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侍女ハンナと謎の男 2

 夜風が私の髪を揺らします。私の前で、片膝をついている灰色法衣の男性。声が、以前誰かが石を投げてコーディアル様が怪我をした時に、真っ先に駆け寄ってきて手当てをしてくれた黒法衣の男性と同じです。今、本人も肯定しました。


 それでも半信半疑ですが、記憶力は悪くない方です。コーディアル様が石を投げられたのは、3年前の本国での出来事です。コーディアル様の母君、ナーナ様の葬儀後の時でした。帰国しようとしたコーディアル様に、心無いものが石を投げたのです。たまに、そういう事があります。醜い化物姫と、影からコソコソ石を投げる卑怯者にして非道な者がいるのです。


——可愛い姫の宝に贈り物を持ってきた


 先程、灰色法衣の男性はそう言いました。可愛い姫とはコーディアル様のことでしょう。コーディアル様の宝が私とラス? 髪色からサファイヤとルビー?


「記憶力が良いな。姫も助かるだろう。さあ、両手を出しなさい。これは姫に対する奉仕への礼だ」


 思いっきり不審者なのに、従わないとならないという抗いがたい雰囲気です。あまりにも穏やかで優しげな声なので、恐怖は何処かへ消えています。私は素直に両手を出しました。灰色法衣の男性は動きません。


 いきなり私の掌の上に麻袋と煌めく光が落下してきました。光は宝石で、コーディアル様が目の前の方にあげた首飾りです。私は思わず上を見上げました。空しかありません。雲が多くて、月は半月。


「袋の中身はサファイヤと1つずつ食べなさい。残りは城の井戸に入れなさい。明日中にだ。勿論、従わなくても良い。しかしな、信じることは難しいが先に信じなさい」


 これは、どういうことなのでしょう? 私にはサッパリ分かりません。


「詐欺師だと思うのも良い生き方だ。人の世は生き難い」


 私の体にゾワリと鳥肌が立ちました。あの日、黒法衣の男性がコーディアル様を騙して首飾りを手に入れたと思ったことは、誰にも話したことがありません。この方、普通の人ではなさそうです。


「この国の真の王を決めるのは我等である。そして牙には牙。罪を贖え。それが友からの伝言だ。王の戴冠は盛大に行う。今宵の話は秘密だぞ。戴冠式の話と、罰の話は広めなさい。可愛い唇で秘密を漏らすと、空から何かが落ちてくるからな」


 くすくす笑うと、灰色法衣の男性が立つと同時に跳ねました。何て跳躍力。驚いていたら、バサバサと何かが落ちてきました。怖くて悲鳴をあげて、体を捩ると、ただの葉っぱでした。


「ふははははは! ルビーではなく紅葉姫だそうだ! 朝だけではなく逢瀬の海岸で祈ると良い! 君の歌が好きだそうだ!」


 バサバサ、バサバサ、葉っぱが私を襲撃します。全く痛くはありませんが、どうして良いのか分かりません。腕を動かして払います。


 紅葉姫? 逢瀬の海岸? 歌? オルゴ様とたまに散歩しにいく、2人の始まりの白い海岸? そこで歌ったことはありません。鼻歌は……あります。ご機嫌でつい漏れているものです。


 一体全体どういう……バサバサ、バザバサと葉っぱが大量に落ちてきます。


 葉が落下してこなくなった時には、灰色法衣の男性はもういませんでした。


 恐怖とはまた違う身震いで私はぺたりと座り込みました。落下してきたのは楓。いえ、多分、紅葉です。楓より小さい葉で切れ込みも深く、形が違います。オルゴ様が絵を描いて見せてくれた形。星型のような葉っぱ。紅葉はこの地域にはありません。大量の紅葉に埋もれた私。


 真の王を決めるのは我等? 我等って誰ですか?


 神様? 天からの遣い? 悪魔……とは思えません。一瞬しか見てませんが、あんな温かい目をした悪魔なんていないと思います。朝ではなく逢瀬の海岸で祈ると良い、そう言っていました。私はコーディアル様と毎朝礼拝堂で蛇神様に祈りを捧げ始めたので、蛇神様? 蛇ではないので蛇神様の遣いでしょうか?


  絶対に人ではないです。何もないところから物を出したり、あんなに高く跳んだり、そんなことを出来る人間はいません。蛇神様の遣いに秘密と言われたので、絶対に誰にも話をしてはいけません。渡された物を、ラスと食べないと。袋の中身は何でしょう?


