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054. 再出発

 ダリアに渡された素材リストをマニュアルに挟み、蒼一はサーラムの街を出る。


 弱いとは言え、この街にも呪縛の影響は有り、自由な思考を妨げていた。

 街門を抜けたことでロウの口数が増え、彼らはようやく安心する。


「シャベレないのは、なかなかツライデス」

「食べられないのも、ツラいですよお」

「いや、お前は食ってた」


 思考の拘束が無くなったところで、次はどこへ向かうか、だ。

 日は沈み、遠くのナグサの森も暗く霞む。


「どっちにしろ、カナン山に行っても仕方ないですよね」

「それだけど、ちょっと試してみよう。霊鎖を取ってくれ」


 サーラムに向かう馬車内では一旦スルーした移動スキル、霊鎖。

 蒼一はこの能力を思い返し、思う事があった。


「これ、役に立つんですか?」

「今なら使えるかもよ。ほら、反復横跳びしてたじゃん。あれってさ――」


 彼の推論に雪も納得して、巻物からスキルを選択する。


「じゃあ、やってみましょうか。はいっ」


 差し出された手に、蒼一はまごついた。


「ん、なんだ?」

「置いてきぼりにする気ですか? ちゃんと握ってください」

「お、おう……」


 能力発動前に、サーラムを、そして王都へ続く道を見る勇者と女神。ここに再び来るのは、忌ま忌ましい“呪縛”とやらと対決する時だ。

 自分を見る勇者へ、雪は軽く頷く。


「行こう。霊鎖っ!」

「…………」


 二人は微妙に二センチほど、右に移動した。


「ここはバーンと、転移するとこでしょ。十八番目なりのコダワリですか?」

「……うん、こだわり。ちょっと時間が掛かる感じ」


 蒼一は何度も霊鎖を発動するが、移動距離が十センチを超えることはない。


「くそ……霊鎖!」

「ああ、次でラストですね」

「なんでよ」

「十八回目だし」


 彼に握られる手も汗ばみ、気持ち悪くなってきた。これでダメなら諦めようと、雪は提案する。


「分かったよ、霊鎖っ!」


 蒼一たちの目の前が、その瞬間、暗転した。

 ナグサへの道と切り替わって現れたのは、ベソをかいたような顔のメイリだった。


「ソウイチッ!」

「おお、ただいまー」

「クピクピーッ!」


 知った人の臭いに反応して、葉竜も首をもたげる。

 まだ繋いだままだった蒼一たちの手に、駆け寄ったメイリは自分の手を重ねた。


「どうしていいか分からなくて……マルーズさんたちと、もう少しだけ待とうって」

「すまん、城まで飛ばされるとは、思ってなかったんだ」

「城?」


 撤回の使用後に何が起こったか、彼はメイリたちに説明する。


「ソウイチ様、では城からここまで転移されたんですか?」

「そうだ。指輪のおかげだろうよ」


 霊鎖は、霊的な繋がりを追って移動する能力だ。勇者が使えば、普通はリンク相手の女神の元へ転移する。

 蒼一の場合は絆の指輪の効果で、メイリとマルーズも目標地点に選ばれる可能性があった。

 もっとも、転移先の第一候補が、より結び付きの強い雪であることは変わらない。


「それで、ソウイチはこれからどうするの? 王都に戻る?」

「いや、最初の予定通り、東へ向かう。王都に帰るのは、お守りが作れるようになってからだ」


 魔物の素材を得るにも、大陸東部の方が都合がよい。

 ギルド本部に寄るついでに、素材収集の協力も要請できるだろう。


「さあ、明日こそ再出発だ。飯食べて寝ようぜ」

「うんっ!」

「クピッ」


 押し潰されそうな不安から一転、仲間との再会に安堵したメイリの寝相は、過去最悪に酷いものだった。





