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侍女ハンナと勘違い皇子 2

 フィズ様とコーディアル様が面倒臭いので爆弾投下しよう作戦。が、アクイラ様とオルゴ様によってそろそろ決行されるそうです。アクイラ様から侍女をまとめるターニャ様へと伝わってきました。


 熱が下がって1週間、オルゴ様と全く顔を合わせません。不自然なので避けられているというのは分かります。中庭の掃除をしながら、私はぼんやりしていました。オルゴ様を何か怒らせたようです。これでは政略結婚は出来ません。


 逆に騎士達には声を掛けられます。騎士団の若手筆頭ビアー様、私と同じようにスラム出身のライト、元捨て子の新米騎士マルクの3人。元々、そこそこ雑談する仲ですが、ここのところ毎日会います。内容は政略結婚についてです。社交場でも私の縁談話は広がっているらしいので、隠さずに話しています。城の侍女には私やラスのような貴族の娘がいるから、黙っている意味はありません。


 すっかり騎士達と打ち解けているオルゴ様。そのオルゴ様の相手に相応しいのか査定されているのでしょうか? ビアー様はこの領地の隣にある国、マークレイド子爵の長男なのでオルゴ様とは関係無く、私の縁談情報を仕入れにきているかもしれません。確か、お義父様が告げた5人の求婚家のうちの一つと、マークレイド子爵家は懇意。それにしても、あまり賢くない私には貴族の家の長い名前や、人間関係は複雑で難しいです。


 弟みたいなマルクは、私にはまだ結婚は早い。のんびりしていなよと言います。ライトはよく分かりません。縁談話を根掘り葉掘り聞かれるので、誰か懇意の貴族に情報収集を頼まれているのでしょう。


 それにしても、夕暮れ時で何となく侘しくなる時間。コーディアル様や両親の為に政略結婚する気満々ですが、改めて男性が苦手なのを自覚したので心が重いです。1番条件の良いオルゴ様に逃げられそうなのも、どうするべきなのか。私自身に魅力が無いことが問題なのでしょう。コーディアル様にお義母様、ラスを筆頭にその他にも見本は沢山いるのに私という娘は困ったものです。


「やあ、ハンナ。手伝おうか」


 手伝おうなんて言わないような人物に声を掛けられ、顔をあげました。そわそわした様子のフィズ様です。侍女を手伝う領主なんておかしな話。フィズ様は変わり者ですが、こんな返答に困ることは滅多に言いません。そわそわして見えますし、何か動揺しているのは間違いないでしょう。


 ここはストレートパンチです!


「コーディアル様の事でしょうか? フィズ様、もう少々コーディアル様に歩み寄っていただきたいです」


 大きく目を丸めたフィズ様。ポカンと口を開いています。すかさず追撃します。


「コーディアル様はいつもフィズ様が休めているのか気にしています。2人で談笑したり、散歩する時間もないのはこの領地や民の為だと分かっております。大変、有り難いことです。しかし、奥様であるコーディアル様は少々寂しそうです」


 ここまで言って大丈夫でしょうか? クビにはなりたくありません。アクイラ様やオルゴ様からターニャ様に「フィズ様への後押しなら多少の文句も許可する。庇う」と伝達されてきています。しかし、心臓はバクバク。


「コーディアル……様が寂しそう?」


 今、フィズ様は「コーディアル」と呼びそうでした。そう呼べば良いのに。


「コーディアル様は煌国の文化に興味がありますし、フィズ様と色々と話をしてみたいご様子ですよ。朝や晩の挨拶も出来ないほど忙しいとは、無理をさせている。コーディアル様はそんな風に大変心配しております。毎日気にかけていらっしゃいますよ」

 

 フィズ様はぶんぶんと首を横に振りました。


「私はコーディアル様にあまり良く思われて……」


「そんな方が贈った代物をローズ様に奪われて、悲しそうにすると思いますか? ローズ様はコーディアル様が逆らえないことを良いことにあれこれと奪っ……大変失礼致しました。今のは言葉が過ぎました」


