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侍女ハンナと優しい醜い姫と勘違い皇子

 もう朝日が昇る時間です。コーディアル様の寝室のソファで夜を明かしてしまいました。


 コーディアル様がついにフィズ様のお気持ちを知りました。アクイラ様とオルゴ様が暴露したからです。


 ビシッとコーディアル様を口説けず、告白も出来ないフィズ様は、コーディアル様と素敵な夜と緊張のせいで熱発。舞踏会に颯爽と現れ、隣国国王と渡り歩けるような方なのに、コーディアル様のことだと勘違いポンコツ——……私も阿呆娘なのでフィズ様のことをとやかく言えません。


 慌てふためき、混乱するコーディアル様は私とラスに何があったのか話してくれました。それで、確認や相談もされました。


 私とラスはそれはもう、知っていることはなるだけ全部話しました。この1年、フィズ様が何をしてきたのか。勿論、フィズ様が壁に向かって愛を囁く練習をしていたことも話しました。


「フィズ様のお心を知らぬのはコーディアル様だけでございます」


 城中の従者、領地に出入りする行商、最近は民まで知っています。私やラスの話に、茫然としているコーディアル様。あんなに熱烈なのに、コーディアル様はやはり鈍感大会で優勝出来ます。全戦、不戦勝でしょう。


「むしろ、私など分かっていて放置されているのかと思っておりました」


 そう口にしたラスは、呆れ顔でした。私も同じ表情だったことでしょう。そんな風にあれこれ語っていたら、もう朝だったのです。


 衝撃的かつ天変地異のような事実、という様子のコーディアル様。一睡もしていないのに、フィズ様に必要なのは栄養と休養。スープを作ると言い出しました。やはり、コーディアル様はフィズ様に歩み寄るみたい。私とラスも手伝いました。


 ラスは片付けを引き受け、私はコーディアル様の見張りです。ここでコーディアル様がフィズ様から逃げたら、またやり直しかもしれません。


 食堂から出る時、ラスと目配せ。黒狼レージング様も同様なのか、ずっとコーディアル様に張り付いています。


——ハンナ、ちゃんと見送るのよ


 コーディアル様と私が厨房を出る際に、ウインクを投げたラス。台詞は予想です。多分、正解。


——合点承知!


 私はコーディアル様の代わりに、スープとスプーンを乗せたお盆を運びました。廊下を進み、階段を登ります。コーディアル様は、未だ放心状態です。スープ作りの時もぼんやりしていました。


「フィズ様、大変喜ばれると思います。かねてより、炊き出しのスープを飲みたい。そう申しておりました。も、ち、ろ、ん、コーディアル様の手料理が食べたい、という意味です」


 つい口元が緩みます。コーディアル様、大焦りという様子で可愛いです。


「か、から、からかわないでハンナ。フィズ様は……」


「嘘ではありません。知らぬのはコーディアル様のみです。むしろ、あちらこちらで噂しているのに何故気がつかないのか不思議でした」


 コーディアル様がポカンと立ち止まりました。不敬ですが、早く歩けと顎で示します。逃亡を阻止しないとなりません!


 コーディアルの足をペシペシと尻尾で叩く黒狼レージング様。今日の私は黒狼レージング様がいつもより怖くありません。同じ気持ちだと分かるからです。


 いい加減くっつけ姫と皇子。黒狼レージング様はそう思っていると思います。フィズ様が黒狼レージング様に毎日、毎日、ヤキモチを妬いているからです。これも話すべきでしょうか?


「そもそも、影からこそこそコーディアル様を付け回す……コホン。もとい見守る熱視線。大量の贈り物。寝室移動。何一つ知らなかったということに驚愕しています」


 本当に、コーディアル様の脳内はどうなっているのでしょう?


「そ、そ、そんなの分からないわよ! 熱視線なんて無かったわ。差別的ではない温かな視線だと感じていました。そうです。ハンナやラス、アクイラ様やオルゴ様の深読みとは異なります。張本人の(わたくし)の感じ方が正しい筈です。フィズ様は人類愛に溢れております。そのような、勘ぐった見方をしてはなりません」


 人類愛? フィズ様はコーディアル様以外には割と酷いです。不埒な狼め! と黒狼レージング様を罵っておいて、私達侍女の寝顔なら見ても良いとか言い出すくらいです。


 言い訳をしても、真実ではないので逃げられませんよコーディアル様。容姿に病気という理由があれど、フィズ様の熱愛から逃げるのは禁止。好きなら好き、嫌なら嫌。歩み寄る。離縁する。何かしら答えを出さないとダメです。というか、城中の従者がそうさせます。


