侍女ハンナと優しい醜いお姫様
中編「優しい醜い姫と勘違い皇子の恋物語」の登場人物侍女ハンナの恋物語。
独立中編になるように、この作品だけでも伝わるようにを心がけて書きます。最後まで書き終わっていないので不定期連載予定です。
追記:37話で完結しました。
昔々、北西の国でのお話。お姫様と皇子様の恋物語——を、近くで見ている侍女ハンナのぼやきと彼女の恋物語。
☆★
私が寝室に戻ろうとして、主であるコーディアル様の部屋から出てきた時です。私は大変驚きました。薄明かりの中、白い影がゆらゆらしているので幽霊かと慄きましたが、違いました。廊下で本を持ってウロウロしている、コーディアル様の旦那様、フィズ様でした。何となく理由を察して、私は呆れました。
「フィズ様。コーディアル様をお待ちでしたら、残念ですがもう寝室にいらっしゃいます。もう、真夜中ですよ」
フィズ様は私の発言に、本をバサリと落としました。肩を落として、ガッカリという様子。
「そ、そうか。真夜中だからな。少々読書に夢中になっていたら、時間が遅くなってしまった……」
本を拾って、癖っ毛を撫で付けるフィズ様。頬が赤くて、目が泳いでいます。本に夢中になって、待ち伏せが遅くなった。それとも、ダメ元でウロウロしてたらコーディアル様が真夜中の散歩に出ると思った? どちらでしょう。コーディアル様は眠れない時、たまに城中や屋上へ散歩に行きますよと教えたので後者かもしれません。今日の昼に話して、即行動とは素早い。
「お茶を用意致しますので……フィズ様? フィズ様?」
お茶を用意するから、夫婦で楽しくお茶をと思ったのに話を聞かないでフラフラ去っていくフィズ様。この方、少々人の話を聞きません。格好良くて、優しくて、賢く、逞しいけれど、誰にでも欠点はあるものです。ヘタレなのも短所です。
「今夜もおやすみなさいすら言えなかった……」
トボトボと廊下を歩くフィズ様。追いかけようと思ったら、背筋を伸ばし、早歩き。追いつけない。
「仕方がないから読書の続きに、財政の見直しをしよう」
お待ち下さい、と言う前にフィズ様は廊下を曲がりました。走って追いかけましたが、もう姿が見えません。
私はコーディアル様の部屋に戻りました。先程、おやすみなさいと告げたばかりですがこれは大事な用事です。ノックをして、部屋に入るとコーディアル様は布団の中でした。先程別れたばかりですが、疲れていそうだったので、もう眠ったようです。
私が働く城のお姫様。コーディアル様には最近お婿さんが来ました。先程の、フィズ様です。隣国、煌国の第3皇子。コーディアル様に一目惚れして、他の男に取られてたまるかと政略結婚を強要してきた皇子様。極悪非道? いいえ、ちょっと違います。
——許されるまで指一本触れません
フィズ様はそう宣言して、寝室も別にして、コーディアル様に好かれようと日々励んでいます。好きになってもらってから、コーディアル様に手を出すつもりらしいです。ね? 極悪非道とはちょっと違うと思いませんか?
