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侍女ハンナと私達の皇子様

 本日は収穫祭。昨年は、不作で開かなかったけれど今年の農作物の実りは上々で無事に開催出来ます。領主であるコーディアル様とフィズ様、宰相や側近の方々のおかげです。


 さて、今は朝でコーディアル様の支度が終わり隣室の衣装部屋にいるフィズ様の元へ来たところです。


 襲来したローズ様と共に。コーディアル様に自分と似たようなドレスを着せて、大勢の従者を侍らして、コーディアル様も侍女のように従えているローズ様。腹がたつので、こっそりコルセットをキツくしておきました。あと、臭いと思われろと香水も多めにつけておきました。勿論、褒めちぎってです。


 気がついたコーディアル様に、こっそりと叱られました。反省。大嫌いなローズ様まで愛でられる心豊かな淑女を目指しているのに、道のりは遠いです。これでは、オルゴ様との婚約話が白紙になってしまうかもしれません。


 ローズ様、フィズ様の前に立った瞬間から猫なで声です。ああ、来ていたのかという冷めた視線のフィズ様に「ええ。フィズ様にお会いしとうございまして」とは、ローズ様も勘違い人間でしょう。私に続いて3人目のポンコツ。世界の中心が自分だと思っているからこその自信なのでしょう。


 フィズ様がローズ様の陰にいるコーディアル様を見つけました。フィズ様、顔をしかめました。夏空色の胸元露わなドレスなので、男の視線から隠さねばと思ったのでしょう。コーディアル様はローズ様と比べられるようなドレスなので、悲しくて辛いという落ち込んでる表情。必死に微笑んでいますが、長年コーディアル様の側にいる私には分かります。フィズ様の表情を悪い方に捉えてしまっていそうです。


 コーディアル様とフィズ様はまたすれ違ってしまうのでしょうか?


 ローズ様は得意げで自慢げ。大蛇の国の宝石姫なのだから、コーディアル様を引き立て役にする必要なんてないのに! 今日という今日は許せません。でも、私はローズ様に逆らえません。父や母、コーディアル様にまで火の粉が飛びます。バレてコーディアル様に怒られるとしても、私は今夜、またローズ様の洗濯物で悪さをしようと思います。飲み物も怖いことになりますよ、ローズ様。自業自得、因果応報です!


「あら、コーディアル。何とかにも真珠だと思わない? ねえ、皆さん」


 さも、今見つけた。初めて会ったという様子でコーディアル様を見たローズ様。上から目線で嫌味ったらしい笑い方。


 豚に真珠とは何て許しがたい中傷! コーディアル様は笑ったままです。ローズ様の従者はクスクス笑っています。いや、隠しなさいよ! コーディアル様も本国本家の直系です。おまけに煌国の皇子であるフィズ様の妻。コーディアル様が権力を振りかざしたら、ここにいる従者は全員斬首刑ですよ! そのコーディアル様は絶対にそんなことしないですけど……。


「はあ、姉上。豚に真珠、謙遜とは珍しいですね。確かに、そのドレスはあまり姉上には似合わない。コーディアル様と並ぶと劣ります。しかし、そのように卑下しなくても姉上は美人です」


 感心したようにローズ様を見つめるフィズ様。不思議そうに首を傾けています。


 この人、今、ローズ様にとんでもないことを言いました。


「フィズ皇子、今何と?」


 動転しているのか、フィズ様ではなくフィズ皇子と口にしたローズ様。茫然としています。


「ですから姉上は美人です、と。コーディアル様も良く似ています。骨格が同じですからね。治療法を探してはおりますが、コーディアル様の病が治るように祈るばかりです。勿論、今のままでも十分ですが、あちこち痛そうですし佳人が台無しとは女性なので辛そうです。コーディアル様、本日の体調は悪くないですか?」


 嘘臭い愛想笑いを浮かべたあと、フィズ様はコーディアル様を見ようとして、照れたり、部屋をキョロキョロしだしました。


「あ、あの……フィズ様……今、なんと?」


 コーディアル様がフィズ様を見上げて、ポカンとしています。フィズ様はそれはもう愛おしげな眼差しです。


「本日の調子は悪くないですか? と。元気そうなので安心しました。そういえば、姉上。来月、私の姉がこの城を訪れます。なので、貸している調度品やコーディアルの私物をそろそろ返していただきたいです。姉上が盗人などと非難されたら困ります」


 フィズ様、ついにローズ様に嫌味を返すみたいです。何故、急に? フィズ様、チラリと私を見ました。中庭での会話を覚えていてくれたということでしょう! 私は思わず隠しもせずに笑いました。


