1話「ゲームキドウ」
「ぬわーーッ!!!!!」
大きな叫び声と共に目覚める友人へクラスメイト達は冷ややかな視線を送る
かと言って特別彼が嫌われている訳ではない
------ゴホン……カンタ君?
「すっすみません!!」
怒りを孕んだ不気味な笑みを浮かべるのは数学の先生。
この間寝ていた僕を心配してみせたカンちゃんが聞いて呆れる……
今は授業中だ、それも今は数学の授業。
この学校の先生は優しく温かい。悪く言えば生徒に甘い先生が多い
しかし数学の先生だけは一際厳しく、その印象を強めたのは怒る直前に浮かべる不気味な笑み。
彼女は「笑顔先生」と呼ばれているが、職員室にはその真相を知る者は居ない。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが馴染み深いリズムで授業の終わりを告げる
「まいったぜぇ……」
放課後になり、カンちゃんは机に肘をついてぐったりとしている
授業はカンちゃんへの説教で大部分が終わり、彼はひそかに賞賛を浴びていた。
「カンタ君大丈夫だった?」
声をかけるのは同じクラスの女の子で、ユイちゃんと言う
ベタだが僕は密かに彼女に憧れてたりする訳で。
「おっ、おう!余裕余裕!」
そんなカンちゃんも彼女に気があるみたいで、照れながら強がって見せていた
これまたベタだが、そんな女の子に限って自分の友達と仲良かったりする訳で……。
僕とカンちゃんとユイちゃん、そこにツヨシを加えた四人が僕らの定番メンバーになっていた。
「じゃあさっさと帰ろうぜ~」
ユイちゃんに心配されデレデレしているカンちゃんのひと時の幸せをたった一言で奪い去っていくツヨシ、
今回ばかりは彼に感謝せざるを得ない。
チラ……ッ
彼は「貸しだぞ」と言わんばかりにこちらをチラ見してきた、こういう時の僕とツヨシの暗黙の了解があり……
「ほら、ツヨシ」
下校の途中不思議そうな顔をする二人をよそに自動販売機でジュースを買い
ツヨシにそれを少し乱暴に放り投げた。彼はそれを嬉しそうに受け取り……
『パチン!』
指パッチンをした。
「それじゃお前らまた明日な!」
「また明日ー!」
僕たちは帰り道が別なので途中でバラバラになってしまう。
下校の際決まった奴が決まった道に帰って行き、また登校の際決まった奴が決まった道からやって来る
将来何になるかとか、将来誰と結婚するか何て全く想像もつかないけれど
何となくこの四人でいるこの時間は一生続くような、そんな気がしていた。
一人きりになった帰り道、僕はジュースを奢ってやった時のツヨシの指パッチンが頭から離れなかった。
久しぶりに聞く彼の指パッチンは小学生の頃のソレよりも力強さを感じさせたからだ。
力が強くなったから――?手が大きくなったから――?
そんな事を考えながら、中指と親指とをスリスリとこすり合わせる。
「だーーー!出来ない出来ない!」
この人生、指パッチンが関わったらろくな事が起きなかった
今だって中指が痛いし、小学生の頃先生に怒られたのだって指パッチンのせいだ
そのおかげでカンちゃんとツヨシとは仲良くなれたんだけど……
頭を掻き回し自分にそう言い聞かせ、指パッチンの事は忘れる事にし、
僕は愛すべき我が家へと帰ってきた。
「ん、ショウマおかえり」
僕の事をふてぶてしく呼び捨てで呼ぶのは実の弟だ
「ああ、ただいま」
正直ムカつかないと言えば嘘になるが、僕は過去の指パッチン事件以降面倒な事を避けるようになっていた
だからコレも指摘しない、放っといてやる。そして将来掘り返してやるんだ
……ツヨシの影響か少し嫌な奴にもなっていた
自室のベッドに倒れこんでスマホを起動し、赤い通知マークの付いた緑色のアイコンのメッセンジャーアプリを起動した
大人達は携帯中毒だ何だと言うが、ならばお前たちはテレビ中毒だし新聞中毒だ!!
などと思ったりもするが、それも言わない。確実に面倒な事になるからだ
――――ん?
映し出された通知はユイちゃんからの物であったが、
いつもの四人のグループチャットでではなく僕個人に宛てられたものだった
それも内容は一緒に遊ぼう、というニュアンスの物
「来た!春が来た!!ライキ!兄ちゃんに春が来たんだ!」
ドンッ!!
隣の部屋の弟からの「うるさい」という趣旨の無言の訴えにより我に返り
改めてそのメッセージに目を通す
どうやら親戚の人が遊園地に行くつもりだったが急用ができ
そのチケットを強引に渡されたという事だった
「よっしゃー!これでカンちゃんより一歩リードっ!」
『パチン!』
「あの」爽快な破裂音が僕の鼓膜を刺激した
「あ……鳴った……」
無意識だった
今までの人生で何度もチャレンジし、失敗してきたその行為に成功したのだ。
何度も練習してきたモーション、そして今日の出来事
色んな物がトリガーとなってそれは引き起こされた
それ自体は喜ばしい事だ、何せずっと憧れていたんだから
でも僕には幸運な事には思えなかった、何故なら今までの人生指パッチンが関わって・・・
ズズ――――――――――ッ
思考を遮るかのような突然の地震により視界が大きく揺れた。
「うわっ!?」
立っているのがやっと、過去経験した事のない揺れが襲う
床が揺れる、壁が揺れる、世界が揺れる……
何かに掴まらないと……!
そう思い僕はもたれ掛かった。
かろうじて笑みを浮かべているのが分かるくらいの大きな口に。
夢――!?いや、意識はしっかりしてる……。
次の瞬間僕の部屋に突如現れた大きな口は上下に開かれ、僕を吸い込んだ
謎の大きな口、全く揺れていない洗濯物、静かな隣の部屋
後から思い返せば不可解な事はいっぱいあった。
でも意識が遠ざかる刹那、僕が考えていたのは
行けなくなっちゃったなぁ――――
届く事の叶わないユイちゃんへの返事の事だけだった。
本当にこの人生、指パッチンが関わったらろくな事が起きない。