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068. 王国再訪

 日中であれば、防壁守備隊が接近者に気付くのも早い。

 どうせ水煙などの隠蔽効果も薄いだろうと、蒼一たちは姿を堂々と晒して街道を行く。

 警告笛が鳴り響いたところで、彼らは門に向かって駆け出した。


「警戒走行!」

「抗魔煙っ」


 薄紫の魔力の粒子が二人を包む。

 “百花繚乱”ほどの対魔法性能は無くとも、ハナの撒いた煙は対象に追随する利点があった。


 約百メートル近くにまで門に迫ると、魔術師の火球が威嚇のために撃ち込まれ始める。

 着弾が微妙に左右にズレるのを見ると、直撃させる気は無いようだ。例え蒼一たちの体を狙ったとしても、抗魔煙が守ってくれる。

 威力を減じられた火球が与えるダメージなど、ハナの回復力でカバーできる範囲だった。

 前回の襲撃の反省から、守備隊にはハンター上がりの弓部隊も増強されているが、勇者の下半身を狙う矢は蒼一が盾で防ぎ、鞘で叩き落とした。


「ショボい攻撃だな。一気に行くぞ、ハナちゃん!」

「……気に入って使わないで、その呼び方」


 加速した彼は、門の目前まで一気に迫り、防衛に就く人員を見渡す。

 勇者のスキルの射程を見誤り、不用意な位置取りをする魔術師を、蒼一は逃さなかった。


「浄化!」

「ふあっ」


 物陰から槍が一斉に投げつけられると、彼はすかさず硬くなる。

 投擲先に適当に放った浄化は、さらに数人の隊員を無力化した。


「どうせ逃げやがられる! 放置して、その間に陣を整えろ」


 もうお馴染みの守備隊長の声が、部下に指示を出す。

 しかし、今回も同じ戦法を取ると決めつけるのは、少し早計に過ぎた。


「解術っ」

「……おらっ、悪い隊員はどこだ!」


 一息で門内に突入した蒼一から、狼狽する隊員へ、背中を向けた魔術師へ、次々と浄化が撃たれた。


「火炎弾!」

「粘着、硬化っ」


 守備隊員が火で牽制すると、彼はまた硬化で防御、ハナは倍の火力を壁門内に解き放つ。


「火炎焼塵!」


 ――おうおう、焼き殺しちまうぞ……


 彼女の魔法に、勇者スキルのような威力を抑えるかせは無い。

 隊員の安否を心配した蒼一だったが、一応ハナも手加減はしている。

 衣服に着火して逃げ惑う隊員を消火するために、仲間が何人も集まった。


「解術っ、今よ」

「ほい、浄化!」


 煩悩を消された者には、ハナが回復魔法をかけてやる。

 硬化と解術を繰り返し、火の中を勇者と女神が駆け回る内に、あっという間に守備隊は半壊した。


「や、やめだ! やってられるか、こんなの」


 隊長が槍を投げ捨て、両手を挙げて二人の前に歩み寄る。


「我々は投降する。勇者様一人でも敵わないのに、増援までいるじゃないですか」


 蒼一たちは攻撃に夢中だったが、既に雪たちも姿を見せていた。

 王国直属部隊は街の警邏けいら官よりは指令に忠実なものの、勇者を攻めるのは、やはり抵抗がある。

 まして圧倒的力量差を見せつけられては、士気も下がり切ろうというものだ。


「武器を捨てて、壁際に並べ。俺たちは、ここを通りたいだけだ」

「了解しました。お前ら、勇者様の言う通りにしろ!」

「はっ」


 隊員たちは嬉々として、降伏して行く。

 無益な任務にウンザリしていたのは、皆同じだった。


「ソウイチ様、お怪我はありませんか!」

「全然無い」


 マルーズが、盾を持つ彼の左腕にしがみ付く。

 右側では、念のためまだ魔石を握るハナが投降作業を監視中だ。

 蒼一とハナの狭い隙間に、雪が無言で体を滑り込ませた。


「……どうかしたか?」

「いいえ」

「何か言いたげだぞ」

「定位置を確保しただけです」


 メイリと葉竜が門を先に通り抜け、次にラバルが馬車でやって来ると、マルーズもそれに乗り込む。