で、お相手のコーディアル様。コーディアル様は自己評価がかなり低いのと、親や兄弟姉妹に言われたのでフィズ様の事をこう思っています。
——フィズ皇子の噂は聞きました。自国のみならず、他国にまで手を伸ばそうとしてくださるとは殊勝な方。
コーディアル様を「とにかく、先に妻にしておかないと奪われてしまう」と評価してこの城に乗り込んで来たフィズ様をボランティアだと思っています。親兄弟、姉妹からそう説明されたから、まあ仕方ありません。フィズ様の従者もコーディアル様がフィズ様に振り向くまで、まずはそういう事でとコーディアル様の誤解をそのままにするように城中の者に頼んでいます。
大国煌国が誇りにする慈愛溢れる皇子という評判がコーディアル様の誤解を更に後押ししています。
でも、この誤解。解くのは簡単です。フィズ様がきちんとコーディアル様と向き合って、愛を語れば良いのです。きっと真っ直ぐで純粋なフィズ様の気持ちは、真心を良く良く知るコーディアル様に届きます。
私、そして城中の者達は、毎日毎日「早くフィズ様告白しろ」と思っています。後押しもしています。それがコーディアル様とフィズ様にとって幸福な事だから。私としては、大好きな主であるコーディアル様に幸せになって欲しいからです。コーディアル様がフィズ様を万が一嫌だと思ったら、フィズ様を追い出します。良い方ですが、私はコーディアル様第1優先です。
でもきっと、コーディアル様はフィズ様の良い所をうんと沢山見つけます。何せ、フィズ様に良い所がうんと沢山あるからです。既に見つけて褒め称えています。なので、必要なのはフィズ様の告白です。フィズ様の気持ちを知ったコーディアル様なら、きっとフィズ様に歩み寄るでしょう。それでフィズ様はコーディアル様をうんと甘やかして、幸せな日々を与えてくれます。
だから、早く告白しろヘタレ皇子。
口が滑りました。早く告白して下さい。フィズ皇子の間違いです。
☆★
私はハンナ。大蛇の国に属する領地の城にて働く侍女です。大蛇の国の割と端、田舎の僻地にあるこの領地を統治するのは、まだ若い16歳のお姫様。名前はコーディアル様。母を亡くして3年。小さなお城で、少ない従者と共に、貧困な土地にあまり働かない民を一生懸命守ってくれています。大蛇の国は連合国で、その全てを統べるのは天空城と呼ばれる台地に建てられた立派な城に住まうドメキア王。コーディアル様はその娘。上から四番目の王女様です。
コーディアル様の住まう領地は、本国直下の管轄区域。コーディアル様の母上はドメキア王の正妃。コーディアル様の上には2人の王子と1人の姫がいて、コーディアル様とは母親が違います。前正妃の子供達と、後妻の正妃の子供。で、ドメキア王には側妃が3人いてそれぞれに息子と娘がいます。ドメキア王正妃の子供は本家本筋、ドメキア王側妃の子供は本家別筋とかいうらしいです。侍女の私には複雑で良く分かりません。
なので、コーディアル様は王位継承権第4番目という、中々高貴なというか天上人です。なのに、田舎の僻地暮らし。
理由はたった1つ。コーディアル様は病気です。生まれた時から、原因不明の全身病。肌が固くてぼこぼこ。それから浮腫み。全身、腫れているように太くて丸いです。コーディアル様自身は痩せているのに、丸みを帯びた腕や足に顔。土気色でなんとも痛々しい、可哀想なお姿です。見た目だけなら兎も角、節々の関節が痛いという謎の病気。
大蛇の国にチラホラ生まれるこの謎の病の人間。後天的な者もいるらしいです。その中でも、コーディアル様は重病な方。酷い話ですが、王家に相応しくない、醜い化物娘だからとコーディアル様は生まれてすぐこの領地に追いやられました。要は、死ねってことです。
救いは、コーディアル様の母君はコーディアル様を愛し、慈しみ、自らも共にこの領地へ引っ越したことです。一応、ドメキア王直下の管轄区域のこの領地でコーディアル様は優しさと慈悲、それに王族に相応しい教養を身に付けたお姫様として育ちました。
父親である王に疎まれ、死ねと願われ、腹違いの兄弟姉妹にも疎まれて虐められても、ちっとも捻じ曲がらないで真っ直ぐに育ちました。あと、もう一つの救いは一応ドメキア王はコーディアル様の母君を愛していたことです。化物娘は嫌だけど、妃が愛するならとコーディアル様はドメキア王から最低限の庇護を受けました。王位継承権第4番目なので、それも盾になっています。
そんな境遇に生まれ、辛い病を抱え、あちこちで醜い化物と呼ばれながら育ったコーディアル様。
それなのに、コーディアル様は大変お優しいです。愛情深くて優しい母君の背中を見て育ったからです。生まれ持った根っこが、そもそも善良なのかもしれません。私なら、コーディアル様のようには生きられません。
