第29混ぜ 一大事ヨ
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「クルス~クルス~! 大変ヨ、大変ヨ!!」
「慌ててどうした?」
こちらの世界に戻って来た翌朝。朝食を錬金していると、朝の訓練をする為に外に出たエレノアが、焦りの表情を浮かべながら駆け寄ってきた。
「ここは魔素が濃いヨ、いつもの陣じゃ術の威力が強すぎるネ!」
「良い事じゃないか」
「良くなイ! 動物を狩るのに周辺がボロボロなるヨ」
「そっか……じゃあ、陣を改良できるまでは体術だけで頑張るしかないな」
「そうするヨ……もう朝ごはんは出来るカ?」
「もう出来るぞ。用意しておくから手洗ってきな」
エレノアの術も、魔素に影響を受ける事に関しては魔法と変わらないみたいだな。
自分の魔力と魔素を用いて陣の効力をこの世界に発現させる技……魔素が濃ければその分だけ威力が上がるのは、当然の摂理。
魔素の薄い場所専用だったエレノア陣を、この世界で使えばどうなるか考えてなかったのは、まぁ……俺のミスだったな。
使い捨ての陣ならば、エレノアだって作るのが難しくないだろう。だが、新たに陣を『彫る』場合……術の使用に耐えれる魔力伝導率の高い石選びから始める事になる。
石を選び、自分の使うカートリッジの大きさに削り、そして陣を彫るという手順。
作る、と一言で簡単に言っても、どこかで少しでも失敗したら全てがおじゃん。かなり繊細なスキルが求められる大変な作業だ。
(一朝一夕では完成しないし……まぁ、エレノアなら身体強化の陣と体術で足りるだろう)
――今日からは少し忙しくなる。
師匠に会ったり、サリュさんに会ったり、ビスコもそろそろ来るだろうし。
エレノアが自分で陣を改良するなら良いのだが……たぶん、無理だろう。
今使っている陣だって、彫る作業は俺が代わりにやったもの……残念な事に、エレノアは昔から手先はそう器用じゃないのだ。
そして……これまた残念ながらここから先、予定の埋まり具合からしても俺が手伝う事は、とても厳しい状況である。
「キャサリンさん……まだかなぁ?」
つい先程。エレノアが戻ってくる少し前に師匠の様子を見に行ったキャサリンさんが、まだ戻って来ていない。
最短な話……転移鏡を繋げてから師匠を見付けるまで十秒も掛からないだろう。鏡を通り、その鏡を置いている部屋のドアを開けるだけなのだから。
向こうもそう広くないアトリエだ……師匠の在否はすぐに確認できる筈なのに、戻って来ていないという事は……。
「もしかして居ないのかなぁ……」
料理を机に並べながら独り言を呟いていると、濡らした手を見せながらエレノアが戻って来た。
「クルス、手洗って来たヨ……どうかしたカ?」
「キャサリンさんが戻って来てなくてね。また師匠の気紛れが起きたのかもしれない」
「錬金術師、そんなもんヨ! クルスのお師匠なら心配は何もないネ」
……などと、エレノアが言っているけれど。
まさか、なぜ師匠に会わないといけないか一晩寝たらでもう忘れてしまったのだろうか。これは……極めて重大な事だと言うのに。
「エレノア? 俺の師匠が居ないって事はだぞ……?」
「うン?」
「俺達の結婚は、魔女さんに認められて半分。そして、俺の師匠に認められてもう半分だ。未成年の俺達が守らないといけない裏家業ルール……つまりだな」
「――お師匠さん居なイ!? ソレ、一大事ヨ!!」
俺達の結婚がまだ半分しか許されていないという事実を思い出したのか、エレノアの焦りが凄いものになっている。
そんな裏家業のルールを守る必要は無い……と言ってしまえば良いのかもしれないが、それはしたくなかった。ルールを守るからルールに守られる……それに、ちゃんと夫婦になりたいと思うからこそ、手順を守りたい。
