侍女ハンナと優しい醜い姫と侍女達
蛇神様夫婦と遭遇した後、私と黒狼レージング様は談話室へ戻ってきました。もう、黒狼レージング様は怖くありません。獣ではなく神様の遣いですから、ちっとも怖く——……まだ牙とか爪は正直怖いです。でも、歩み寄ります!
私がソファに腰掛けるラスの隣に座り、レージング様がラスの足元に座りました。ラスは黒狼レージング様に向かって「ハンナの教育ご苦労様です」だそうで。畏れ多いことに黒狼レージング様の頭を撫でてもいました。無知って恐ろしい。でも、黒狼レージング様は澄まし顔です。
少しして、コーディアル様が談話室にいらっしゃっいました。まだ深夜より2時間も前です。色々な会議は一旦終わりのようです。あれだけ激怒していたローズ様は、何やらご機嫌とは執事オルトや騎士トマスさん談。城中の器量良しの男達にチヤホヤさせたとか、他にもなんとかかんとかあるらしいです。フィズ様ってかなり策士だそうです。私はコーディアル様溺愛姿ばかり見てるので、なんだか想像がつきません。
私達はコーディアル様を暖炉近くのソファに座らせ、怒涛のように質問を投げかけました。気がきくエミリーがサッと紅茶を用意しました。ラスはクッキー。ローズ様をおだててせしめたらしいです。
急な心境の変化、フィズ様の大怪我、コーディアル様の恋心。聞きたいことは山程あります。政治の話は、励みたいので聞くべきですが、明日から。明日やろうは馬鹿野郎とは騎士隊長のゼロース様の名言ですが……今夜は恋話を聞きます!
「フィズ様……あの怪我について何も語りません……。私がずっと支えます」
淡々と告げたコーディアル様。支えると言う時は、聞いた事が無いほど力強い響きの声です。何となく嘘の匂いがします。怪我について、コーディアル様は何か知っている気がします。勘ですが……。コーディアル様の口は、必要時はとても固いので今後も語らないでしょう。
「憑き物が落ちたみたいに、急に色々な真心を受け取れたのです。そうしたらフィズ様のことも……ふふっ。自分が一番驚いています」
両手で顔の下半分を覆ったコーディアル様。確かに醜いお姫様ですが、この美しい所作に綺麗な声で、おまけに愛らしい仕草なので可愛いです。それに、宝石姫ローズ様よりも輝く瞳。優しさと慈しみに溢れたこの目こそ宝石。……そう、宝石です! これは伝えておかないとなりません!
「コーディアル様、結婚指輪の美しい空色の宝石。フィズ様はコーディアル様の瞳に似たものを方々探したそうです。いつも、コーディアル様に見てもらえる気分になりたいそうです」
オルゴ様の婚約者になったので、このような貴重な情報も仕入れています。元々は、コーディアル様の瞳色に似た宝石を探すフィズ様とオルゴ様、アクイラ様の冒険談です。煌国の周辺は岩窟や険しい山脈がいくつかあり、宝石の原石探しに付き合わされたそうです。崖から落ちそうになったり、ハゲタカに襲われたり、苦労したと。
「そ、そ、それはフィズ様から直接聞きました……」
恥ずかしそうなコーディアル様。オルゴ様の苦労話、冒険談はポイします。街の子供達にでも話してあげましょう。乙女にとって大切なのは恋愛話です! ラスとコルネットがコーディアル様に、どのような事なのか尋ねました。もっと聞けラス。もっと聞けコルネット。
「結婚指輪の宝石より、私の目を見たいそうです……。フィズ様、ご自分が美しいので綺麗な顔には見飽きているのでしょう。私、このような見目に生まれて幸運ですね。得しました」
卑屈からの自慢。コーディアル様は新しい考え方を手に入れたようです。違いますよー。コーディアル様の瞳は本当に宝石のようですよー。それに目の形自体も、浮腫みがなければ麗しいローズ様に良く似て整っていますよー。
でも、コーディアル様が自信を持ったようなので、この考え方でも良いです。
「コーディアル様、どのように憑き物が落ちたのですか? その……私……もう少々……」
「ラス?」
首を傾げたコーディアル様。これは、多分こういうことでしょうか?
