第15混ぜ 対死霊必殺の
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「貴様……ガ。ナぜこの屋敷ヲ、荒らス」
部屋の中央に、人が居た。
人では無いというのは理解しているが、屋敷を彷徨っていた靄達と比べると、明らかに霊力が違う。
姿形に至っては、やや半透明ではあるものの、足までしっかりと存在している。
「うーん……特に深い理由は無いです」
「信念ナキ者、立チ去るノなら、見逃そウ」
「翻訳機の調子が悪いな……素材を使って改良してみるか?」
雑音が混じっている訳ではないのにも関わらず、聞き取りづらくなっていた。
理由は思い付く。簡単にしてそれしか無いという答え――『死者』だから、だ。
死霊系にもパターンがある。
目の前に居る霊の様に単体で存在しているタイプと、生者に乗り移るタイプ。だいたいはこの二パターンだ。
完全に解明されている訳ではないらしいが、師匠から教えて貰った話だと、前者は己自身に未練があるタイプに多く、後者は他人に未練があるタイプらしい。
つまり、前者は善か悪かの判断が難しく、成仏の方法にも気を使う。だが、後者の方は、生者の為にも速やかに成仏させるべき存在と言えるだろう。
結局、やることは変わらない。目の前で話していようがなんだろうが消えて貰わなければ困るのだから。
「……逃げヌ。そウ言うコとだナ?」
「えぇ。一応、聞いておきますけど……貴方はなぜこの屋敷に留まり続けるのですか?」
「復讐ダ……我が家族ゴト、葬ッてくれタ、奴へノ」
「なるほど。その人物って誰か分かりますか?」
「……分カらヌ。最後ノ記憶ハ、腹部へノ痛みのミ」
相手は暗殺者でも雇って殺したのだろうか。
事情はだいたい理解出来た。自分を殺した相手が分からないからこそ、この屋敷に居続け、来る者を永久的に狩り続けようとしたのだろう。
「誰から恨まれていたとか……心当たりはありますか?」
「貴族ノ世界……人ヲ貶めルのハ常。心当たリなンて、無意味なモノ」
「そういう世界なんですね、貴族って。じゃあ、殺されたのも仕方ないのでは? 自分だけ人を恨むのはおかしくないですか?」
相手の生前の身分は貴族、俺はただの一般人。
価値観は違うし、生きてきた時間の長さも違う。
でも、同じ部分だっていろいろあるだろうし、理解出来ることだってある筈だ。
何を常識としているかは、人それぞれだろう。この死霊が言ったみたいな貴族の常識とか、俺の知識による常識とか。
「自分で言いましたよね? 貴族とは恨み恨まれるものだと。……貴方の成仏は貴方自身では“不可能”な案件です」
「…………」
「そのまま恨みを持ち続ければ、貴方の心は侵食され、貴方では無い別の死霊と化してしまう。ですから……貴方に恨みの欠片もない俺が、今度こそ安らかな眠りへと誘ってあげますよ」
開戦の合図はない。
部屋中に散らばっている、木の破片、ガラス瓶、金属がいきなり浮き上がり、そのまま俺に向かって放出された。
「――ッ!!」
真横に跳んでギリギリで回避するも、背後の壁に突き刺さる破片を見て冷や汗が流れた。
部屋の中央にいる死霊の近くには、放出された物とは別の破片がまた準備されている。
どうやら徹底して近付かせないつもりらしい……。
「貴様ニ、死ヲ与えン……」
二射目の放出――を、壁を上手く使って避ける。
避けると同時に、手に持つ聖水が染み込んだ短剣をお返しに投げつけるも、防がれた。
だが、俺は見逃さない……短剣を防いだ時に使用した木の破片達が死霊の制御を離れ床に落ちていったのを。
倒す手段は持ち合わせている。ただ、方法を少しだけ模索していた。だが、今の攻防で、破片を操る力が死霊由来のタイプだと判断が出来た。
不思議な話、死霊にも操る力に違いがある。
基本的には死霊としての力が乗った念力を使うのだが、火を操る死霊、ガラスや土の防壁を作り出す死霊なんてのもいる。
死に方や生前の強い思いなんかが影響されるらしいが、それも定かではないと……。
ただ、現在戦っている死霊はとても普通で、ありふれた正統派なタイプの死霊だ。なら、ほぼ確実に倒す方法がある。
そこに……慈悲があるかは別として。
俺は鞄から追尾型ミサイル弾を取り出し、腰ベルトから聖水の入った瓶の残りを全てソレに取り付けた。
