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侍女ハンナと優しい醜い姫と皇子様

 収穫祭の翌日、夕食時に大事件が起こりました。コーディアル様、フィズ様への愛を語ってフィズ様の頬にキス事件です。


 侍女ハンナは侍女ラス、それに料理人や執事達と歴史的瞬間を目撃しました。この大事件の前に、宝石姫尻尾を巻いて逃げる事件もありましたが大したことではありません。まあ、とてもスッキリはしました。


 私は、今なら心の底からローズ様の幸せを祈れます。フィズ様にまとわりついていたのが、どの程度本気だったのか知りませんが、失恋は辛いものです。これに懲りて、宝石姫の異名に相応しい中身を伴わせれば良いのですが……。そうしたらローズ様は美の女神ではなく、大蛇の国の女神と呼ばれるでしょう。まっ、無理な気がします。ローズ様ですし。


 フィズ様の頬にキスをして、食堂から逃亡したコーディアル様。フィズ様は頬に手を当てて、デレデレ顔で悶えています。黒狼レージング様は呆れているような顔つきです。それにしても、こんなに表情豊かな狼って、黒狼レージング様は何者なのでしょう。


 私とラスは何も言わなくても以心伝心。


——行くわよハンナ


——合点承知!


 2人で調理場から談話室へと移動しました。料理人や執事もついてきます。騒ぎを聞きつけたのか、他の侍女達や近くにいたらしい騎士達も現れました。食堂の入り口の方へと向かいます。コーディアル様が、ホールの階段の手摺りにもたれかかっていました。


「コーディアル様」


「コーディアル様、大丈夫ですか?」


 私とラスはコーディアル様にすぐ駆け寄りました。


「ええ、大丈夫です……。はあ……。このまま本国と対立するかもしれません……」


 弱々しい声とは裏腹に、コーディアル様の瞳には決意が漲っているように見えます。


「そうですか、コーディアル様。このハンナはハフルパフ家に煌国華族オルゴ様を婿に迎えます。本国本家に殴り込み……コホン、もとい成り上がります。侍女としてだけではなく、とっても役に立ちます。煌国亡命になった場合、お供致します」


 まだ、オルゴ様とのことを話していなかったので、コーディアル様はポカンとしました。


「コーディアル様、社交場でコーディアル派閥を作りつつあります。このラスティニアンに秘書をお任せ下さいませ。もし、煌国亡命する場合は是非お連れ下さい。美貌とそれに相応しい心に教養知識で、煌国の権力者を手に入れます。コーディアル様に贅沢な暮らしをさせてみせます」


 これでもかという程、コーディアル様は大きく目を丸めました。ラス、昨夜の今日でまだそんなことを言うのですか? 素直になれと蹴り上げないと——コホン、教育しないとなりません。それにしても、コーディアル派閥なんて話は聞いてませんよ。秘書なんてズルい! でも、私には秘書は務まりそうもありません。せめてコーディアル派閥の下っ端に入れて欲しいので、社交場での真偽混じった苦手な交流を頑張ろうと思います。


「置いていっても追いかけます」


「連れて行ってくれない場合、追いかけます」


 私達につられたのか、他の従者も似たような台詞を吐きました。筆頭侍女ターニャ様には驚きで「地獄の果てまでついていきます。まあ、コーディアル様がいるならどこでも天国ですけれど」と大笑い。私は悔しいと思いました。私だってそのくらいの気持ちがあります!