「ぬ、ぬ、ぬ、盗人⁈ 何ですって!」


「そうではないのはコーディアル様から聞いております。姉に貸せる程の気に入りとは鼻高々です。しかし、姉が用立てたものが城にないと妙だと勘ぐられます。姉上の態度ですと少々悪い方に」


「悪い方に? フィズ様、姉上を誤解しております」


 冷静な態度ですが、内心戸惑って困惑しているようなコーディアル様。フィズ様とローズ様が喧嘩となると、大蛇の国と煌国の外交問題にもなるので当然です。フィズ様とローズ様の板挟みなので、どちらの味方をしてもいけない状況。フィズ様、どうするつもりなのでしょう。


「私ではありませんコーディアル様。私はコーディアル様から聞いておりますから誤解などしません。これは客観的意見です」


 ローズ様の出方を窺っているようなフィズ様。そうでした、フィズ様は中々怖い方らしいです。


 私は隣に並ぶラスの腕にしがみつきました。我慢しないと、でしゃばり口が余計な事を言いそうです。もっとやれ! フィズ様! などとです。ラスが小声で「ぷるぷる唇を固く結んでおきなさい」と低くて怖い声で囁いたので、頷きます。


「有り難いことですねローズ様。フィズ様より御家族に誤解を与えないようにという配慮です。確かに、贈った品がことごとくこの城にないとコーディアル様が気に入らなかったなどと言われてしまいます」


「このオルゴとアクイラが荷運びを手伝いましょう。鍛え上げた自慢の体を、コーディアル様の姉上様に披露できるとは誇らしいです」


 アクイラ様とオルゴ様がローズ様に近寄り、やんわりとフィズ様から離しました。遊んで暮らしていて、とりたてて聡明だという話も聞いたことがないローズ様が政治的駆け引きを出来るとは思えません。ローズ様の従者が慌てた様子でアクイラ様とオルゴ様と話を始めました。小声なので聞こえません。


 フィズ様というと、黒狼レージング様が持ってきたショールに夢中です。アクイラ様とオルゴ様に任せたという事なんでしょう。フィズ様、コーディアル様に「私の妻なので慎んで欲しい」などと甘い台詞を吐いて、コーディアル様にショールを掛けて、ニヤニヤしています。可愛い、可愛いと幻聴がするような満面の笑顔です。


「フィズ様、それは交易の品として復活させようという染物で作られたものでございますよね? コーディアル様、良くお似合いです」


「コーディアル様、お気に召しませんか?」


 私とラスの問いかけに、コーディアル様はきちんと首を横に振りました。戸惑ってはいても、嬉しそうです。やれば出来るじゃないですかフィズ様!


 かと思ったら、ショールを気に入ってもらえなかったと落ち込んでいます。フィズ様の発言にコーディアル様は混乱という様子。かと思えばフィズ様は「染物で手を痛めて」と心配をしたコーディアル様の手を取って、デレデレ。


 この2人はなんか、もう大丈夫そうです。どんどん歩み寄るでしょう。


「あらフィズ様。本日は(わたくし)を案内してくださると約束を致しましたよね?」


 ローズ様が、いちゃいちゃさせておきたいフィズ様とコーディアル様に割って入りました。誘うように、甘えるようにフィズ様の腕を掴んだローズ様。


 なんていう事でしょう。ローズ様の美しくて滑らかな白い手は、この世の男の大半がその手の甲にキスをしたい手が、無情にもフィズ様に振り払われました。室内が凍りつきます。真冬みたいに寒い空気。


「す、すみません姉上。しかし、義姉とはいえ、淑女に触れる訳には……淑女? 品位が足りないような……。まあ妻以外に近寄るべきではありません。ああ、そうです。はしたないので、もう少し胸周りを隠すべきです姉上。姉上を慕うコーディアル様が真似をするから私は困っております。姉上の案内はきちんと側近達に任せてあります」


 茫然自失のローズ様。なのに、フィズ様はコーディアル様を眺めています。次はコーディアル様のショールを結び出しました。結んで、解いて、首を傾げるフィズ様。

 

「ハンナ、ラス。こう、可愛らしい良い結び方はないのか? 姉上、貸しているそのブローチが留め具に丁度良さそうです」


 フィズ様は相手を見ないで、ローズ様へ手を伸ばしました。ほら、早く寄越せという雑な仕草。コーディアル様には熱い眼差し。


「婿入りの際に持っていらした品の一つですね、フィズ様」


「母君の形見のうち、残すものと売る物を悩んでおられましたがフィズ様は目が良い。そのブローチはコーディアル様の瞳や今の青いドレスと良く似合うでしょう」


 アクイラ様とオルゴ様の発言に、フィズ様が大きく頷きました。その時、オルゴ様と目が合いました。顎でほら、とローズ様を示したオルゴ様。これは、そういうことですか? 勘違いだと困るのでアクイラ様を見ておきます。アクイラ様からウインクが飛んだきました。


 合点承知!

