第2混ぜ 二年経って
2日置きとは言ったものの、最初くらいは2話目を投稿しようと思います!(´ω`)
よろしくお願いします!
師匠のテンションが上がっていること自体はそれほど悪い事ではないけれど、僕達みたいな錬金術師にはアトリエが不可欠だ。
最低限、雨風を防げれば良いのだが……やはり、落ち着ける場所は欲しい。作ったアイテムのほとんどは消耗品だし、補充するためにも生き抜くためにも。
「師匠、どこか街へ……あっ!」
「どうしたんだい?」
「いや、師匠! ここ、師匠曰く異世界じゃないですか? 言葉とかお金とかどうするんですか!?」
「キミは心配性だねぇ、本当に。作れば良いじゃないか、翻訳機」
あっけらかんと、何でも無いかの様に……簡単に言ってくれる。
日本にあるアトリエでなら、道具も素材もあるし作ろうと思えばたしかに可能だ。でも今は素材や、素材を入れてかき混ぜるための大釜や棒も無い状態。
翻訳機に必要な素材は、その国の言葉を話す生き物の『耳』と『舌』それと『鉱石』だ。
師匠も言わなくて良いと思っているから言わないのだろうが、この世界は空気中に含まれる魔素濃度が日本よりも濃い。ただの平地でこのレベルなのは正直、とても驚いた。
だからこそ世界中を旅していた師匠は、ここが異世界と判断出来たのだろう。
魔素が濃いメリットとしては、上手く扱えば完成品の品質が高くなるということ。魔素は錬金する際には必要不可欠なものだ。
その点において言うなら、この世界は錬金術師にとって嬉しい限りの場所になる。
「都合よく死んでしまった人を探すのは難しいのでは? それに、この世界は何ヵ国の国々で成り立ってるのかも分かりませんし……」
「そうだねぇ……どうする? 盗賊にでもなってみるかい?」
「やめてくださいよ、師匠。いくら錬金術師が己の知的好奇心を満たす為には倫理観を無視する生き物だとしても、常識まで無い訳ではないんですよ?」
「言ってみただけだよ。まずは歩いて探そうか……私の直感ではここから東へ行くのが吉みたいだよ?」
「なるほど。では、西へ行きましょうか」
師匠は凄い錬金術師だ。だが、完璧な人間では無い。その中でも特に、方向音痴と男運に関しては圧倒的に壊滅的だ。
師匠が東と言えば西へ行き、師匠が良い男と言った人物は詐欺師だったりするのが常である。
とりあえずは人里を目指し、調査して、最終的には世界へ馴染む。
この世界の常識や日常が、日本とどれくらいかけ離れているのかは分からない。けど、錬金術師は柔軟で臨機応変に対応する生き物だ。非常識と常に向き合っていく日常だから。
問題は、師匠がこの世界を面白がるか、つまらないと感じるか。ただ、それだけである。
「では、行きましょうか。師匠」
「あっ、ちょっと待って。離れた所にある森から、爪の長いゴリラみたいなのが来るから……やっつけるわね?」
師匠がポケットから取り出した弓を構える。そして、放つ。
放物線なんて描かずに、重力を無視して真っ直ぐ飛んで行き、おそらくゴリラの首を吹き飛ばした。
月明かりだけでは、何の細工もしていない僕の目でゴリラの存在を見付けるのは難しい。
おそらく、師匠の着けているコンタクトレンズが獲物の位置を教えてくれたのだろう。
いきなりの面白いイベントに、師匠はご満悦である。
「さ、あの生き物の解剖……素材を剥ぎに行くわよ! 楽しくなってきたわね!」
「いやまぁ……良いんですけどね? 何ですか? 爪の長いゴリラって……」
「知らないわよ。だからこそ楽しいんでしょ? もしかしたらお金になるかもしれないじゃない?」
路頭に迷うというか、何をすれば良いか分からない時には感覚派の師匠は頼りになる。
何かしらの行動を起こしてくれるからだ。それによって得ることもあるわけで……それが良いか悪いかは別として。
