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侍女ハンナと側近アクイラ

 食後に紅茶も堪能し、後片付けが終わった頃にオルゴ様が食堂に現れました。少し、疲れた顔をしています。


「夕食はお済みですか?」


「ああ、騎士宿舎でな」


 それにしてはオルゴ様は疲労が強そうな様子。


「あの、お疲れのようなので明日にしますか? 一応、応接室の使用許可は取ってあるのですが……」


「あー、いや、大丈夫だ。その、あれだ。騎士達が喧しくてな」


 嘘の匂いがします。後でマルク辺りに確認しないとなりません。オルゴ様は多忙です。フィズ様と公務。率先して騎士の仕事もして、隙間時間には従者の手伝い、薪割り、たまに狩り。


「書類を持ってきますので、先に東小蛇応接室にてお待ちくださいませ」


 用意するのは書類と、紅茶ではなくオルゴ様が好む緑茶なる煌国のお茶、それから何かお茶請け。フィズ様がコーディアル様に作った「かりんとう」が良いでしょう。夕方、いそいそと作ったそうです。紅葉草子に出てくるお菓子で、コーディアル様がどんなものか私と話していたのを、フィズ様は盗み聞きしていたらしいです。


 フィズ様が作った「かりんとう」はコーディアル様と一緒に食べなさいと、ターニャ様が受け取りました。フィズ様とコーディアル様でどうぞと勧めたのに、フィズ様は全然話を聞かないで「用事がある」と何処かに消えたそうです。最近のフィズ様は「コーディアル様に特別な夜を計画」に夢中。侍女達にあれこれ聞いていますし、大蛇の国で流行っている恋愛小説も読み込んでいるらしいです。なので、図書室か自室で読書でしょう。


 オルゴ様は食べることが好きです。男性ですが甘いものも好んでいます。祖国のお菓子なら尚更喜ぶに違いありません。かりんとう、少しだけ分けてもらいましょう。緑茶と、オルゴ様が好きなお酒と迷いましたが、疲労にお酒は良くないと思うので緑茶ですね。


「書類? ハンナ、書類とは何だ」


「誤解がないように作成したものです。お茶も用意しますので、お待ちください」


 会釈をして、私は部屋に向かいました。机の上に置いてあった羊皮紙を持ちます。次は食堂で、緑茶とかりんとうの準備。緑茶は紅茶と同じ温度で淹れてはなりません。


 緑色のお茶というのはとても不思議。苦くて渋いですが、癖になる味。私は密かに気に入っていますが、コーディアル様は紅茶の方がお好みです。まだフィズ様には黙っています。コーディアル様が好まないと、飲めなくなりそうですもの。ああ、こういうズル賢い所が治すべき欠点の1つか。


 折角なので、コーディアル様にも緑茶とかりんとうを用意します。コーディアル様、談話室にて何やら書類を見ていました。少々険しい表情でしたので、公務に関するものでしょう。談話室にいるのは、多分ですけどフィズ様を待っています。コーディアル様とフィズ様は「おやすみなさい」を言う回数が少しだけ増えています。コーディアル様が談話室にいる回数が増え、時間も多くなっているからです。気がついたら、いつの間にか、という変化で本人に自覚は無さそう。


 残念ポンコツ皇子……間違えました。私達の素晴らしい領主であるフィズ様は、残念なことにコーディアル様のこの微妙な変化に気がついていません。挨拶の回数が増えていることも、気がついていないみたいです。


 侍女ハンナは今日も思います。早くくっつけ姫と皇子——……と考えていたら、アクイラ様がひょっこりと現れました。食堂にいらっしゃるのは大変珍しいです。


「おお、ハンナ。緑茶を淹れているなら俺にも1杯頼む」


「が……はい。かしこまりました」


 ラスに対してや心の中での口癖である「合点承知!」と言いそうでした。あまりにも目上の方である、アクイラ様に言ってはいけません。私は反省しながら、食器棚からティーカップをもう1つ増やしました。


「緑茶にかりんとうか。コーディアル様にか? しかし、お盆が2つだな」


 重ねてあるお盆に気がつくとは、アクイラ様は観察力が優れています。重ねたお盆の上に、ティーカップが2つとかりんとうを乗せたお皿も2つ。コーディアル様とオルゴ様用です。茶葉が少なかったので、私はさすがに自分の分は遠慮しました。自由にどうぞと言われていますが、これはあくまでもコーディアル様やお客様用です。オルゴ様はフィズ様の大事で大切な従者なので、コーディアル様と同じ扱いで良いでしょう。


