリンさんと合流して、俺達は自分達のアトリエへと帰っていく。
初日は挨拶だけだと思っていたが、思わぬ出会いもあった。結果として悪くなかった訳だし、良しとしておこう。
「ホムラ様。ホムラ様も久しく筋トレをなさって無いですよね? 明日から走って登校しましょう」
「えっ」
「生徒ができたのですよ。あまり情けない姿を見せる訳にはいかないでしょう?」
「マジですかぁー……」
キャサリンさんの目は本気だった。馬車でも結構な時間が掛かっている。走れば……屋根を越えたりして直線距離で行くなら、もしかしたら早く着くかもしれないが、シンプルに疲れるのが分かる。走らなくても、走れば疲れる事くらい誰でも分かるだろう。
「良い運動にはなるでしょう。本来なら、エレノア様と同等の訓練をして欲しいのですが……」
「わ、分かりました! 走ります、走りますよ!」
錘を加えられないだけ、マシと思うしかないみたいだな。
これでもインドア派だから、あまり頑張りたくは無いのに……優しいけどスパルタなのはずっとだもんな、キャサリンさんは。
「そう言えば、フラン様を職員室に呼び出されていましたが……お会いなされたのですか?」
「あ……あッ!! それだ! それです!! 完全に忘れてましたけど……まぁ、もう、良いですね。別に」
「そういった諦める時の決断の早さ……やはり彼女に似てますね」
それは全然褒められてませんね。さすがに分かりますよ、キャサリンさん。
◇◇◇
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