 手の上に落ちてきた袋の中身は、金平糖のような白いものでした。3個入っています。


 私は屋根に階段がついていたので、放心状態ながらも下に降りました。


 夢でも見たのでしょうか? でも私の手には麻袋にダイヤの首飾り、それからつい持ってきた紅葉の葉が1枚。これは夢ではありません。


 ラス、ラスは?


 それに、ここは薄暗い裏路地です。それに気がついて私は待っている物を胸に抱き締めて、早足になりました。これはかなり危険そうです。いくら収穫祭の夜で騎士の巡回が増えていても、女1人で歩いているのは危ない。


「大丈夫ですか!」


 前方から、角から闇夜に浮かぶ銀色が現れて、声の主がオルゴ様で私は走り出しました。あまりにも心細くて、恐ろしかったので全速力です。


「オルゴ様!」


「その声、ハンナ? ハンナ!」


 オルゴ様も駆け寄って来てくれました。ああ、良かった。私はオルゴ様の胸に飛び込みました。こんな偶然、奇跡みたい。私が寄り添う前に、オルゴ様は抱き締めてくれました。こんなに強く抱き締められたのは初めて。オルゴ様の腕は、軽く震えています。


「旅人のような男に、迷子らしい女性がいるが急いでいる、助けてやってくれと言われたんだが……何かされたか? どうしてこんな場所に1人でいる? マルクが急に居なくなったと言っていて、方々探していた」


 腕の力を緩めたオルゴ様が、私の顔を覗き込んで早口でまくし立てました。旅人のような男——蛇神様の遣い——はちゃんとオルゴ様が私を迎えに行くようにしてくれたようです。さすが、蛇神様の遣い。この優しさに心遣い。やっぱり悪魔ではないですね。


 これは、私の相手はオルゴ様だというお告げのようで嬉しいです。運命の人? ええ、 婚約するのでその通りです。運命の相手だと分かると、喜びは倍増。


 ラスは今頃、私と似たような体験をしているかもしれません。私はそれに気がついて安堵と喜びで胸を撫で下ろしました。


「ハンナ? 無事なように見えるが何があった? 大丈夫か? 何故そんなにぼんやりしている?」


 とてつもなく心配してくれているオルゴ様に、何の問題もないことを伝えないとなりません。でも、私は嘘が苦手です。


「ラ、ラスが攫われて心配でつい探そうと……。怖くなって戻ろうと思ったのに……迷ってしまい……。人を見つけたので道を尋ねたら、急いでいると去ってしまって……。オルゴ様に会えて気が抜けました……」


 途端に、オルゴ様が目を吊り上げました。


「つい、ではない! 何かあったら遅いのだぞ! あんな顔も見えない余所者のような者に話しかけたりもするな! 親切な人だったのは結果論だからな!」


 雷が落ちてきました。こ、怖い。オルゴ様の怒りは怖いです。以前、ビアー様とマルクが怒られた時と同様の恐ろしさ。容赦無し。でも、仕方ありません。私が話した内容だと、軽率過ぎなので怒られて当然の内容です。


「は、は、はい……すみませんでした……」


 叱られるのは当然の状況ですが、本当は神様の遣いの方に贈り物をもらって、予言めいた話を聞かされただけです。あと、オルゴ様が運命の方だとも教えてもらいました。だから、私に非はないです。秘密なので話せません。私は悪くないのにという気持ちと、オルゴ様の怒り顔が怖くて涙が溢れてきました。


「怒鳴ったのが怖かったのだろうが、この件は謝らんぞ。俺の叱責より、先程までの状況の方が怖い事だとしっかり認識しろ。ラスはもう見つかった。彼女は無事だ。アクイラが連れ帰っている。俺達も帰るぞ」


 オルゴ様が私の肩に手を回して、歩き出しました。ラスは無事。改めて確認できて、ますます安堵です。


「良かった……。あの、気をつけます……」


「当然だ。いいか、何事も自分の力量を考慮して行動するべきだ。直ぐに騎士が動いたのに、非力な女1人で何が出来ると思ったんだ。例えばラスが無事で、君にだけ何かあったらラスはどれ程気にする」


 オルゴ様、私に甘々かと思ってましたが、そんなことはないようです。路地を歩きながら、延々とお説教。分かっています! 違うんです! と叫びたくなりましたが、ここは必殺コーディアル様方式です。


