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砂川さん

「春。それは出会いの季節。

春。それは恋の季節。

春。それは、すなわちワンダフォー!!



なのだよ! 諸君!!」


「…………さいですか。でも諸君って、君は女だし、今は君とわたしだけだぞ」


「ノンノン。そんな些細な事はどうでも良いのだよ。砂川君」


「はいはい」



そんな戯れ言を軽くあしらいながら読んでいる本のページを捲ると、彼女は私の本を取り上げて、何気に整っているその顔を近づけてくる。



「私は、今、大事な事を言っているんだぞ」


「いやいや、どこが?」


「嘆かわしい! 我が文芸部の部員ながら、こんな大事な事を分からないとは!」



オーバーリアクションに腕を組み、片手を額に押し当てる彼女にわたしはため息が出て、呆れながら言う。



「確か部じゃなくて同好会だったと思ってたけど違ったんだ。しかも君はただの同好会の一人だよね」


「まあ、そうなんだけどね。でも、そんなことはどうでもいいや。……そうそう。恋の季節! 砂川さんは恋はしてないの!?」


「いや、いきなり何さ。……まあ君は何時もいきなりだけども」



立っていた彼女、海野はわたしの対面の席に座ると、取り上げていたわたしの本を返してくれ、机の上に上半身をくっ付け、顔だけをわたしの方に向ける。



「でぇー、恋は? 春なんだから恋の一つや二つ、あるでしょー」


「……そう言う君はどうなのさ?」



返して貰った本を開いて、途中まで読んでいた所を探し、見つけたので続きを読む。



「むぅー、私はいいのー! 本を読むの止めて私とおしゃべりしようよー」


「いや、今は文芸同好会の活動中なんだから本ぐらい読んでてもいいでしょ」


「ちょっとぐらい、いいじゃん。減るものじゃないし」


「読書の時間が減る」



そう言うと海野はまたもやわたしの本を奪い取る様に腕を伸ばして来るが、わたしは座っている椅子を後ろに引いて、本を取られないようにする。


すると海野は立ち上がり、わたしの側によって前に立つと、本は取らずに本とわたしの間に、にょきりと海野が出てくる。そうすると、とても顔が近い。



「本が読めないんだけど……」


「読めないようにしてるんだもん。当たり前だよ」


「後、顔が近い」


「ふふっ。嬉しいでしょう。こんな綺麗な子の顔が近くにあって」


「自分で言うか……」



呆れながら離れようとしていたら、海野が膝の上に乗ってくる。そのせいで更にわたしと海野の身体は密着している。


何だか面倒くさくなったわたしは仕方がないと本を閉じて、海野の顔をじーっと見る。


まあ、確かに海野は少し垂れ目だけど整っていて綺麗な顔立ちをしている。何日か前に他校の男子に告白されているのを見ているし、この学校でも何人か告白したって話も聞く。告白した皆は振られたみたいだけど。


それにしても何で海野は今日に限ってこんなにわたしに構うのだろうか? 等と考えていたら海野に変化があることに気がつく。



「何か顔がだんだん赤くなってきてるけど?」


「むぅー。何か反応してくれないと恥ずかしいんですけど……」



確かに、はたから見ると恥ずかしい格好かも知れない。わたしの膝の上に跨ぐように海野は座っていて、顔は今にも引っ付きそうに近い。


恥ずかしさからか、海野はわたしから離れようと腰を浮かそうとしたので、わたしは海野の腰に腕を回して離れないようにする。



「なっ!? 離して貰えると嬉しいなあって私は思うんですけど」


「わたしとお喋りしたかったんでしょ? 良いよ。このまましようか」


「恥ずかしいから離して欲しいなあ」


「君から始めた体勢ですけど」


「いや、まあ、そうなんですけど……」



そのままわたしはじーっと海野の顔をみていると、顔だけではなく、首も真っ赤になった海野は視線をさ迷わせ、我慢出来なくなったのか思いっきりわたしに抱き付いてくる。



「これで私の顔は見れないでしょ!」


「そうだね。で、恋の話だよね。君は他校の生徒に告白されてたのを見た事があるし、他にも告白されてる噂があるのに誰とも付き合わないの?」



そう言いながら左手は海野の腰を回したままで、右手は腰まである茶色かかった髪を少し弄った後に頭を撫でる。



「……うん? あれ、お喋りするんじゃなかったの?」


「もうー。私は砂川さんの事が知りたいの」


「まずは君から話してくれないと話してやんない」


「えぇー」



わたしに抱き付いていた海野は不満そうな声色で離れて、わたしを見ると、意を決したように口を開く。



「好き。……私は砂川さんが好きだから他の人に告白されても誰とも付き合わないの」



顔を赤く染め、恥じらいながらも覗きこむように涙目で言う海野はとても可愛くて、少しだけ、どきりとしたけど、それだけ。



「ありがとう。でも、ごめんね」


「……うん。良いよ。何となくわかってた事だし……」


「そっか……」



暫くの間、わたしと海野は何も喋らずにいて、海野は立ち上がり、わたしの頭を撫でる。それに驚くわたしは俯いていた顔を上げると海野は涙を流しながら決意を秘めた目をして、わたしに言う。