まぁ……とは言っているものの、これはほぼ事後承諾をしてくれというお願いだ。もう指輪とか作っちゃってる時点で、今更取り止めるとかは無い。
ここまで来てからの報告は師匠にはお叱りを受けそうなのだが、それはまぁ……向こうの世界に戻ってる最中の事だったし、グレー寄りのホワイトって事で許して欲しいな。
「そう慌てるなって……師匠の許可が無いと結婚式とか出来ないけど、今は準備期間という事にでもしておけば良いだろ?」
「うゥ……居ないなら、仕方ないケド……」
「エレノアがこの世界に慣れたらさ、探しに行っても良いしな。いろんな国や街にアトリエを持って、転移鏡を置いておけば良いんだし」
落ち込んだエレノアを元気付けようと、何とか捻り出した言葉だったが……師匠がいったい何年帰って来ない設定で話してるのか、自分でも分からなくなってきた。
フラッと出て行って数年帰って来ないとか、本気でやりそうな師匠だからあり得ないとは断言できない。
俺にアトリエの一つを預けた今、師匠はより自由になったと言えるだろうし……世界中に婿探しに出掛けたとしてもおかしくは無い。
「それ良いネ! 新婚旅行みたいで楽しみヨ!!」
「ま、まだ俺じゃ転移鏡は作れないからそこで躓くんだけどな」
「クルス、頑張って作ル!」
「まぁ、いつかは作れる様にならないとだけど……あぁ、分かった分かった。頑張るよ」
「一緒、頑張ル!」
弱音を吐く前に、エレノアに膨れっ面をされたらノーとは言えないよな。
「おっ……」
「ただいま、戻りました」
――足音がして、その音の聞こえた方向からキャサリンさんが戻って来たと、声が聞こえる前に察知した。そして、それが一人だと言うことも……なんとなく。
アトリエの左側にあるプライベート空間から出てきたのは、やはりキャサリンさん一人。師匠の姿は無かった。
嫌な予想は当たってしまったということだな。
「キャサリン……一人?」
「残念ながら私だけでございますよ、エレノア様」
キャサリンさんがポケットから一枚の紙を取り出して、俺に渡して来た。
エレノアが俺の後ろに回り込んで、一緒に紙を読み始める――それは、師匠からの置き手紙であった。
内容は至ってシンプルだ。そして、何とも師匠らしかった。
要約すると――『面白い情報が手に入ったから、確認してくるわね。後の事はキャサリンに任せてあるから。じゃ、よろしく~』とのこと。
「こりゃ、どこに行ったのかも分かりませんね……」
「いつ帰って来ル?」
「それもちょっとな……まぁ、しばらくは様子見でいこう。うっかり指名手配とかにならなければいいけど……」
日本でうっかりやらかしたから、今ココに居るという事実を忘れてはいけない。
うちの師匠は、やる時はやる。そして、やらかすのだ。
エレノアもキャサリンさんも俺の発言を冗談と捉えたのか、苦笑いを浮かべている。
嫌な予感というものが……何故か心の中に大きく存在している。
きっと俺だけだろうけど、師匠が何かをやらかして帰って来るのではないか……という予感をヒシヒシと感じていた。
◇◇
「そろそろ行こうかエレノア」
「分かったヨ。すぐ着替えて来るネ」
朝食を済ませて、俺はエレノアに声を掛けた。
今からギルドへ行く。そして、サリュさんから荷物を受け取るついでにエレノアを冒険者にする予定だ。
魔法技術ギルドの方に登録しても良かったのだが、エレノアにはきっと冒険者ギルドの方が肌に合うだろうと考えて、だ。
「キャサリンさん、先にビスコが来てたら対応お願いします。予定が済み次第戻って来ますので」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
お菓子を詰め込んだ袋を入れている鞄を肩に掛け、キャサリンさんに用意して貰った冒険者らしい服に着替えたエレノアを待って、転移鏡を起動させた。
「……ホントに居ないネ」
「あっ、そう言えば……」
