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侍女ハンナと側近オルゴ 2

 秋も半ばになりました。窓の外でひらひら、ひらひらと葉が舞い落ちています。窓を拭きながら、明日から隣国へ行って、舞踏会へ参加するのでなんだか少し憂鬱です。窓をピカピカに磨けば気分が晴れるかも。そう思って勤しんでいます。


 本を読み漁ってみたけれど、男女の高等会話や男のあしらいなるスキルは、付け焼刃では身に付きそうもありません。ラスには恥ずかしいやら、情けないやらで相談出来ていません。それとなく、相談し易い雰囲気を作ってくれているのに。


「ハンナ、もうすっかり元気そうだな」


 はひっ! 変な声が出そうなのを堪えました、背後からしたのはオルゴ様の声です。低いけど温かみのある声色なので、間違えません。


「は、はい! せ、先日はみっともない姿を見せました……」


 そろそろと体の向きを変えようとしたら、オルゴ様はもう私の近くにいました。窓を拭いていた布をオルゴ様がそっと私から奪います。オルゴ様は私を見ません。何か用事なのでしょうか? そう聞こうにも、ちょっと質問し辛い雰囲気です。


「病みあがりは誰でもそうなる。上は届かないだろう」


 脚立を使って拭く予定だった、窓の上の方をオルゴ様がサッと拭きました。長い腕。というより背が大きい。オルゴ様は私の頭1個半分背が高いです。2歩程離れているので、今日は特に怖く無いです。


「ありがとうございます」


「夕食後に少し話せないか? この間の続きで、ハンナに少し聞きたいことがある」


 この間の続きとは縁談話の件。行き違いがあるのか、オルゴ様は私だと大変不満か、そんなところなのでしょう。


 こちらを向いたオルゴ様と目が合いました。濃茶色、ちょうど窓の外の落ち葉のような瞳。意外にくりっとした目です。もうすぐ知り合って1年ですが、こういう色をしていたんだなと思いました。目を細めて、陽気に笑う姿が多いので、違う目はなんだか新鮮。


 拗れているか、私を却下されているようですが、得があると伝えられて、上手く話がまとまると、この人と夫婦になるのか。私はしげしげとオルゴ様を見つめました。やはり、好みの顔ではありません。しかし何たらかんたら子爵のような、長い名前の見ず知らずの貴族よりずっと良いです。心の温かさや、働き者で気遣い上手なのは良く良く知っています。男性が怖いので、少しずつでお願いしますという我儘も受け入れてくれそう。


 やはり問題は、オルゴ様に私と結婚する利益があるかどうかです。今のところ、得が全く伝わっていないか、私の性格が原因。そのあたりの再確認ということでしょうか? それなら有益リストを作っておくべきでしょう。


「ハンナ?」


「はい。夕食後ですね。コーディアル様に応接室を借りておきます」


 オルゴ様が眉間に皺を作りました。


「何か変な事を申しました?」


「いや、応接室とは……」


 私は首を傾げました。応接室でないなら……。


「会議室ですか?」


「待て、待て待てハンナ。何を考えて応接室や会議室なんだ?」


 慌てたような、困ったようなオルゴ様。私の考察はどうやら違ったようです。


「この間の話の続きということでしたので、私とオルゴ様の婚姻は有益なのか不利益なのかお互いに確認しましょうということかと思ったのですが……。それかオルゴ様にお断りをされるのかと」


 オルゴ様、大きなため息を吐いてしゃがんでしまいました。額に手を当てています。


「ハンナ、君は俺とそういう事になる気があるのか?」


 オルゴ様、立ち上がりません。上から目線で語りかけるのは気が引けるので、私もしゃがみました。オルゴ様は床を見つめています。


「もちろんでございます。決められた方に嫁ぐのかと思っていましたが、家の事を考えるならある程度は選んで良いと言われています。それで、コーディアル様や家の損得を考慮したら、オルゴ様が1番良いです。父もそう判断してオルゴ様に話をしていると聞きましたが、オルゴ様はご存知ないでしょうか? オルゴ様、私に婿入りすると田舎の分家ですがハフルパフ公爵の座が手に入ります」


 顔を上げたオルゴ様、嫌そうで不機嫌そうです。これは、大変困りました。断固拒否のようなので、どうしたら良いのか分かりません。


「ハンナ、自分の一生のことだぞ。そんな損得やら、しがらみで決めるのか?」


 怒っているような表情ですが、どちらかというと目の奥の光は悲しそうです。悲しい? ああ、オルゴ様は政治的な婚姻はお好きではないのでしょう。それなら、惚れてもらわないとなりません。しかし、私にそんなスキルはありません。取り敢えず、ダメ元で頼み込んでみましょう。


「他に何で決めるのでしょうか? むしろ選択権を与えられ、お義父様は悪い相手も断ってくれます。あの、私、誠心誠意尽くします。生まれが生まれなので倹約家ですし、根性もあります。家同士の婚姻なので、浮気もしません」