 マルーズが眠そうな目を擦り、蒼一に朝の挨拶をする。


「おはようございます……ソウイチ様」

「どうした、調子悪いのか?」

「いえ、あの、メイリさんが……」

「ああ、あいつの踵落としにやられたのか」


 寝が深くなるタイミングで腹に連続攻撃を受け、彼女の睡眠時間は確実に削られていた。


「拘束系の魔法は使えないのか?」

「使っていいんですか!?」

「俺は粘着してるよ、いつも」


 もう何夜も一緒に過ごした蒼一は、少女の扱いには慣れたものだった。

 蒼一と一緒に、彼女たちとは別の場所で寝たラバルは、一番に起きて馬の世話や荷物の纏めに励んでいる。

 今後の相談をするために雪やメイリも起こし、皆は馬車の前に集まった。


「国境までは、どれくらいだ?」


 マルーズが、道程を説明してくれる。


「今日、明日と野宿して、二日後の夕方くらいですね。その後ベルステ領を五日ほどで横断すると、ラズレ公国に入ります」

「意外と早いな」

「そこからラズレーズまでが遠いんです。東西に長い国の、東の海岸沿いに首都がありますから」


 この予定で唯一、進路を阻む物があるとすれば、王国国境の守備隊だ。


「でも、神官長は、私たちを捕まえませんでしたよ?」


 雪の疑問は当然で、ドスランゼルが受けた指示と、ライルの様子とは合致しない。

 単に胡散臭さいと言うには、ヒゲの奇妙さは異常だった。


「……魔具屋の婆さんが言ってただろ。お守りが無ければ、俺たちも真っ白にされ兼ねないって。他にも影響あるんじゃないか」

「ああ、神官長もリセットされたってことですか」


 それが正しいとすると、今の王国の指針は混乱に陥っていると思われる。何せ、城の指揮系統はズタズタだろうからだ。

 しかし、ライルたち神統会の動きが変わるとも考えられない。

 根本的な行動原理が同じなら、遅かれ早かれ、また蒼一たちを捕らえようとするはずだ。

 ラバルが険しい顔で、勇者に国境越えの方法を尋ねた。


「何かいい案は浮かびましたか?」

「俺の能力で、今のところ一番効果時間の長いのは浄化だ。こいつを守備隊に浴びせる」

「どうやって?」

「そんなの、一人ずつ順番に、だよ」


 それが難しいのではと、常識人の剣士は思うが、蒼一は悩む様子もなく皆を急かす。


「ほら、出発だ」

「ソウイチが言うんだから、何とかなるよ」

「……そうですね」


 メイリの屈託の無い笑顔に、ラバルもあれこれ思案するのを止めた。

 支度を済ませ、皆は順に馬車へ乗り込んで行く。焚火跡だけを残し、この地を離れると、一行は再び国境を目指した。


 デスタを出て以来、激しい雨に見舞われずにここまで来たが、東の空は厚い雲で覆われている。

 街道の休憩地点では、蒼一たちは馬車内に隠れ、ラバルが馬用の飼料を補充した。

 困ったのは葉竜の扱いで、こいつが見つかると、勇者の一団だとすぐにバレてしまう。

 この補給の間だけはメイリが別行動を取り、竜を連れて街道を大きく迂回した。


「降りそうですね」

「野宿場所を探すのが面倒になるな」


 外を窺う雪が、空模様を不満気に眺める。

 せめてもう一日晴天が続いて欲しかったが、雨はその日の夜から降り始めた。





 この日、ラバルが選んだ寝所は、古い石造の建物が並ぶ無人の居住地だった。

 雨避けには丁度良く、馬を入れる大きな厩舎跡も有る。

 ラバルが馬車ごと厩舎に入れるのを見ていた蒼一は、ここを探し出した彼を賞賛した。


「よくこんな廃村を知ってたな」

「村じゃなくて、古い駐屯地の跡です。昔は兵が常駐してたらしくて、王国軍が無くなってからは監視所として長く使われてました」


 その説明に、蒼一は片眉を上げる。


「この国、昔は軍があったのか?」

