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014. 聖火ランナー

 ガックリと肩を落とした蒼一は、壁に張り付いているメイリを急かした。

「もう帰ろうぜ。何か見つけたのか?」


 彼女はボウガンの矢を借りて、先駆者に倣って字を刻み付けていた。

「何て書いたんだ……」


 “十八番目、蟹が美味しかった”

「輝光石が綺麗だった、がいいかな」

「借りパクした九番目の文句も書いとけ」


 この宝具部屋でも、彼女の出自の手掛かりは得られなかった。

 雪の巻物だけでなく部屋の石盤も読めないとなると、彼女が女神の眷属というのは、やはり考えにくい。


「くたびれ儲けだった割には、顔が明るくね?」

「元々、そこまで期待してなかったし。勇者のお手伝いは、やり甲斐があるよ」

「そういうもんか」

 村人の顔色を窺う日々よりも、蒼一たちと一緒に行動する方が、よほど充足感が有る。この勇者との冒険は、メイリに今までの鬱屈を忘れさせていた。


「でも、祠が宝具部屋に関係あったのは間違いないですよね。他の祠もそうなのかな」

 似た祠はいくらでも存在すると言う。どれも宝に通じる物ならば行ってみてもいいだろう。

「でも、宝より先に大賢者だ。いや、その前にこいつも調べとくか」


 部屋の真ん中の円盤は、メッセージ用の他にもう一つあった。

 魔法陣の書式は彼らが読み取れるものではなく、何のための物か推測もできないが、陣の真ん中に描かれた小さな模様は理解できる。

「蟹に見えますね」

「奇遇だな。俺にも蟹に見える」


 蟹を呼ぶ魔法陣? それとも……

「ひょっとして、蟹で起動するのかもな」

「殻、取りに戻りますか?」

 いや、魔物の何が必要なのか知らんが、蟹エキスなり蟹風味が鍵になるなら先に試したい物がある。


 “借りた物は返しましょう”と書き終えたメイリを、蒼一は中央に呼ぶ。

「メイリ、この円盤の上に乗ってくれ」

 蟹と一体化したこいつなら、ほぼ蟹と認めてくれるのではないだろうか。


 魔法陣の反応は、彼の期待通りだった。少女が足を乗せた途端、陣の模様に光が走り、青い魔力が上に立ち上る。

「すごい、私が発動させた!」

「おう、そうだ。こんなこと、メイリにしかできな――」


 蒼一が全てを言い切る前に、蟹の化身の姿が掻き消えた。

「転移陣か、これ。俺たちも乗ろう!」

「はい!」


 二人が魔法陣に足を掛けたその瞬間、周囲の景色が一変する。

 先に来ていたメイリと顔を見合わせた後、蒼一は転移先を確かめようと辺りを見回した。

「入り口に戻ったのか」


 朝の日差しが、祠に帰り着いた三人を出迎える。洞窟入り口に戻るのは、行きよりずっと早かった。


「しかし、この洞窟が勇者用として、入り口の穴は誰が塞いでたんだ?」

 蒼一が疑問を口にするや否や、祠の裏に崩れ落ちていた岩や土塊に魔光が点る。

 青く光った岩が、時間を巻き戻すように入り口に積み上げられ、隙間を土が埋めていった。


「自動ドアとはな……」

 起動スイッチは、石盤に触れることか、転移陣の発動か。正解はともかく、三人が外に出た時点で、洞窟は再び土壁で封印された。



 この洞窟での仕事は終わった。蒼一は仲間に、周辺の地図を見せる。

「ここから近い町はどこだ? 武器屋に行きたい。メイリの装備も欲しい」

 自分の装備と聞いて、彼女の鼻息が荒くなる。

「剣……やっぱり槍かな。火山の近くに鍛冶屋街があるよ」

「カナン山から更に離れるけど、仕方ないか」


 デスタ火山は、火口に溶岩が噴き出す活火山だ。鉱物資源が豊富で、熱と素材を求める者が集まって山麓に街が作られた。

 この各種金属製の装備品を産み出す街が、火山と同名のデスタの街だった。


「もうここに用は無い。そのデスタって街に向かおう」

「地図を見る限り、日が暮れるまでに着きそうですね」

 街は洞窟の北にあり、直進コースだと道無き道を行くことになる。

 時間はあるので、蒼一たちは一度北東に進み、街道に出ることを目指す。そこからは正規の交易ルートなので、楽に歩けるはずだ。


