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侍女ハンナと側近オルゴ 3

 東棟の小蛇という名前の応接室。オルゴ様はソファに座り、窓の方を眺めていました。少々大きめの窓なので、星空が良く見えます。それか窓の両脇のステンドグラス。鷲と蛇、この国の守護神に因んだ絵のステンドグラスは中々美麗です。オルゴ様は窓の向こうの夜空と、ステンドグラスと、どちらを見ているのでしょう?


 私がノック後に入室をして、机にお盆を置いてから、オルゴ様は私を見ました。少々不自然な間だったのは、オルゴ様も緊張しているからかもしれません。緑茶とかりんとうを乗せたお皿、それに書類をオルゴ様の前に置きました。向かい側のソファに座ります。


「多忙で疲れているのに、時間を作っていただいてありがとうございます。それからお待たせしてしまって、すみません」


 大切な話なので、ピンと背筋を伸ばします。私の頬はなんだか固くなっているようですが、笑みを浮かべて会釈。緊張を和らげるために大きく深呼吸。


「早速ですが、私の父からお話があったと思います。それで、勘違いでなければ前向きのようなので、誤解がないように、それから私なりに自分を勧めようと、紙に色々とまとめてきました。大事な話を廊下なんかで話そうとして、すみませんでした」


 オルゴ様、深いため息を吐きました。両手で顔の下半分を覆っています。眉間には深い皺。廊下で大事な話をしようとした粗忽者なので、悪印象のようです。


「いや、ハンナ。話というのは……。いいや、ハンナ。まあ、その、何故そんな急に縁談に乗り気なんだ? 君はまだ若い。それに、君の家は今とても順風満帆。損得やしがらみで結婚を決める必要は無い筈だ」


 困ったような様子のオルゴ様。顔から手を離し、首に手を当てています。


——袖になどしていない


 そう言ったのに、全く乗り気ではなさそうです。オルゴ様の反対側の空いている手が、そっとティーカップとかりんとうが乗っているお皿を私の前に置きました。


「私はモテないですし、その上少々男性が苦手です。なので自力でどうにかというのは難しいでしょう。それに、うかうかしていたら、売れ時を失います。1番条件の良いオルゴ様も売れてしまいます」


 私はティーカップとかりんとうの乗っているお皿をオルゴ様の前にそっと戻しました。ついでなので、書類を指差しました。また、やらかした。慌てていない風に、指を揃えて手全体で書類を示します。この手や指の所作は中々身に付かないです。コーディアル様やラスはいつも優雅で美しい動作。私もあのようになりたい。励み続けるしかありません。


「こちらはハフルパフ家の国内の立ち位置、お義父様の状況等です。あと、おおよその財産。私なりに考えた2人の結婚がもたらす両者への利点と欠点も書きました。2枚目は私の良いところと、短所をまとめました。短所は直す努力をします。3枚目は私の希望です」


「分かった。分かったハンナ。本気なのは良く分かった。しかしこの書類は置いておこう。それから君は少々自分の事を理解していない。モテない。それは断じて違う。だから男が怖くても、それを理解して少しずつ歩み寄ってくれる者が現れる。簡単に自分の未来に見切りをつけるな」


 ラスに続いてオルゴ様まで。だから、ロマンスなんて皆無。デートに誘われたことも無し。なのにモテない女ではないとは「優しい嘘をありがとう」とは思えません。自然と唇が尖ります。


「18年間口説かれたことがありません。恥ずかしいし情けない事なので何度も言わせないで下さい。見切りではなく、それこそ本気で自分にとって良い未来をと考えているのです」


 私はトントンと1枚目の書類を手で示しました。今度はきちんと指を揃えて、示すことに成功しました。これが、無意識の時にも出るようになりたいです。


 オルゴ様は渋い顔で、書類は全く見ません。少し苛々した様子で、戸惑いも感じられます。オルゴ様、深くて長いため息と共にソファに沈みました。


——袖になどしていない


 本当のように感じたのに、嘘だったみたいです。


「いいやハンナ。社交場についに隠れルビーが本格デビューするという噂になっている。地位や己に自信があるから、早々に堂々と名乗り出た5人の求婚者。我先にというやつだ。街を歩けば振り返られ、声も掛けられている。つい一昨日も騎士の1人が君を熱心に口説いていたな」


 一昨日? ビアー様と談話室で少し話したくらいで「私を熱心に口説いた騎士」なんていません。世間話と、社交場に出る際に助けてくれるという話はしました。別に褒められたり、デートに誘われたりはありません。あれで口説かれていたのでしょうか? それも熱心に? それならビアー様は女性への対応に慣れていないようです。逆そうなのに。


 隠れルビー? そんな噂、聞いたことありません。


 求婚者は単に私を政治的利用したい方がいると父から聞いています。


「その淡い赤色が混じった艶やかな髪に可愛らしい容姿。あまり社交場に現れない上に現れても隅に隠れているから隠れルビーだ。聞いたことない……みたいだな」


 私は思わず自分の髪を手に取って眺めました。これがルビー。艶々なのは、髪くらいは美しくありたいと一生懸命手入れをしているからです。でも、ルビー?


 可愛らしい容姿……。客観的評価だと、そうなのでしょうか?