「ラスは帆立貝のように固く口を閉じて黙っていれば良いんじゃない? 行動は素直だからそれなら我慢できるんじゃなくて?」
昨夜、怖かったとアクイラ様の体に身を預けられたラス。あのまま喋らなかったら良かったと思います。
「おやおや、ラス。貴女は昔から頭でっかちで考え過ぎだからねえ。コーディアル様やハンナを見習いなさい。家を守るより、政治で活躍したいと言って、ついにはコーディアル様の秘書に立候補。男と渡り歩きたいなんて思っているから気が強くなっていくのよ」
ターニャ様の言葉に、ラスは俯きました。10年もの間、ラスは侍女をしています。貴族娘の教養を身につける名目にしては長過ぎる期間。政治で活躍したいなんて、そんな事を考えていたなんて知りませんでした。
「ターニャ様。それが出来ていれば苦労しません……。ハンナ、言わなかったのは張り切った貴女にコーディアル様の横を取られると思ったからよ。信頼してないとか、仲良くないからではないからね……」
私は傷ついた顔をしたのでしょう。それをラスは直ぐに見抜いた。察し上手の気配り屋さん。鈍感ポンコツ娘の私はラスを真似したいです。
「ラスさんは、本命にだけ照れ屋ですよね。それも、可愛げのない。良いんですか? 凄い数の縁談数らしいですよ。ほら、オルゴ様が取りつく島もないから」
エリザベスが私を見て楽しそうに笑いました。風の噂——というかエミリー——に聞いたのですが、オルゴ様は社交場や挨拶にくる貴族達から縁談話を持ちかけられても全て却下。それも「自ら申し込むと知人方にも伝えてください」とまで言っていたそうです。それなのに、娘が同僚だからダメ元で話を持っていったお義父様。考える、と言われて驚いたそう。それを知った私も驚きです。私、自分からオルゴ様に突撃しましたが逆だったのかもしれないです。
——俺も権力を振りかざして妻を娶る
今夜聞いたあの台詞、本気だったかもしれません。たびたび私に見せた困惑は、なんでしょう? 色々と考察はありますが、オルゴ様に聞くのが一番。帰国したら質問してみようと思います。そうしたら、また甘い雰囲気になれるかもしれません。
コーディアル様がラスを見て、不思議そうにしています。コーディアル様はハッとしてから、私へ視線を移動させました。
「そうだわハンナ。貴女とオルゴ様……オルゴのことを知らなかったわ。おめでとうハンナ。今度、お祝いをしましょう。フィズ様も知らなかったと驚いていました。でも、この様子だと皆は知っていたのね」
談話室にいる私以外の侍女が「見てれば分かります」と同時に同じ台詞を口にしました。正式な婚約発表まで隠すつもりで行動していたのに、そ、そ、そんなに分かり易いとは……。
「まあ。私の観察眼は足りな過ぎるのね。それで、ラスはどなたと?」
談話室にいる侍女達は沈黙。私とエリザベスだけが「アクイラ様でーす」と声を出しました。ターニャ様以外が皆、目を大きく丸めました。
「ハンナは何とかなって、次はラスね。エミリー、他人事みたいな顔をしない。エリザベスとコルネットもです。カレンはまだ早いわね。全く、この城の姫に侍女はいつも手間がかかります。妙なのばかりで辞めようにも辞められませんコーディアル様。また増えた」
抱っこしているシェリの背中をポンポンしながら、ターニャ様が呆れ声とため息を出しました。
「苦労をかけてごめんなさいターニャ。私、母が亡くなってからは貴女を母親代わりのように思っているの。どうか、なるべく長く働いて欲しいわ」
私とコルネットは「ターニャママ、ずっと娘をよろしく」とクスクス笑いました。私の親代わりのターニャ様。私より前に拾われたコルネットも同じです。コルネットは酷いことにゴミ箱に捨てられていた赤ん坊らしいです。ターニャ様は子宝に恵まれず、夫に先立たれて城に住んでいるので、皆のお母さん。皆の弟マルクもターニャ様の息子みたいなものです。
「さっさと城から追い出すからね。追い出しても帰ってくる子もいるし」
それはエリザベスです。結婚したけど、暴力夫だったとこの城に戻ってきました。2歳のメルビンと共に。コーディアル様は温かく迎えたばかりか、バース様達経由で何やら手を回してあげたとか。この城はそんな風に、いつも誰かを温かく迎えてくれます。
「それで、コーディアル様。この気が強くて、男に振り回されているラスティニアンを貰います。コーディアル様の秘書兼私の副官。裏から城の全てを牛耳るってやつよラス」
パアッと顔色を良くして笑ったラス。コーディアル様は微笑んでいます。否定も肯定もしていません。
「フィズ様に売り込みますコーディアル様、ターニャ様」
「そう、ラス。貴女の家柄では少々不足よ」
ハッキリと告げたコーディアル様に私はドキリとしました。
「コーディアル様とハンナを見習って後ろ盾を手に入れます。それから、ハンナを使います」
え? 私?