 危ない。というか間違った。不敬な上に、話が逸れてしまいました。先日の剣術大会の際に、ローズ様がコーディアル様のブローチを奪ったとラスから聞いたことを思い出したのです。元々はフィズ様の母君の形見だというブローチ。身に付ける勇気は無かったようですが、時折眺めて微笑んでいたコーディアル様を知っています。今は逆に、空になったブローチ入れを悲しそうに眺めているコーディアル様。ため息も深いです。コーディアル様、1人の時にしかそんな表情は見せません。私は盗み見しました。


「ハンナ、そう怯えるな。私もあの方には思うところがある。次から気をつけなさい。しかし、コーディアル様が悲しそう? 興味の無い者からの贈り物など嬉しくもないだろう。私を慮ってある程度使用したから、あの方に貸してもそんなに気にしていない。私はそう思っていたのだが。一応言っておくが、貸しているが方便なのは私も分かっている」


 私の手からそっと箒を奪うと、フィズ様は私をベンチへ促しました。敷かれたハンカチの上に腰を下ろします。フィズ様は隣には座りませんでした。領主様が立っていて、侍女が座っているなど落ち着きません。同い年ですが、フィズ様は容姿も中身もコーディアル様の事を除けばとても大人な方。今もとても近寄り難い雰囲気です。


「先日、ため息混じりで空のブローチ入れを眺めているのを見ました。箪笥の時も翌朝ポソリとやっぱり無いわねと呟いておりました」


 柔らかな風がサラサラとフィズ様の髪を揺らします。艶やかで少し癖のある黒髪。整った横顔は教会に飾られる天使の彫刻のよう。フィズ様がもう少々、俗な容姿だったらコーディアル様もここまでフィズ様に気後れしなかったでしょう。誤解や溝も、ここまで深く無かったかもしれません。


「剣術大会はそれなりに成功だったと自負している。多少、コーディアル様に楽をさせられたと思っていてな。それで、もう少しこう……」


 急にあどけない困り顔を浮かべ、フィズ様は頬を赤らめながら私に笑いかけました。


「それなりではございません。大成功です。フィズ様のお陰でコーディアル様はとても楽を出来ています。ご謙遜はお国柄なのでしょうか? とても同い年とは思えない立派で素晴らしい働き振りの領主様です。それに、いつもコーディアル様を大切に想っておられることも存じています。だから城の者はフィズ様を応援しております」


 血脈、家柄、容姿、実力、こんなに何もかもを持っていて、目一杯頑張って励んでいる方にも悩みがある。自信が無い。とても不思議な事です。


「謙遜では無い。反省点が多くあってな。来年、まだこの地にいられて領主として振る舞えるならば改善する。城の者が私を応援してくれているとは、自分で一杯一杯で気がつかなんだ。すまない。ありがとう」


 フィズ様は自分に厳しい方なようです。だからこの領地はどんどんと住み易くなっているのでしょう。それにしても慈しみ溢れる笑みは、まさに物語の中の皇子様。この方が、華やかで煌びやかだという煌国皇居にて、こんなに奥手に育ったのは何故なのでしょう?


 フィズ様は余程のことがなければ、私をクビにしなそうです。少し踏み込んだ話をしてみようという、気持ちが湧き出てきました。


「謝罪や感謝なんて滅相もございません。あの、不躾な事をお聞きしますがコーディアル様はフィズ様の初恋なのでしょうか?」


 途端に真っ赤になったフィズ様。答えは明白です。眉根を寄せて、凛々しい眉毛が少し鋭く上がります。やはり、やり過ぎた。怒られるのを覚悟して、私は肩を竦めました。


「そ、そ、そうなんだハンナ。だから分からないのだ。兄上やアクイラは見本にならない。あの口説き上手というか、女誑しは難し過ぎる。オルゴは口先だけで私と似た者同士。私はこれまであまり女性に興味が無くて、女官達と戯れをするより植物やら医学に夢中でな」


