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トナカイは空を飛ばないし、なんの変哲もないサンタの日常

作者: 大藪鴻大

 夜のアパートの一室。大通りから少し外れたこの場所には、街灯の光も届かず、アパ―トの部屋は静かに夜の闇に溶けている。私は、ゆっくりとすり足で目的の部屋の扉を開ける。扉の向こうでは、男の子が一人、静かな寝息をたてて眠っていた。私は、緊張のためか、思わず唾を飲み込む。その音で起きてしまうのではないかと、心配になる。


「今夜だけは、奇跡が起こる。」

 

あの人はそう言って、私を送り出した。たまには、あんたも奇跡を起こしてみろよと白い袋を渡すと、私の肩を力強く叩いてきた。

子供の側まで来る。安らかな顔で眠っている。腕に抱えたプレゼント袋をゆっくりと降ろし、緑の包装紙に包まれた小さな箱を取り出し、学習机の上に、そっとそれを置く。

ホッと安堵の溜息を漏らし、体を翻す。思わず、身体が固まる。視線の先には、見知らぬ男性が立っていた。あちらも目の前の状況を理解できないのか、じっと固まっている。


「もし、見つかったらこう言っとけ。」

 

あの人のアドバイスが思い浮かぶ。完全に思考が止まってしまった私は、そのアドバイスに従ってしまった。


「メリークリスマス。サンタクロースです。」

 

だが、残念ながら、暗視ゴーグルを装着し、紺色のセーターを見に纏ったその姿は、サンタクロースとは程遠い。どうして、こんなことになってしまったのか。私は、なりふり構わず、男性の横を通り過ぎ、玄関から外に飛び出した。階段を飛び降り、まっすぐ白いバンに向かって走り出す。信じられないことに、そのバンは私が飛び降りたときに、前に進み始めていた。私は大会以来の全速力で走り、扉を乱暴に開け、飛び乗った。


「おー、お疲れ。」

 

運転席に座っていた男性は、言葉とは裏腹に目が泳いでいる。明らかに、この男は私を置いていこうとしていた。その怒りをぶつけようとしたが、それどころではない。


「いいから、早く車出してください!」

 

アパートにいた男性が追いかけてくる様子はなかったが、もしかしたら、警察に連絡しているかもしれない。


「いや、俺、車の運転できないんだよな。ほら、サンタクロースだからさ。」

 

運転もできないのに、私を置いていこうとしていたのか。なんなんだ、この人は。


「じゃあ、変わってください!」

 

私と男性は器用に車内で座席を交代する。運転席に座ると、アクセルを踏み、車を出す。


「プレゼントは置いてきたか?」


「置いてきました。けど、見つかりました。」

 

私は投げ捨てるように返事をした。すると、その男は満足げに大きく何度も頷いた。


「ハッピークリスマス。よいお年を。」



太陽が昇るよりも早く会社に戻る。数人、身体を伸ばしたり、ひねったりして車から降りる。私も車から降りると、大きく身体を伸ばす。


「お疲れさん。今年も無事に終わったな。」

 

振り返ると、満面の笑みを浮かべる男がいた。まさか、私の不祥事を忘れたわけではないだろうが、一応確認することにする。あのあと、後ろに乗っていたメンバーが会社に連絡し、後始末の根回しをしてくれたようだが、はっきりとは分からない。


「今日はすいませんでした。」


「なにが?それより、ヒカリ、運転上手かったな。今すぐ入社しちゃえば?おっさんには言っとくよ。」


「いや、それより、今日のこと、すいませんでした。」


「いや、だから何が?」


「私が見つかったことですよ。」


「ああ、そんなこともありましたな。あいつらが何とかしてくれたんじゃん。気にすんなよ。」

 

すると、「サクライさん、行きますよ」とメンバーの一人が呼ぶ声がした。目の前の男は、今行く、とそのまま歩き出した。




「今年もプレゼントを無事に配り終えたようで何よりだ。」

 

部屋の前で、ふくよかな体型の白い髭を長く伸ばした男性が仕事納めの挨拶をしている。まさにサンタクロースのようなこの人は、この会社の社長だ。ニコニコと笑みを浮かべているその顔は、見ているだけで落ち着く不思議な力があった。言葉を交わす機会はほとんどなかったが、根っからの善人なんだろうなと思う。