 

 ついに、ついに、ついに憎きローズ様に堂々と仕返しをする時です!


「失礼致します」


 私は心臓をバクバクさせながら、培ってきた必殺媚びへつらい笑顔でローズ様の胸元からブローチを外しました。


 ブローチはラスが受け取ってくれました。一連托生ということでしょう。それに助けてくれたようです。私、倒れそうなほど震えています。


 ラスがブローチでコーディアル様のショールを愛くるしくまとめました。ローズ様の怒り顔と睨みを、私は知らんぷりというようにコーディアル様だけを見ます。


 怖い。怖い。宝石姫なのになんでこんなに恐ろしい顔をするのですか⁈ 何でも持っているローズ様こそ、長年不遇で病気にまで蝕まれているコーディアル様に優しくするべきです。


「二人にも日頃の労いをせねばならんな。コーディアル様、二人と揃いで何か買いましょう。褒賞というものはとても大切です。ハンナ、ラス、共に来なさい」


 フィズ様の発言に、私はラスと顔を見合わせました。大輪の花のような笑顔のラス。今この瞬間、薔薇の比喩はローズ様ではなくラスのもの。大変美人です。潤んだ瞳の輝き。心の底から誰かの幸福を喜んで笑うというのは、綺麗になれる魔法みたい。こんな風に笑うラスは初めて見ました。


 収穫祭にて、フィズ様とコーディアル様は、ぎこちない様子ながらも仲睦まじい夫婦姿でした。フィズ様、コーディアル様に素敵な——それでいて高そうな——髪飾りを買いました。派手ではなく、淑やかなコーディアル様に良く似合う品です。なんとフィズ様は、私とラスにもコーディアル様とお揃いの髪飾りを購入してくれました。


 コーディアル様はローズ様に珍しい宝石の耳飾りを仕入れていました。オルゴ様によればローズ様がフィズ様と並んで粉をかけている、大蛇国一の美男子王子の手に渡るそうです。中身も良いと評判で、ドメキア王にも気に入られている飛ぶ鳥を落とす勢いの王子です。


 コーディアル様の様子だと、フィズ様から離れろという気持ちではなく、心の底から姉の幸せを願っているという感じです。何故って、こっそりコーディアル様が例の王子に認めている手紙を覗き見したからです。ローズ様の良いところ——それも自信があって行動力があるとか割と本当なところ——が書いてありました。そんな事あった? というローズ様のコーディアル様への親切もです。あと、それは嫌味や嫌がらせですよってことも良い解釈になっています。


 コーディアル様って、基本的に欠点に目を瞑って相手の長所ばかり見ます。やはり、鈍感大会の優勝はコーディアル様です。コーディアル様の空色の美しい瞳を通した世界は、輝かんばかりに綺麗なのかもしれません。ひどいことに、本国にて誰かに石を投げられた時も、コーディアル様は労りの声を掛けてくれた人への感謝に気持ちを寄せました。あの時、親切な人が手当てしてくれたわね。と、そういう風に語ります。


 あの時、コーディアル様に駆け寄った黒い法衣で全身隠れたあの親切な方、元気でしょうか? 不幸話を聞いたコーディアル様が首飾りを渡していました。私はコーディアル様の人柄を知って寄ってきた詐欺師だと疑っています。小馬鹿にした高笑いを残していきましから。でも不幸話は本当で、あの人は親切な人と思い込むことにしましょう。元気でありますようにと祈ります。コーディアル様を見習うとは、そういうことです。コーディアル様にはフィズ様がいるので鬼に金棒。私にも家族とオルゴ様がついています!


 侍女ハンナは思います。もっとくっつけ姫と皇子。もうフィズ様を勘違いポンコツ皇子とは呼びません!


 夜空に流星を見つけるたびに、私はやはり2人の幸福を願おうと思います。もちろん、朝晩もこの地を守るという蛇神様に祈ります。少々廃れている信仰ですが、コーディアル様は毎日礼拝堂にてお祈りをしています。私も仲間に加わります。


 この世は因縁因果。生き様こそ全て。その信仰が本当ならばコーディアル様は誰よりも幸せになれますもの。

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