 投降に最後まで付き合う必要は無いため、蒼一たちも早々に立ち去ることにした。


「俺はもう行くわ。追いかけてくんなよ」

「さっさと行って下さいませ」


 勇者一行は適当に手を振って、守備隊に別れを告げた。王国内に再進入を果たし、彼らはまずハルサキムへ向かう。

 街道にも敵対する者はいるだろうが、スピード優先で最速ルートを採用した。


「ハナもいるし、蹴散らせばいいだろ。ハルサキムで補給して、サーラムへ行く」

「直行すれば、一日ちょいですね」


 ラバルは指示を確認すると、馬を逸らせた。


「はいやっ!」


 途中、街道の宿では、とりあえずといった風に武器を向けられる。

 だが、蒼一が大して反応もせずに馬の世話と食事を頼むと、通常通りのサービスが受けられた。


 王都に連絡はしたのは間違いなく、いずれ本格的な戦闘もあるかもしれない。

 しかしながら、ハルサキムまでの道程は、平時の王国とさして変わりはなかった。





 久しぶりのハルサキム東口には、真新しい石像が建立されていた。蒼一自身が提案した像だ、何がモデルが見間違うはずはない。

 正座するように足を屈めて膝を付き、街道からの来客を迎える白いネルハイム。

 馬車を街のすぐ外に停め、蒼一と雪は新守護像へコメントする。


「よく似てる。勇者像の十七代目とか、酷い出来だったからな」

「メイリとは、似ても似つきませんでしたよね」


 街には王国の直属隊が来ていて不思議ではない。

 余計な騒動を控えるため、蒼一たちは馬車内に残り、ラバルに物資と情報収集を任せた。


「貸し馬で、ギルドまで行って来ます。少しここでお待ちください」

「よろしく。終焉の平原の詳しい地図もあれば頼む」

「分かりました」


 彼が戻るまでの二時間程度、馬車での退屈しのぎはメイリとハナのクイズ対決だ。

 単なる暇潰しに過ぎないが、やっと勝てそうな相手を見つけたメイリは、かなり本気で取り組んだ。


「スラベッタの村でまつってる神の名前は?」

「スラベッタ……ああ、クラーケンが邪魔で、ほこらを放置したとこか。旧神信仰のままなら、海神スラベね」

「じゃ、じゃあ、ダッハの対策部隊長は誰?」

「私が知ってるわけないでしょ! マルダラとか王都にしなさいよ」


「タムレイ」とマルーズが小声で呟き、得意気に蒼一の顔を見る。


「お前が知ってるのは当たり前だ。間違えたら、オッサン泣くぞ」


 二人がコソコソ話している間に、メイリが次問を考えた。


「マルダラから追放された陰険な呪術士の名前は何?」

「えっ、あいつ追い出されたの?」


 その名を答える前に、ラバルが帰還する。ギルド支部長のヤースも一緒だった。

 蒼一たちは馬車から降り、二人を出向かえた。


「お久しぶりです、勇者様!」

「おう、まだ坊主にしてんのか」

「はい、ハルサキムでは、坊主頭が流行しているんです」


 白地蔵信仰は、本格的に根付き始めており、その象徴である禿頭を蔑む者はいなくなりつつある。

 ネルハイムも御本尊扱いされているので、結婚後も坊主を続けているらしい。


「それで、わざわざ施設長が出向いたのは、何かあるのか?」

「もちろん、ご挨拶のため。お知らせすることも多いですしね」


 まず最初に、地下遺跡やその入口の墓地の件からヤースは報告する。


「墓の召喚陣を発動させたのは、王国直轄部隊で間違いないでしょう」

「捕まえたのか?」

「いえ、そこまでは……」


 直轄部隊は市民に紛れて潜伏していたらしく、地下遺跡の隠蔽作業も行っていた。

 この遺跡に関しては、勇者の正規ルートではなく、蒼一が攻略したのは想定外だったようだ。


「勇者を利用するには、ロウはマズい存在なのかもな」

「そのロウへの手紙の解読が、こちらです」


 書面を受け取り、目を通した蒼一の顔が、みるみる険しくなった。


