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侍女ハンナと優しい醜い姫 2

 夜です。もうすぐ深夜。コーディアル様の浮腫退治に精が出ます。


「もう十分よハンナ。いつもありがとう。貴女の手が疲れてしまうわ。それにしても、今日のフィズ様は変でした。疲れているのでしょうか」


 コーディアル様は心配そうに眉根を寄せました。コーディアル様の脳内はこうです。


《フィズ様は疲れているのだわ》


 さて、今日のフィズ様()ではありません。今日のフィズ様()です。コーディアル様、壁に向かって「コーディアル様に愛を囁く練習」をしているフィズ様をついに目撃したのです。執事のオルトから筆頭侍女ターニャ、そして私とラスへと伝わっているので知っています。しかし、ここは必殺知らない振りです。


「変でした? とは何があったのですか?」


 私は小首を傾げました。


「フィズ様、どうされたのです?」


 ラスも私と同じ事を考えたようです。


「今晩は私の隣で休んでくれないか? とゴホゴホ咳をしながら独り言を……風邪を引いたようなのです。 熱を隠していて……誰かに看病をして欲しいと思っても言い難いとは……。オルトへ頼んだので大丈夫でしょうけど……」


 私とラスは、思わずコーディアル様の足から手を離して顔を見合わせました。心の底から心配している、という様子のコーディアル様。ゴホゴホは、単なる咳払いですよー。緊張しいなフィズ様の癖ですよー。隣で休んでくれないか? は看病の希望ではないですよー。コーディアル様と一緒に寝たいという男心ですよー。フィズ様は朝から張り切って騎士団を鍛えたりして元気一杯でしたよー。


 私の心の中のツッコミが止まりません。


「まあ、コーディアル様。アクイラ様とオルゴ様は、たまには羽を伸ばすと街の宿に泊まりに行きました。呼び戻すのは迷惑行為。オルトは子が生まれたばかりで風邪をうつしたら大変。と、フィズ様なら言うでしょう。今頃1人で苦しんでいらっしゃるかも……」


 ラスが泣きそうな顔で告げました。巧みな演技力に脱帽です。よし、と私も便乗します。


「おいたわしやフィズ様……」


 まあ、とコーディアル様は口元を手で覆いました。顔色が悪くなったので、心が痛みますがこれもコーディアル様とフィズ様の幸せを願ってのこと。優しい嘘というやつです。早くくっつけこの鈍感姫とポンコツ勘違い……ついにコーディアル様の悪口まで出てくるとは何てこと! まあ、半年以上経つので仕方なし。コーディアル様のことは大好きですが、容姿や病のことを差し引いても恋愛事を自分の世界から追い出し過ぎです。フィズ様を「天からの遣い」と崇めて男性として見なすぎ。


「様子を見にいきましょう。薬はきっとカインが用立てたでしょう。まずは水と……」


 ラスが私に向かって目配せしました。


 合点承知!


「まずは心細い思いをしているかもしれない、フィズ様の様子を確認しましょう」


 私の発言に指摘されて気がついた、というようにハッとした顔付きをしたコーディアル様。立ち上がり、本当に心配そうな切ない表情。両手を胸の前で握りしめ、祈るような仕草です。益々、私の良心が痛みます。


 しかし、ここまでコーディアル様がフィズ様に関心を抱くのは珍しいです。遠巻きに、感謝の視線を送っているだけの事が多いのに、やはり胸の奥にフィズ様への想いがあるのでしょう。フィズ様と相対すると、いつも申し訳ないという表情ですのでこれからの場面も少々心配です。しかし、向かい合って話さなければ、お2人の距離は縮まりません。


「そうですコーディアル様。参りましょう」


 逃げられては困るので、私はコーディアル様の右腕とそっと腕を組みました。ラスも同様に左手を確保します。以心伝心侍女です。


「ここまで支えられなくても歩けますよ」


「いいえ、コーディアル様。では参りましょう」


「これで良いのですコーディアル様」


 支えてくれてありがとう、と口にしたコーディアル様。足が少々悪いので勘違いしてくれたようです。単に逃亡しないようにです。見目麗しいフィズ様と並ぶのを、無意識に拒否しているのかコーディアル様は人伝てでフィズ様を労う事が多いのです。フィズ様がコーディアル様に避けられていると、勘違いしているのはその辺りも原因です。