 コーディアル様はゆっくりと立ち上がり、ジッと私達を見据えました。


「ええ。ありがとう。皆が(わたくし)に心を砕いてくれていることは、誰よりも(わたくし)が知っています。これまで、皆の気持ちを素直に受け取れなくてごめんなさい」


 空色の瞳は涙で潤み、大粒の涙が床に落下しました。コーディアル様は涙も拭かず、くしゃりと笑いました。


(わたくし)、化物醜姫と呼ばれ続けて踏みつけられても構いません。石を投げられ、罵られてももう気にしません。そうではないと、そう言ってくれるあなた達がいます。何より、フィズ様がいてくれます。降りかかる火の粉を夫婦揃って薙ぎ払い、必ずや貴女方の信頼に応えます。(わたくし)、今後はフィズ様と献身的な従者達の親愛以外、何も要りません」


 今までなら、コーディアル様は申し訳なさそうにしていました。必ず「いいのよ」と遠慮していました。なのに、まるで別人みたい。フィズ様と何かあったのでしょう。フィズ様の怪我はその辺りに関係があるのかもしれません。


 コーディアル様に足りなかった自信。コーディアル様はそれを手に入れたようです。


 力強く発言すると、コーディアル様は私達に背を向けて歩き出しました。背は小さく、細身なのにコーディアル様の背中はあまりにも大きく見えます。食堂から、アクイラ様とオルゴ様が現れてコーディアル様の隣にサッと移動しました。


「アクイラ、オルゴ、先手を打ちます。ローズ姉上は思慮が浅い。叩き潰してから帰国させます。バースとオルゴで先に本国へ根回し。バースには本国にツテがあります。オルゴ、なるだけ早く発ちなさい」


 堂々たるコーディアル様。初めて呼び捨てにされたオルゴ様とアクイラ様は涼しい澄まし顔です。少し嬉しそう。


「ようやく認めてくださったようで鼻が高いですコーディアル様。いえ、我が女王陛下。再度申し上げますがこのアクイラ、例え心臓に刃を突きつけられようと貴女様の盾となります。フィズ様はまあ、自力で何とかしてくれます」


 茶目っ気たっぷりにコーディアル様へウインクをしたアクイラ様。ふふふ、とコーディアル様が肩を揺らしました。


「コーディアル様、このオルゴはハフルパフ公爵の座を手に入れる予定です。煌国の我が一族も中々権威を誇っております。近衛兵長の座を頂ければ、貴女様の剣にして盾となります。但し優先順位は妻となる娘の下です。と言いたいですが、そうすると妻に刺されるので貴女様を何よりも優先します」


 オルゴ様が私に向かって歯を見せて笑いました。ラスが私に軽く体当たりして、ニヤニヤ笑い。ターニャ様、いつの間にかいたエミリーやシェリにも腕やら頬を突かれます。熱いので、私は赤いかもしれません。


「嘘だろ。抜け駆けしやがったのか」


 小声は騎士のベルマーレさんでした。あれ、貴方は昨夜ラスを気にかけていませんでした?


「ルビーとサファイアを両天秤にするからですよ。唯一無二の至宝と呼んでくださらないと女は逃げ続けます。フィズ様を見習ってくださいませ」


 ツン、と澄ましてからベルマーレに流し目をしたラス。マルクが「だから先輩達には高嶺の花は摘めないって」とため息混じりで呆れ顔をしたので、騎士達がワイワイぎゃあぎゃあ騒ぎ出しました。耳をすまして聞いていると、私とラスって2人で1組、あと手に入れたら勲章的な感じです。だから私の恋愛センサーは反応しなかったのでしょう。いえ、単に鈍感なだけです。欠点から目を背けて言い訳するのは良くありません。


 またコーディアル様が笑いました。実に楽しそうです。黒狼レージング様がフィズ様と共に食堂から現れました。


「フィズ様、先程の姉上との件について会議を行うべきだと思います。少々先に指示を出しました。具合が悪くなければ真横に並んで欲しいです。ではオルゴ、バースと共に頼みます。帯同させる騎士選抜はバース、ゼロースと相談なさい」


「はっ! 仰せのままにコーディアル様。このオルゴ、近衛兵長として責務を果たして参ります。勿論、期待に応えて挨拶回りを致します。ビアー、伝令を頼む」


 何やら命じられたビアー様が、それはもう精悍で格好良い表情で騎士挨拶をして、去りました。エミリーがポーッとしています。私も、今のようなビアー様に口説かれたら……オルゴ様の姿しか浮かびません。私、浮気者の素質はないようです。良かった良かった。