 心を鬼にしているのは、今後の私の為。これは正しい叱責内容で、それにオルゴ様の手は優しいです。ポンポンと私の肩を軽く叩く大きな手。こんなに叱ってくれるということは、それだけ私の事を思ってくれているからです。多分、他の女性相手にはここまでクドクド言わないと思います。


 馬に乗せられて、城に戻るまでの道中もずっとお説教されました。道すがら、巡回騎士に私の無事が報告されました。


 オルゴ様の説教は、途中から「男は怖い」という話になりました。それは、ある程度娼館やスラム街で学んでいます。だから、私は男性が苦手です。でも、オルゴ様は大丈夫。好きだからと思っていましたが、そもそも運命の人だったからみたいです。こんなに怒ってくれて、今後危ない目に遭わないようにと叱りつけてくれるとは、私はとても大切に思われています。


 そんな風に考えていたら、ニヤニヤしそうで、私はひたすら俯いて表情が見えないようにしていました。それで、私はうんうん頷きながら沈黙。オルゴ様はそれを大反省と思ったようです。次第に優しい声になっていきました。


「ここまで言えば分かったようだな。居なくなったと聞いた時は肝が冷えた。何もなくて良かった……」


 城に帰った時には、オルゴ様はそう言って私を優しくもきつく抱き締めてくれました。物陰で壊れ物を扱うような、甘ったるいキスもしてくれました。蛇神様の遣いといえど、恨みそうになっていたのですが、感謝します。


 城に入ると、ホールにまで轟くアクイラ様の怒り声がしました。思わずオルゴ様の腕にしがみついてしまう程の怒声。オルゴ様より怖い声です。談話室の方からです。


「何かあってからでは遅いからな!」


「関係無いのだから放っておいて下さる? それに、合意の上なのにどうして相手を殴ったりしたの?」


 睨み合うラスとアクイラ様。合意の上? 蛇神様の遣いの方に、ラスは「気安く触るな」と口にしていましたが、あの後何があったのでしょう? あと、蛇神様の遣いは分裂出来るようです。私とラス、同時に会っていたとは、そうとしか思えません。蛇神様の遣いだから特別な力があって当たり前。普通の人間に、麻袋や首飾り、葉っぱを降らしたりなんて出来ません。


「酒場から連れ出された後、何やらあって相手と腕を組んで裏路地に移動しようとしていたらしい。で、アクイラが見つけて止めた。ラス、当てつけにしてはやり過ぎだ。ハンナ、彼女を尊敬していてもこれは真似するなよ」


 当てつけ? はて、ラスはアクイラ様と何やらある様子。でも当てつけということは、今日護衛を頼んだ騎士達の中の人物がラスの相手ということになります。アクイラ様に当てつけるなら、本人が見てないと意味がないと思います。それとも、伝聞で当てつけ? 止めてもらいたいなら、やはり本人の目の前ででしょう。


「いいか、俺は、そういう可愛げのない女は好まん! 実に面倒臭い! 興味の無い女なら少し痛い目を見させてから助けるところだ。俺の気を引きたいなら愛くるしく擦り寄って来い」


 なんとまあ、アクイラ様ってこのような方なのですね。「()()()()()()()()」ということは、ラスは気になるというか大切な女性なようです。怒り具合がオルゴ様に似ています。


「本当に自惚れ屋ね。気を引きたかったのは、あの場にいた方。それが自然な考え方でしょう? それなのにどうして貴方の気を引くという発想になるのかしら? 居ない人の気を引くなんて無理よ」


 妖艶な笑みを浮かべたラス。お酒で上気している桃色の頬。とろんとした瞳。アクイラ様に近寄っていきます。色っぽくて挑発的です。対するアクイラ様、望むところだというように、妖艶な雰囲気を醸し出してラスに近寄っていきます。この2人、どういうこと?


 私とオルゴ様は慌てて談話室から去りました。


——私、あんな人を追うのには疲れた……


 ラスの辛いそうな言葉を思い出して、私は異様な空気の談話室に飛び込み、ラスの腕を掴みました。


「ハンナ?」


 視線が合った時、ラスは少しホッとしたように見えました。


 これは、つまり、合点承知!


 私はラスを自分の部屋へと連れ去りました。部屋に入った瞬間、私は早い方が良いのか? とラスの口に金平糖もどきを突っ込んで、私も食べました。とても苦かったです。

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