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侍女ハンナと白い海岸

 秋風は寒いですが、日が高いので温かいです。むしろ、オルゴ様と密着している緊張と照れで熱いくらいです。


 どのくらい時間が経ったのか分かりません。そんなには経過していないでしょう。喧騒が聞こえないので、街から遠ざかったようです。


 オルゴ様の腕の力が抜けました。胸に抱き寄せられていたのは終わり、今度はお腹回りに腕が回りました。不安定そうな横坐りなのに、とても安心。オルゴ様は絶対に私を落下させたりしないでしょう。


 怖く風が吹き抜けるので涼しいです。見渡すと、街外れの丘。少し戻って丘を登っていくと城に着きます。


 なだらかな丘。質素でやや古いけれど、厳かな雰囲気の城。その向こうには緑豊かな森に山脈。私が育ってきた世界は狭いけれど、中々美しいと思います。今日は一際綺麗な気がします。多分、気のせい。同じ景色が特別に見えるのは、今の私の気持ちが普段と違うから。世の中はそういうものみたいです。


 馬が止まりました。


「ハンナ、海と森ならどちらに行きたい? 川か山という選択肢もある」


 見上げると、オルゴ様は無表情に近い精悍な顔付きでした。改めてまじまじと見てみて、やはり好みではないなと思います。遠くから眺めるだけなら、フィズ様やルイ様のような絵本の中の王子様のような方が好きです。目は好きです。瞳の奥の温かい光。笑った時の三日月型の優しい目。意志の強そうな凛々しい眉もですね。


 やはり、体格が良くて背が高いのは威圧感が強くて苦手かもしれません。先ほどの怒り顔も恐ろしかったです。私、1年もオルゴ様と同じ城で暮らしてきたのにあんな風なオルゴ様は初めてみました。それに鬼上官。あのフィズ様の目付け監視役ですし、厳しそう。優しいのは女子供限定? 優しさと厳しさを兼ね備えていて、朗らかさも持っているとは……。


「ハンナ? あー、そうまじまじと見られると……。それともあれか? 顔に泥でもついているか?」


 視線が泳いだオルゴ様。私を見ません。指摘されて、そんなに見つめていたのかと恥ずかしくなりました。質問にも答えていません。海と森? 川に山? どういうことでしょう?


 私は少し俯いて、小さく顔を横に振りました。とりあえず見ていた理由を話します。


「い、い、いえ。単に見ていたかっただけです……。あと、改めてオルゴ様の良いところを考えていました……」


 バッと私を見たオルゴ様。私こそ顔に泥でもついていたんでしょうか? 海、森、川、山……狩りにでも行くのでしょうか? 私と? 待て待て私。今は狩りなんて雰囲気ではありません。考えろ! 2人で話すのに良い場所選び? 花を用意したりと、オルゴ様は見た目に似合わず、中々ロマンチック。それにしてもオルゴ様、私を見過ぎではないですか?


「そんなに見られると恥ずかしいです……」


 消えそうな声が出ました。自分でも驚くくらい小さいです。


「……海にしよう。そうだ、そうしよう。遠くないのですぐ戻れる。俺は見回りの一環という言い訳をする。まあ、普段から休めと言われているから何ら問題無さそうだけどな」


 馬を蹴ったオルゴ様。馬は軽く駆け出しただけのようですが、このように馬に乗ったことがないので少し心配。まあ、オルゴ様の腕でしっかり押さえられているので、心配はほんの少しだけです。


「ハンナ、こういう時は適当な理由をつけて拒否するべきだ。例えば俺が行き先に君を置き去りにしたらどうする? 機嫌が悪くなった、とかでだ」


 低い声。オルゴ様はまた無表情に近いです。真っ直ぐ前を見据えています。


「他の方だったら、もっと早く馬から降ろしてもらっています」


「その目でそう言われると弱い。よって、信頼に応えてきちんと城へ連れ帰る。俺はそこそこ良い男だからな。では尋ねるハンナ。昨夜の今日で、俺に何の話だ? というより、今度は何を思いついた。君はもう少し思慮深さを学びなさい。それから自分の身の丈に合った行動を取るように」


 声や表情は冷やかなのに、私を押さて落下しないようにと気をつけている腕はやっぱり優しいです。怒っているようで、怒っていなさそう。悲しそうにも見えないのは、取り繕っているから? 私が昨夜と似たようなことをされたら、泣いて責め立てると思います。