 期待に応えて挨拶回り? オルゴ様は一瞬、私と目を合わせて大きく頷きました。ラスに「フリッツ様と共にハフルパフ本家や分家に挨拶回りよ」と耳打ちされました。お義父様と……政治的駆け引きは私には難しいです。コーディアル様、オルゴ様、即断とはさすが上に立つ者。


 しばらくオルゴ様と離れ離れのようです。これは寂しいです。フィズ様はコーディアル様の変わりように戸惑っています。あと、見惚れているようにぼんやりして見えます。


「出発準備の手伝いをする侍女の選定はターニャ、貴女に任せます」


 そう言ったコーディアル様は、ターニャ様ではなく私を見ました。これは、そういうことです。


 合点承知!


 私はコーディアル様に感謝の会釈をしました。それから、嬉しくてオルゴ様へ視線を移動させました。ふと見たら、アクイラ様がオルゴ様を凝視していました。


「近衛兵長は俺。オルゴ、お前は副近衛兵長だ」


「いいや、アクイラ。実力主義なので近衛兵長は俺だ。コーディアル様の専属近衛兵長は俺で、お前は副近衛兵長だからな」


「オルゴ、世は年功序列だ」


「二ヶ月違いで偉そうに!」


 いがみ合う2人の間で、コーディアル様がオロオロし出しました。先程までの態度は、気を張り詰めさせていただけみたいです。


「何がコーディアル様の専属近衛兵長だ。私の目付け監視役の官吏で煌国兵でもないのに毎度毎度。この領地に来てから騎士団でも我が物顔」


 フィズ様がコーディアル様の隣に並びました。


「フィズ様とコーディアル様が、この領地での役職をくださらないからです。仕方ないので騎士団副隊長補佐官になってます。ハフルパフ公爵にもなります」


「フィズ様とコーディアル様が、役職をくださらないからです。仕方ないので宰相秘書兼任騎士になってます」


 フィズ様は驚愕というように私を見ました。まだ正式婚約前なのに、こんなに大々的に披露されてもう恥ずかしいです。


「あ、あの……コーディアル様の専属近衛兵長はフィズ様かと思います」


 身を縮めて、そう告げるとラスに「何訳の分からないことを言っているのよ」と囁かれました。呆れ声です。


「その通りだハンナ。副近衛兵長のアクイラよ、アデルやルイを呼んで来い。副近衛兵長のオルゴは先程コーディアルが命じた通り。バースには私から声を掛けるので支度をしておけ。コーディアル、会議ではなくローズ様の従者に圧力かける。大したことないので簡単だろう。ラス、エミリー、コーディアルと共に毒蛇の従者を愛くるしく釣り上げて来い。大蛇会議室だ」


 この雰囲気は舞踏会に現れたフィズ様です。コーディアル様、フィズ様の堂々たる姿に見惚れているように見えます。


 恭しいというように会釈をすると、アクイラ様とオルゴ様は階段を登っていきました。フィズ様はキリッとした表情で「コーディアル、行こう」と口にしました。どこからどう見ても立派な領主という、頼り甲斐のある姿です。


「ハンナ、深夜になるかもしれませんが後で美味しい紅茶を飲みしょう。談話室でです。参加は自由。但し、女性のみですけれど」


 花が咲いたように笑ったコーディアル様。醜い姫なんて信じられないくらい、可愛らしいです。これは、コーディアル様だけではなくターニャ様やエミリーなど侍女達にオルゴ様との話を根掘り葉掘り聞かれるかもしれません。


 さあ、行きなさいというようにコーディアル様に背中を押されました。私は感謝を述べて、オルゴ様を追いかけました。


 侍女ハンナは今日も思います。早くもっとくっつけ姫と皇子。先程のフィズ様の様子だとようやく想い合ったばかりのよう。なので、まだ本物の夫婦ではないでしょうから、ニヤニヤしながらせっつこうと思います。


 領地統治など不安もありますが、立派な領主に側近達は頼りになりそうですので、侍女ハンナは恋物語の脇役として活躍します!

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