「はい。コーディアル様にです。もう一方は私用です。あの、アクイラ様。私に用ですよね? そうでなければ、わざわざ食堂までいらっしゃいませんよね」


 このタイミングだと、十中八九オルゴ様とのことでしょう。お盆のことも、逆算かもしれません。


「その通り。君は聡い子なのになあ。それなのに、どうしてこう、コーディアル様のようなんだ。それともあれか? ラスから色々教わっているのか?」


 私の顔を覗き込むように近寄ってきたアクイラ様。一気に距離が近くなったので、私は思わず体を逸らしていました。


——あの口説き上手というか、女誑しは難し過ぎる


 フィズ様の発言が、急に蘇りました。アクイラ様、煌国でどんな生活をしていたのでしょう? 城の侍女に手を出したという話は聞いたことがありません。貴族の令嬢との話も知りません。僅かな社交場での情報ですけれど、何も耳にしたことがありまけん。ラスとはただならぬ様子ですが、どうなっているのでしょう? 女誑しとはどういうことなのでしようか?


「コーディアル様のよう? どういう意味です? ラスからは何でも教わっています」


「何でも、ねえ。そうか、そうか。それならコーディアル様とは違う。そうは見えないがな。まあ、面倒なのでどちらでも良い。俺は自分とポンコツ皇子で精一杯。久々の緑茶は美味いな。フィズ様、コーディアル様と侍女達は甘やかすのに俺達男には質素倹約と煩いんだ」


 アクイラ様は欠伸混じりで、淹れたばかりの緑茶を口にしました。実に美味しそうな飲みっぷり。アクイラ様は何を言いたいのでしょう? 面倒というのは本心に思えます。本当に怠そうです。オルゴ様同様に多忙なので、疲れているのでしょう。


 私はちゃっかり自分の分もと用意したかりんとうを乗せたお皿をアクイラ様に差し出しました。またもや反省。確かに、フィズ様はコーディアル様だけではなく私達も甘やかしてくれています。指摘される前に、こうするべきでした。


「相変わらず気がきく娘だなハンナ。見目麗しいのにこれとは、男達が牽制しあっているはずだ。まっ、好きに、そして自由に生きろ。人生は短い。しかしなあ、それなりに長いぞ。良く考えろ」


 牽制しあう? そんな姿は見たことありません。良く考えろ? 状況的にオルゴ様のことでしょうか? 私は自分の今後や、コーディアル様に家のことも自分なりに良く考えています。聡いと褒めたのに、反対のことを言うのは、どちらが本音でしょうか。後者の可能性が高いです。前者は社交辞令。


 ポイポイッとかりんとうを口に放り投げたアクイラ様。褒めに対する感謝を告げようとした時、私の口にかりんとうが放り込まれました。


「はひはほうほはいました」


 ありがとうございました。その言葉はかりんとうに邪魔されました。アクイラ様は、もう私に背中を向けて食堂の扉を開いていました。軽い別れの挨拶というように、右手を挙げてヒラヒラさせています。


「疲れや憂いも吹っ飛ぶ愉快さ。こちらこそ、ありがとう。あと、ごちそうさま」


 返事を思案している間に、食堂の扉が閉まりました。疲れや憂い。いつも陽気で明るく、そして元気そうなアクイラ様にも悩みがあるようです。ラスのことかもしれません。あとで、コーディアル様に相談してみましょう。で、フィズ様に相談してみて下さい。そうも頼みます。


 アクイラ様は結局、何をしに来たのでしょう? お茶とお菓子目当てな気がします。私は談話室を通り、コーディアル様に緑茶とかりんとうを渡して、東小蛇応接室へと向かいました。書類は小脇に挟んでいます。あまり行儀が良くありませんが、お盆を置いてサッと書類を手にする予定。持ち方も目立たないようにしてあります。


 東棟の小蛇という名前がついている応接室。なので東小蛇応接室。談話室からそんなに遠くありません。何だか、緊張してきました。私は上手く話や説明、それに自己アピール——というより家のアピール——が出来るのでしょうか?


 不意に、演劇場の舞台上のオルゴ様を思い出しました。


——ハンナ嬢、寒いでしょう。どうぞ


 ひらひらと舞った青い外套(マント)。思い過ごしかもしれませんが、あの時のオルゴ様は中々熱い眼差しでした。既に政略結婚相手としてそこそこ優位に立っている。あの時はそう思ったのに、この間は嫌そうな顔をされました。訳が分かりません。


 気温は低いのに何だか手汗が滲んでいます。心臓が妙に煩いです。風邪が完治していないか、もしくはぶり返したみたいです。またあちこちに迷惑をかけたくないので、オルゴ様と話が終わったらすぐ寝ないとなりません。


 

他人の事は割と目敏いポンコツ娘

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