第32混ぜ タルトレット家の良心
お待たせしました!
少し長めです6000字ちょいくらい
誤字脱字の報告、助かってます!ありがとうございます!
「お姉様! 入りますよー」
「どうぞ」
ドアをノックして確認したフランに続いて、ラランさんの部屋に入っていく。
部屋の中は前に来た時と何ら変わりないが、椅子に腰掛けているラランさんの手元には、前に貸しておいた今作っているアイテムの原型が置かれてあった。
「お久しぶりです。体調はいかがですか?」
「ホムラ様……えぇ、とても。とてもでございます」
「それは何より」
笑顔を見せるラランさん。体調は悪くない様だ。
「従者のアイテムをね! 寝る前とかにチョンって触って、それで、それで……お姉様も元気なのよ!」
「お、おぅ……あ、そうだお前。まだ金貨払ってないの忘れるなよ?」
「何で急に思い出すのっ!?」
お金は大事だからな。
フランの相手もそこそこに、誰の許可を得るわけでもなくラランさんの対面にある椅子へと座らせてもらう。
「さて! 本日紹介致しますのは……」
「なにその口調!?」
「うるさいぞフラン。ラランさんがワクワクしてるのが分からないのか?」
「――(ワクワク)」
通販番組みたいや口調で、鞄から腕輪型のアイテムを取り出す。
毛皮製の真っ白いシュシュっぽい見た目のアイテムに、ラランさんだけではなく後ろに居る他の人達からの視線も感じた。
「こちらのアイテム――デデン!! 『腕輪型魔力吸引補助機』でございまーすっ!」
(あ、あれ……?)
一瞬にして部屋が静寂に包まれて、シラけた空気が流れる。部屋の隅で、キャサリンさんが小さく笑っているのが救いだけど、やはり救われない……というか、居たたまれない感じとなった。
「コホン……」と咳をひとつして、完成一号記念という訳でアイテムの説明……起きている間の設定と寝ている間の二段階の設定がある事や、そのデザイン性について話し始めた。
人は、寝ている間の方が魔力回復力の効率が上がる性質があるのは、世間一般でも知られている事だ。
だから、おやすみモードでは起きている時よりも強めに魔力を吸う様に設定してある事。ただ、吸いすぎて魔力が枯渇しても意味がないというか、起きた時にキツいという事で……おやすみモードはとりあえず五時間程度で自動的に普通のモードに切り替わる様にしてある事。
なるべく簡単な言葉で、伝わりやすい様に話していく。
ちゃんとプレゼンの仕方を学習した俺に、死角はない。
「ま、そんな感じです。とりあえず好きな色を教えてくだされば、その色に出来ますのでご要望があれば教えてください。」
「はい。とても可愛い物ですね……髪を留めるのにも良さそうです」
「たしかに、本来は髪留めに用いられるデザインですからね。でも腕に着けてもオシャレかと」
「そうなんですね……今、外で何が流行っているのか分からないものでして」
女性の髪型を常に見ている訳じゃないけど、オシャレはやっぱり貴族の方達がしているイメージだ。
一般市民の人達は、髪を纏めて布で結んでいたり、髪を編んでいたりと、邪魔にならない様にしているだけに思う。
それに比べて貴族の人達は……例を挙げるなら、フランの母親みたいな貴婦人はゴージャスにしてみたりだとか、フランみたいな貴族の子供は、清楚に見える様にヘアースタイルに拘っているみたいだ。
ただやはり、ヘアースタイルに拘っているだけで、髪留めみたいな小物で特徴を出している訳ではないっぽい。
「ミリー……私もあれ欲しいんだけどぉー」
「そうでございますね。独占して販売すればお金持ちですものね、フラン様」
「いや、そんな下品な考えで言ったんじゃないんだけどぉ!? もっと純粋に可愛いって思っただけなんですけどぉ!?」
「そ、そうだったのですか? 失礼しました……たしかに、見たことない髪留めですものね」
