侍女ハンナと流星群の夜 1
舞踏会から2週間ほど経ちました。心配と同僚という権力でオルゴ様との政略結婚大会を不正に勝ち進んだようです。と思ったのに、お義父様とオルゴ様が話をしたようで「オルゴ様は社交場にて私の盾になる」という話に落ち着いたそう。
城の中で、私は失恋したから政略結婚へ暴走している。社交場デビューが嫌で、早々に縁談話をまとめたがっている。そういう話になっているらしいです。ルイ様への「初めから失恋している恋」なんて、とっくに忘却の果てなのに、なんでその話が縁談話に乗り気なことと繋がるのでしょう。
私は本気で自分にとって良い未来を考えているのに! と話を聞いてくれる侍女に文句を言っています。ターニャ様やラスが親身に聞いてくれます。それで、提案書ではなくて生身でアピールしなさいと言われました。事務的ではなく、誠意を込めて。確かにその通りです。しかし、生身でアピールとはどうするべきなのでしょうか?
一度、コーディアル様に呼び出しまでされました。絶対、オルゴ様の差し金です。でも、話をしたら納得してくれた様子。優しい眼差しで好きにすると良いわ、と言ってくれました。私はコーディアル様だけの為に自分の未来を切り開こうとなんてしていません。だって、そうすると悲しんだり嫌がるのは他ならぬコーディアル様です。コーディアル様にも、私にとっても最高の条件である相手。
踊れたら検討すると言ったのに、オルゴ様の大嘘つき。
——まあ分かった。不安や嫌悪なく踊れたらな。
オルゴ様の大、大、大嘘つき!
ターニャ様やラスからのアドバイスもありますし、私はオルゴ様に付きまとうことにしました。手本と考えた時に、フィズ様が真っ先に思い浮かんだからです。フィズ様に対してこうすれば良いのにと思っていたことをすることにしました。あの贈り物攻撃や周りの人ごと優しくする作戦も見習っています。
朝晩、必ず挨拶。朝は中庭で早朝鍛錬をしているので捕まえられます。思い立った初日は、おやすみなさいを言うために部屋を訪ねにいきました。オルゴ様に「夜更けに男の部屋に来るのは止めなさい」そう怒られました。翌日からはさり気なく寝室前で待ち伏せ。オルゴ様は働き者なので、部屋に戻るのが深夜近いです。なので「早く寝なさい」と怒られます。私、オルゴ様の娘になった気分です。
他の作戦は隙間時間に会いに行く、褒めるです。これは中々上手くいきません。オルゴ様は多忙で、探しても見つからないことが多いです。この1週間で顔を合わせて、目を見て話せたのはたった2回。それも、フィズ様とコーディアル様の話をして終わり。
オルゴ様の関係各所の方に、より一層親切にするようにもしています。バース様、アデル様、アクイラ様の身の回りの世話に勤しみ、騎士宿舎の掃除も始めました。騎士達の繕い物もしています。オルゴ様が世話をしている城下街の小さな学校と剣術教室にも顔を出して掃除をしました。
この2週間、私は大変忙しいです。
☆★
なんと、今夜は流星群が見えるそうです。今、中庭の隅にある隠れベンチに座っているのでよく見えます。談話室に設置した蓄音機から音楽を流し、軽食も用意し、従者達でこっそり祝賀会。
コーディアル様に素敵な一夜を。と、最近考えに考えていたフィズ様が大張り切りだからです。屋上にソファを運び、簡易暖炉も用意し、コーディアル様が好きな紅茶を仕入れ、その紅茶にはいささか合わない煌国のお菓子——フィズ様が好きらしい饅頭というもの——が準備されました。珍しく、ご自分の好物を用意したのは勇気を貰いたいからでしょうか? 私なら、そういう考え方をします。私とラスはコーディアル様をドレスなどで飾り付けました。
ついにアクイラ様とオルゴ様がコーディアル様にフィズ様のことを暴露するので、フィズ様は逃げ場を無くします。コーディアル様は驚愕しながらも、受け入れるでしょう。フィズ様に惹かれているようなので、拒否ではなく歩み寄るに違いありません。
ロマンチックな夜に、相思相愛になれるなんてそれこそロマンチック。
美しい祈りと願いならば叶えてくれる。その流星が夜空一杯。私はコーディアル様の幸せを祈っています。誰よりも、幸せになるべき方だと思います。フィズ様は、祈らなくてもコーディアル様がいれば幸せそうなので大丈夫です。
大蛇の国における流れ星にまつわる伝承は、恋と道徳のお話です。醜くて誤解され、辛く苦しい孤独なお姫様。誰よりも心が美麗なお姫様を見つけたのは星の王子。何もかもを捨てて、地上でお姫様を支えます。王子を慕う星達は2人の幸福のために次々と流れ星となって燃え尽きました。お姫様の願いは、いつも他人の為の祈りです。
願いで生まれた幸福で星はまた生まれる。お姫様は満天の星空を作りました。うんと沢山の星を生みました。
お姫様は死後、星の王子様と共に星にされました。2人のことが大好きな星達が、末永く一緒に暮らしたかったからです。お姫様は星の王子の隣で輝く星姫となりました。永遠の愛と真心を手に入れたのです。