「そこそこ良いではなく、とても素敵で素晴らしい男性です。私、自分の気持ちも分かってない鈍感阿呆娘でした。アクイラ様とラスに怒られて、教わりまして……。あの……その……ヤキモチで逃げましたが……続きをしたいと思いまして……」


 好きだからです、と最後に付け加えようとしましたが、口から出てきません。パクパクと動くだけの口。馬が大きく揺れたので、私は思わずオルゴ様の鎧にしがみつこうとしました。けれども掴むところがありません。そのまま背中の方へ腕を回して、抱きつきます。そうしてから、あまりにも大胆な事になってしまったと気がつき、慌てて離れました。


「っと! すまなかったハンナ。それで、そうか。あー、なら口を閉ざしておいてくれ。危ないから大人しくしているように。座り方を変えてもらおうか。落とさないつもりだが、安定している方が間違いがない」


 馬を止めて、オルゴ様はサッと私の体を持ち上げました。腰を持って、横坐りからオルゴ様と同じ座り方へ変更。急だったので驚いていたら、まさか、なんと、オルゴ様に後ろから抱き締められました。と言っても、片腕でです。抱き締められたではなく、落下しないように。抱き締められた、は単に私の願望です。お腹に軽く回された腕、そこそこ離れている体。適切な距離感だと思います。


「はあ……。奇想天外なびっくり箱みたいだな。流石にこれで掌返しは怒るぞハンナ」


 そう告げると、オルゴ様は馬を蹴りました。掌返しなんてしません。ため息を吐いて、怒るとも言ったのに、オルゴ様は楽しそうな笑い声をあげました。あはははは! と豪快で朗らかな笑い声。


 さっきまでとは速度が全然違います。みるみる景色が変化していきます。馬は丘を登り、下り、森を抜けて、少々石の多い道へと進んでいきました。


 雲ひとつない青空。視界に現れた煌めく大海原。それに真っ白な海岸。私は目の前に広がる光景に息を飲みました。こんな場所が、城からそう遠くない場所にあったなんて知りませんでした。


「綺麗……」


 オルゴ様は無言です。馬から降りて、私も降ろしてくれました。白い砂浜は、粒子が細かくて少々足元が不安定。砂浜に降りた時、少しグラグラしたのでオルゴ様が私の両手を取って、支えてくれました。


「あの、ありがとうございま……」


 お礼の途中で、昨夜見たオルゴ様の目と同じ視線に絡め取られて、私は声を失いました。あまりにも熱い眼差し。これは、男性特有の熱視線。何故、昨夜は気がつかなかったのでしょうか? 多分、あまりにも自分に余裕がなかったからでしょう。


 オルゴ様の顔がどんどん近くなっています。手も強く握られていて、手汗が凄いです。手汗⁈ 手を離そうと腕を引きましたが、引っ張り返されました。


 鼻と鼻が擦れ、微かな肌の触れ合い。私は緊張でオルゴ様の手をギュッと握りしめました。本当に大きな手。殆ど同時に目を瞑りました。恥ずかしいので首を縮め、顔を背けてから、やはり少し顔を上げるべきだと思い立ちます。ここは勇気を出して、グッと面をあげて……。


 予想外の出来事に私は目を開きました。オルゴ様の唇が触れたのは私の額。私の手はオルゴ様の手から離されました。


 おでこにキス。それって、娘にするものです。私はキスされた額に手を当てました。


「ははっ! 何ていう顔をしているハンナ! あははははは! ははははは」


 オルゴ様、大爆笑。何ていう顔? 鏡なんてないので自分がどんな表情なのかなんて分かりません。いえ、少し分かります。不満と拗ね。私、割と感情が顔に出ますもの。


「あのなあ、さすがに堪える。しかし俺も悪いな。ハンナ。俺は君が好きだ」


 ポンポン、と私の頭を撫でたオルゴ様。細くなった、三日月みたいな目。ニッと大きく開いて見える白い歯。背景のキラキラ光る海の水面で、輝いてみえます。気のせいです。オルゴ様自体が眩しく見えるのは、私の気持ちによる錯覚。どうしましょう。照れが強すぎて、唇が変な形を作っています。返事をしたいのに、言葉も出てきません。