「でしょでしょ! 学校のみんなにも自慢できるし……欲しいなぁ」
(ギリギリ耳に届く声で話してるのはわざとか……? 耳障りな……)
後ろからそんな会話が聞こえて来るが、あの二人はビスコやパリュレさんの様に静かにしてられないのだろうか。
おそらくミリーさんがフランを操っているのだろうけど。
「……では、ラランさん。とりあえず試作一号ですが、着けてみた感想をください」
「はい、えっと……そうですね。お借りしていた物と比べたら、かなりゆっくりとですけど……吸われていく感じがしますね」
「なるほど……吸われた感がありますか」
「そうですね、半日以上は大丈夫そうですけど」
吸われた感がある時点で失敗である。それはつまり、まだ回復量よりも吸う力の方が上回っているからだ。
それを均等、もしくはほんっっっの少し上回る程度の誤差にしなければならない。
吸い過ぎても、吸わな過ぎてもいけない。その微調整が要求される事だ。やはり、素材を多めに集めておいて正解だったな。
「では、帰ります」
「えっ、もうですか……?」
「はい。帰ってさっそく次のを作りますので」
「申し訳ありません……私の為に……」
「……? いえ、趣味の範疇なんでお構いなく。報酬もちゃんと貰いますので」
「ホムラ……」
ビスコが部屋に入って唯一口にした言葉が、俺の名前だった。なにか可哀想なものを見る目をしていたのが、若干気になる……。
「とりあえずその試作一号を渡しておきますので、次から持ってくる物と比較して、より良い物を教えてください。なるべく早くラランさん専用の物を作れる様に努力しますが……それなりの時間が掛かると思っておいてくださいね」
「ありがとうございます、ホムラ様。このアイテムだけでも私の生活は大きく変わります。なのに、より私に合う物を作っていただけるなんて……本当に、ありがとうございます」
ラランさんからのお礼の言葉を受け取って、軽い会釈をしてから部屋から出て行く。
今日はランドール氏が出掛けているらしく、挨拶をしなくて済むから、早々に帰るつもりだ。
いつまでも屋敷に居たってフランとミリーさんのコンビがうるさいだけだからな。
「ビスコには申し訳ないですけど……アイテムの運び役と、どのアイテムが良かったを聞いてくる役目をお願いしたいのですが」
「構いませんよ。暇ですからね」
最近はすっかり便利アイテム扱いをしてしまっているが、それでもビスコは嫌な顔一つせず、快く了承してくれた。
俺はアイテム作りに専念、キャサリンさんはそのサポート。エレノアは冒険者として忙しいとなれば、信頼出来て頼りになるのが、ビスコしかいないのだ。
ラランさんに直接取りに来させるとフランが来るだろうし、そのリスクはさすがに受け入れられない。そうじゃなくとも、アトリエに人を入れるのが、そもそもそれなりにリスクの伴う行動であるのだ。
「では、帰りますかー。ビスコはどうしますか? このまま一緒に帰って翌朝に届けに行くか、明日の朝に受け取りに来るか」
「そうですね……今日はこちらに泊めていただく事にしますよ。いつも送り迎えをしてくれる御者さんとも話しをしておきたいですからね」
「そうですか。行きましょうか、キャサリンさん」
「よろしいのですか? あちらのお嬢様が何やらホムラ様を睨んでおりますが」
ラランさんの部屋から玄関まで向かっているのだが、少し後方に、フランとミリーさんがついて来ていた。
そしてフランは、何か言いたそうに「ぐぬぬぬぬ」と言った顔をしながら、こちらを見詰めていた。
「フラン、話があるなら聞くぞ?」
「お姉様とばっかり話しをしてズルい! 私の従者でしょ!? なんで私は雑に対応するの!?」
「ご立腹か?」
「怒ってにゃーい! プンスカプンスカ!」
「怒ってるじゃないか……。あのな、フラン?」
