第36混ぜ 前夜
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楽しい夕食の時間も終盤になった頃、ランドール氏が報酬の話と銘打って俺を別室へと連れ出した。俺が行くと言うことは、キャサリンさんも来るという事だから二人っきりという訳ではないけど。
おそらく、報酬の話もあるが……お目当ては酒に酔わなくなる薬の方だろうけど。
「ささ、座ってくれたまえ。楽にしてくれて構わないよ?」
「ハハハ、打ち首は嫌なので気持ちは引き締めておきますよ」
「良い心掛けだねぇ。私より対応しづらい貴族は山程居るし、そのくらいで良いのかもしれないね」
お互い座ったところで、さっそく報酬の話へと移った。
まずは、素材集めに掛かった費用。これは、実質無料で収まった。ミルフさんには『ぬいぐるみ』をプレゼントする約束だし、それで良いらしいからな。
だから今回の報酬の話は主に、今後のアトリエにお金を定期的に落としてくれるという約束を守って貰う為の話し合いとなる。
つまりは、俺のアトリエにお金を落とすだけのメリットを見せなければならない。結局は、薬の話へとなるわけだ。
「ご主人が欲しそうな物となると、やはり『酒に酔わない薬』でしょう。まずは効果を……それから値段の交渉をしましょう」
「うむ。たしか、一粒で五杯分の酒なら酔わない……で、良いのだな?」
「えぇ、飲み過ぎると副作用で胃が荒れますので多用するのはお勧めしませんけど。キャサリンさん、何か強めのお酒持ってますか?」
「ワインでしたらここに」
横からボトルに入ったお酒を提供してくれる。
コルクをポンッと良い音を鳴らして外すと、嗅いだだけでも酔いそうな強い香りが部屋に充満し始めた。
俺もランドール氏も「うっ……」と一瞬だけ反射的に上体を反らした。
「こ、効果を試すのにはもってこいですが……」
「一口でも酔いそうな酒であるな……ここまで強烈なのは初めてかもしれん」
俺も一緒に飲もうと思った心が揺らぐ。
効果は昔に試した事があるし、実証済みではある。だが、ランドール氏を思って先に飲むつもりだったが……止めておいた方が良いかもしれない。
アルコールは薬によって胃まで届けば急速分解されるのだが、鼻から抜ける香りのキツさはどうしても味わうことになる。このワインは美味しいのだろうけど……まだ俺が楽しむには早すぎる様な気もするし。
「キャサリンさん、すいません。代わりに飲んでください」
「かしこまりました。では……私が飲んで見せましょう。ホムラ様、薬を」
「私にも貰えるかな?」
「あの……先にキャサリンさんに試して貰った方が安心できると思うんですけど?」
「いやいや、ホムラ君は娘の恩人だ。もう信用しているさ」
「まぁ、そう言って頂けるなら……どうぞ」
キャサリンさんとランドール氏が薬を飲んでいる間に、ワイングラスを二つ棚から勝手に拝借してきた。
そして、ボトルの中身――それこそワインレッドと言うべき色をした香りのキツいワインを注いでおく。値段は分からないけど、ちょっと高級感のある感じがした。
「薬は飲み込んで十秒もしたら大丈夫ですから、グイッとどうぞ」
「う、うむ……。では、いただこう」
ランドール氏はワイングラスを軽く回し、ちゃんと香りを確かめた後に一口飲んでみせた。キャサリンさんは平気そうに嗜んでいるが、やはりランドール氏には慣れない強さなのか、顔を顰めていた。
ただ、その顔色には何の変化も見られない。酒に強くない人なら一口でも赤くなりそうなものなのに。
つまり、今は薬の効果はランドール氏に実感としてあるだろう。何かと付き合いで飲まなければならない貴族だ……きっと良いお値段を付けてくれるだろう。
だから……薬の材料が実は、簡単な薬草を混ぜ合わせて作っただけだというのは内緒にしておこう。あえて、ね。
「こ、これはかなり……クるな。だが、実に美味い!! とても甘く、とても深い。なるほど……私は今まで酔う酔わないばかり気にして、本当のワインを楽しめていなかったのかもしれんな」
ご満悦そうだ。なら、良かった。基本的には自分の為にやっている錬金術だが、こうして誰かの役に立っているというのも気持ち的には悪くない。
錬金術師の中には、少数の部類になるけど人の役に立とうと頑張る人もいる。たぶん、おそらく……俺は『自分だけの錬金本』を完成させるまでは、誰かの為に……とはなれないだろう。
もちろん生活の為にクエストは受けたりするだろうが、あくまでそれは仕事であり、善意で術を行使する訳ではない。
まぁ、沢山のアイテムを作って、それを自分だけの本に纏めたとして、その後どうするかなんて……今はまだ決めていない。