大蛇の国で暮らす娘は、大抵星姫と星の王子の話が好きです。大蛇の国が信仰する蛇神様も、似たような教えを残しています。この世は因縁因果、生き様こそ全て。この城にコーディアル様を守るような者が集まっているので、真実だと思います。フィズ様とコーディアル様は、新しいおとぎ話になるかもしれません。似ていますもの。
素敵な一夜に流星群の夜を選ぶとは、フィズ様は大変素晴らしい感性をお持ちだと思います。コーディアル様、フィズ様にデレデレすれば良いと思います。
「こんな所にいたのかハンナ。少々探した」
背後から声を掛けられ、振り返りました。声がオルゴ様で、後ろを向いてみたらやっぱりオルゴ様。私は軽く会釈をしました。
「オルゴ様、コーディアル様とフィズ様のお世話は終わりました?」
私の問いかけに、オルゴ様は軽く肩を揺らしました。呆れ顔。それに疲れているという様子です。私はオルゴ様が座れるようにと、ベンチの半分を空けました。
「フィズ様、張り切り過ぎて熱を出した。そこまで言われれば帰るとか、せめて一度踊ってくれないかと訳が分からない話をしたらしい」
呆れ返っているという様子のオルゴ様。
何てことでしょう! フィズ様、どうしてこう完璧皇子かと思えばポンコツ——ゴホゴホ。舞踏会にてコーディアル様の騎士となり、ついでに私にもオルゴ様という騎士を連れてきてくれたフィズ様をポンコツなどと呼んではいけません。
「昔から、楽しみがあると熱を出していた。全く、肝心な時に。まあ、コーディアル様にフィズ様の気持ちを暴露して看病も押し付けてきた。あとは、当人同士で歩み寄るだろう。誤解もそのうち解けるさ」
「私、きっとコーディアル様に相談されます。うんと、背中を押しますね」
そうか、と優しく微笑むとオルゴ様は何故か近くの木から花を手折りました。ピンク色のサザンカですが、今は暗いので色は薄ぼんやりしています。近寄ってきたオルゴ様が私の隣に座りました。サザンカを眺めて、夜空を見上げ、ほうっと穏やかな呼吸。たった5歳違いなのに、落ち着いていて、とても大人に見えます。
「見事な空だな」
「はい。こんな夜は初めてです」
派手で、煌びやかで、息を飲むほど美しい流星群の夜。ここまでのものは見聞きしたことがありません。
オルゴ様が私の方を見ました。燃え上がる星のような輝く瞳に、何だか緊張します。知らない人みたい。
サザンカを持つ手が伸びてきて、私の髪に花を飾ってくれました。なんだか食後のデザートを食べたあとみたいに、お腹と胸が一杯です。あと、急にドキドキしてきました。距離が近いからです。どんどん、近寄ってきている気がします。
「ハンナ?」
「はい、オルゴ様?」
怪訝そうなオルゴ様。ふと、見たら。私はオルゴ様の手を握っていました。触られるのかと思ったら、私にサザンカを飾って終わりのようだったので。多分、それでです。
「いや、ここは逃げるところだろう。手を震わして……」
指摘されてみて、自分の手が震えていることに気がつきかました。でも、ちっとも怖くありません。それより不安。離したら、オルゴ様は離席して背中を向けて去ってしまいます。まだ全然話をしていないのに、私から離れてしまいます。
ここは、怖くないことと本気なのを見せるべきです。心臓が破裂しそうですが、意を決してオルゴ様に近寄ります。私は屋上から飛び降りる気持ちで、オルゴ様にキスをしようと思います。
「私、本気です。あと、オルゴ様は怖くないです」
正確な方法は知りませんが、街中の恋人やお義父様にお義母様、結婚式なんかで少し見たことがあるので、多分大丈夫です。娼婦の母のようなのはダメです。
まずはオルゴ様の首に腕を回します。次は目を閉じる。閉じたら位置が分かりません。困りました。私、待つしかないようです。
「待てハンナ。それは待て。この強情娘、止めなさい」
まるで子供を諭すような声。確かに私は頑固者です。黙って待ちます。多分、目の前にオルゴ様の顔があるはずなのでほんの少し首を伸ばしました。
やっぱりこんな事は恥ずかしいし、全然無い色気では全く誘いになりません! そもそも、オルゴ様はこういう事を嫌いそうです。嫌われるのは困ります。
パチリと目を開くと、オルゴ様の顔が目の前に合って息が止まりました。少し身じろぎしたので鼻と鼻がぶつかります。
キラキラと揺らめく落ち葉色の瞳。優しいのに燃えているみたい。もう2度と見られないかもしれない流星群よりも、私はこの瞳を見ていたい。不思議なことに、そんな事を思いました。
フィズ様がコーディアル様の瞳を宝石だというのと同じ感覚かもしれません。人柄が滲んで星の煌めきよりも勝っているのでしょう。
侍女ハンナは思います。今日こそくっつけ姫と皇子。2人の幸福の始まりの日に、私も明るい未来へと1歩踏み出せたら嬉しいです。私はもう1度、そっと目を閉じました。




