第18混ぜ 急げぇぇぇぇ!
お待たせしました!
そろそろストックがヤバいヤバい……
よろしくお願いします!٩(๑'﹏')و
「こ、これは……!?」
「醜いでしょう……これが、私のもう一つの力なのですよ」
数珠について尋ねてから少しだけ時間が空いて、深呼吸をしたビスコがゆっくりと数珠を取り外した。
手首どころか、肘の間接あたりから変色しているだろうか。紫というよりは、赤黒くなっていた。
特徴的なのは色だけではない。むしろ、そこは肝心な部分とは言えないだろう。
もっと気に掛けるべき場所は手だ。
細長く柔らかそうにしていたビスコの手が、今や爪は鋭く伸び、ゴツゴツとしたものへと変わっていた。
例えるならそう――『鬼の手』だった。
「この手について詳しい事は分かりません。ですが……先祖返りの様なものと私は思っています。両親が分からないので、何とも言えませんが」
全体的に赤黒いのに五センチ程伸びている爪は真っ白だ。
俺は好奇心が抑えきれず、許可を取るよりも先に、その手に触れていた。
「怖く……ないのですか?」
「ちょっと、待って貰えますか? 今、忙しいので!」
爪の強度や変色した部分の体温、皮膚やその下の筋肉の密度なんかを自分なりの感覚で調べていった。
こういう時に、師匠のコンタクトレンズが欲しくなる。調べたい情報を自分の知識と照らし合わせて教えてくれる、師匠が作った便利アイテムだ。
師匠の自信作という事はつまり、錬金難易度がとてつもなく高いという事だが……な。
「この爪だけ白いのは何故ですか!?」
「た、たぶんだけど……光魔法に近いからかな?」
「光魔法……という事はこれで、死霊を?」
「は、はい! 実はその事が私の追い出された理由と関け……」
「そんなのはどうでもいいですよっ! 格好良くて強い右手、珍しい力。流石ですねビスコ……伊達にイケメンじゃない」
「どうでもいい……ですか?」
昨日の夜から朝方まで別々に受けたクエスト。そこで、右手に宿る力で死霊を削り倒していく、イケメンビスコの姿を思い浮かべてみた。
不意の攻撃を強固な爪で弾いたり、隙を突いて魔法で攻撃してみたり……俺の必殺技が霞む程の格好良さだ。
小さい男の子にアンケートを取れば、圧倒的にビスコの戦い方に憧れるだろう。
「逆に……何を気にしているんですか?」
「それは……。この、見た目とか」
「バケモノみたいと思われるからですか?」
「そうです。怪物の手がそこにあれば、誰もが恐れるはずです……そうに違いないの、です……」
「さて――問題です。答えは今、分かったはずですよビスコ、俺は怖がってますか?」
見た目で怖がる? 確かにこの世界は魔物が存在して危険視されている世界だ。人間の見た目で怪物の手を有していたら、そのアンバランス加減に恐れる人が居るかもしれない。
だが同時に、この世界の人は慣れるスピードが早い。順応性が高くないと生き残れなかったのかも知れないが、とにかく危険が無いと分かればビスコの手だって問題ないはずなのだ。
「何故、怖くないのですか? 普通はあの時みたいに……」
「鋭い爪や牙を持つ獣人さんだっていますし、何より……キャサリンさんの方が圧倒的にめちゃくちゃ怖いっ!!」
ビスコが鬼の手なら、キャサリンさんは鬼そのものと言える。
つまり、どこをどう解釈してもビスコは下位互換。キャサリンさんより圧倒的にレベルの低い怖さしかないのだ。
「それは……ホムラだけではないですか」
「問題ありますか?」
「……えっ?」
「今……誰と居て、誰と話してるんですか?」
「あっ……」
全員に好かれる者は当然の事として存在しない。
それは、神が五つの魂に分かたれた事……実際の理由とは関係ないのかもしれないが、今は都合の良い“解釈”に利用できた。
「神ですら、全員から好かれる事はなかった。五神になってようやく九割九分と言ったところでしょう。でもビスコ、貴方は人だ。なら、手足の届く範囲の者達にしか好かれないし嫌われない。分かりますか? 今は隣に俺しか居なくて――その俺は怖がってません」
ビスコが教会から追い出される際に、一悶着があったのは予想できる。
それが原因で、鬼の手を知られれば相手が怖がり、離れていくと思い込むのも、理解はできる。
「確かにその手を怖がる人は居るでしょう。でも、怖がる人だけじゃありません。その力を必要とする人も居ますよ。とりあえず、俺が居ます! 俺はビスコを、ビスコの力を必要と思ってますよ……まだ、安心できませんか?」
「やはり、私はまだまだ精進が足りませんね。ありがとうございます、ホムラ。貴方に最大限の感謝を……私は、この世界で生きていても、良いのですね」
ビスコは数珠を右手に通した。
急速に腫れが引いていくみたいに、皮膚の色もビスコ本来のものへと戻っていった。