誰かの為に何かをするかもしれないし、また師匠達とどこかへ行くかもしれない。オリジナルをどこかへ隠して、後世の錬金術師に宝探しをさせるのも一興だろう。
とりあえずは可能な限り、錬金術を極めたいとは思っている。寿命が足りるかは分からないが、そこをどうにか出来るのも錬金術……まぁ、ポックリ死ぬまでは生きていくつもりだ。
そもそも、師匠に認められなければ死ぬに死ねない。俺にとっては師匠に認められる事が、錬金術師としての最終地点なのかもしれない。
「残念なお知らせではありますが、酒の匂いはどうしても出ますから……あまり飲み過ぎると奥様達にバレますので、ほどほどがよろしいかと」
「そう……だな。そうしよう。この薬はあるだけ売れるが、値段はどのくらいにしてるのかね?」
「売った事はないので正直に言えばなんとも……キャサリンさんなら幾らで買いますか?」
「そうですね。こちらの通過で合わせますと……一粒で銀貨一枚程度が適正価格かと。百円、千円、一万、十万、五十万、百万、五百万――銅貨、銀貨、銀板、金貨、金板、白銀貨、白金貨と、やや紛らわしい単位ですからね。この世界は」
初めて知る、通貨の日本円にちょっと驚いた。日本円を両替してくれないかとちょっと思うが、きっとお札を出しても困惑されるだけで、偽造すら疑われないだろう。
今まで何となくで言われた金額をそのまま渡していたから、あまり気にしていなかったのが事実だ。何となく銅貨は百円という認識ではいたけど、そのレベルで生きてきていた。人は……と言うか俺は、困らないと現状で満足してしまう特性でもあるのかもしれない。
高い買い物は滅多にしないから、銀板以上は使った事がほとんど無いし。だから……まさか金貨が十万と同価値だとは、中々どうして驚きである。
(金貨は高いと思っていたけど、まさかフランから十万も取っていたとは……ごちそうさまです)
金貨一枚で十万。貴族の子とは言え、十四歳の女の子にしては思い切った金額だったに違いない。
まぁ、報酬だから返すつもりは微塵もないけど、フランの度胸に対しては、心の中で喝采を浴びせておいた。
「では、一粒で銀貨一枚……それをこちらの提示価格とさせていただきます」
「うむ、買おう! すぐ買おう。あるだけ買おう。もう、毎月買っちゃう。むしろ、本当に良いのかい!?」
「凄いテンションの上がり様ですね……飲み過ぎるのもあれなので、毎月十粒を限度にさせて貰います」
「十粒か……急に必要になってしまった場合は?」
「まぁ、緊急具合によりますが……」
おそらく、限度分の十粒を毎月買ってくれる事だろう。銀貨は千円、十枚で銀板一枚一万円。材料費込みで一粒百円にも満たないと考えると……いや、考えるのは止めておこう。世の中には技術料というものが存在している訳で、これもそれと思えば心もそこまで痛くはならない。
「実は他にも便利アイテムがありまして……」
「ほぅ……」
タルトレット家は魔法分野で名が上がる程の家らしい。なら、魔力ポーションも買い取ってくれるだろうと思い、それも紹介しておいた。
結果――最初に紹介した薬よりも、高価に買い取ってくれる事になった。瓶一本につき、銀板一枚。
ランドール氏曰く、効力を考えればお得過ぎて裏を疑ってしまうレベルらしい。作り方さえしっていれば……多少なり技術はいるが、簡単に作れる類いのアイテムだ。
毎月欲しい本数をランドール氏から伝えられ、可能な限り作るという仕様で進めていく事になった。
「ありがとうございました。これで、いろいろな支払いはご主人からのお金で足りそうです」
「こちらも、とても良い商談だった。この出会いを神に感謝せねばな」
話も無事に纏まり、とりあえず初回という事で数粒分の薬をプレゼントとしてランドール氏に渡しておいた。
そして、ついでにフランへのプレゼントもランドール氏に渡しておく。綺麗にラッピングなんて当然してないし、ただの袋に入れただけだが、中身が重要な訳で外装は別に気にする部分でもないだろう。
「では、そろそろ帰ることとします」
「馬車を出そう」
「あー……では、はい。ご厚意に甘えさせて頂けます」
みんなが食事を取っている場所へと向かう。途中で、メイドさんに馬車の用意をするランドール氏にもう一度礼を告げて、とっくに食事の終わっていたみんなの元へと戻ってきた。
「ビスコ、そろそろ帰りますよ」
「分かりました。奥様、残念ながら劇のお話はまた今度という事で……」
「あらあら、せっかく良い劇団を教えてさしあげようという所でしたのに……」
(どんだけビスコを気に入ってるんだ……この奥様は)
二人の話を終わらせるのに、ちょっとだけ罪悪感を覚える。まぁ、嘘だけど。本当は、すこぶるどうでも良かったりする。