「何て書いてあったんです?」


 答えを早く知りたくて、雪だけでなく、ハナやメイリも身を乗り出す。

 細かい前段を飛ばし、彼は最後の段落を皆に読んで聞かせた。


「“我が友が城を再訪したのは、何か思い出したからだろう”」

「イエ、残念ながら偶然デス」

「“このような形で後世を任せてしまってすまない。大陸を守るためには、君の力と知識を失うわけに行かなかった。

 またいずれ、魔物が跋扈ばっこする時代が来るかもしれない。その時は、次代の勇者たちを導いて欲しい。

 第二の勇者、ロウ・クラウセへ。第三の勇者、ガルラス・テーターより”」


 盾型のまま口述を聞いていたロウを、蒼一は黙って地面に置く。

 ロウがパタンパタンと人の形に変形すると、彼はそのノッペリした顔を見つめた。

 お互いが、相手の反応を窺って動かない。

 先に沈黙にギブアップしたのはロウだ。


「……ワレこそは、第二勇者ナリ!」

「思い出したの?」

「ゼンゼン」


 この黒い魔傀儡は、体自体がタブラの役割も兼ねているそうだ。

 死に瀕した二番目の勇者の魂を、機巧の女神が移し入れた存在、それがロウだった。

 強力な助っ人として、ガルラスと共に魔王を討ち滅ぼしたロウは、一人死ぬことなく、遺跡で出番を待つ。

 二代目の機巧の女神や、三代目の二人の誤算は、百年を越す時間の流れを甘く見たことだった。


 タブラは所詮タブラ。

 植えられた記憶は経年で薄れ、人格も変化する。

 切り札として厳重に封印したため、次に世に出たのは五百年後。

 もう盾になる前の勇者としての思い出は、何も持ち合わせていなかった。


「守られ過ぎて記憶喪失とは、皮肉なもんだな」

「ワタシも寿命があるということデショウカ? いずれ機能が停止スル。少し寂しいデス」

「バカ言うな。俺よりよっぽど長寿じゃねえか」


 盾として生きてきた記憶は、比較的ちゃんと残っているものの、誕生時のことは覚えていない。

 勇者を助けるという使命感が、今のロウの強い行動指針だ。


「その状況って……」


 雪は途中で止めたが、言いたいことは蒼一にも分かる。自分たちと照らし合わせて考えようとした時、ヤースが口を挟んだ。


「報告はまだあります。メイリ・ローンなる人物についてですが――」

「それはもういいよ。こいつの経歴は判明した」

「ならいいのですが、その名を街の魔術師ギルドで口にした者がいたのです」


 蒼一は怪訝な面持ちで、施設長に問い返す。


「どこのどいつだ、それ?」

「ラムジンという呪術士でした。呪物の鑑定を依頼したそうです。小さなナイフを持ち込み、メイリ・ローンについても質問したとか」

「……そいつの身柄を押さえとけ。そのナイフ、メイリの持ち物だ」


 大陸ギルド加盟の協会に現れたのは、ラムジンの失策だった。ナイフの出自を詳しく求められ、男は逃げるように去って行ったと言う。


「“メイリ・ローン”は勇者様の指示でしたから、男の行方も現在追跡中です」

「手荒にやってくれていいよ。ロクな奴じゃない」

「ネルハイムのコンビが当たっていますから、上手くやるでしょう」

「コンビ?」


 坊主の魔術師の相方は、なんとローゼお嬢様だ。

 彼女はハンター装束に身を包み、ネルハイムと二人で任務に励んでいるらしい。


「お嬢さんが冒険職ですか。私たちみたいですねえ」

「お嬢様はチクワ食わないし、俺は坊主じゃない」


 ギルドからの話は、ここまで。

 丁寧に別れの挨拶をして、ヤースは街に戻って行く。


 蒼一たちの次の目的地は、三度目の訪問となるサーラム。

 夜にはデスタ近郊を過ぎ、そのまま街道を南下する。

 ハナの照明魔法をフル活用して深夜の道を進み、夜が明けるまでに、馬車は王都郊外の街に到着した。

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