「貴方との出会いは私の人生においての分岐点だったのかもしれません」
「いや、そこまで言われると少し照れますが……そうですね。今後も力を貸してくれますか?」
俺は右手を差し出す。本当に信頼したい人ならば、口約束で良いと思っている。契約書に残さない口約束だからこそ、お互いの気持ちを裏切らない様に頑張り続けられると思うからだ。
「もちろんです。まだまだ若輩者ですが、ホムラの力になりますよ」
「……ありがとうございます」
俺達は握手を交わす。
ビスコは俺の力になってくれると言った。それはつまり、俺の力になる事ならやってくれると解釈できるだろう。
「じゃあ……さっそく試したい事が沢山あるので。ふっ、ふふふ……」
「ホムラ? 笑顔が怖いですよ? そして何故、数珠を外そうとするのですか!? ちょ、やめてください!」
「鬼の手ですよ! まだまだ調べ足りないですって! お願いですから調べさせて! 何でもするって言いましたよね!!」
「そこまでは言ってませんよ!? もう、今日はおしまいです! ホムラ……こんな時だけ力が、つよっ……い!!」
俺とビスコの攻防はしばらく続き、体力的な差で今日は俺が諦めるという事で決着がついた。
変な争いで汗も掻いたし、井戸から水を汲んで来て身体を拭く事になったが、汲んで来た状態では水は汚い。
――だが、ここで裏技である。
水桶に、たった一滴の聖水を落とす。これだけだ。
だがこれだけで、一瞬にして濁りの一切ない綺麗な水へと変化する。
これの便利なポイントは、身体を拭いて汚れたタオルも水桶に入れると綺麗になるという所だ。
効力の制限時間的な問題はあるものの、この使い方なら一滴で五分は保ってくれるだろう。
「さ、身体を拭いてご飯を食べたらもう寝ちゃいましょうか」
「そうですね」
その後、眠るまでの間はビスコから神について聞いて時間を潰していた。
時計が無い為、時間を忘れるというか、気にしないという感じで話し込んだ。
だから、自分が眠りに就いた時間は全く分からない。
だが、こんな寝心地の悪い場所なら嫌でも起きるだろうと思ってた。……眠ってしまうその直前までは。
◇◇◇
こんな経験をした事がある人は、案外少なくはないのではないだろうか。
「良い朝だ」
なんて、落ち着いて言葉に出してみたが内心は焦りに焦っている。
謎のグッスリと眠れた感覚、それに、既に動き出している街の音。
起きた瞬間の「あっ……ヤバイ」という時計も見てないのに分かってしまう第六感的なものが警報として頭の中で鳴っている。
「ビスコ……も、やっぱり寝てるよな」
静かな寝息を立てて、まだ眠っている。
昨日の夜、ビスコの教会を追い出された理由、そして討伐クエストで怖がられてしまうと言っていた理由を聞いて、そして“見た”。
俺からすれば格好いいと言える事だが、本人はまだ気にしている様子である。
それより今は、別のこと。今日は祭の初日であり、午前中に錬金術師達の発表会がある。
開催場所に関しては、昨日の内にビスコに教えて貰っているから問題はないのだが……。
――俺は、冷静さを取り戻す為に深く一回だけ深呼吸をした。
「起きる。鞄を持つ。ビスコに声を掛ける。軽く体を動かす。罠を解除して、走る」
今からする事を口に出すことで明確化しておく。
なるべく単純にしておく方が、何も迷わなくて済む。
「よしっ!!」
……と声を出して、早速行動に取り掛かった。
遅刻しているという事は、この際無視してとりあえず会場へ急ぐのを優先に動く。
着いて駄目でも、師匠達との合流という目的も果たさなければならないからな。
「起きろ、ビスコ!」
「うん……?」
「会場に行ってるから、目が覚めたら来いよ! 急いでるから言葉遣いは気にすんなっ!」
言い逃げに近い形でビスコに伝え、急いで罠を回収して部屋のドアを開け、通路に出る。
この宿は諸々の設備が悪いせいで格安になっているが、会場からはそう遠くないという立地にあった。
「バカヤロォ!! 危ねーじゃねーかっ!」
「す、すいませーん!」
混雑した道を走ろうものなら、人にぶつかる。
広い道の八割程度が埋まるくらいの人数が歩いているから、当然だ。
疎らになっている人の隙間を縫って走るのにも限界があると察したのは、まだ走り出してから一分も経ってない序盤だった。
まだ寝起きで、やる気が出てない状態だったのが逆に良かったのかもしれない。
下を向くと……そこに靴が見えた。“俺の”靴が。
「通ります! 通ります! ……よしっ。これでいける!!」
大通りから脇道に入ってすぐに、俺は建物の壁を駆け上がり……屋根へと到達した。そして、再び走り出した。
誰の邪魔も入らない、アスレチックの様な高低差の建物を風の様に駆けていく。
『靴』のお陰で、踏み外して落下するという事故は起こらない。