『必殺』――それは、必ず殺す技のこと。少しの隙もなく、圧倒的に、ただ確実に。
「これで終わりにします。次は、もっと普通のくらしが出来るように祈ってますよ」
「殺ス殺すコロ……殺すぅぅッ!!」
「対死霊必殺の……『浄化即滅聖水爆弾』ッ!!」
鳴り響く轟音と一瞬にして白く染まる視界。頬に水滴が当たる。
花火が近くで打ち上がったかの様な、心臓が縮こまるような感覚が身体を支配している。
室内で使うのは失敗だった……と反省していると、煙が少しずつ晴れて、視界が広がっていく。
「おぉ……部屋がしっちゃかめっちゃかだ」
何の部屋だったか分からない程に物が散乱し、いろいろと壊れている。ゴミ以外を見付けるのが難しいくらいだった。
広かった部屋の隅々に爆風でゴミが集まっているのは、逆に良いことをした気分になる。
だが、部屋の中心にちょっとした穴が空いてるのは……流石にやり過ぎた感が否めない。
「この部屋だけ老朽化……は無理だし、ナームさんが昼間に何度か来てる可能性もあるし……」
必死に頭を働かせて、何か打開策のような言い訳が見付からないか考える。
すると、心から脳へと『どうでも良いんでは?』という信号が一直線に送られて来た。
数えれば、自分の心に従って生きてきた事の方がたぶん……きっと多い俺だ。
だから今回も、そうする事が一番だと結論を出して、部屋の惨状をどうにもできない自分を納得させておいた。
そして……部屋を気にしている時間が勿体無いと俺は部屋を出て、まだ感覚が鈍い体を動かして、廊下に散らばった素材の回収を始めていった。
◇◇
「いません……か。またですね、この気持ちは」
まだ朝の早い時間。それでも死霊にとっては活動の範囲外の時間には違いない。
あの少年が死んでなければ、外に来ていてもおかしくはないはずなのに……見える範囲には居ない。
前も、その前もそうだった。前例が少年の死を語ってしまっている。
仮に死霊を倒していたとして、まさか死霊の住んでいた屋敷の部屋で眠っているなんて事……いくら冒険者とはいえ、普通ならやらないでしょう。
不気味でもあるし、一人でもあるのにそんな事ができたとしたら、きっと少年は価値観や倫理観や感情が壊れているのでしょうね。
「さて、片付けますか! はぁ……」
可能な限り明るくしようと頑張ってみるも、隠せない憂鬱な気持ちが心を支配していく。
そんな気持ちを抱え、私は屋敷を見て回った。
――戦闘があっただろう部屋で寝ている少年を見付けた時の、何とも言えない感情。
心配でも安堵でも恐怖でも喜びでも無い。
戸惑っているにしては冷静で、冷静と言えるほど落ち着いる訳じゃない。
――だが、私はこの感情を知っている。
昨夜、少年をこの屋敷に案内している最中に味わった感情。
メイドとして働いてからは久し振りに表に出した感情。
「そうでした……これが『怒り』でしたね。ありがとう少年、感謝しますよ」
久し振りに起きてきた感情。それを目覚めさせてくれた事への感謝。自分が人として、大事な何か無くしてしまったと思っていたモノがこれだったのだ。
私は今、ようやく人に戻れた気がする。
「ただ……制御が難しいですね。どうすれば抑えられ……いや、いっそのこと放出してしまった方が早いかもしれませんね」
自分の気持ちを全て右手に託して、私は……少年の額に向け、拳を振り下ろした。
「初めて人を殴りましたが……痛いものですね」
「……いったぁ~」
私が自分の拳に息をフーッと掛けている間に、少年も目を覚ましたみたいだ。
眠っていたからでしょう、とても鈍い反応だ。
目を擦り、ゆっくり額を撫で、私と目が合う。
「んー? 今の衝撃……殴りました?」
「おはようございます」
「おはようございますじゃなくて……いや、挨拶は大事ですけど。あ……痛いッ!! 何か、痛い!!」
彼はもしかすると、冒険者にしては珍しく良い少年なのかもしれません。
怒りを出しきったお陰か、不思議とそういう風に思えてきました。
「さぁ、屋敷から出ましょう。生きているとは驚きました。本当に依頼を達成したのか、話を聞かせてください」
◇◇
屋敷から出て門の前。そこで、ナームさんとはお別れだ。
死霊から手に入れた素材を証拠として、クエストの完了となった。