「あーー、あーー、その声の感じは正論を言う時のやつ! だから聞かないったら聞かなーいっ」
ふむ。先を読むとは……経験を次に活かしているんだな、ちゃんと。活かし方が正しいかどうかは置いておくとして。
ここで『ラランさんを治して欲しいと言ったのはお前だ』とか『ズルいとか言われても困るぞ』なんて言っても意味はないだろうし、余計にフランのご機嫌はナナメになるだろう。
そもそも気を使う必要性はまったく無いのだが……一応依頼人であるし、仮にも年下だし、お貴族様だし、と理由を付ければギリギリ気を使ってやっても良いと思えた。
「どうすれば、許してくれるんだ?」
「んーとね、そうねぇ……私もあの髪留め欲しい!」
「魔力吸われるけど……良いよね?」
「良いわけ無いでしょう!! 普通のよ! 普通のぉ! 色はその……ホムラの、好きな色……で、良いけど?」
「じゃあ……錆鉄御納戸色だな」
「何色!? ねぇ、それ何色なのッ!? うぅ……ごぺんなさい……普通の水色とかにしてくだしゃい……」
ひとしきりフランで遊んで、俺とキャサリンさんは馬車に揺られながらアトリエへと帰って行った。
まだまたビスコがお世話になるだろう御者さんにも、また何か差し入れでもしようと考えながら……。
◇◇◇
「ふぅ……少し休憩にするか」
アトリエに戻ってから、アイテム作りの時間に大半を費やして十日目。今、ようやく五〇個目のアイテムを完成させた。
一個作るのに掛かる時間は、平均三時間三〇分。それを一日五個、調子の良い時は六個ほど作っている。
普段の睡眠時間は三時間でもあれば足りるのだが、さすがに疲れて一度目を瞑れば五時間は寝てしまう。
「では、少し寝ますのでお願いしますね」
「かしこまりました。お休みなさいませ」
深夜を少し越える頃、キャサリンさんに仮眠を取ると伝えて、俺はベッドに潜った。
キャサリンさんは昼間の内に睡眠を取っているらしく、俺が眠っている間は起きていてくれていた。不規則な生活をさせてしまっているが、おそらく……もう少しの辛抱で済むと思っている。
アイテムの完成度はだいぶ理想に近付いた筈だ。ビスコから聞く、ラランさんからの評価ではそう感じている。
――――…………。
「…………ざいます。ホムラ様」
「ん……? あれ、いつの間に……?」
「おはようございます。朝ですよ、ホムラ様」
「ありがとうございます。キャサリンさん」
そんな事を考えていたら、いつの間にか夢の中へと旅立っていたらしい。
体を起こして窓の外を見れば、既に空は明るくなり始めていた。
体の疲れは特に感じない。軽いストレッチをして、キャサリンさんの淹れてくれた紅茶を飲んで体を目覚めさせていく。
「さて、やりますか」
釜の前に立って準備を済ませる。
素材を取り出したり、昨日までに作ったアイテムのメモに目を通したり、掻き混ぜ方の試行錯誤など……。
「ぐーるぐるぐる、ぐーるぐるぐる……んー、少し変えた方がいいかな? いや、とりあえず材料の方を変えてみるか」
そしてまた一つ、アイテムを完成させた。
出来映えとしての良し悪しは、ラランさんにしか分からない。俺なりに頑張ってみたとかは、欠片も考慮されない。
作れば作るほど、在庫だけが増えていく。それをどうするかも、そろそろ考えないといけない頃合いである。
魔力を吸い取るアイテムなんて、普通に考えれば誰も欲しがらないだろう。だから、どこかに居る必要としている人を探すか、錬金の材料にしてしまうかならば……材料にしてしまう方が良い気がしている。
何を作るかという案の一つもまだ無いけれど……。
――トントン。
アトリエのドアが叩かれたが、その対応はキャサリンさんがしてくれるので無視をする。
「ホムラ様、お客様にございます」
「客? ビスコじゃなくてですか?」
……と思ったのも束の間。キャサリンさんからお呼びが掛かり、無視することが出来なくなった。