 怒られませんでした。むしろフィズ様は肩を落として俯き、足で落ち葉を弄り出しました。今、少々気になる話題が出ました。アクイラ様は女誑し。オルゴ様はフィズ様の仲間。気にはなりますが、今はコーディアル様とフィズ様のことが第1です。


「そうなのですか」


 何か聞こうと考えていたら、フィズ様が先に口を開きました。


「幼い頃から褒められて育ち、年頃になれば方々の女性から熱視線。私はいつか心を動かされる女性が現れた時、すんなり上手くいくと思い込んでいた。驕っていた。熱視線は私の背後にある財や地位、名誉に向けられていたもの。他国に来て分かった。君達が誰も私に色目を使わないのが最たる証拠だ」


 はあ、と大きなため息。フィズ様がここまで自信の無い方とは知りませんでした。単に恥ずかしい、照れ屋だけでは無かったようです。しかし、まあフィズ様はやはり盲目的というか思い込みが激しいようです。


 城の侍女はフィズ様のコーディアル様への熱愛を分かっているので、私のような応援派か単に諦め派しかいません。色目を使う隙など皆無。街に出れば熱視線、貴族娘からも熱視線。なのに、それはフィズ様の目には入っていないようです。脳内が仕事とコーディアル様で一杯だからでしょうか?


「そうだったのでございますね」


「そうだハンナ。本来なら、コーディアル様の為に晩餐会やお茶会でも開いて南の国の御曹司を招待しないとならない」


 はあ? 何ですって? ぶすくれて、大変不満という様子のフィズ様。南の国の御曹司? 鎖国している大陸王者たる大国の、信仰宗教の頂点の聖人? 縁も所縁もない方がどうしてここで出てくるのでしょうか? フィズ様とは顔見知りなのでしょうか?


「どんな男か知らないが、聖人君子ならコーディアル様に相応しい。いや、しかし嫌だ。断固拒否。私は絶対にこの地位から退かないぞ。例えコーディアルが泣こうと……泣いたら嫌だ……。すぐに離縁する。幸せを祝わないとならない。しかし嫌だ。考えただけで吐きそう。横取りされたくない。せっかく、権力振りかざして手に入れたのだから夫の座を死守せねばならん」


 ギリギリという音がしそうな程、フィズ様は悔しそうな表情です。どんな男か知らない南の国の御曹司に対抗心メラメラのようです。勝手に落ち込んで、勝手にやる気を出して、それで普段のあの情けないポンコツぶり。


 そんなに好きで、やる気もあるなら、とっととコーディアル様を口説きなさい! この勘違いポンコツ皇——ゴホンゴホン。声に出しそうだったので危ないところでした。これは些か面倒。アクイラ様とオルゴ様の苦労は私達侍女の想像以上かもしれません。


「そ、それでしたらコーディアル様と散歩などをして交流したらどうでしょうか? 夜空を眺めるのも良いかと……。秋空ならメルダ姫などロマンチックな話も出来ますし……」


「メルダ姫? この国の星に関する話か? いや、自分で調べる。星か、そうだ星だ。コーディアルは星がとても好き。ロマンチックか。あれだ、この国の恋物語なんかを読もう。アクイラも言っていたが演出が大事。ありがとうハンナ」


 いや、本を読むよりコーディアル様に一言「晴れているので夜空を眺めよう」と告げて下さい。


「特別な夜を演出しよう。あれだ、コーディアルが無駄遣いをしないと誕生会を開催しないと言うから、誕生会の代わりだ」


 そんな大袈裟な事より、今からコーディアル様に「今夜少し散歩しよう」で良いんですよー。今から2人で夕焼けと紅葉を眺めるのでも良いんですよー。食後に2人でお茶を飲むなら美味しい紅茶を淹れますよー。


 でも、特別な夜は素敵そうなので私は「フィズ様頑張れ」と心の中で応援しました。それから、この話を従者達に広めてフィズ様の後押しをします!


 侍女ハンナは今日も思います。早くくっつけ姫と皇子。


 素敵で特別な夜の話で、胸をときめかせたいです。

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