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065. 風の勇者

 何にせよ、鳥が降りて来てくれないことには、話が始まらない。ピョンピョンと蚤のように山を登る蒼一は、大怪鳥が襲ってくるのを期待した。

 山中に響くバネ音は、鳥の耳にも届いていそうなものだが、高度を下げてくる様子は見えない。

 そうこうする内に、山頂近くまで到達した彼は、さらに魔物の注意を引こうと黒剣を抜く。


「跳ねるっ……月影!」


 跳躍閃光、デスタの武器屋のオヤジは、これで食いついた。果して、大怪鳥は?


 七回ほどこの作業を繰り返したところで、鳥の動きに変化が現れる。

 同じ軌道をグルグル回っていた巨大な翼が、蒼一の真上に来るように、その輪を広げた。


「そうだ、こっちに来い!」


 フラッシュの増量サービスだ。跳躍中の閃光回数を増やして、彼は魔物を挑発する。


「跳ねるっ、月影、月影、月影ぇっ、ぐえっ!」



 スキル発動に気を取られ過ぎた蒼一は、急降下して来た大怪鳥を見逃してしまった。

 鳥は背後から彼を急襲し、ジャンプ中の身体を掴む。鋭い爪が、腹や腰に食い込んだ。


「硬化!」


 爪が内臓に達する前に、何とか石化を発動させる。粘着で自らを固着し、大賢者戦よろしく、彼は順にスキルを試していった。


 ――加重っ……


 鳥は高速で滑空して降下を始めるが、重さに耐えられなかった訳ではない。勇者を岩に叩き付けようと、眼下の大岩を目指したのだった。


 ゴォーンッ!

 爆発音のような衝撃が山に轟くものの勇者は無傷であり、ヒビが入ったのは岩の方だ。

 粘着効果で脚から外れることもなく、魔物にくっついたまま蒼一はまた大空へ連れ去られた。


 硬化中の彼には、自分を掴む魔物の姿形がよく見えない。急降下で地表に接近したおかげで大怪鳥をより観察できたのは、中腹にいた雪たちだった。


「まんま地球の鷲ですね。黒い鷲」

「大きさが全然違う。それに、体が光ってる」


 ハナは巨鳥の異常さに、すぐに気がついた。

 波打つように光る大怪鳥の身体は、陽光を反射したものではない。全身に魔力を帯びた結果、溢れる魔光が青く漏れているのだ。


「高魔力の魔物は、魔法防御も優れていることが多いわ」

「魔法は効かないってこと?」


 メイリが両手でひさしを作り、蒼一の奮闘を目で追った。大怪鳥に比べ、彼の姿は豆粒よりも小さい。


「粘着作戦は、やっぱり無理そうですねえ」

「あっ、また降りて来た」


 この間にも、蒼一は持てるスキルを連打している。


 ――鎌鼠っ、氷室、無気、炊事っ!