「従者、来てあげたわよっ!」
キャサリンさんからの返事よりも先に、金髪を揺らしながらアトリエに入ってくる女の子が居た……フランである。
今日も今日とてお馬鹿っぽい雰囲気が滲み出ているフラン……早々にお帰り願いたいのだが、どうやらそうもいかないらしい。
「ほぅ……ここがホムラ君のアトリエか。中々に趣があって良いではないか」
「……わざわざご足労お掛けして申し訳ありません。ランドール様」
――まさかの、親子での登場だった。
フランだけなら強制的に追い出しても良いと考えていたのだが、さすがに貴族の当主……それもこれからご贔屓にして貰おうとする相手だ。無下に出来ない。
(シンプルに面倒臭いな……)
「わっはっは! 私とキミの仲だろう? 『様』なんて付けなくて構わないよ」
「従者! 従者! あの瓶の中身って何なの?」
「それで、今日はだねホムラ君……前に話していた『あのクスリ』を幾つか売って貰えないかと思ってね」
「うわぁー、変な文字の本がある……従者! これ読めるの?」
「ホムラ君!」
「従者!」
「ちょ、ちょっと静かにお願いします! 下手に衝撃を与えると爆発する物とかあるんで、ホントにお願いしますっ!」
仕方なく嘘を吐いて、うるさい親子の動きを止める。爆発する物を置いておくなんて普通に考えればあり得ないのだが、二人の動きが緩やかになった。
「ホムラ、来ましたよ」
「ビスコ……。今日の分は用意してあるので、この親子共々持っていってください」
「すいませんホムラ。ランドール氏が休みという事でして……フラン嬢も学園の休みがそろそろ終わるらしく、ホムラのアトリエを訪れたいと仰ったものですから」
「まぁ、ビスコを責めるつもりはないですよ」
ランドール氏とフランには椅子に座って貰い、キャサリンさんにお茶を出して貰った。
静かに座っている分には、俺だって何も言うつもりはない。歓迎する気持ちもある。
ただ……アトリエの中に人を入れるのは、どうも落ち着かないのだ。現物に限らず、知識やら何やらが盗まれるんじゃないだろうかと、不安になってくる。
(貴族って珍しい物とか好きらしいし……)
ランドール氏やフランが物を盗む人間とは思っていなくとも、警戒しなくていい理由にはならない。
欲に抗えないのが人の本質。親しい人でも他人ならば、最低限の警戒はしておかないといけない。
「うむ……美味い」
「この紅茶美味しい!」
「ありがとうございます」
(お茶を飲んだらさっさと帰ってくれないかな……)
という淡い期待はあるが、どうやらランドール氏は『お目当て』があるらしいし、どうもすぐに帰る様な気配はない。
ならば……せめて錬金術の邪魔だけはされないように、連れて来たビスコに一役買って貰い、どうにか対策を講じなければな。
俺はビスコの近くまでへ行き、そのままお茶を楽しんでいる輪から少し離れた場所まで引っ張って、そして声を潜めてこそこそと話し出す。
「ビスコ、いつまで居るかは知りませんけど、半径二メートルの距離に近付かせない様にお願いしますよ? 特にフラン」
「心得てますよ、邪魔は致しません。……ここだけの話、お二方共ララン嬢に言われて、ホムラがどれだけ大変な作業をしているのか調べに来たのです」
「ラランさんがですか? さすがはタルトレット家の良心」
「え、えぇ……。ララン嬢は今あるやつでも十分に生きやすくなったと言ってますよ。ですから、より良い物を作ろうとするホムラへ、それに見合った報酬をちゃんと差し上げたいらしいです」
「なるほど。ありがたい話ですけども……」
俺は優雅にお茶を飲んでいるランドール氏とフランを盗み見て、静かにため息を吐いたのだった。
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