 黒狼レージング様も、コーディアル様の逃げ腰を咎めるように鼻を鳴らしました。そろそろフィズ様の寝室へと到着します。コーディアル様の歩く速度が遅くなっていきましたが、なんとか寝室前に到着しました。


「ハ、ハンナ、後は頼みまし……」


「逃亡禁止でございます。フィズ様は大変傷ついて熱まで出しました。謝るべきです。嫌いではなく好き……コホン。尊敬しているとお伝えください。恋でなくても、良い印象を持たれていると知ればフィズ様は元気溌剌になるでしょう」


 首を横に振ったコーディアル。まあ、恥ずかしいのでしょう。そういう表情。言いたいことを言えるというのは気が楽ですね。許可が出てるので、どんどん話します。


「フィズ様の心より、恥ずかしさが優先ですか?」


「まさか! し、し、しかしですねハンナ……」


 おろおろ、しどろもどろなコーディアル様。仕草が可愛いし、あとここまで動揺しているのが面白いです。


「コーディアル様がフィズ様を恋い慕っていないのは誰もが知っております。なので、尊敬しています。それだけで良いのです。この一年のフィズ様への御礼だと思えば簡単ですよね?」


 私には、コーディアル様は既にフィズ様に惹かれているように見えていますけど……賛同者はラスくらいです。まあ、ラスとしか話していませんけど。この考察、他から聞いた事はありません。なので、城の従者達はコーディアル様の淡い恋心には気がついていないと思います。


「それは、まあ、そうね。そ、そ、そうねハンナ。尊敬しております。ええ、それは是非伝えないとならない言葉です」


 意を決したというように、コーディアル様が寝室の扉をノックしました。フィズ様は熱で寝ているので、返事はありません。コーディアル様がそっと扉を開きました。


 フィズ様、何故か窓際でしゃがみこんでいます。


「まあ、フィズ様。大丈夫ですか?」


 コーディアル様が慌てて駆け寄りました。


「まだ、顔が赤いです。熱が下がっていないのでしょう」


 いえ、多分フィズ様の熱はもう下がっています。顔色が良いし、汗もそんなにかいていません。照れで頬が赤いだけです。いつも見ているので、具合が悪い顔とは違うと分かります。


 コーディアル様がフィズ様を寝台まで移動させました。フィズ様が寝台に座ると、コーディアル様がフィズ様の膝の上に布団をかけます。ぼーっと、コーディアル様の美しい所作だか、コーディアル様自体に見惚れているフィズ様。いそいそ、フィズ様の身の回りを整えているコーディアル様は気がついていません。


 フィズ様の足の上あたりに、ばふっというように黒狼レージング様が乗っかって伏せました。逃げないように、ということでしょうか?


「スープを用意しました。飲めそうですか?」


 コーディアル様がフィズ様に尋ねました。私はサッとコーディアル様にお盆を渡します。私は気が利く侍女なので、必要最低限のことしかしません。気配を消して、無言です。


 コーディアル様が寝台脇の机にお盆を置き、スープ皿を手にします。それからスプーン。


「どうにも腕が怠いので、難しそうです。コーディアル様、手伝っていただけますか?」


 渋い顔のフィズ様。唇の端が少しピクピクしているので、ニヤニヤ笑いを抑えているのでしょう。どう見ても元気そうです。体に力が入らないというように、黒狼レージング様の背中に乗るフィズ様の腕はだらんとしています。でも嘘です。脱力とは全然様子が違います。


《さあ、コーディアル。私の世話をしてくれ。是非してくれ。お願いだ。頼む》


 フィズ様の心境はこんなところでしょう。それはもう期待の眼差しをしています。ご機嫌な犬の尻尾が、フィズ様の背中に見えるよう。私は必死に気配を消し、心を無にし、笑いを抑える努力をしました。