 多少むずがる仕草はしても、魔物にダメージは与えていない。人語を解するなら、鬱陶しい、そう鳥はうめいたであろう。

 腹立たしい獲物を打ち捨てようと、二度目の急降下が行われた。またもや響く激突音。


 粘着の重ね掛けを中止していた蒼一は、石化したまま山の斜面を転がり落ちる。

 かなりのスピードで落下した後、中腹に僅かに生える低木の茂みに引っ掛かり、勇者は逆さまの姿勢で停止した。


 しばらくして硬化が解除された頃、雪たちも彼の落下地点に駆け付ける。

 木の枝から逃れるため、足をバタつかせる蒼一に、ニヤニヤと笑う雪は大怪鳥の感想を求めた。


「どうでした? 魔法、効かないらしいですよ」

「ああ、そうだな……ちょっと足を引っ張って――」

「鳥肉はお預けですかねえ」

「枝が引っ掛かかってんだ……」

「爪だけ切り取れば?」

「いや、硬化中にそれは……助けてくれないの?」


 やれやれとばかりに、雪はロッドを突き出す。


「マジカルストライクッ!」

「痛っ!」


 唸るロッドが、蒼一に絡む枝木を弾き飛ばした。ついでに彼の臀部にも杖先がめり込む。

 晴れて茂みから脱出し、彼は尻を押さえつつ、回復歩行で徘徊を始めた。


「爪でやられた腹より、尻が痛いってどういうことだよ……」


 粘着による攻撃は、大怪鳥の鉄壁の魔法防御の前に失敗に終わる。

 蒼一の傷が癒えるや否や、次の作戦が開始された。





 ハナの飛翔魔法は、魔力の翼で風の力を受け、空中を漂うものだ。積極的に上昇したり、方向を機敏に変えることはできない。


「鳥の位置まで上がるには、気流がいるな」

「あの魔物も、そうやって高度を稼いでいるはずよ」


 山に吹き付ける風は斜面を吹き上がり、上昇気流となるものがある。その流れを掴めば、高く飛び上がれるだろう。


「ちょっと地走るから、風を見ててくれ」


 蒼一は土煙を立て、山を駆け回った。

 濛々と立ち込める土砂の煙幕は、風に押されて、一定方向に動く。

 ひとっ走りして、仲間のいる場所に戻ってきた彼は、気流の具合を尋ねた。


「どうだ?」

「あの辺りで、上に登ってるよ」


 メイリが土煙が縦伸びする地点を、指で示す。


「よし、あれが離陸ポイントだ。ハナ、飛翔はどれくらい保つ?」

「魔力を供給すれば、かなり長く出せるわ。勇者なら半日くらいは平気よ」


 それなら後は風次第だ。鞘を抜き、上空を見据えた蒼一は、ハナに魔法発動を命じた。


「飛翔っ」

「おお、これが羽根かあ。跳ねるっ」


 青光りする翼を生やし、気流を目指し跳ねる勇者。本体がむさ苦しくなければ、大妖精のようだ。

 跳躍の頂点から降下する速度が、目に見えて遅くなり、低重力ジャンプを実現している。


「楽しそうですねえ」

「私もやってみたい……」


 空飛ぶ白魔人の図に、ハナは身震いした。メイリが美人なのは、魔人の恐さを増幅していると彼女は思う。

 土が巻き上がる地点に差し掛かると、着地寸前だった蒼一の体は、空中高く吹き上がった。


「バッチリだぜ! 二回戦目だ、唐揚げ野郎!」


 ぐんぐん高度を上げる勇者は、遂に大怪鳥と高さで並ぶ。

 水平距離では離れているが、そこは魔矢の射程範囲だ。


 左手で装填済みのボウガンを取り出し、巨大な的に狙いを付ける。

 飛行コースを変えることもなく、悠然と飛び続ける魔物に向け、蒼一は矢を放った。


「どこでもいい、当たれ!」


 一直線に向かう魔弾が捉えたのは、怪鳥の羽根である。硬質とは言え、巨体の魔物にしては翼は薄い。

 魔力を帯びた右翼を矢が貫通すると、砕かれた破片が光を伴って空中に散った。


 急旋回し、勇者へと進路を変えた魔物の目に浮かぶのは、もう苛立ちではない。怒りだ。

 最短距離を飛来する大怪鳥の顔を、蒼一も睨み返す。

 機動が覚束ない空中戦でも、彼には新たに取得したスキルがある。


 粘着作戦を諦めた際に、雪に選んでもらったのは“警戒落下”だ。

 この力を有効利用できる者は、今の彼をおいて他にいない。今後現れるかも怪しい。

 右手に鞘、左手にボウガンを握り、滑空する彼は高らかに叫ぶ。


「警戒落下!」


 スキルが発動中は、敵の位置も攻撃も、見ずとも全て感じ取れる。

