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侍女ハンナと勘違い皇子

 今日は雨です。しとしと、ザーザーを繰り返しています。まだ昼間なのに、何となく城が薄暗いです。


 掃除中、私は廊下でフィズ様をお見かけしました。バケツを持って、角を曲がった時のことです。フィズ様はちょうど、壁に向かって咳払いをして、壁に向かって手を指し出していたところでした。


「コーディアル……。いや、馴れ馴れし過ぎる。コーディアル様。こう、雨だと少し気が滅入りますね。音楽でもかけて、踊ったりなど……ハ、ハンナ⁉︎ いや、はははははは」


 褐色に日焼けした顔が、一瞬で赤黒く変わりました。フィズ様、照れ笑い。そのあと、少し癖のある黒髪をくしゃりと右手で握り、「あー」とか「うー」と繰り返しました。フィズ様、コーディアル様を呼び捨てで呼びたいようです。知りませんでした。


「良い案だと思います。コーディアル様、雨はあまりお好きではありません。少し、節々が痛むようでして」


 口にしてから、しまった! と失敗に気がつきました。


「そうなのか? そうか。そうか……。それなら踊るなんて酷い案だ……」


 大きなため息を吐いて、肩を落としたフィズ様。私は慌てて別の提案を考えました。


「音楽、そう音楽ですフィズ様。談話室で、美味しい紅茶を飲みながら落ち着く音楽を聴くのが良いと思います! 温かい紅茶で体も温まります。ソファに並んで談笑なんてどうでしょう?」


 急にピン! と背筋を伸ばしたフィズ様。落ち込んでいた顔も、一気に明るくなっています。


「それは良い案だ。ありがとうハンナ」


「ではフィズ様。フィズ様? フィズ様!」


 蓄音機や紅茶の用意は私達従者にお任せ下さい。と言う前に、フィズ様はスキップと歩きの中間のようなウキウキした足取りで遠ざかっていきました。おーい、毎度毎度人の話を聞け。それに、お目当てのコーディアル様は染物の図案を考えるのに図書室ですよー。そっちではありませんよー。コーディアル様は寝室にはいらっしゃいませんよー。なかなかノック出来なくて、寝室掃除をしているターニャ様と鉢合わせてニヤニヤ笑われますよー。


「フィズ様。いつもはコーディアル様を影からコソコソ眺めているのに、肝心な時に場所を把握していないのよね」


 私は一人呟き、少し考えました。フィズ様を追いかける、またはアクイラ様かオルゴ様を探す。後者にしましょう。直動的なフィズ様を上手く操るのは、目付け監視役の側近であるアクイラ様とオルゴ様の役目です。私には無理。あと、多分フィズ様と鉢合わせる侍女筆頭のターニャ様もフィズ様に何か良いアドバイスをするでしょう。


「やあ、ハンナ。全くその通りだ。で、暇なんで君の掃除を代わろう。あと、あのポンコツ勘違い皇子も任せろ。紅茶の準備や、蓄音機の手配などを頼む」


 振り返ると、アクイラ様が窓の外の雨に全く似合わない爽やか笑顔を浮かべて立っていました。気配無し。毎度のことながら、かなり驚きます。アクイラ様は気配消しが得意らしいです。


「いいえ。掃除は掃除できちんとします。フィズ様の事はよろしくお願いします」


 アクイラ様は、私の足元のバケツをヒョイっと持ち上げました。


「コーディアル様は、未だに私やオルゴを招待客扱いでな。自分達で仕事を見つけるしかないんだ。いつか、帰るだろうという誤解を早く解きたいんだが……フィズ様がポンコツ過ぎる。最後にコーディアル様と話したのはいつだと思う?」


「3日前でございますね。私達から、コーディアル様に言いましょうか? フィズ様、帰る気は無いらしいですよって。理由は御本人に聞いてみて下さい、と」


 私はアクイラ様が手に持つバケツに、手を伸ばしました。サッと遠ざけられてしまいました。むむむ。


「そうだハンナ。まあ、その役は俺とオルゴがする。1年経っても今のままなら、面倒なので爆弾投下。それまで、愉快なのもあるから放置しよう。フィズ様に成長してもらいたいのもある」


 1年とは、コーディアル様とフィズ様が結婚して1年という意味でしょう。そう、コーディアル様とフィズ様はきちんと夫婦です。フィズ様は政略結婚を強要した負い目、コーディアル様は家族から言われた「フィズ様は慈悲深い方でボランティアに来た」を信じています。あと、この結婚には煌国と大蛇の国の休戦協定強化の名目もあります。


 ごくごく普通に考えれば、フィズ様のお相手はローズ様です。何せドメキア王は再三、煌国へローズ様と煌国皇子の誰かしらの縁談を持ちかけていました。そう、らしいです。田舎侍女の私は、風の噂でそう聞きました。コーディアル様は賢いし、少々狡いところもあるのに、フィズ様との結婚については脳内混線を起こして捩じくれた認識をしています。


 フィズ様がズバッと、コーディアル様を褒め称え、愛おしめば進展しそうなのに、肝心のフィズ様は照れ屋の極致。おやすみなさい、おはようございますを言うのにも一苦労。何故、あの見目麗しい容姿でそんなに女慣れしていないのか? 謎です。他の女性には大変スマートな対応なので、余計に謎です。