 社長の挨拶も終わり、解散となった。年が明けるまで、もう仕事がない社員たちは、和気あいあいと互いを労い始めた。私は、ちらりとサクライさんに視線を送る。しかし、サクライさんは他の社員との会話に夢中で、私に気が付かない。私は、サクライさんに連れて行ってもらうことを諦め、自ら社長のところに向かった。


「今回、現場実習をさせていただきありがとうございました。」

 

社長に声をかけると、そうお礼の挨拶をした。


「それと、今回、勝手なことをしてしまい、申し訳ありませんでした。」


「ああ。そのことは気にしなくていい。それより、カケルくんから聞いたよ。なかなか優秀な『トナカイ』みたいだね。卒業したら、うちに勤めてくれると助かるなあ。」

 

社長は一緒に仕事をしたメンバーの一人の名前を挙げ、激励してくれた。


「ご苦労様でした。ゆっくり休んでください。」

 

社長はそう言うと、社長室に向かって歩き出した。私は、ホッと大きく息を吐く。


「よかった~」


「ヒカリちゃん、ちょっといい?」

 

緊張の糸が解けた、ちょうどそのとき、アカリさんに声をかけられた。今回の現場実習の際に配属されたチームのメンバーの一人だ。


「疲れているだろうし、ヒカリちゃんの自由でいいんだけど、このあと、みんなで送別会したいって、リーダーがうるさくて。どうかな?」

 

リーダー、すなわち、サクライさんだ。確かに、疲労は溜まっている。けど、アカリさん含めたチームのメンバーにはお世話になったし、私もこのまま別れるのは名残り惜しかった。私が承諾すると、アカリさんは両手を胸の前に合わせながら、喜んでくれた。




「ということで、ヒカリはうちの会社に内定しました。おめでとう。」

 社員食堂で突然サクライさんに告知された。この人のことだ。もちろん、冗談だとは思うが。仕事納めでみんな帰ったのだろう。社員食堂には私たちしかいなかった。閑散としているはずなのだが、サクライさんのせいなのか、なぜか賑わっているように思える。


「そうなるとありがたいけど、最後に決めるのは本人だから。」


「現場実習は、勧誘が目的じゃないでしょ。」

 

カケルさんとアカリさんが指摘する。しかし、サクライさんはそんなことを気にする人間ではない。


「うちのチームに欠けているのはなんだ、サトウ!」

 

サクライさんは、ビシッとコーンスープを啜っていたサトウさんを指さす。


「『トナカイ』」


「そうだ!うちには、優秀な『トナカイ』がいない!カケルが兼任してくれているが、それでは限界がある。そこで、ヒカリだ!」

 

ハイハイ、そこまで、とカケルさんがサクライさんを連れてどこかに行ってしまう。トイレはもう行った、と大声で主張しているのが聞こえてきた。後に残されたのは、アカリさんと双子のアイとユウ、食事中も手のひらサイズの機械を工具でいじっているサトウさんだ。


「あの二人がサンタなんて、子供たちが聞いたら笑っちゃうよね。」

 

正確には、カケルさんはまだ見習いサンタだ。サクライさんの下で研修ということでチームに配属になっているのだが、サクライさんのチームには『トナカイ』がアカリさんしかいないため、運転をさせられているだけだ。


「アカリさんには、本当にお世話になりました。」


「ヒカリちゃん、優秀だったからすごく助かったわ。サクライさんとも、うまく付き合ってくれるし。」

 

アカリさんがコーヒーを啜る。白い肌に細い指。パッチリとした目に、女性の私でもドキドキしてしまう。


「うまく、付き合えてましたか?」

 

とても、そうには思えないのだが。彼には振り回された記憶しかない。反抗せずに、なされるがままだったからという意味なら、正しいかもしれない。


「いいコンビだったよ。何度笑わせてもらったことか。」


「それ、褒めてます?」

 

アカリさんと目が合うと、互いに笑う。


「アカリさんも災難でしたね。あんなリーダーのチームに所属されるなんて。」


「アカリは、志願してこのチームに入ったんだよ。」


いつから話を聞いていたのか、おそらく、ユウさんがそう答えた。アイさんとユウさんはそれぞれ、女性、男性と性別が異なるが、顔が似ている上に中性的な顔、姿をしているため、パッと見ただけでは判断が難しい。