とりあえず異世界からのウェルカムギフトであるゴリラの元へと向かった。
素材を剥ぐ行為は慣れが必要だが、慣れればなんて事はない。どんどん忌避感よりも、素材の良し悪しに関心が移ろぐ。錬金術師が異端者を見る目で見られるのは、そういう所だと皆分かっている。
「待ってくださいよ~、師匠~」
「急ぎなさ~い! 時間は有限なのよ~!」
――そして、初めて異世界に来た日から僕と師匠が世界に馴染み、アトリエを手に入れるまでに約二年もの月日が流れた。
◇◇◇
「やっと……やっと! アトリエが完成しましたね、師匠!」
「あぁ、ここまで大変だったな。私もキミも」
「えぇ、もう駄目かと思う時は何度もありましたが……」
それもこれも、いつの間にか師匠が勝手に東へと向かっていたせいだ。
そのせいで一年半もの時間を無駄にした気がする。
見たことの無い植物が生い茂る森を、ずっと彷徨い続けていた。面白い素材を手に入れられたのだけは、良かったけれど。
だが、街でアトリエを手に入れた瞬間の「さっさと街に来れてたら……」という気持ちが、やはり心の大半を占めていた。
初めて小さい村を見付けた時は一月くらい観察していたと思う。
言葉は違うし、通貨も違う。建物はレンガや木を使ったりしていて違和感は無かったが、作りの荒さは目立っていた。
驚いたのは“人種”じゃなく、あからさまに違う“種族”が共存している事だった。
人間が居て、人間に犬耳が生えた人が居て、人型の獣と例えるのがしっくりくる者も居た。
それを見た師匠がまた先走りそうになって大変だったが、何とか観察を優先させてもらった。
その村の暮らしが一般的より貧しいと知ったのは、それからまた動いて大きな街に着いた時だった。
人が多いと経済効果が違うのか、良い家や良い服を着ている人が村よりは多かった。それはまぁ、当然のことかもしれないけれど。
俺と師匠はそこで、言葉を話せないフリをして、師匠の思い付いた大道芸の旅人という体で小銭を稼いだ。
そして、そのお金で大きい釜を買ってからが、この異世界での本当のスタートとなった。
金儲けに関して言えば、師匠が流石とでも言うか……まぁ、簡単だった。
ただ……俺や師匠の様なタイプの錬金術師は下準備をするだけでも大変なんだと改めて痛感した。
こういう時ばかりは、陣を描くタイプの錬金術師を羨ましく思う。
正確な陣を覚えなければいけない大変さなんかもあるけれど、手軽さでは圧倒的だ。なんなら、前もって紙に量産しておくという手段だってある。
手持ちが無くとも、書く物は木の棒なんかでも事足りるし、場所は平らな地面があれば良いしな。
もっと凄い人になると、体に陣を刻み込んでいる人もいるらしいが……。
このタイプの錬金術師のほとんどは……戦闘向きであるというか、その技術を戦闘に用いているが多いらしい。俺が知っている事といえばこれくらいで、たぶん知らない事の方が多いとだろうな。
「まぁ、良いじゃないか! とりあえず思い付いたレシピを私はひたすら試すぞ!」
「お好きにどーぞ。俺は近くのパン屋に小麦粉を届けて、お昼を貰ってきますね」
街に来た時には俺も十五歳になっていた。師匠の指示で一人称を『僕』から『俺』に変えた……舐められないためらしいが、今でもいまいちピンと来ていない。
今住んでいるのは、裏路地に借りた借家。とりあえずアトリエさえあれば、気持ちは既に無敵だった。
これからの予定としては依頼をほどほどに受けて、お金を稼ぐこと。そして、悠々自適な生活をするのが目標になっている。
「……あー。アトリエが完成したら組合にいかないといけないんだった。……明日でもいっか」
冒険者ギルド、商業ギルド、農業ギルド、魔法技術ギルド、生活ギルド。