「まあ、そんなにも辛いとは、おいたわしや。過労だそうですフィズ様。滋養をつけて、休み、元気になって下さいませ」


 心の底から、本当にフィズ様を心配するコーディアル様。フィズ様の表情が曇りました。良心が痛んだのでしょう。まあ、これで病人らしく見えるというものです。


 私はサッとコーディアル様に椅子を用意しました。フィズ様の脇、スープを飲ませてあげられる位置に椅子を配置します。その時、黒狼レージング様と目が合いました。


 ほら、そろそろ出て行け。ご苦労。そういう視線でしたので私は軽く会釈をしました。


 コーディアル様は「待って」というような雰囲気。


 フィズ様は「ご苦労様。是非とも出て行ってくれ」という眼差し。やはりフィズ様、少々酷いです! でも許します。コーディアル様をうんと幸せにしてくれるからです。


 侍女ハンナは今日も思います。早くくっつけ姫と皇子。


 さあ、そろそろくっつくぞ! 素敵な恋物語を紡いで、私を大活躍する脇役として残して下さいね。


 ☆★


 フィズ様の寝室を出たら、目の前の廊下の壁にアクイラ様がもたれかかっていました。気怠そうです。


「ふああ、おはようハンナ。おはようと言っても俺は寝ていない。どこかの悪女が俺の友を拐かしたり、惑わしたりして面倒ごとに巻き込むからだ。まあ、今のままだとこの俺でも厄介そうだし無理もない」


 悪女? 拐かしたり、迷わしたり?


「あの……私がオルゴ様を拐かしたり、惑わしたりしたとはどういう意味ですか?」


 アクイラ様が私に近寄ってきました。体を折って、私の顔を覗き込んだアクイラ様。近いので私はのけ反りました。それから、2歩ほど後退り。


「愉快で妙ちくりんな純情ポンコツ娘。俺は君みたいな娘も愛でてみたい。こう、新しい世界が広がりそうだ。しかし、馬に蹴られて死にたくない。あのような友を失うのも惜しい。俺にとって、君の代わりはごまんといるがあいつの代替えはいない。あと、別の妙なのに捕まった」


 アクイラ様がお腹を抱えて笑いだしました。愉快で可愛い? お義父様そっくりな眼差しをしています。あとルイ様。別の妙なのとはラス? ラスが妙?


 これは、何の話でしょうか?


「馬に蹴られ……」


 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ? ……友の恋路? ……オルゴ様の恋路?


 アクイラ様が私にウインクをしました。それから私に背を向けて、手をひらひらさせて遠ざかっていきます。


「ポンコツ勘違い皇子を手放したのだから、俺はもう自分の面倒しか見ない。星姫並みに鈍いルビーの原石よ、迷い、慌て、可愛い愉快な姿を見せてくれ。ふはははははは!」


 高笑いをしながら、アクイラ様は廊下を進み、階段を降りていきました。


 コ、コ、コーディアル様! はフィズ様と大事な時です。


 ラ、ラ、ラス! 助けてラス! アクイラ様が悪質な嘘をつきます! 私をちっとも女性として見ていないオルゴ様が、私に恋などしている筈がありません。政略結婚をする為にキスを迫った私を、親のよう叱って嗜めたオルゴ様です。


 爽やか笑顔に、歯が浮くような態度や台詞で、紅葉草子のような鮮やかな恋をしていたらしい人。私はそのような扱いをされていません。


 いません?


——ハンナ嬢、寒いでしょう。どうぞ


 特別だというように、投げられた外套(マント)。私の投げた薔薇のハンカチもキスをされて、青空高く掲げられました。


——星姫の為に流れ星になろうとするな。夜空で輝きずっと照らして欲しい


 差し出された一輪のコスモス。そういえばコスモスは愛と喜びの象徴花です。花の生け方をラスから教わった時に、そう教わりました。煌国にも生け花という手習いがあると、紅葉草子に出てきました。なので、女性は花に敏感で、それを知っている男性も花の知識を増やすそうです。


 ちょっと待って。ならサザンカは? サザンカは何ですか? あの中庭のサザンカはフィズ様がコーディアル様に植えたもの。ということは絶対、良い意味がある花です。


——ハンナ、俺は……


——君の……


 あの続きは? 君の? 君の何ですか?


——君の為だと我慢していたのだが、しなくても良さそう


 あの時、何をしようとして……キ、キ、キ、キ、キス? そうです。あれこそキスの態勢です。それに、あの男性特有の眼差しを私は知っています。どうして昨夜、気がつかなかったのでしょう?


——私を誘惑しないで下さい


 私、勘違いと思い込みと無自覚と緊張や何やらで、とんでもない大失態したようです。


 コ、コ、コーディアル様! はフィズ様と大事な時です。


 ラ、ラ、ラス! 助けてラス! ラスーーーーー!

目くそ鼻くそを笑う。五十歩百歩。

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