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侍女ハンナと側近オルゴ 1

 剣術大会の日から、私は熱を出しました。風邪らしいです。


「スープ、全部飲めたわね。熱が引いて、食欲も出て来たなら安心ね」


 城までお見舞いに来てくれた、お義母様が泊まり込みで看病してくれています。昔、拾われたばかりの頃にナーナ様やコーディアル様が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた事を思い出します。私はつい、頬を抓りました。


「まあ、いきなりどうしたというの?」


「夢かと思ったのです。久々に昔の夢を見たせいもあります」


「そう、嫌な夢を見たのね。夢ではありませんよ」


 よしよし、と頭を撫でられると何とも言えない幸福感で胸が一杯です。何故、孤児院から赤ん坊ではなく、かなり成長していた私を養女に迎えてくれたのか、未だに謎です。でも、選ばれたのだから私は自慢の娘でありたいです。


「夢ではなかったので励みます! 本日は休むように言われてしまいましたが、明日からしっかりと働きます。淑女の勉強にも精を出さねばなりません」


 お義母様はまたポンポンと頭を撫でてくれました。


「元気ならなったようで安心だわ。週末、家で食事をするのを楽しみにしていますよ」


 私は城に住み込みで働き、週末は家族と過ごしています。ラスも同じです。私とラスは一日違いで実家に帰ります。片方はコーディアル様と過ごす。コーディアル様とかなり親しい侍女は私とラス。それに侍女をまとめあげるターニャ様。ラス不在にてコーディアル様を独り占めして、翌日は家族で楽しく過ごせる週末は大好きです。


「元気と丈夫が取り柄です! 風邪なんて10年振りで驚きました。お義母様。私は読む本を変えるので、コーディアル様に紅葉草子をお義母様に貸して良いか聞いてきます」


 それからお義母様とお義父様に手土産。私は寝台から起きて寝室を出ました。もう随分と体が軽いです。談話室に誰でもどうぞと置いてある煌国のお菓子があります。フィズ様、コーディアル様に直接渡さないからそういう手を使っています。もちろん、侍女達で上手くコーディアル様へ贈っていてますよ。ちゃんと、あのお菓子達はコーディアル様用だと認識しています。


 そのコーディアル様への煌国のお菓子をいただきましょう。今は昼間。フィズ様は捕まえられなさそうなので、事後報告。あと、コーディアル様との散策と引き換えします。コーディアル様はフィズ様ともっと話すべきです。2人きりになればフィズ様は多少コーディアル様と話せますし、きちんと褒めたりご自分の気持ちを伝えられています。コーディアル様、そうやってフィズ様から愛情と尊敬を受け取って、少しずつ自信をつけて欲しいです。


 廊下を歩いていると名前を呼ばれました。


「ハンナ、元気そうだな。良かった」


 声の主はルイ様でした。背後から声がしたので振り返ります。


「お義母様やコーディアル様、ラスが看病してくれてあっという間に治りました」


「元気一杯な声で安心だ。しかし、またそんな格好で出歩いてぶり返すんじゃないか?」


 指摘され、私は自分の服を確認しました。寝巻き。おまけにボサボサ髪のすっぴん。病み上がりなので酷い顔かもしれません。そういえば、お義母様に待ちなさいと、声を掛けられたような?


「まあ大変。そそっかしくて……すぐに部屋に戻って着替えます」


 見られた相手が、昔から私を知るルイ様で良かったです。私はくるりとルイ様に背中を向けて、寝室へ戻ろうと歩き出しました。


 そこに、廊下の角から人。


 侍女ではなく、オルゴ様と若手騎士マルクでした。


「ひっ、き、きゃあああああ!」


 思わず、私は悲鳴をあげました。今いる廊下に隠れられる所なんてありません。オルゴ様とマルクは私を見て、もちろん、驚いています。仮にも公爵令嬢なのに何てこと。


「も、も、も、申し訳ありません! うっかりというか、そそっかしくて、みっともない姿でして!」


 腕なんかでは顔も寝巻き姿も隠れません。これはもう駆け抜けて、寝室へ一直線に戻るしかないです。その行動も淑女ではありませんが、緊急事態。


 駆け出したら、まだ体は本調子ではないようで、つんのめりました。


 転ぶ。


 そう思ったら、ワタワタして目を閉じたら、体がふわりと浮きました。


「動揺し過ぎだ。ハンナ、君が風邪を引いて寝込んでいたのは城中の者が知っている。外の空気を吸いにきたのか、水でも飲もうと思ったのか知らないが、そこまで慌てなくて大丈夫だ」