大きな括りはこの五つで、それぞれに細かい部分はあるのだが、だいたいはこれである。
冒険者ギルド……冒険者と呼ばれる職業の人達が属している。魔物の討伐、街の掃除から素材の調達などなど。街の人からの依頼を冒険者へ、国からの緊急依頼を冒険者へ、冒険者にランクを与え、何でも屋として使っている。そんな活動をしている。
商業ギルド……商人のほとんどは属している。物を売る場所や売る物の把握。旅商人からの情報を精査し、食料不足の村へ配達に行ったりしている。流通担当。
農業ギルド……農家さんや木こりさんが属している。誰がどこのお店へ納品しているかを把握し、新規の店が出ると商業ギルドから知らせを受け、農家さんに依頼したりしている。
魔法技術ギルド……新しい魔法の開発、役立つ魔法の開発、魔法師の育成。魔法に関する事を担っている。冒険者ギルドと協力して、人材の派遣も行っている。錬金術師もこのギルドに組み込まれている。
生活ギルド……役所みたいなもの。
だから、アトリエが完成したら魔法技術ギルドへ行かなければならない。いつでも仕事が出来ますよ、という申告をしに。
冒険者ギルドじゃなくとも、魔法が必要な依頼は魔法技術ギルドに依頼が来る。主にゴースト系魔物の討伐なのだが……。
「でも、錬金術師に依頼とか無いよなぁ……そもそも錬金術師が少ないみたいだし」
一人言を呟いてたら、お世話になっているパン屋に着いた。
「おじさん、小麦粉届けに来たよ」
「おぉ、助かるよ。お前さんの小麦粉を使ったパンは人気だからな! ほら、今日の分だ」
「ありがとう」
師匠が好きなパンと余ったパンを貰い、少し会話をしてから店を出た。
ここのパン屋のご主人は気前の良い“獣人”さんだ。
少しだけしつこく頼み込んだ結果、質の良い小麦粉を納品する代わりにパンを貰える約束をして、俺と師匠は食費を浮かせていた。
会話に関しては師匠お手製の、翻訳通訳機のお陰で問題はない。……今のところ、耳に変なのを着けている人くらいにしか思われてないだろう。
「そうだ、ちょっと冒険者ギルドでも覗いて帰ろうかね」
アトリエまでの道から逸れて、冒険者ギルドへと向かう。
素材の調達なら自分達でも可能だが、効率を考えると人手が欲しい。師匠はこれからアイテム作りでアトリエから出なそうだし、俺も錬金術師としての腕を磨く時間が欲しい。
可能な限りの時短と、この近くの素材の在りかに詳しい人材と言えば……やはり冒険者ギルドで紹介して貰うのが良い。
だが、問題もある。ひとつは、お金が無い。シンプルに、金欠なのだ。
アトリエの家賃、生活費だけで我が家の家計は苦しい。今は何とか薄めた回復薬や薄めた魔力回復薬を納品してお給金を頂いている。
薄める理由は、まぁ……師匠が本気で作ったのはヤバかったからである。
「金が無いからな……一番下のランクの人になっちゃうよな。不安だけど仕方ないか」
金、銀、赤、黄、緑、青、白。上から順に七つの等級がある。
金ランクの冒険者は、栄えてるっぽい街とはいえ、この街には居ないらしい。全体を見ても、黄が一番多く、赤はそこそこみたいだ。依頼料が高い冒険者はお呼びではないけど、一度くらいは見てみたい。
ほぼ成り立てである白ランクの冒険者に対していくら払えば良いのか考えていると、いつの間にか冒険者ギルドへ着いていた。
まぁ、今日は確認と下調べだけ。そんな気持ちで訪れた。
「おい! なぜそうも融通が利かないのだ! 私の実力は赤をも上回っているだろう!」
そんな女の子の声がギルドの中から聞こえて来たが、錬金術師の自分には関係ない。気にせずギルドの中へと入って行った。
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