 私はそんな考え事をしながら、えいっ、やあ、とアクイラ様からバケツを奪おうとしていました。無駄。高く掲げられたバケツに、全然手が届きません。


「怠け者の民と違って、長年この城で働く者は働き者だな。コーディアル様と仲良く休むといい。俺とオルゴに役職を与えろと、コーディアル様に文句を言ってくれ」


 あはははは、と楽しげな笑い声を出したアクイラ様。軽く私の頭を撫でてから、私をシッシッと手で追い払いました。完敗なので、すごすご引き下がるしかありません。男性にいきなり触られるのも好きではないです。善意でも怖い。優しさと労り、それにアクイラ様は目上の方なので我慢です。


「そう致します。この間、ルイ様も怒っていました」


「怒られる方が良いのだハンナ、俺は領主側近秘書の役職が欲しい。第1側近バース様に、第2側近アデル様の座は若輩にて畏れ多い。領主フィズの第1側近バースの秘書アクイラ。もしくは第2側近アデルの秘書アクイラ。そして、コーディアル様の近衛兵長。フィズ様の目付け監視役という煌国官吏の座も保持する。大出世だ。妻は一生安泰だぞ」


 ウインクを残して、俺は「偉大な男〜」と歌いながら、アクイラ様は遠ざかっていきました。アクイラ様、既に侍女や城下街の貴族娘にとても人気があります。誰か目星をつけている娘がいるのかもしれません。アクイラ様は快活明朗で、女性に優しいです。子供や年寄りからも慕われております。


 さて、仕事を奪われたので新しい仕事をしなければなりません。まずは図書室へ向かいましょう。コーディアル様に「談話室で侍女達からも染物柄の意見収集をしましょう」と提案します。上手く誘導して、談話室にてフィズ様をまちましょう。



☆★



 今日の作戦は、成功半分、失敗半分でした。談話室にコーディアル様を誘導し、音楽を流し、紅茶も準備し、さらに侍女ラスがローズ様から隠していたクッキーも用意しました。ここまでは大成功です。で、アクイラ様は見事にフィズ様を談話室へと連れてきました。


 失敗はここからです。


 ソファで紅茶を飲みながら、手元の本に目を落としていたコーディアル様。フィズ様が談話室に入ってきたのに、気がついていない時に事件は起こりました。


「フィズ様、そろそろ帰国されたりしないのでしょうか?」


 コーディアル様のその一言で、フィズ様は蒼白。理由はこの後分かります。


 少し、時系列を戻しますとコーディアル様は「フィズ様はご家族が恋しくないでしょうか?」と疑問を口にしました。話題がちょうど、フィズ様の姉君はどんな方なのか? だったからです。コーディアル様と手紙のやり取りをしている、フィズ様の姉君。コーディアル様曰く、とても気立ての良い方らしいです。それで、先日コーディアル様は姉君から花瓶を贈っていただきました。先日ローズ様が強奪した、あの花瓶です。


 で、コーディアル様の一言。フィズ様は帰らないのか? と繋がります。


 フィズ様の顔が真っ青だったのは、恐らくこうです。フィズ様の脳内変換は、コーディアル様同様に少々おかしいのです。侍女達の間で「勘違い皇子」と影で呼ばれる所以。


——コーディアル様に嫌いだから帰れと言われた


 フィズ様、コーディアル様に嫌われていると思っています。無理矢理結婚に持ち込んだ負い目が相当強いらしいのです。それに加え、コーディアル様はフィズ様にいつも申し訳なさそうな顔をしています。あと、心配顔。それを「嫌がられている」「笑ってくれないのは嫌われているからだ」と誤解しているフィズ様。


 面倒で、困った夫婦ですね!!!


 意気揚々、そして緊張しながらもコーディアル様と談笑するのを楽しみにしている顔だったフィズ様。コーディアル様の「フィズ様は帰らないのか?」発言を耳にして、顔を真っ青にして、談話室からサッと居なくなりました。


 このスレ違いに気がついた侍女は私。それからコーディアル様の隣に座るラス。私の教育係り兼親友の侍女です。


——コーディアル様は任せて。ハンナはフィズ様を


——合点承知!


 目と目で通じ合う私とラス。私はさり気なく立ち上がり、新しい紅茶を用意しますねと談話室から去りました。私はフィズ様を探しました。


 見つけた場所は、ホールの柱の前でした。談話室からそう遠くない場所です。何かブツブツ言って、少々怖いです。色男が台無し。


「あら、フィズ様。こんなところで何をしていらっしゃるのですか? 談話室でコーディアル様と話しをしていたのですが煌国に帰国予定はございます? コーディアル様、フィズ様の故郷を見てみたいそうです」


 どうだ! と声を掛けるとフィズ様は勢い良く私の方に体を向けました。


「煌国に行ってみたい? コーディアル様が?」


 そうです。旦那様の故郷だから当然です。新婚旅行もまだですし、ゆっくりとどうですか? そう言う前に、フィズ様が先に口を開きました。頬が引きつっています。


「あ、兄上方に奪われる。私なんかよりも優秀で、褒め上手で……コ、コーディアル様への言い訳を考えねば……嫌われずに断る画期的な案が必要……」


 よろよろしながら、フィズ様が遠ざかっていきます。名前を呼んだのに、聴こえていないようです。そして、やはり足が長くて歩幅が大きいのでみるみる遠ざかっていきます。よろよろしているのに、速いって何?


 こんなに根回ししてやっているのに、面倒臭いな勘違いポンコツ皇子! 人の話を聞きやがれ! お前の欠点はかなり大きな欠点……おほほほはほ。領主様に対して口が過ぎるところでした。心の声が出てなくてホッとします。


 全く、今日もコーディアル様とフィズ様は進展以前の問題です。


 侍女ハンナは今日も思います。早くくっつけ姫と皇子。

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