 左斜め上から突撃する鳥のクチバシに、蒼一は遅れることなく反応した。


「重撃っ」


 振り上げられたボウガンが、魔物の顎をしたたかに強打する。


「ギエェッ!」

「もう一丁」


 反動で回転した彼は、その勢いのまま鞘を振るった。


「鞘撃っ!」


 頭部に二連打された鳥は、バサバサと翼を扇ぎ、体勢を取り戻そうとする。

 ホバリングするようなその動きは、勇者の回転攻撃の的だった。


「連環撃!」

「ギエッ、グィェーッ!」


 魔法攻撃では動じなかった大怪鳥も、直接打撃は分が悪い。乱れた羽根捌きで、不格好に勇者から離れる。

 蒼一の下方で小さく旋回し、何とか飛行姿勢を整えた鳥は、一際大きく羽ばたいた。

 自ら揚力を生み、彼の足を目掛けて急上昇する。

 本来、死角からの一撃になるはずの死のついばみは、残念ながら勇者のスキルには通用しない。


「バレバレだ、墜撃!」

「ギィィーッ!?」


 上クチバシを粉砕された巨鳥は、錐揉きりもみして地表に降下して行く。

 蒼一はボウガンを腰に戻し、背中の盾に持ち替えた。


「行くぞ、ロウ!」

「マッテマシタ」


 飛翔への魔力の流れを、敢えてしぼめるイメージを高める。

 紡錘形の魔翼が小さくなり、彼も鳥を追って落下スピードを上げた。

 地面スレスレでターンし、上昇に転じようとする大怪鳥へ、盾を下に向けた勇者が勢いよく墜ちる。


「盾撃っ」

「食らえデス!」


 鳥の頭頂部に魔装の盾が叩き付けられた。

 ボグッと鳴る骨の陥没音と共に、バランスを失った鳥が墜落する。巨体はまだ力を残していても、指令部位を潰されては、ただの鶏肉の塊だ。

 魔物はその生涯で、ほとんど経験したことが無かった打撃戦によって、最初で最後の敗北を喫することとなった。


 着地のショックを防ぐため、硬化を発動した蒼一は、また斜面を転がり落ちて行く。

 再び低木林に埋まった彼は、駆け寄る笑顔の雪にチェンジと叫んだ。


「メイリに代わって。ハナでもいい」

「何を今さら遠慮してるんですか。パートナーじゃないですか、私たち」

「思いっきり面白がってるじゃん。嘘臭いセリフはすぐ分かるんだよ、パートナーだから」

「マジカルコークスクリュー!」

「ぐおっ!」


 遅れてやって来たメイリに肩を貸してもらい、彼は何とか回復歩行に励む。

 背中をさすりつつ歩く彼へ、ハナが感心したような、それでいてどこか呆れた声を上げた。


「まさか全部叩いて仕留めるとはね。こだわり?」

「斬撃スキルを総ざらえした奴に言え。何番目だ、剣術マニアは」

「スキルが無くても、斬ればいいのに……」


 背中の痛みも消えたところで、蒼一が爪を回収しに行こうとすると、雪も同行すると言う。

 メイリとハナも留守番を嫌がったため、結局、皆で登山することになった。


 跳躍せずとも、大怪鳥の墜落場所はそう遠くなく、メイリたちも遅れず到着する。

 彼が盾で爪先を斬る間、雪は本体の解体に取り掛かった。

 スパスパと良部位だけを切り取る女神に、ハナは今度こそ純粋な感心を見せる。


「大した腕だわ。なるほど、十八番目は私たちとは逆なのね」

「ん? 女神主導って言いたいのか?」

「違うの?」


 雪は肉を切り刻み、持てる程度の重量にするのに、四苦八苦していた。

 最上部位を袋詰めして、その他のモモ肉や胸肉の一部は地面に並べ出す。


「蒼一さん、軽くしたいので、地面に置いたのはフリーズドライで」

「……まあ、こいつ主導だわ」

「ね」


 これならマーくんも連れて来るんだったと、雪は愚痴るが、葉竜はマイゼルが必死になって世話している頃だろう。

 葉竜の鱗の要求枚数が多かったため、日光浴をさせて鱗の養殖中だ。


 大怪鳥の爪を得るために、ニムル山への往復で三日が経過した。

 荷物が増えた分、帰り道はゆっくりと歩く。

 時間はあるので、急ぐ必要はない。


 蒼一たちがナタンドに帰還した時には、もう既にかなりの魔物素材がギルドに集められていた。

 ギルド本部長が来るまでは、この素材の選別と、雪の鳥料理研究で時間が費やされたのだった。

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