 オルゴ様、勘違いです。嫌だったのではありません。怒りもせず、悲しそうでも切なそうでもなく、あまりにも優しい微笑み。オルゴ様はサッと私に背中を向けました。


「聡そうなのであとは分かるだろう。さーて、俺は悪い男なので君が色よい返事をくれないと連れ帰らない。罠というやつだハンナ。言っただろう? 思慮深さ……」


 誤解は困ります! 私はオルゴ様の背中に抱きつこうとしました。振り返ったオルゴ様。私を抱き上げました。


「揶揄っただけだ。昨夜の仕返し。お互い仕事があるから帰ろう」


 帰ろうと言ったのに、オルゴ様は私にキスしてくれました。今度は額ではありません。甘ったるくて、優しいキス。


「あの……私も……」


 続きを言う前に、またキスされました。今度はさっきより長い。離れると思ったら、また次。次。次。次⁈ 抱き上げられているので逃げられません。顔から火が出そうな程熱いです! いいえ、身体中が熱いです! 発熱したようにクラクラします。こんなに熱くては燃えて炭になってしまいます!


 それに……それに! なんでこんなに慣れていて余裕綽々なんですか!


 ピタリ、とオルゴ様のキス攻撃が終わりました。


「ハンナ?」


 怯んだ様子のオルゴ様。誤解というのは、きちんと言葉にしないからおこるもの。私はコーディアル様とフィズ様、それから自分からそれを学びました。


「嫌ではなくてヤキモチです。私、浮気は許しませんからね。ここは大蛇の国で一夫多妻でもありません。今までの浮名を流していた生活は海に投げ捨てて下さい」


 目が点になったオルゴ様。私、何か変なことを言ったでしょうか?


「はははははは! 何処からの何情報だハンナ! フィズ様か? いや、アクイラか。あいつしかいない。あと紅葉草子だな。そうか、妬いてくれるか。そうか、そうか。なら大人しく縛られよう」


 クスクス笑いながら、オルゴ様は私を馬へと運びました。手を繋いで散歩くらいしたかったですが、このまま職務放棄は良くありません。


 始終ご機嫌という様子で、オルゴ様は私を城まで送ってくれました。城の裏門を通り抜ける時、私は下を向かされました。馬から降ろされた時、顔に出過ぎだとまた笑われました。何でそんなに楽しそうなんでしょう? 私はもういっぱいいっぱいなのに。やっぱり、慣れています。


 去り際、オルゴ様は私の頬にキスを残していきました。頬は挨拶の場所です。そう思ったら、口にもサッとキスされました。それで、オルゴ様は背筋を伸ばして颯爽と去っていきました。風で青い外套(マント)に、この国の双頭蛇紋様が生きているように揺れている。


 侍女ハンナは思います。私、とんでもない人のことを好きになって恋人になったようです。


 ☆★


 この日の夕方、私は廊下で出くわしたアクイラ様に意を決して煌国でのオルゴ様のことを尋ねました。聞きたくないけど、聞きたくてです。乙女心って複雑。


 オルゴ様、フィズ様がいつか国から出ると思って煌国では縁談は全て蹴り、色恋も遠ざけていたそうです。1年近く私を上手く口説けなかった阿呆。鈍感阿呆娘と似合いだな、とアクイラ様は私のおでこを指で弾きました。今の煌国は皇族以外は一夫一妻だ、と2回目のおでこ攻撃。更に「フィズ様2号め」とまたおでこを指でピシッと弾かれる。


「煌国で3という数字は神聖でな。祝福の意味も持っている。祝いだ! ふははははは! 愉快なポンコツ2号に幸あれ!」


 大笑いしながら私の前から去って、廊下を進み、階段を登っていったアクイラ様。


 私、やっぱりフィズ様と似た者同士みたいです。勘違いと思い込みで突っ走らないように、オルゴ様や周りの人としっかりと話をしていかねばと思いました。

同じ日の夜——……


「コーディアルから手紙に尊敬していますと書いてある。婚姻1周年の御礼に手紙だと、婚姻していると思っていてくれていた! レージング! 今日は素晴らしい夢を見たが、それ以上に素敵な日だ!」


 最後の文が、一番胸に響いた。


【これからも助けていただきたいので、どうかご自愛下さい】


 これからも、ということは今までフィズはコーディアルの役に立っていたということ。助けていだだきたい、とは頼られている。小躍りしたい気分。


 部屋をウロウロしたらソファの肘掛に激突して、床に転がった。レージングの尻尾がベシリ、とフィズの額を襲撃。次は頬を踏みつけられた。友に何て行為!


 しかし幸せなので、許すことにする。


☆★


 歩み寄るお姫様と皇子様は従者の手本です。


 

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