「あの、自意識と他者からの評価が違うのは分かりました。違う気もしますが、そこはきちんと受け入れます。もしそうなら、男性に免疫のない私は相手選びを失敗しそうです。上辺だけの褒めとか、そういうのにです……。家や容姿で苦手な男性に言い寄られるなら、社交場に本格デビューなどしたくないです。お義父様やお義母様の顔に泥を塗るので無理ですけれど……」


 ビアー様が、参加する社交場が一緒の時は助けてくれると言っていましたがオルゴ様の方が頼りがいがあります。でも、そんな事を頼める雰囲気ではありません。そもそも、オルゴ様は忙しいですしフィズ様のサポートが最重要案件。オルゴ様1人で社交場に出ないのは知っています。同じ社交場にいて、オルゴ様がフィズ様から離れて私の近くにいることは無いでしょう。


 甘ったれていては、1人前になれません。ビアー様からの援助を断ったのだから、オルゴ様に頼みたいなどと思ってはいけません。


「無理と言わずに、ご両親に相談しなさい。それから、このように個人で縁談話もしないように。たまたま俺だったから注意してやれるが、違っていたらトントン拍子に話がまとまっていたかもしれない。行動力があるのは良いことだが、もう少し考えて行動することも覚えた方が良い」


 この欠点はコーディアル様やラスにも度々指摘されます。なので、直すべきリストの上位に君臨中。でも、今回のことは考えてから行動しました。きちんと相談もしました。


 たまたまじゃないのは、オルゴ様が誰よりも分かっているのに……あからさまな嘘は止めて欲しい。お義父様が私の為にと考えて、話までしたというのがオルゴ様。たまたま、なんて単語は全くもって相応しくない言葉。


——袖になどしていない


 ……オルゴ様の嘘つき。


「ハンナ? 聞いているのか?」


「聞いています。オルゴ様が私を検討したくない程嫌なのも分かりました」


 オルゴ様が言うように、お義父様とお義母様は私を甘やかしてくれるでしょう。でも、私はラスみたいに颯爽と社交場にて上手く立ち回る女性になりたいです。コーディアル様と養父母の役に立てます。私も今よりも自分を好きになれます。今日より明日、明日より明後日と成長したいので社交場が怖くても立ち向かいます。自分の伴侶を、自分で考えなくてどうするというんです。後でお義父様やお義母様のせいにして、恨んだりしたくありません。


 オルゴ様の気遣いと心配はごもっともですが、何か、こう、嫌です。嫌というより、なんだか悲しい。こんなに真っ向から拒否されたから当然です。


 飲まれない緑茶に、食べられずにいるかりんとう。それも、ちょっと悲しいです。


——紅茶ではなくて、俺が好きな緑茶にしてくれたのかありがとう。


 普段のオルゴ様ならこう言います。それから、かりんとうを見て少し雑談出来ると思っていました。懐かしい故郷のお菓子。フィズ様がコーディアル様に作ったもの。話に花が咲きそう。そう思っていました。でもお世辞を言いたくない程、そして談笑をしたくない程、私との縁談話をさっさと却下したかったみたいです。


「検討したくない程嫌? 待てハンナ。急にどうした?」


「急に? 役に立つ嫁になるので検討してください。改善点も善処します。私はそう申しました。欠点を差し引いても家や財産など、利益は多いと自負してます。しっかり説明出来るようにと、こうして提示もしました。なのに一切検討しないではないですか。父に断られたと話しておきます」


 立ち上がり、会釈をしました。これは少々泣きたいです。


——袖になどしていない


 オルゴ様の大嘘つき!


 あの、剣術大会での態度。前向きだというアピールは何だったのでしょうか? 格好つけか。きゃあきゃあ言われていたから、単に格好つけただけ。偶然、私が使える位置にいたという訳ですか。そうですか。


 オルゴ様に断られたので、次点は誰でしょう? 思いつきません。コーディアル様と私にとって、権力や地位が有益な方。それでいて人柄が分かっていて、他の男性より怖いと思わない人。優しくて、我慢を察してくれて、気遣い上手……そういう人は他にサッパリ思いつきません。アクイラ様はラスのもの。あと、女誑しは御免です。


——泣くのは薬。煌国ではそう言う。


 なら、目の前で泣いてもオルゴ様は怒らないでしょう。


 アピールしたり、袖にしてないなどと大嘘つき! と罵る勇気はありません。私を心配して、こうして私の為に説教をするためについた嘘。相手を慮った優しい嘘を、罵るなんてするべきではないです。


 我慢しないから、涙はポロポロと落ちていきます。オルゴ様はいたたまれないという表情です。これは惨めなのでサッと部屋を出ました。トボトボと廊下を歩こうと思いましたが、泣き顔を誰かに見られて何か聞かれたら困るので全速力で走ります。


 フィズ様、胸が痛いです。いつも、こんな気持ちなのですか? 無自覚ながらフィズ様に惹かれていそうなコーディアル様も今の私のように胸の奥が締め付けられている時があるのでしょうか? なんだかルイ様の時より、強烈な痛みです。


 多分、それこそトントン拍子に話が進むと思っていたからです。私はこんなに嫌がられる程の娘だとは、自分では思っていませんでした。コーディアル様やラス、ターニャ様にアクイラ様にルイ様も追加して……あらゆる人にあらゆる欠点を聞いて直さないと、誰のお嫁さんにもなれません。政略結婚すら出来ないとは、自惚れ屋の阿呆娘。


 侍女ハンナは今日はより強く思います。早くくっつけ姫と皇子。想い合っていそうなのに、すれ違ってお互いを傷つけたり1人で苦しんでいるのは良くないです。明日にでも、背中を大きく押しましょう。


 明日からの英気を養うためにしっかり寝ようと思ったのに、ちっとも眠れませんでした。

無自覚娘。

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