強いて言うなら、跳んだ後に垂直な壁に着地すると、落ちはしない代わりに俺の腹筋が負けると反り返って背中が危ないことになる……というくらいだろうか。
それも、膝を曲げて屈むことで冷静になる時間稼ぎという対処は可能だ。かなり訓練したからな……。
とりわけ今は順調である。後は、自分の出番に間に合うかだけの勝負だろう。
「急げぇ! 俺ぇぇぇぇぇぇぇ!!」
自分に気合いを入れて、俺は全力で走った。
◇◇◇
「遅い……遅い……実に遅い!」
もう既に発表会も終盤に差し掛かっている。
時間を守る弟子にしては珍しく遅刻していた。
「それでは次の方、どうぞ!」
司会の女の子が次へ次へと、どんどん進めていく。きっと、早く終わらせたいのね。
参加人数も二十名に満たない上に、円形闘技場の様になっている会場の観客席だって、まだ席が半分も埋まってない。
今来ている観客の半分くらいは、次に行われる魔法演舞を見に来た観客だろうし。
「アイツも駄目ね……基礎からやり直した方がマシ。発想も普通過ぎるわ」
終盤に差し掛かっているのに、他の錬金術師から私が思う面白い品はまだ出ていない。
そして、男としてもピンと来る人はいない。
一応、審査員的な人達はいるが、一人を除いて当たり障りないコメントばかりでつまらない。非常につまらない。
ただ、審査員長をしているあの“お婆ちゃんの姿をしたナニか”だけは……やはり別。私と感想が似ているから、面白いを基準にしている面白い人物に違いない。
「良くできた商品かと」
「えぇ、デザインも新しく……」
「応用もできそうですしね」
そんなコメントが並ぶなか、件のお婆ちゃんは――「普通じゃの……」と一言で片付けていた。
同意見だったお婆ちゃんに私は頷いて、自分の順番を待っていた。
すると――会場の出入口から足音が聞こえてくる。
聴力を強化している私でギリギリ聞こえる程度の音。でも、その音に私は「ホッ……」と胸を撫で下ろしていた。
「ようやく来たわね、まったく……」
「すいませーん、寝坊しましたっ!」
息を切らしながら全力疾走してくる弟子。
ギリギリ間に合ったとはいえ、後でキャサリンに頼んでみっちり説教コース行きの刑に処すことにしよう。
「では、最後の方も揃った所で……次の方!」
「はいはい! これが私のお遊……自信作よ!」
ホムラが本気を出すなと言うから、遊び半分で作った剣。
鞘から抜くと、途端に「パチパチ」という音が鳴り出す。
「名を……そうね『電雷ノ剣』と言ったところかしら!」
大々的に発表した剣の格好いい名前に、周囲は驚きの余り何も言えないみたいね。
「使えば効力は弱くなっていくけど、また鞘に入れて充電すれば問題なく使える様になりますよ! 相手が動物なら触れるだけで痺れさせるし、鉄の剣や槍を使う相手にも効果があります! ただ、量産が難しく値段も私の気分しだいになるわね!」
他の審査員は気にせず、審査員長に向けて簡単に説明をする。
だが、観客や審査員、司会の子よりも早く反応したのは、やはりというか……弟子のホムラだった。
「師匠! そんなの作れるって知られたらヤバいですって!! もっと手を抜いてくださいっ!」
「えぇ!? これでも駄目なの!?」
「当たり前じゃないですか! 遅刻した俺でもパッと見で他の品と師匠の剣を比べればとんでもない差を感じるんですから!」
いや、でも……あのお婆ちゃんは頷いているし、オッケーって事なんじゃないかな?
それに、注意すると見せ掛けて褒め称える言葉を送ってくる辺り、ホムラは相変わらずのツンデレ具合ね。キャサリンが可愛がるポイントの一つが、この年下感満載のホムラなのよね。
「ホムラ、あのお婆ちゃんが審査員長なの。だから、お婆ちゃんがオッケーを出せばオッケーなのよ。因みに、ほとんどにつまらないって評価をしている……面白い人よ?」
観客席も初めて騒がしくなっているし、とりあえずは錬金術の凄さを分かって貰う為の行動としても、私の知名度的な意味でも上々の結果だろうか。
昨日描いて貰った絵の効果はまだ無いのが……ちょっと残念だけど。
「さ、次はキミの番だよ! せっかく私が上げた錬金術師の株を落とすんじゃないよ?」
そう言うと弟子は顔を顰めた。
何が不服なのかは分からないけど、私の弟子として他の錬金術師には負けない作品は持ってきたのか、そこもチェックしてあげないと。
まぁ、面白い発想をする子だから退屈しないけど、師匠の役割もなかなか大変なのよね。
自分の錬金術の研鑽とホムラを育てること。そりゃあ、婚活も上手くいかないのも仕方ないわね……まいっちゃうわ、まったく。
◇◇◇
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)




