033. 魔装の盾
墓地には数人の警邏官がいるだけで、ギルド職員の姿は見当たらない。
保護された少女は、一度家に帰され、明日改めて事情を聴取される予定だ。
「ヤースすらいないな。ギルドの連中は?」
「はっ、すぐ戻ると。深刻な様子で、腕のいい床屋を探していました」
現場を預かる警邏官に礼を言い、蒼一たちは再び地下へ潜る。
二回目の勇者の間は、メモを取りながら進んだため、一度目よりも抜けるのに時間が掛かった。
「二番目は魔物を火炙りにしてる」
「尻尾がフサフサしてるから、イヌジンですね」
十番目の部屋を抜けると、蒼一は首をゴリゴリ回した。
「書き物は肩が凝るわ」
「十番目は魔物の種類が勢揃いしてましたもんね。人形さんもいたし」
「昔の話だろうに、当時の方が文明が発展してたように見えるな」
魔傀儡たちの大空間から、遺跡の門へ。通り抜け方は知っているため、立ち止まること無く、第一問の間へと到達する。
「ムカつくから、不正解は潰しとこう。研磨っ!」
イモジンの壁画が、単なる平坦な壁に均される。
イノジンの扉の先には、蒼一の予想通り第二問が待っていた。メモを見ながら、彼は答えを先に口にする。
「二つ目はイヌジンだ。えーっと、正解は……あれ?」
「左右どっちもイヌジンだよ」
同じに見える二つの絵の違いは、雪が指摘してくれた。
「犬の表情が違います。右は悲愴な顔、左は怒り狂う顔」
「細けえなあ! そこまでメモってねえぞ」
「私は覚えてるから大丈夫。正しいのは、哀しみのイヌジンです」
一問目でも最初から女神は正解していた。蒼一たちは逆らわず、素直に右を選ぶ。
三問目からは部屋の順序もランダムになり、難易度が上がった。
「ああ、これは七番目の部屋だ。メモにある。蛇が十二匹が正解」
数合わせだと、彼のメモが真価を発揮する。
記憶力のいい雪に、観察眼の鋭いメイリ。バランスのいい三人は、どんどんと奥へ歩を進めた。
「おちょくられてるイガジンは七匹」
「左ですねえ」
「カエルが口から出してるのは、舌じゃなくて内臓」
「右だな」
「分かった、右のクラーケン、脚が一本少ない!」
「よう気づくわ。この世界のイカは脚が十八本もあるんだ」
最終十番目の部屋は、例題と同じ順序に戻り、勇者が倒した魔王の上に立つ構図の絵だ。
多数の魔物の屍が、その主人公の周りに描かれている。
「さあ、最後だ。魔物の数は、んー……」
「死に顔に違いはないです」
三人は目を皿のようにして、二つの壁画を見比べるが、違いが見つからない。
「分かんない、これ。一緒に見えるよぅ」
メイリですら、拗ねた口調でギブアップした。
「どっちも正解……なわけねえか」
「間違えると、また祠ですもんね」
ウンウン悩んだ挙げ句に、蒼一は強引な解決策を提案する。
「せーのーで、で合わせたら、二ついっぺんに開けられねえかな」
「扉をですか? 片方開けると、もう片方は開けられなくなりましたよ」
「そうそう、かたっぽしか開かないよ、多分」
しかし、他に名案も浮かばす、雪たちもその策に乗ることにした。
「俺が“せー”、雪が“のー”、メイリが“で”」
「私が“で”がいいです」
「どういう拘りだ。それでいいよ」
蒼一が右、メイリが左の戸に手を掛け、雪が真ん中で最後の合図を送ることにする。
「ほら、やるぞ。せーっ」
「のーっ!」
「でえぇぇぇーっ!」
雪の間延びした掛け声で、左右のタイミングはバラバラにズレてしまった。
「“でえ”で開けたよっ」
「“ぇぇーっ”で開けてしまった……」
「開いたんなら、いいじゃないですか」
そう、二つの扉は、両方が開いている。
怪訝な面持ちで、蒼一は扉の先に顔を突っ込んだ。
「ああ? 何だこれ。メイリも覗いてみろ」
「うん……」
彼と同じように、少女が顔だけを通路に伸ばすと、こちらを見る蒼一と目が合う。とりあえずメイリは笑顔で手を振った。
「どっちでも一緒じゃねえか! 紛らわしいっ」
三人は奥に入り、広がる地下空間を見渡す。
ここまでの遺跡の中で、最も高い天井と広い床。規則正しく並ぶ柱も、数えるのが面倒なほどだ。
この大広間には光苔もランプも無いが、青い光が満ちてかなり明るい。
床そのものから、魔光が漏れ出ており、水中にいるような幻想的な雰囲気が生まれていた。
部屋の中央を真っ直ぐに歩いて行くと階段状の台座があり、乗用車ほどの広さのその台の上に、下から照らされた細い身体の人影が立つ。
「宝の守護者か。魔傀儡だな」
雪たちを後ろに留め、蒼一はボウガンを手に台座に近づいた。
接近すると、その傀儡が、今までのものとは造りが違うことに気付く。
黒く滑らかな金属製の身体は、プレートが重なるように表面が構成され、人形というより鎧に見える。
「全く動かないな……」
ボウガンの狙いをつけたまま、彼は徐々に魔傀儡との距離を詰めた。
ほんの数メートルまで来ると、その人形の特殊さがよく分かる。
身長は人の半分ほどの小ささで、奥行きが無く、平べったい。板金を組み合わせたような姿だ。
「蒼一さーん、何かありましたか?」
「お前ら、危ないぞ」
いつまでも始まらない戦闘に、雪たちも様子を見にやって来た。
