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侍女ハンナと剣術大会 4

 演劇場の中心にて、観衆の声援——主に黄色——を受けながら踊るように剣技を繰り出すアクイラ様とオルゴ様。演舞なので、血も流れないですし安心して楽しめます。


 コーディアル様や家の損得を考慮して、一先ずオルゴ様との政略結婚を目指すことにしましたが……何からしましょう。


 そもそも、オルゴ様の好みが分かりません。私を誘っていたのは、オルゴ様の政治的戦略の1つでしょう。私はもっと賢く生まれたかったです。ラスによれば、度々オルゴ様の誘いを断っていたらしい私。その間に、他の貴族娘が一歩前進していたかもしれません!


——煌国とのパイプ。それに我等が領主様達は必ず地位向上させる。よってあの2人をキープしておこうと思ったのに。まあ、まだ1人残っているのでそちらを囲います


 ラスの言葉を思い出しました。あの時はまだルイ様のことを上手く飲み込めていなかったので、ラスの考えに共感出来ませんでした。しかし、今はもう別です。むしろ、あらゆる面が見本のラスをもっと早く見習えば良かったです。


「お義父様、お義母様、ハンナは一先ずオルゴ様に見初めてもらうか婿入が得だと伝えて婚姻へと持ち込もうと思います。しかし、何からするべきでしょうか? 毎日、城で顔を合わせているのに政略結婚の話が出ていないということは、あまり気に入られていないのでしょう。生まれをペラペラ話してしまったせいです」


 ハフルパフ本家はドメキア王族とも懇意です。お義父様は長年ナーナ様やコーディアル様を支えてきました。もちろん、今もです。私のお婿さんは、単に婿入ではなくハフルパフ公爵の座を継ぎます。ドメキア王族へのパイプにフィズ様とコーディアル様へパイプ。フィズ様経由で煌国にも繋がります。かなり好条件の筈。それなのに、アクイラ様やオルゴ様から積極的に縁組みの申し入れがないのは私自身に難ありという評価でしょう。


 実は娼婦の娘だなんて、うっかり語ってしまったせいです。コーディアル様の人柄を教えたくて話したのが、仇になりました。そもそも、コーディアル様の近くにいれば、まともな人間ならきちんと人柄を見抜きます。軽率でした。私の欠点です。


「ハンナから見て、彼はそれを気にするような方なのか?」


「風評被害というのは大変ですお義父様。コーディアル様やお義父様の苦労はよくよく存じ上げています。嘘の1人歩きも、自分の事ならまあ良いと思っていた私にも問題があります。ここは1つ、娼婦の娘だが逃げきったので生娘だという話を社交界で流しましょう」


 飲みかけのコーヒーを噴き出したお義父様。何か、変なことを言ったでしょうか?


「恩に報いる為に努力し、生まれもあるから慈善活動に精を出す。今は立派な淑女。これは多少真実なので上手くやります。私への縁組みが増えれば、オルゴ様も私を検討してくださるでしょう。評判と違うと言われては困るので、もっと磨きます。ローズ様にも取り入ります。婚姻すると得がある、気立ての良い娘だとアピールせねばなりません!」


反吐がでる程ローズ様が嫌いですが、コーディアル様並みに愛でます。そもそも、そのくらいの懐深さを持つべきです。ローズ様の肌着であれこれ言えない悪いことをしてはなりません。淑女として大恥。今後はローズ様を褒めちぎって調子に乗せて、掌で転がすくらいになります。


 あとは、何でしょう?


「恋い慕っての婚姻ではないので、愛人も許すと話すべきでしょうか。勿論、愛人は1人ですよ。真実の妻です。外聞がありますから、あちこちで遊ばれては困ります」


「いいえ、ハンナ。折角、同じ職場なのだからそれとなく接近してみる方が簡単かと思いますよ。散歩や食事に行くとかです」


 お義母様が私の背中をとんとんと優しく叩きました。


「それですと、他の貴族から圧力がかかるかもしれません。フィズ様や祖国の実家に有益な縁談先を吟味しているでしょうから、そちら側から攻めるべきです」


「そうではなくて、惚れてもらえば良いではないですか? ということです」


 惚れてもらう? この半年以上を思い出して、私はふるふると首を横に振りました。


「それは無理な話ですお義母様。私は中々好条件の物件で、同僚でもあるのに、全く口説かれたりされていません。私は手練手管も持っていません。なので女性慣れしているオルゴ様を口説き落とすのも無理そうです。よって条件を更に良くして役に立つとアピールします」