コーディアル様は自分よりいつも相手を大切にします。そうやって、沢山の人を助けています。例えば私。今年で18歳成人になるけれど、10年前にゴミみたいにポイって捨てられました。元々住んでいたのは隣の国。娼館勤めの娼婦が母親で、父親は不明。客を取るなんて嫌だと泣き叫んで、殴られて、蹴られて、傷から何か感染したのか高熱が出て、面倒臭い役立たずは死ねって、ゴミみたいにスラムに捨てられました。まあ、よくある話です。
そこに現れたのがコーディアル様。この世の地獄と母を恨み、高熱から不死鳥のように蘇った——……コホン。少々大袈裟でした。まあ、運良く死ななかった私は生きるためにスリをしていました。で、10年前に隣国へ来ていたコーディアル様から盗みをしようとしたのです。良い服を着た、醜い女の子がまさか、天上人のお姫様だとは思いません。で、護衛騎士に速攻で捕まりました。
殺されると怯えたのに、コーディアル様は私にこう言いました。
「侍女になってくれるなら、飢えたり凍えないで暮らせます。こんな姿の私ですが、助けてくれませんか?」
ボコボコしていて、土気色で、腫れているような気持ちが悪い顔。なのに、あまりにも優しい笑顔に私はビックリしたのと、嬉しくて泣きました。こんな風に、笑ってくれる人なんて私には今まで1人もいませんでした。
それから10年。私は侍女としてあれこれ教えられ、この領地で何不自由なく育ちました。シラミだらけのボサボサ髪は、艶々。土や泥に垢で汚れていた肌は、白くてすべすべしてモチモチ。中々の美人です。コーディアル様や亡くなってしまったナーナ妃様は、私のようなスラム街の子を度々従者として育てました。今もです。全員は無理でも、差し伸べられる者には手を。
なのに、人間っていうのは生まれつき良くない者の方が多いのです。恩を返さないで、城からあれこれ盗んで消えたりする子がいました。育ててもらって、良い家に養子縁組までしてもらったのに、城を去ったら音信不通。それならまだしも、コーディアル様の姉ローズ様の侍女になってコーディアル様虐めに参加する女までいます。最低、最悪。極悪人間。なのに、そういう人の方が幸せになっていたりするものです。豪華絢爛な天空城で、ローズ姫様と晩餐会三昧、とか。ムカつく。
世の中って不公平。コーディアル様は相手に与えてばかり。まるで見返りなんていらないっていうように、生きています。なのに、病気は全然治りません。というか、昔々からあるこの謎の病気の治療法は見つかっていなくて研究も成果が出ないから廃れているんだそうです。そして、後ろ盾だったナーナ様の病死。コーディアル様には不幸ばかりが襲っています。
だから、私は絶対にコーディアル様の側から離れません。ハフルパフ公爵という貴族の家に養子縁組させてもらっていますが城で暮らしています。優しくて温かい義父母に、花嫁修業と言い張っています。コーディアル様は王家の教養を身に付けているので、そこらの貴族娘なんて手が届がない程に知識を有していて、所作も美しいです。なので、この花嫁修業宣言は簡単に許されました。義父母はコーディアル様の味方だからというのもあります。
城には私と似たような人が働いています。それからナーナ様の従者。
コーディアル様は街に出れば醜く化物だと言われるけれど、コーディアル様を見た目で判断する者も醜い化物というけれど、城勤めの者は知っています。中には見る目無しもいますが、そういう人はすぐ城から去ります。なので、この城はコーディアル様を守る砦。私はその中の兵士。侍女だけど守護騎士の一員。
私はコーディアル様のキラキラとした宝石みたいな空色の瞳が好きです。慈しみが詰まったその目が、私はとても大好きです。辛いだろうに、いつもニコニコ笑って、前向き発言をする所も好きです。自己卑下や否定が強くて、それで勘違い気味なところは嫌いです。それに関しては注意を言うようにしています。侍女筆頭ターニャ、私の母代わりもよくコーディアル様に進言しています。
さて、前置きが長くなりましたがここからがこの話の本題です。
この世は不公平で、理不尽で、酷いと思っていたのですが、神様っているみたいです。大蛇の国は蛇神様の加護を受ける国だと、まだご存命だったナーナ様に教わりました。蛇神様の教えはシンプルです。
世は因縁因果。良いことをすれば、良いことがある。悪いことをすれば、悪いことがある。巡り巡って、自らの行いは自らに返ってくる。
そんなこと、ちっともないと思って内心馬鹿にしていたけれど、蛇神様はいるかもしれません。
なぜって、コーディアル様に素敵なお婿さんがやってきたのです!
それも、コーディアル様を大好きで仕方がないという皇子様。おまけに容姿端麗で、賢く、優しく、鍛えていて逞しく、非の打ち所の無い皇子——いいえ、人の話を聞かない時があるヘタレ——が現れたのです!
で、冒頭に戻ります。容姿や環境のせいでフィズ様をお婿さんではなく、貧困な領地を改革しに来てくれた隣国の慈悲深い皇子様と思っているコーディアル様。恥ずかしさと、照れに勘違いでコーディアル様をちっとも口説けないて、おまけに中々近寄れないフィズ様。
侍女ハンナは今日も思います。早くくっつけ姫と皇子。