フランは何かを期待するように、モジモジとしている。そうだよな、やっぱり直接やっておいた方が良かったかもれない。
「フラン」
「……っ!! な、なに!?」
「じゃあな」
「ンッッ!! なによ! なによ!! さっさと帰っちゃいなさいよ! ば、ばーか! 従者のアホー」
せっかく、直接挨拶をしたと言うのにめちゃくちゃキレられている。
よく分からないが、フランは情緒が不安定なのかもしれない。精神安定剤でも作っといてあげるべきだろうか……。
何はともあれ、もう帰ってしまおうか。
◇◇◇
タルトレット家を最後に訪れてから数ヶ月。
ミルフさんやエレノアに付き合って素材集めに出掛けたり、シララさんのアトリエに訪れて学園の話を進めたりと、それなりに充実した日々を過ごした。
エレノアはランクを白から青に上げて、ミルフさんは青から緑へ。そのお祝いにケーキとぬいぐるみを作ったのが先日の事だ。
二人の仲は深まっているみたいで、同じ年齢の戦える女の子という事で意気投合するのは早かったみたいだ。
今日はオフらしく、二人で街に出掛けているらしい。エレノアは王都じゃない別のアトリエで暮らしているが、一瞬で来れる為、気が付けば居る事も多々ある。寂しい思いは……させてないと思いたいが、そればっかりは自信が無い。
そして、学校の方の準備もほぼ終わっている。
学校についての説明もおおよそはしてもらった。錬金術科は二年生から六年生までを含め一人……となる予定らしい。
その一人も今は一年生らしく、つまりは今年おろか、数年前までは一人も居なかったという錬金術科の人気の無さだ。
シララさんが校長じゃなければ、即廃止になっていてもおかしくなかったとかで、それで講師も居なかったみたいだ。
俺がやる事もそう難しい事は無いらしく、週五日の午後から講義をするだけで、しかも内容は任せるてくれるという事になった。
その生徒の情報だけはお茶目にも内緒にされたが、それもまた楽しみのひとつとして欲しいのかもしれない。
何故か、シララさんにはめちゃくちゃ可愛がられているからな。まるで孫と祖母の様に可愛がられている。理由は魔力がどうとか言っていたけど、詳しい所は気にしない事にした。
「よし、白衣の完成!」
「お疲れ様でした。そろそろ寝ませんと、明日からなのですから」
「そうですね。早めに学園に来るようにシララさんにも言われてますから……そろそろ寝ますか」
明日は学園の入学式。受験を終え、入学を許された生徒達と一緒に俺も式に出席させてもらう。
一年生は全員が同じ授業で、『科』を選択するのは二年生から。それでも錬金術科を選んだのは一人だけ。つまり、ほとんどの生徒と関わる事は無いが、非常勤講師とはいえ先生。挨拶はしっかりしないといけない。
キャサリンさんの言葉で、ビスコも礼拝堂に在中しているシスターの手伝い兼学園の清掃員という事で話が纏まり、明日は一緒に挨拶をする予定だ。
ビスコの後だと生徒にはガッカリされ、かと言って前だと、俺の印象がほぼほぼ消えるイメージしか出来ない。最悪の二者択一だけど、是が非でも俺が先に挨拶をしたい所だな。
「ビスコ、本当に明日からは学園の寮に入るんですか?」
「はい。もちろん、このアトリエにお邪魔する事もありますが、職場まで紹介して貰えたのでね……そろそろ一人立ちをするつもりですよ」
「もう十九歳ですしね」
「ホムラも十六歳じゃ……ってホムラはちゃんとアトリエを経営してましたね」
お互い一つ歳を重ねた。出会ってからまだ一年程度だが、同じ空間で生活していたせいかとても一年しか居ないとは思えない関係になっていた。
そのビスコがアトリエを出ていくのはやや寂しい……寂しいと言えば師匠だが、まだ音沙汰は無い。
何かで忙しいのだろうけど、師匠だからと放っておいているが……そろそろ何しているかぐらいの連絡は欲しい。
「まぁ、とりあえず明日に向けて休みましょう」
「ですね。ホムラ、キャサリンさん、おやすみなさい」
この一年で、すっかり自分のスペースとなったソファーの上で寝るビスコ。俺はベッドで寝て、キャサリンさんは……きっとどこかで寝ている。俺より遅くまで起きていて、早く起きている為にその寝床は知らない。
たまに錬金術で俺が寝ない時は椅子に座ったまま転た寝をしているが、ちゃんと寝ている姿は一度たりとも見たことはない。
――とにかく、明日から頑張りますかね。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)
閑話はここまで!
次は……学園編!
何が起こるかは分かりませんケド٩(๑'﹏')و