 駄目そうだけど、言うだけ言ってみよう。オルゴ様に断られたら、今度の晩餐会で会うらしい求婚者達から選ばないとなりません。ん? 確か、違います。


——余程の格差がなければ、ハンナが気に入った方と縁組をしてくれて構わないわ。


 それで、私はコーディアル様と一緒にいるのを許してくれる相手。コーディアル様の為になるお婿さんが欲しいと思いました。


「ハンナ……」

「オルゴ様! このハンナはオルゴ様が良いのです! なので、役に立つ嫁になるので検討してください! 改善点も善処します。却下理由を教えてくださいませ。早急に直します」


 あー、と迷うような声を出したオルゴ様。目が泳いでいます。


「そんなに欠点だらけでしょうか? アクイラ様には拒絶されているそうですし……オルゴ様まで嫌ならフィズ様に私でも良いという煌国華族の方を頼むべきでしょうか……。お義父様、大蛇の国より煌国の方と、という様子でしたし……。私もいざという時にコーディアル様について行くなら……」


 急にオルゴ様が立ち上がりました。首に手を当てて、深いため息。


「君には好いた男と添い遂げたいとか、そういう願望は無いのか?」

「あります」


 聞かれれば即答です。オルゴ様が立ったので、私も立ちました。オルゴ様は瞬きを繰り返して、私を見つめています。また、何か変な事を言ったでしょうか?


「あ、あるのか……」

「もちろんですとも。でもそれは夢や奇跡です。18年間口説かれたことがありません。なのに、もう適齢期で縁談話も舞い込んでいます。コーディアル様派、それに家柄や婿入するとハフルパフ公爵になれるという付加価値がある今のうちに、私にとって良い方と結婚しておくべきです」


 胸を張るような事ではないけれど、隠しても仕方がないので素直に話します。ロマンスのロの字もない人生です。長年の淡い片思いは最初から失恋状態。


 オルゴ様はガシガシと短髪を掻いて無言。なんだか空気が重たくて、私も喋れません。オルゴ様は私と政略結婚は嫌で、可能なら恋愛結婚が良い。夕食後に話とは、このことだったのでしょうか? 立ち話で済んでしまいました。


 オルゴ様、話は終わったようなのですが立ち去りません。ここは私の仕事場。窓拭きを続けないとなりませんので、何処かに立ち去る訳にはいきません。困りました。


「よお、お2人さん! 何をしているんだ?」


 背中にぶつかったアクイラ様の声。救世主! 私は勢い良く振り返りました。


「アクイラ様。今、オルゴ様に袖にされまして……。あの、今後の自己改善に必要なので私との政略結婚を拒否された理由を教えてください。条件は割と良いと思っております。それを差し引いて私が嫁では困るという理由。知らねばこの先も困ってしまいます。オルゴ様は教えてくれません」


 一瞬、私自身は関係なくラスがいるから? と思いました。聞けませんが、アクイラ様とラスはただならぬ雰囲気。というより、ラスが変です。


——いい? あの方は私の掌の上なの。


 赤い顔で、ぶすくれていたラスらしからぬラスの姿。あまり余裕が無い感じ。なんだか可愛かったです。聞くと口を貝のように閉ざさそうなので、話してくれるのを待っています。


「はあ? オルゴに袖にされた? ふーん。そうか。ハンナ、君との政略結婚を拒否した理由を知りたいと言うなら教えてやろう」


 アクイラ様の手が頬へ伸びてきて、私は思わずのけ反りました。ゴミでもついていた? 自分の手で確認したら、やはりホコリが手につきました。窓のサッシに溜まっていたのでしょう。


 驚いたことに、アクイラ様の手を、オルゴ様がペチリと叩きました。


「言わんでいいアクイラ。それから彼女は男が苦手だそうだ。なので、そこらの娘と同じようには触るな」


「そこらの娘には触って良いのか?」


「揚げ足を取るなアクイラ。良いも悪いもお前はいつも好き放題だろう? 勝手にしろ」


 不機嫌なオルゴ様。アクイラ様は何故だか分かりませんがとても楽しそうです。


「……ていない」


 小さな声でオルゴ様が何かを告げました。


「袖になどしていない。ハンナ、夜にその辺りを話そう。食後に迎えに行く」


 激怒、という赤黒い険しい顔でオルゴ様は去っていってしまいました。でも、オルゴ様が手に持っていた窓拭き用の布は丁寧に畳まれてバケツの淵。実に理性的な怒り方です。


「なら、話を進めてくれるのでしょうか……」


 私がポツリと呟くと、アクイラ様にあれこれ質問されました。オルゴ様と何を話していたか? です。隠す理由はないので、正直に話しました。そうしたら、アクイラ様がクスクス、ケラケラ笑い出しました。仕舞いには腹を抱えて大笑い。


 侍女ハンナは思います。アクイラ様、何でか知りませんが笑い過ぎです。それに私にもそんなに愉快な気分になった理由を教えて下さい!

侍女もポンコツ娘

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