「国境が定まったのは、四百年前くらいでしょうか。それまでは、各地で戦乱も起きたとされています」

「軍隊がいたのは、その頃の話なんだな」


 戦争が終わったら、軍を解散。結構なことだが、そんな国が有り得るだろうか。


「もう戦争が起きる心配はないのか?」

「そんな動きはありませんね。守備隊が軍の代わりですし、国は守れますよ」


 まだ地球の歴史が知識として残っている蒼一には、ラバルの言葉は多分に牧歌的に聞こえる。

 各地の守備隊は、勇者が見てきた限り兵団規模とは言い難い。


「国境守備隊も少ないしなあ。そこの連中は強い――」

「蒼一さーん、出番ですよ!」


 話し込む男たちを、雪が呼び付けた。

 濡れた衣服や装備を、勇者の能力で乾かすつもりだ。

 寝場所に選んだ建物に連れていかれ、床に並べた濡れ物にフリーズドライを発動するように指示が出る。


「はいはい、白物勇者の登場だ」

「便利ですよねえ」


 少し湿った程度のものは、氷室と無気を使うまでもなく、炊事で事足りた。

 マルーズは、彼の傍らに立ち、携帯ペンで熱心にメモを取る。


「お前、何をそんなに……いいわ、もう分かった。俺のスケッチとか見せなくていい」

「無気は初めての能力ですから、ちゃんと記録しておかないと」


 乾燥作業は、蒼一にしてみれば単調で退屈な時間だ。

 雪に中断された質問を、彼は改めてラバルたちに投げかけた。


「北の国境は、のんびりしたもんだった。東は違うのか?」

「北は海しかありませんし。以前もお話ししましたが、東部は城塞ですよ。精鋭揃いです」


 王国は、大陸の西に突き出た巨大な半島のような形をしている。

 ラズレ公国ほどではないものの、東西に伸びた横長の国で、半島の付け根部分が国境線だ。

 北のスラベッタの村は、虫食いのように点在する非支配地であって、他国と接する東部国境とは訳が違う。

 ラバルによると、東には国境に沿って防壁が築かれており、いくつか関所が存在すると言う。


 最初、関所の無い場所の壁を跳躍する案を出したが、それは即座に却下されていた。

 防壁の上部は、贅沢にも魔石で舗装されている。石に練り込まれた効果は、魔法無効だ。


「万一でもビヨンが解除されたら、墜落しますよ。魔石の無い関所を通れるなら、それに越したことはないです」

「厳戒態勢に入っていると、守備隊は三十人くらいだったか?」


 ラバルとマルーズは、ダッハで情報収集した限りでは、それくらいが予想されると結論付けていた。


「国境は長いですから。関所以外も、無人には出来ないでしょう」


 この駐屯地のおかげで野宿自体は快適に過ごせたものの、雨は次の日も降り続く。

 草は水で濡れそぼち、大地のあちこちが、軟泥化したぬかるみになっていた。


「やる気出ねえ天気だな。誰の嫌がらせだ、ヒゲか?」

「あのナマズヒゲ、雨乞い効果ありそうですよね」


 文句を言いつつ、夜までに国境へ着くように、彼らは出発を急いだ。

 東部防壁が、地平線に見えたのは正午から随分経ってからで、馬車を停めたのはギリギリ夕方と言える時刻だった。


「これ以上近づくと、見つかっちまう。ここから俺一人で行く」

「すみません、お役に立てず……」


 申し訳無さそうにするマルーズを、蒼一は軽く叱り付ける。


「マルーズたちにも、たっぷり仕事は有る。それまでタオルでも用意して、大人しく待っとけ」

「はいっ」


 木立の中から出て、彼は防壁に向かって歩き始めた。雨はすぐに彼の全身に染み込む。


 壁まで十五分ほどの雨中散歩。

 一人進むその姿は、およそ蒼一らしくない勇者の風格を備えていた。

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