「アカリさん、リーダーのことが好きなんですよ。」


 アイさんがそう言うと、アイさんとユウさんは、二人でクスクスと笑う。この二人は仕草は子供のようだが、年齢は私より上のはずだ。


「え、そうなんですか?」


 まあ、冗談だろうな。冗談であってほしい。冗談でなければならない。


「そんなことないわよ。『トナカイ』がいなくなるって聞いたから、仕方なく、ね。」


 アカリさんはそう言うと、コーヒーを口にする。アイさんとユウさんは、またクスクスと笑う。


「……冗談ですよね。」


 私はこっそりサトウさんに確かめる。


「知らんね。」


 サトウさんは、目を手元の機械に落としたまま答えた。




 その後、しばらくしてもサクライさんとカケルさんは帰ってこなかった。いくら面倒な目に会わされたからと言って、このまま立ち去るのはよろしくない。


「大丈夫。きっと、待ち構えているはずだから。あの人、そういうところだけはしっかりしているから。」


 アカリさんがそう言って、玄関まで送ってくれた。


「本当に、お世話になりました。」


 私は深々と頭を下げる。短い間だったけど、本当にいろんなことを教えてくれた。


「こちらこそ、ヒカリちゃん。また、会いましょう。」


 私は背を向けると、そのまま進んだ。太陽は、大分高いところまで昇っていた。冷たい空気が、火照っていた頬を冷やす。門のところまで歩いたら、一度振り返ろう。


「お疲れさん。来年もよろしくな。」


 振り返ろうとしたとき、声がした。サクライさんだ。私は、サクライさんの顔を無言で見つめた。


「おいおい。まさか、惚れちゃったか?」


「サクライさんは、どうしてサンタなんですか。」


「なんだ?それは、俺がサンタにふさわしくないって言いたいのか?」


「まあ、そうですね。もし、サンタさんが一人しかいないんだったら、サクライさんじゃないだろうなとは思います。」


 サクライさんは、目を丸くし、そして声を出して笑った。


「いいか。ご存知の通り、サンタは一人でプレゼントを配っているわけないし、子供全員にプレゼントを配っているわけでもない。」


「知ってますよ。」


「そもそも、俺たちの目的は、子供にプレゼントを配ることじゃない。」


「じゃあ、なんでですか?」


「世界を救うのさ。」


 サクライさんは両手を横に広げる。まるで、そこに世界の全てがあるかのような、それで世界の全てを表現できるかのように、自信に満ち溢れていた。


「それ、座学でも聞きましたけど、どうも納得できないんですよね。バタフライ効果って言うんですよね?別にプレゼントを置くことじゃなくてもいいと思うんですけど。」


 プレゼントを置くという行為が、巡り巡って世界を救うことになる。どこの誰にどのプレゼントを置くことで世界が救われるのか。それを観察し、計算し、実行するのが『サンタクロース』だと。


「それだと、サンタっぽくないだろ。」


「別にサンタじゃなくていいじゃないですか。」


「サンタでもいいだろ。」


「どうして、サンタなんですか。」


「クリスマスだからだよ。」


「クリスマスじゃなくてもいいじゃないですか。」


「なんだ。サンタが嫌いなのか?『トナカイ』なのに。」


「そういう訳でもないですけど。」


「別に、サンタじゃなくても奇跡は起こせる。野暮なやつだな、察しろよ。とにかく、来年はうちに入社しろよ。」


「考えておきます。」


「絶対だからな。」


 目の前に差し出される小指。指切りをしろということか。私は気にせず、サクライさんの横を通り過ぎる。


「メリークリスマス!よいお年を!」


 サクライさんが、私の背中に呼びかける。私は振り返らなかった。足を止めずに前に進む。



帰り道、教会の前を通り過ぎるとき、讃美歌が聞こえてきた。私は足を止める。奇跡が起こる。あの人はそう言っていた。


まさか、生まれたばかりの頃に両親が離婚して、母に引き取られた後、その母が亡くなり、なんとか生きてきた私が、生き別れた兄と再会していたなんて、そんな奇跡が起きていたはずがない。


ー了ー


こんにちは。大藪鴻大と申します。


今作は、本当はクリスマスに投稿しようと思っていたのですが、「これ、面白いんか?」と思ってしまい、危うくお蔵入りしそうになった物語です。日常をつらつら書いたようですが、実はそうじゃないのよ、みたいな形にもっていったのですが、いかがだったでしょうか?


あと、細かい設定を説明せず、なんとなく雰囲気で分かるようにするというのが最近のマイブームで、今回もそうさせていただいています。


もう年も明けてしまいましたが、少し遅いクリスマスの物語でした。


それでは、またどこかでお会いしましょう。バイバイ!

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