「池山先輩には負けない。絶対に私だけを見て貰うんだからっ!」



その言葉にわたしは驚いてると、海野は涙を腕で拭い、扉に向けて走り出し、更にわたしは唖然とする。



「気づいてたんだ……」


「何が気づいてたの? て言うか、海ちゃんがすごい勢いで出て行ったけど、どうしたん?」


「池山先輩」



入れ替わりに入ってきたのは池山先輩。わたしの好きな人。


池山先輩はわたしの対面の席に座り、漫画を出すと読み始めながら、わたしに話しかけてくる。



「何か海ちゃんにしたの?」


「いえ。よくわからないです」



本当に何で突然、決意表明した後に走り出したのか、よくわからないかったので首を傾げながら言い、読みかけの本を手に取り、続きを読もうとすると、いきなり漫画を閉じて池山先輩は言う。



「うーん。わかった! もしかして、沙良ちゃんに告白して海ちゃんが玉砕しちゃったの?」


「……よく、わかりましたね」


「……えっ。マジ?」



その言葉がほぼ当たっていて、驚いて顔を上げ、池山先輩を見なが言うと、当てずっぽに言ったようで池山先輩も目を丸くして驚いている。



「いやー、まさか適当に言ったのが当たっていたとはねぇ。確かに海ちゃんは沙良ちゃんによく絡んでたし……なるほどねぇ」



うんうん、と頷きながら漫画を開く池山先輩。読んでいる風には見えず、何か考えているみたいで、ちらりとわたしを見ると気まずそうに言う。



「もしかして、まだあたしの事が好きだったりするの?」



その言葉にどくんと心臓がなり、内心慌てたけど、気にしないようにしながら本の続きを読むふりをして話し出す。



「まさか、もう昔の事ですし、今は普通に先輩として好きです。もしかして、先輩がわたしの事を好きになってたりするんですか?」



最後にわたしは、にやりとしながら言うと池山先輩は笑いながら言う。



「まっさかー。あたしは彼氏一筋だしっ!」


「なら良かったです」


「そっかー。海ちゃんは沙良ちゃんが好きだったのかー。……沙良ちゃんは今、好きな人はいないの?」


「ふむ、いないですね」


「まあ、しょうがないか。こればかりはねぇ。……後輩には幸せになって欲しいんだけどね」



本のページを捲り、ちらっと池山先輩を見れば、優しい目をしながらわたしを見ていて、先程とは違う胸の高まりがしてくる。自分の顔が赤くなりそうになるのを何とか抑えていると、池山先輩の携帯が鳴り、それに出ると嬉しそうに、幸せそうに話している。


その顔を見て、池山先輩は彼氏と喋っているとわかり、わたしは悲しくなる。だってわたしではそんな顔をしてくれない。


わたしでは無理なんだよ。



少しの間、池山先輩とその彼氏は電話で話していたけど、話しが終わったのか電話を切ると、申し訳なさそうに池山先輩はわたしに話す。



「ごめん。来たばかりだけど、帰るね」


「良いですよ。彼氏さんですか?」



わかりきった事を聞く自分に嫌気が差すけど、わたしに頷きながら照れて、幸せそうな笑顔をする池山先輩の顔に胸が締め付けられる。



「じゃあね、沙良ちゃん。また来週ー」


「はい。また」



軽やかに笑いながら部屋を出て行く池山先輩にわたしも微笑みながら返して、扉が閉まると一人きりになったわたしは机に突っ伏す。



「辛いなー。わかりきった事だったけど、やっぱりキツいな」



そう顔を伏せながら呟き、池山先輩の事を考える。


池山先輩とは中学も同じ学校で部活が一緒で、気がついたらわたしは彼女を好きになっていた。……初恋で今もずるずると好き。


池山先輩の卒業式の数日前に告白して断られた。でもまだ諦められなくて、彼女のいる高校に入って、高校に入った時にはもう、恋人がいた。


わたしが入った時にはこの高校でおしどり夫婦と有名になっいて、それを知った時には目の前が真っ暗になった。それでも一緒に居たくて池山先輩が一人だけで文芸同好会に入っているのを知り、この同好会に入って今に至る。


……ストーカーみたいだな。わたし。


中学も文芸部だったから池山先輩は疑ってなかったし、丁度この高校も家から程近いのでそう言えば信じてくれた。



それにしても、海野はよく気がついたなあ、と思う。わたしは結構、顔に出ないタイプだし、家族にも本心を隠すのは上手だと思っていたけど。


伏せていた顔を上げて、元は物置だったと言う、今は同好会の部屋になった狭いこの場所のたった一つの窓を見て、赤く染まろうとしている空を見る。



「……海野が勝ってくれたら、こんなに辛くないのかな?」



ぼそりと、わたしは言い、瞼を閉じれば先ほどの池山先輩の笑顔が浮かんできて、どきりと胸が高鳴る。でもその幸せそうな顔はわたしでは出せず、彼氏さんにしか出せない表情が沢山あるんだろうなあ、と考えれば、ズキリと胸が痛む。



「きっついなあー。ほんと」



暫く伏せていたけど、出していた本を鞄にしまい、下校時刻には少し早いけど、わたしも部屋から出て、扉を閉めた。








本当はイチャイチャしてる筈だったのに、どうしてこうなったのかわからないです


いや、ほんとどうしてこうなった?

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