 この考え自体は正しかったが、街道までの丘越えは、予期せぬ邪魔が入り少し面倒なことになった。





「マジカルロッドッ!」

 雪のロッドが振り下ろされると、砕けた羽が鱗粉と一緒に周囲に散る。メイリは舞う粉を吸い込まないように、風上に待避した。


 洞窟からマルダラ村と逆方向に丘を登り、なだらかな頂上から街道に下る。これは疎らな林を抜けるだけの道程で、地形に関しては徒歩でも支障が無い。

 蒼一たちがウンザリしたのは、ここが毒蛾の巣窟だったからだ。


「弱いけど、大量に飛んでくるなあ……」

「あっちこっちから来るんで、撃退しづらいです」

 鱗粉毒は、蒼一自身は毒反転で、雪は勇者へダメージ転移するので無効化できる。メイリは対抗する手立てが無いので、彼女に毒を吸わせる訳にはいかない。


「……警戒走行を取ろう」

 走行中、自分の全周囲に警戒の網を張るスキル。ちなみに、警戒歩行は残っておらず、回復歩行との併用は不可だった。


 蒼一はスキルを発動し、メイリの回りをグルグルと走り始める。

 蟹戦で曲がった鞘は回収したものの、剣を納めることはできない。今朝からずっと、彼は抜き身の黒剣を握ったままだ。


「ヤッ!」

 飛び来る蛾を、蒼一が剣でいち早く叩き落とす。


「迎撃はいいけど、剣を持って走られると、ちょっと危ないです」

「そう言われても、仕舞えないしなあ」

 仲間を傷付けないために、彼は傘を持つように垂直に剣を掲げた。


 リズム良く呼吸を整え、蒼一は蛾の襲来を警戒しつつ走る。

「ホッ、ハッ、ホッ、ハッ、ヤァッ!」

 砕ける蛾が、また一匹。


「私のためなのは分かってるけど、ソウイチが何だか山賊みたい……」

「絵面が悪いですね。不審者感がすごい」


 剣を右手で高く掲げ、少女の回りを息荒く走り回る姿は、事情を知らない者が見れば討伐対象になるだろう。


「あっ、街道が見えた!」

「蒼一さん、もう走らなくていいですよ」

「ヤァーっ!」

 ラストに一匹片付け、彼はようやく足を止めた。蒼一は膝を曲げ、地に落ちた蛾に手を伸ばす。


「ちょっと蒼一さん、何してるんですか!」

「何って、回復……」

 彼は蛾の羽を拾い、鱗粉を指ですくい取ると、ペロペロ舐めていた。回復歩行よりも手っ取り早く、毒反転で疲労回復を図った行為だ。


「ああ、良く効くわ、これ」

「……ひょっとして美味しい?」

 何度も指を口に運ぶ蒼一を見て、雪も鱗粉食にチャレンジする。


「……マズッ! どんな味覚してるんですか!」

「旨くて食ってるわけじゃねえ!」

 雪の試食で回復効果が増し、蒼一の疲れもすっかり消えた。剣を握り直し、彼は先頭に立って街道へ向かう。

「よし、行こう」

「ツアコンみたいです。剣に旗でも付けた方がいいんじゃ」


 街道に出れば、デスタの街までは数時間で到着する。蛾で時間を食ったが、急げば日没までの到着に間に合うだろう。

 道端で遅い昼食をとり、彼らは北上を再開した。

 この道は山中の移動と違い、行き交う商人や旅人も多い。街に近づいた頃、剣を抜いた不審勇者の元にデスタの警邏が飛んで来たのは、必然の結果だった。





 全力疾走してきたのであろう、デスタの警邏官タルムは、ゼーハーと肩で息をしていた。

 蒼一たちを見つけると、彼は大声で一行に呼び掛ける。


「勇者様、何事ですか!」

「デスタへ向かってるんだが?」

 動転した様子のタルムを、蒼一は不思議そうに見返した。


「見えない敵と戦う勇者様がいると、通報がありました。ここはもう、デスタの管轄です。魔物なら、我々も協力させて下さい」

「んー、剣が戻せんのよ」

 彼は鞘を見せ、事情を説明する。


「そういうことでしたか。戦闘中ではないと?」

「ああ。さっきまでは蛾がいたけどな」

「蛾! ここしばらく、大量発生しているのです。街道でも被害が出ています」


 ここも安全では無いと聞き、蒼一は緩みかけた緊張を取り戻した。

「警戒走行!」

「あぶっ――お止め下さい、勇者様!」


 バネ仕掛けのように駆け出した彼を、タルムが両手を振って制止する。

「なんだよ。走っちゃダメなのか? 警戒跳躍ってのもあるらしいけど……」