エレノアはまだこちらの世界の人、及び獣人さん達について知らない。
実際に見せてから説明する方が驚きがあって良いかもしれないが、余計な好奇心で失敗するよりも、先に教えておく方が無難だろうか。
猫耳犬耳を見たエレノアが静かにしているとは思えないしな……。
「どうしタ?」
「先に言っておかないといけない事がな……。こっちの世界にはいろんな種族の人がいるという話だ」
「種族? クルス、駄目、差別!」
「してないから安心しろ。そもそも、そういう争いはとうの昔に終わってるって話だし。ただ、エレノアはまだ会って無いだろ? いろんな種族の人が居るから騒がない様に……ってこと」
俺はエレノアに向けて、知ってる限りの種族について話をし始めた。自分の会った事のある種族とない種族がいるから、細かい所は省略してだが。
まず『動物が人型をした様な姿』の種族は、『獣人』と呼ばれている。よく遊園地などに居る着ぐるみのリアル版を想像すれば伝わるだろう。
人族の街に居る獣人は、少ない。どちらかと言うと珍しい部類だろう。
それとは別に、似て非なる『人に動物の特徴がある姿』をした種族は、『半獣人』だ。
この二種族はきっとルーツが同じなのだろう……どこで分かれたかは知らないけど。
どちらも基本的な身体能力は、普通の人よりも遥かに上回る。
半獣人は、それほど珍しくは無い……と思う。街を歩けば普通にすれ違うレベルで暮らしている。
他は、シララさんみたいなエルフやドワーフを纏めて『亜人』と呼び、魔石が心臓と対になって体の一部となってる種族……『魔族』がいる。
この二種族は、人族の街で出会う事は滅多にない。外交として魔族の国から来ている者は居るだろうけど……はっきり言ってレアだ。
そして、そこに『人族』を加えた計五つの種族が、この世界で生きている。
神も五神という話だし、もしかしたらそこに何かしらの関連性があるのかもしれない。
「――ま、ざっくり言うとそんな感じだ。魔力の高い人は見た目を変えられるらしいし、魔族やエルフはパッと見ただけじゃ分からないらしいぞ」
「ナルホドー?」
「まぁ……エレノアは特に気にする事は何もないさ。いつも通りで良い」
エレノアの性格上、相手を外見で判断する事はあまりない。
異形過ぎる者は流石に警戒するだろうが、言葉が通じるのなら、エレノアの雑な性格と頭脳であれこれ考えるよりも先に、対話か拳で解決するだろうから。
――説明が終わって、アトリエの外に出る。どうやらこっちの天気も王都と同じで良い天気みたいだ。
「わぁ……いろんな髪色ネ」
「あぁ、それな。一応は遺伝らしいけど凄いよな」
黒髪の俺や濃い茶色の髪色をしたエレノアからしてみれば、赤や青や金髪の人が当たり前となっている世界には驚く。
黒い髪の人も居るから俺達が目立つ事はないが、最初は染めなければ異端扱いされるのではないか……と悩んだものだ。
「さ、ギルドへ行ってエレノアの冒険者カードを作ろう」
キョロキョロと街を見ているエレノアのスピードに合わせていたら、到着がやや遅くなったが……ま、最初くらいそれも良いだろう。
街の雰囲気や街路字の隅に居た小動物、活気のある店によく分からない店。見物したくなる気持ちはよく分かる。
だが、ここから入る建物は荒くれ者が多くいる。エレノアは売られた喧嘩を買ってしまうどころか、自分から売りに行く可能性まである。なるべく俺から離れないように言っておかなければならない。
「ここがギルドだけど、男女比だと九割が男だ。売るなよ……喧嘩は。とりあえず大人しく俺の隣に居てくれ」
「し、失礼ネ! でも……近くには居るのヨ? エヘヘ……」
エレノアへ軽めの注意をして、俺達はギルドの中へと入って行った。
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