 ここで、重大な事実を思い出しました。


 フィズ様の寝室、この部屋の隣です。コーディアル様の寝室と扉で続く部屋がフィズ様の寝室。それを、コーディアル様は知りません。


 フィズ様が婿入りしてきた際は、コーディアル様の寝室と丁度正反対の位置の部屋がフィズ様の寝室でした。ベランダから城の裏手にある、コーディアル様が手塩にかけて作っている水路や畑が見える部屋です。堂々とコーディアル様を見れる特等席。しかし、そこを書斎にしてフィズ様はコーディアル様の寝室の隣に越してきました。


 婿入りして1月もない頃のことです。名目はコーディアル様に危険があったら、真っ先に駆けつける為。部屋と部屋を繋ぐ扉を開けないことによる、極悪非道で不埒な男にならない精神修行も兼ねているらしいです。これはアクイラ様から聞きました。そのアクイラ様はフィズ様に「褥を共にしない事こそ妻への侮辱」と告げて見本をみせるとコーディアル様と親しげな姿を見せ、フィズ様と喧嘩になったそうです。というか、フィズ様が1人でプンスカ怒っていたそうです。


 オルゴ様が面白おかしく、話してくれました。オルゴ様は時折そういう楽しい、内緒話を教えてくれます。


「きっと熱で階段を登るのも苦しく、談話室にいるかもしれません。コーディアル様と部屋に来る前に、何やら読書をしているお姿を見ました」


 シレッと嘘を口にしたラス。彼女は頭の回転が良いので助かります。


「食堂も近いので水などを取りに行くのにも効率的。そう考えてかもしれません」


 私達はコーディアル様と共に談話室へ向かいました。無論、フィズ様はいません。


「やはり、寝室のようですね」


 ここで、必殺! 黒狼レージング様です。見た目や狼というだけで恐ろしいと思ってしまうのですが、黒狼レージング様は大変な気配り上手。コーディアル様の寝室を出た時点で、さり気なく私達から離れていたのがその証拠。ラスがバッチリ、黒狼レージング様とアイコンタクトしていました。ラスは私と違って黒狼レージング様をそれほど恐れていないのです。むしろ、いつも結託しているように目と目を合わせています。


 背後から、小さな吠えが聞こえました。ゆっくりと振り返ります。やはり、黒狼レージング様 はフィズ様をつれてきてくれました。


 私達はそっとコーディアル様から離れました。フィズ様、頬を赤らめてボーッとしています。


「フィズ様、熱があると……」


「コーディアル様! 淑女(しゅくじょ)がこんなに肌を見せるものではありません。夜の散歩は良いですが、早く部屋へ行って着替えて下さい」


 コーディアル様がフィズ様を心配する前に、フィズ様は顔をしかめました。


 確かに今のコーディアル様の寝巻きは、いつものものよりは露出が多いです。秋になりかけといえど、まだ暑いですから。しかし、鎖骨がよく見える半袖ワンピース。裾は長く、足首まで隠れています。胸元もしっかりガードされている寝巻き。一般常識的に「肌をこんなに」という格好ではありません。


「フィズ様! いやあ、飲んでいたら遅くなりました!」


「フィズ様! このオルゴはついに腕っ節だけはゼロース様に追いつき……」


 元気な、それでいて酔っ払い風なアクイラ様とオルゴ様の声がしました。城下街の酒場から戻り、ホールから談話室へとやってきたようです。アクイラ様とオルゴ様に続いて、城に住み込む騎士達数名も現れました。彼等は酒場で飲んでいたことをコーディアル様に教えていなかったので、嘘をついた言い訳を考えないとなりません。アクイラ様とオルゴ様は羽を伸ばすために、宿に泊まる。そう言ったのはついさっき。


「行きますよコーディアル様。着替えと、安全な散策路が必要です」


 フィズ様がコーディアル様の手を握りました。おおお! 理由は分かりませんが、ついにです! フィズ様は鬼のような形相でこの場に現れた男達を睨みつけ、不機嫌そうな顔でコーディアル様を引きずるように離れていきました。


 翌朝、ラスと共にワクワクしながらコーディアル様の寝室を訪問しました。


「煌国は身だしなみがかなり厳しいそうです。今度、フィズ様が私とハンナ、ラスにお揃いの寝巻きを用意してくれるそうです」


 なんだか嬉しそうなコーディアル様。やるなポンコツ——ではなく素敵皇子様。と、褒め称えようと思っていたのに、よくよく話を聞くとコーディアル様はフィズ様から淑女について、軽いお説教をされたそうです。寝室前で2、3分。それで、解散。昔、母に怒られた時みたいで懐かしかったと言ったコーディアル様。


 熱はなく、元気そうで良かった。でも、風邪では無かったのかしら? と不思議そうにしていたコーディアル様。


 ちょっとは進展してくれ、この夫婦。


 侍女ハンナは今日も思います。早くくっつけ姫と皇子。

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