 どわっという騒めきと、一際大きな「きゃああああ! 」という甘ったるい悲鳴がしたので私は演舞に意識を戻しました。


 演舞が終わって、お2人が最後のポーズを取ったようです。拍手喝采。花やら何やらが投げ込まれています。


「それより、ほらっ、本気で婚姻相手にする気があるなら愛想良く手でも振りなさい」


 ベシリと強めに私の背中を叩いたお義母様。お義父様は髭についたコーヒーをハンカチで拭いています。私はお義母様の言う通りだと、オルゴ様に向かって手を振りました。優雅に、なるだけ良い笑顔を心掛けます。最前列なので、気がつくかもしれません。


 そうだ、と思いついてハンカチを薔薇の形にして、えいっと投げ入れました。


 あまり飛びませんでした。ポトリ、と舞台手前のスペースに落ちた私のハンカチ。


 係の者だろう人達が、花やら何やらを回収していきます。あとで、薔薇にしてあるハンカチは私ですと伝えましょう。


 と、思っていたらオルゴ様は私の方へ近寄ってきました。薔薇の形にしたハンカチも拾われました。私に気がついているようで、オルゴ様と目が合いました。


「ハンナ嬢、寒いでしょう。どうぞ」


 オルゴ様、まさかの青色の外套(マント)を肩から外して、私目掛けて投げてきました。いつもの優しいお兄さん風の爽やか笑顔ではありません。なんていうか、こう、フィズ様がコーディアル様へ向ける眼差しのような……ような? ハンナ嬢? ん?


 ぼんやりしていて、受け取り損ねた外套(マント)をお義父様が掴みました。そのまま、渡されました。恥ずかしいのと、遠くから「誰あの娘?」と聞こえたので隠れたくて頭から被ります。隙間から覗くと、オルゴ様は手に持った薔薇形ハンカチに軽く唇を寄せて、その後高々と空に向かって掲げました。


 私を見ながら。


「何と大胆な事を。まあ、ハンナがその気なら良いか」


「こんなに大勢の前で熱烈ねえハンナ。ハンナが前向きなようなので良いことです」


 ……。


 ……。


 鈍感大会に続いて、今度は勘違い大会にも参加して優勝争いをしていたと気がつきました! 私はフィズ様並みの勘違いポンコツ娘のようです! 既に政略結婚相手としてそこそこ優位に立っているみたいです!


 意気揚々とオルゴ様と政略結婚の決意を固めたはずなのに、その気持ちがシュルシュル萎んでいきました。


 ドラマチックな口説きに、あの眼差しのせいで私の心臓は大暴れ。全身が熱いです! あんな手慣れた方と結婚して、惚れてしまったら生き地獄! 恋い焦がれて毎晩枕を涙で濡らすなんて悲しすぎます。


 あれがオルゴ様の真の姿。煌国華族男性の雅な女遊びの片鱗。惚れさせるとか無理そう。なら、惚れない努力が必要です。恋に苦しみ、女が浮気なんてしたら悲惨な末路が待っています。それが世の常です。政略結婚の意味が無くなります。


 私の政略結婚はコーディアル様の為。お義父様やお義母様の為。そう意気込んでも、あんなオルゴ様と対等に渡り合うとか無理そうです。しかし、励まねばなりません!


「た、た、耐える訓練をしてまいります」


 私は両親に挨拶をしてから席を立ちました。何だかんだフワフワ、ふらふらします。恥ずかしいのと、母や娼館を思い出して、女としての手管やなんかを避けていました。しかし、そういう訳にはいかなそうです。


「耐える? ハンナ、城に帰るなら送らせますよ」


 ふらふらしているせいか、お義母様が寄り添ってくれました。馬車で城へと戻ると、私は寝室の寝台へ一直線。


 男性を惚れさせる方法と、火遊び風な対応に慣れることと、学ぶべきなのは、あとはなんでしょう?


 見本はラスと、あとは本しかありません。ターニャ様辺りに相談するべきかもしれません。昔、騎士達でターニャ様争奪戦があったらしいと聞いたことがあります。


 ふかふかの布団。なんて幸せな部屋でしょう。


——ああん、旦那さん。そこ。いいよ


 寒気に悪寒、それに忘れかけていた母の痴態や嬌声で頭が痛くなりました。


 手慣れたオルゴ様に口説かれる……。


 手慣れた……。


 侍女ハンナはフィズ様とコーディアル様のような、お義父様とお義母様のような婚姻をしたいです。しかし、18年間男性に好かれた事がないのでどう行動するべきかサッパリ。私には起こらない奇跡、夢物語なんだと思っています。


 私はあまり男性が好きではありません。だからルイ様のような、叶わぬ恋くらいが丁度良かったのです。


 縁組、政略結婚、恩返し……私は深い深い眠りにつきました。

 

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