「こちらが、報酬です。残りはこちらの紙をギルドへと提出してください」
「あ、はい……」
「少年、もう一度名前を伺っても?」
「ホムラです」
「覚えておきましょう。何かあれば、私の可能な範囲でのお手伝いを約束しょう」
「いえ、別に大丈夫です……あ、いえ……お願いします」
何故かこのメイドさん。自分の思う通りの返事が来ないと、拳を作ってくる。
それに関しては、まったく意味が分からないのだが、俺の中の何かが「とりあえずメイドには逆らうな」と叫んでいた。
「では、また機会があればどこかで」
「そうですね……ははっ」
ナームさんは光でより輝くオレンジ色の髪を翻し、歩いて行く。
別れの挨拶をしたが、気まずいことに帰る方向が同じだ。
同じペースで歩くのも、走り去るのもなんとなく違う気がして、妥協案として数メートル離れて歩くことにした。
ナームさんの仕えている伯爵の屋敷に到着して、気まずいながら再び挨拶を交わし終えると、俺は走って貴族街を通り抜けた。
静かな貴族街と違って、進めば進むほど街の音が騒がしくなっていく。
「早く魔法ギルドに行かないとな」
ビスコが待っているか、まだ来ていないかは分からないけど、とりあえず待ち合わせ場所に直行することにした。
朝から活気のある街を散歩気分で進んでいく。
魚屋に肉屋に八百屋に青果店……道具屋に薬屋、いろんなお店が客引きをしている。
「お兄ちゃん、果物はどうだい? 新鮮だよ~?」
「ビスコにも買っていってあげた方が良いかな?」
何故か、腹ペコで座っているビスコが頭に浮かんだ。
悲しそうな目でこちらを見ている……。
「……じゃあ、コレとコレください」
「あいよっ! あんがとね、お兄ちゃん! また来てくれよっ」
品質の良い果物の見分けは朝飯前だが、あえて普通くらいの鮮度の果物を買っておいた。
深い理由はないが、その中で一番良い果物を選んじゃうと贔屓にしないといけない気がしてくるからだ。
自分の小心者っぷりに、自然と笑みが溢れてしまった。
そして……十数分程度歩いて、ようやく魔法ギルドが見えてきた。
「やっぱりね」
笠を被った何者かが、ギルドの入り口から左に視線を向けた壁際に、ただジッと座っていた。
「ビスコ!」
「おぉ……お帰りなさいホムラ」
「果物なら買ってきましたよ」
「ありがとうございます。積もる話はギルドの中に入ってからしませんか?」
「では、行きますか」
「あ……いえ、果物はここで食べますよ? 話は中でしますけど」
お腹を空かした子犬の様なビスコに「それも中で良くない?」とは言えず、果物を食べ終わる数分程度を外で待つことになった。
謎の時間である。俺がもう少し強く言えたら良いのだが……な。
「うんうん、とっても美味しいですね」
「それは良かったですね……」
「お恥ずかしい話、実はお腹空いてまして……」
「いえ、予想の範疇でしたよ」
「……ゴクン。そうですか、それはそれでお恥ずかしい……モゴモゴ……」
「ゆっくり食べ過ぎでしょビスコ! 一粒一粒を味わいたいならギルドに入っちゃいましょうよ!」
ビスコがハッとしている。
何に対する驚きなのかは本人にしか分からないが、昨日今日で何回も天然が炸裂している。
世間を知らない様な事を言っていたが……これは教会がビスコを外に出したくても危なくて出せなかった説があるかもしれない。
実際に一人で外に出たら腹ペコで座り込むヤバさだしな……サバイバル能力が低すぎなんだよな、ビスコは。
「笠は深めに被りましたか?」
「ですが……この笠で私だと分かるみたいですよ?」
「たしかにっ!!」
「あはは……この笠を見てホムラも私だと判断したのでは?」
「たしかに……」
「天然なのですね、ホムラは」
「ビスコにだけはっ! ビスコにだけはっ!!」
くそっ! 相手がイケメンだと強く言えない自分が恨めしい……死んだらきっとイケメンに取り憑くタイプの死霊になるな、俺は。
ビスコのイケメンと天然に慣れた頃には、この気持ちも盛大に容赦なくぶつけてやろう……そんな気持ちを胸の奥に保管して、俺とビスコは魔法ギルドの中に入っていった。
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