「公街道や街中では、本来、抜刀は禁止されてるんです。罰則がある訳ではないですが」

「それは困るな」

 ここで規則を破る気がない蒼一は、顔を曇らせる。


「勇者様ですので、咎める者もおらんでしょうが……私が案内しますので、後をついて来てください」

「走ること自体は構わないんだな?」

「まあ、それは。ウロウロされなければ」


 タルムが先頭を行き、その後ろに蒼一が小走りで続く。雪とメイリは、彼らを追って早歩きでデスタを目指した。

 オレンジの夕陽が山脈に掛かり、一行の影を街道に長く伸ばす。


「もう日が落ちます。足元が暗くなる前に、着きたいですね」

 タルムの予想では、街の直前で夜になるくらいのペースだ。

「……照明ならあるぞ。ハッ、月影っ」

 まばゆい月光が、周囲の影を奪う。

「や、やめて下さい! 剣を振り回さないで!」


 それから小一時間ほどで、デスタの街の入り口が、暗くなった道の先に現れた。タルムの同僚たちはゲート前の道の両側に並び、彼らの到着を待っている。


「あれが街です。街門は素通りで構いません。もう走らなくていいのでは?」

「ホッ、ハッ、せっかくだし、ゴール、しとくよ」

 ラストスパートとばかりに速度を上げた蒼一を、タルムが慌てて追いかけた。


 勇者一行の無事の到着を、警邏官たちが迎え入れる。

「ようこそ、デスタへ!」

「ホッ、月影っ、ハッ、月影ぇっ!」

「うわっ!」

 彼らの歓迎に対し、蒼一はフラッシュライトで返礼した。


「ソウイチ、なんだか楽しそう」

「ランナーズハイってやつだと思います」


 街の商店はもう店仕舞いの時間だ。買い物は明日にして、三人はタルムに連れられ宿屋に赴く。

「では、私は街門の詰め所に戻ります。困ったことがあれば、またお訪ねください」

「助かったよ。ありがとう」


 通常任務に戻る警邏官に礼を言い、蒼一たちは宿屋の中へ入っていった。





「すいません、今晩泊めて――」

「ひぃーっ!」

 宿屋の主人が、抜き身の黒剣に悲鳴を上げる。


「ソウイチ、せめて剣先を下ろしてあげて」

「忘れてた。この状態に慣れてきてた」

 剣をメイリに預け、彼は主人に改めて話し掛けた。


「二部屋空いてるかな?」

「ああ、勇者様でしたか。二階の部屋をお使い下さい。ご案内しましょう」

 主人はカウンターから出て、二階の廊下の突き当たりまで彼らを連れていく。

「御夕食はお済みですか?」

「いや、まだだ。ここで食べられるのか?」

「ええ、すぐにご用意しますよ。一階の食堂にお越しください」


 蒼一は平然と彼の部屋で寝ようとする雪を隣の部屋に押し込め、荷物を置くと、一人食堂に出向いた。

 しばらくして、雪たちも一階へ降りてくる。


「この街、温泉もあるらしいぞ。二人も後で行ってこいよ」

「それはありがたいです。ドロドロだもん」


 宿屋の夕食は肉料理にパンと野菜スープという、地球人にも食べやすいものだった。

 三人が宿屋自家製のスモークハムもどきに舌鼓を打っていると、横から怖ず怖ずと声が掛かる。

「あの……」

 蒼一たちの視線が、声の主に注がれた。

 暗色のフードを被り、顔は見えづらい。革鎧の狩人装備という格好は雪に似ているが、声はもっと若く、腰には厳つい造形の剣を携えていた。


「ん? 俺たちに用か?」

 チラチラとメイリを横目で気にしつつ、少女は蒼一に確認する。

「勇者さん……ですよね」

「そうだけど?」

 彼女の用件はそれで済んだらしく、クルリと後ろを向き、逃げるように走り去った。


「……ソウイチ、怖がられた?」

「何でだよ。剣も置いて来たし、勇者スマイルもしたぞ」

「それ、スマイルのつもりだったんですか。知らない人には威嚇する信条なのかと」


 まあ、勇者ともなれば、色んなヤツが来るだろうと、蒼一は深く考えないことにする。

 三人は笑顔の定義で論議を重ねつつ夕食を終えると、その後は各自分かれて動いた。


 温泉でサッパリし、宿に戻った彼はベッドに身を沈める。誰に邪魔されることもなく、蒼一は久々の安眠を楽しんだのだった。

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