「ハフルパフ公爵夫人の代理。大いに使えるわ。そ、そ、それで……」
ラスが赤くなって、シュルシュルと小さくなりました。私は「ラス、好きな人に大嫌いと言う事件」をかい摘んで話します。ターニャ様、大笑い。エリザベスは心配げな表情。残りは困惑しています。というか、呆れ顔?
「マルクがアクイラ様の機嫌が悪過ぎる。理由を知っていないか? って私達に聞いていたのはこれだったのね」
コルネットとカレンが顔を見合わせて、肩を揺らしました。
「まあラス! 何でそんな正反対のことを! ここは一刻も早く謝るべきよ。私とフィズ様のようにこんがらがってしまう前に」
突然立ち上がったコーディアル様はラスを引きずるように談話室から連れ出しました。
残された私は、小一時間ほど冷やかしの対象。オルゴ様とのことをあれこれ聞かれて、恥ずかしいので寝室に逃亡です。
翌朝から、城は慌ただしくなりました。なんと、大蛇の国と南の国の間から、難民が流れてきてフィズ様とコーディアル様が受け入れたのです。私は疲弊していたり、病気や怪我の方々のお世話に駆り出されました。というより、意気揚々と名乗り出ました。コーディアル様を見習って中身の美しい女性になりたいからです。
ラスはというと、コーディアル様の秘書の名の下に城下街から女を集めて、炊き出しその他の指揮官。
威風凛々とした美女ラス。元々注目の的であるご令嬢、侍女だったが、人気爆発。何でも近々、騎士達による「麗しのサファイア姫争奪戦線」という、単なる手合わせ大会が行われるそうです。言い出しっぺはアクイラ様だとか何とか。ラスに言い寄る男を根こそぎ追い払う口実だとはマルク談。そのマルクは最近エミリーと仲良しな雰囲気。ただ、エミリーの矢印はビアー様に向いていそう。ビアー様は中々の女誑しだとは、ターニャ様。城の人間関係は複雑です。
コーディアル様に連れ出されたラスがどうなったのか、私は知っています。
「大、大、大嫌い事件」です。なので、コーディアル様とフィズ様が仲睦まじく私のところにラスとアクイラ様の件で相談に来ます。といっても、未だにキスすら出来ないらしいこの二人。別々にやってきては、私に惚気と相談をします。両思いなのに、じれじれする2人に対して勝手にくっつけ、と思う今日この頃。
アクイラ様も照れ怒りをしながらやってきます。以前、アクイラ様に貰った品々——お菓子や髪飾りなど——は全部オルゴ様から私にだそうです。世話したのだから、助けろというのがアクイラ様の要求。アクイラ様は照れながら怒ります。これは私にはとっても謎。今まで、オルゴ様がアクイラ様とラスの間に入っていたみたいです。
騎士達や貴族もそれとなくラスの事を探りにきます。私、献上品のお菓子で太りそうなので、忍耐の日々。オルゴ様に「太ったか?」なんて言われたくありません!
ラスは相変わらず口が固くて、滅多に私のところには来ません。近寄って話そうにも、忙しそうです。私も仕事が増えて目が回りそう。
侍女ハンナは思います。はやくくっつけ姫と皇子。はやくくっつけ侍女と側近か真心ある騎士とか貴族。
早く帰って来てくださいオルゴ様。お世話係、1人では足りません。もう、1ヶ月も離れ離れで寂しいです。
 