四角い台座にはその人形と、その横に円い石盤タブラだけが存在した。いや、もう一つ、人形の後ろにはお馴染みの転移陣も刻まれている。
微動だにしない魔傀儡を狙うのは止め、蒼一はボウガンの筒先を下げた。
「この石盤は俺にも読める。“我が友をここへ安置する。また求められし、その日まで”」
「盾があるってことでしたよね?」
盾らしき物どころか、この広い空間にあるのは、守護者と石盤だけだ。
「この人形が、“我が友”ってことか?」
「そうデス」
「でも、盾じゃないしなあ」
「盾って比喩的な意味なんじゃないですか?」
「…………」
蒼一たちの会話を聞いていたメイリが叫ぶ。
「ぎゃあぁ、しゃべったあーっ!」
「デカい声出すなよ、うるさい!」
「ギャアァァー」
「お前も真似するな! ……!?」
直立する黒い傀儡の正面へ蒼一は移動して、人形と目線を合わせるためにしゃがんだ。
「君、喋るの?」
「ワタシ、シャベル」
「俺、勇者、分かる?」
「アナタ、ユウシャ」
雪に顔を向け、彼は感心したように報告する。
「こいつ優秀だわ。これが宝具かな」
「そうです、ワタシが宝具デス。よろしくお願いシマス」
「ペラペラ喋れるんじゃねーか!」
第三勇者が地下遺跡に残したのは、黒い魔傀儡であった。
宝具が喋るなら、話は早い。
蒼一たちは、しばらくこの傀儡を質問攻めにした。
◇
「お前は誰に作られたんだ?」
「二代目の女神様デス」
女神の巻物を広げ、雪がその内容を確認する。
「二代目……機巧の女神がそうですかね。機械いじりが得意って意味でしたか」
「得意なんてレベルじゃねえけどな。しかし、行儀悪いぞ、寝っ転がるなよ」
「床がライトなんで、こうしないと読めないんです」
彼女は仰向けに寝て、歴代女神の記録を読んでいた。
勇者の書同様、巻物の記述も曖昧だ。
機巧の女神が三代目か二代目かは、この黒傀儡のおかげでやっと判明した。
「三代目の勇者様と共に旅をして、最後はここに置かれマシタ」
「いつの話だ、それ?」
「四百七十九年前デス」
「気が狂うな。話し相手くらい、用意してもらっとけ」
横に正座するメイリが手を挙げて、質問権を求める。
「気にせず訊けよ。メイリは行儀良すぎる」
「あの、魔王ってどんなだったの?」
「国を滅ぼす魔。邪の権化。三代の勇者の力で、ようやく倒せた強敵デシタ」
壁画では、魔王は角の生えた巨人に描かれており、牛のようでもあった。
浮き彫りでは詳細は分からないので、強かったのだろうと想像するだけだ。
「それでさ。なんでお前は全然、動かないの?」
「動けないんデス。床から得る魔力では、話すダケで精一杯」
この大空間全体に、床から照射された魔力が満ちており、それが傀儡をここまで維持してきた。
本格的に起動するとなると、もっと強力な力が必要だ。
「どうすればいい?」
「勇者様なら、力を注ぐことができマス」
「あー、ボウガンの魔弾と同じ理屈か」
蒼一が黒い体に触れると、力が吸い込まれるのを感じる。
しばらくそのまま、彼は魔力を流れに任せた。
傀儡が自分の機能を確認するために、手足をパタパタと折り曲げ、また伸ばす。
「おっ、動けるようになったな。もういいか?」
「もう少しダケ。変形できるようになるマデ」
変形? 彼がその意味を聞こうとした時、雪が両手を床に投げ出し、うめき声を上げた。
「どうした!?」
「お、お腹が……空いて……」
「我慢しろ」
メイリが女神の栄養補給になりそうな食糧を求め、鞄を漁る。
蒼一は気を取り直し、黒傀儡に尋ねた。
「今、聞きたいことは、後二つ。まず、名前はあるのか?」
「ロウと呼ばれてイマシタ」
「よし、ロウ。変形って何だ?」
「ワタシの背中を持ってクダサイ」
傀儡の背中には、引き出しの取っ手のようなグリップが縦に付いていた。
人の手に合わせて作られたらしく、蒼一はガッチリとその取っ手を握り締める。
「では、変わりマス……」
ロウの身体は見た目より遥かに軽い。
彼が床から持ち上げると同時に、傀儡の手足が精妙に折り畳まれていった。
カチャンカチャンと小気味のよい機械音が、数瞬の間続く。
折り紙のように小さくなったロウは、湾曲した長方形の魔金属板に姿を変えた。
「やっぱり盾か!」
「そうデス。“魔力遮断”に“絶対防御”、勇者様の能力でワタシを御活用クダサイ」
――ああ、いや、そういうスキルは残ってないと思う。盾でしばくのは有ったはず。
盾のままロウを持ち、三人は転移の魔法陣を覗きこんだ。
中央には起動物のマークとして、単なる四角形が描かれている。
「盾だな。今回は、俺が発動担当みたいだ」
蒼一が最初に陣に乗り、光に包まれるのを見て、雪たちも後を追った。
本日二回目の生首の狂騒の中、彼らは地上に帰還する。
「ロウ、盾でも喋れるか?」
「ハイ」
「凄いだろ、五百年後は。これが勇者の守った世界だ」
「魔物の群れかと思いマシタ……」
ハルサキムの街路には、夕陽が人々の長い影を作っていた。
勇者とその仲間は、ギルドへの報告のために墓地へ向かう。
五百年前には無かった新しいヘアスタイルの流行にも、ロウは驚いたようだった。