 逞しい腕に抱き上げられて、見上げた先にはオルゴ様の優しい微笑み。顔が割と近い。助けてもらったことへの感謝と同時に、触れられている服越しの肌にぞわぞわと鳥肌が立ちました。身も縮みます。一瞬、この腕や手は何人の女性に触れたのだろう? そんな下世話な思考がよぎってしまったのです。


 私の体は自然と震えました。社交場で、手の甲にキスされるのも好きではありません。


 オルゴ様の表情が曇りました。怯えが伝わっています。オルゴ様は何も悪くありません。


「た、た、助けていただいたのにすみません。き、き、生娘ですし娼婦の母の姿を見て育ったので男性があまりに近いのは苦手なのです! あ、ありがとうございます! 適度な距離で話すのは全くもって大丈夫です!」


 後は何を伝えておくべき? 誤解を与えるのは良くない。オルゴ様自体が怖いのではないと伝えないとなりません。


「励んで、男性に慣れますので問題ありません! せ、政略結婚相手の候補に加えたままにしておいてくださいませ!」


 オルゴ様は眉間に皺を刻み、私を廊下の絨毯へと立たせました。


「政略結婚相手の候補?」


 怪訝そうなオルゴ様。不快という様子です。


「ち、違うのですか? そういう話を聞きまして……。私は気付き下手でお誘いにも気が付かない阿呆娘でしたが……ラスやエミリーにお誘いされていたと教えてもらいまして……。今の私は好条件ですし、方々から縁談話が出ているそうで、オルゴ様も検討されていると父から……」


 私から目を背けて、ガシガシと髪を掻くと、オルゴ様は上着を脱ぎました。脱いだ上着は私の肩にかけられました。


「そうか。急いでいるので、その話はまた今度。その服装も心臓に悪い。行くぞマルク」


 マルクの腕を掴んで、私の横を通り過ぎていったオルゴ様。心臓に悪いとは、余程みっともないらしいです。途中で、オルゴ様はマルクの肩に腕を回していました。鍛え上げられて中々太い腕。私の体を軽々と、そっと抱き上げて助けてくれた優しい腕なのに、怖いと思ってしまう未熟さ。申し訳なくて、悲しくなってきました。


「ハンナ。向こうの塔の会議室で騎士達の打ち合わせがあると聞いている。また他の者が現れる前に早く部屋に戻りなさい」


 ルイ様に促されて、私は部屋に戻りました。怒られて、反省して、もっと淑女になるべく向上心を抱かないとなりません。私はお義母様に先程の話をしました。


 なのに、怒られませんでした。お義母様は黙って話を聞いてくれて、その後にラスを呼んできてくれました。年が近い女性同士、相談しなさい。そう言い残して、お義母様は帰られました。


 後でラスに聞いたのですが、コーディアル様はお義母様に紅葉草子と、それから手土産を渡してくれたそうです。


 私は色んなことがモヤモヤして、ラスに相談出来ませんでした。話題は自然とコーディアル様とフィズ様のことになりました。オルゴ様や政略結婚話を、ラスは知っていて、察して避けてくれているのかもしれません。ラスは気配り上手。是非、見習いたいといつも思っています。


「そろそろフィズ様の自力は諦めて、コーディアル様にフィズ様のことを話すそうです。それにフィズ様をかなりけしかけると。フィズ様が侍女の元へ相談にきたら背中を今まで以上に過剰に押す。そういう話になっているからよろしくね」


 寝込んでいる間に、そんな話が出ていたらしいです。


「合点承知! フィズ様が私の所へ来たら……来る前に自ら行きます。コーディアル様は今までの不遇の分、きっととても幸せを感じます。コーディアル様はフィズ様に好感を抱いてそうなので全力で応援します」


 侍女ハンナは今日も思います。早くくっつけ皇子と姫。他人事の方が気が楽です。コーディアル様の幸せな姿も見たいです。


 あのお2人の恋物語は、創作作品にして残したら割と素敵な話だと思います。私は活躍する脇役になりたいです。

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