8:争奪戦!?
「まさか君と会うなんて思いも寄らなかったよ」
「ああ、うん。俺も」
「ガハハ。マモルはお前たちのことを心配していたからな。ん、げほっげほっ!?」
「あー、もう。シュウは食べ過ぎだってば!」
俺はいま、広場にあった居酒屋兼宿屋の店内で、とあるテーブルに腰を下ろしている。
向かいの席に座っているのは、元クラスメイトの三人だ。
やさしくて、どこか頼りない顔立ちをしているのは一色 守/いっしき まもる。
頭の鈍そうな筋肉モリモリのマッチョは佐郷 愁/さごう しゅう。
茶髪を肩口まで伸ばした、どこかクールな感じの美少女は鶴見 千春/つるみ ちはる。
こいつら、実は幼馴染らしい。仲もいいわけだ。
この三人、とくにマモルと俺はさほど接点もないが、かといって嫌い合ってるわけでもなく、
むしろ話しかけられればそれなりに話す仲だった。知人みたいな感じだ。
「俺もあそこで召喚されたけど……けっこう時間差があったのか」
「えーと、今日来たんだよね。エヴインに」
「ああ」
「僕たちB組が召喚されたのは、もう半年も前になるかな」
「そんなに? ほかのクラスメイトの姿は見えないが……」
「オレたち以外のクラスメイトもそれなりにいるぞ。聞いた話じゃ、帝国のほうにも集まってるらしいがな」
「まあ、最初こそ仲良くやろうってなふうだったけどねー。時間が経つと、全員自分の力に気付いてさ」
ツルミがあきれたような仕草で、木皿の魚料理を突きながら言う。
「そうなるともう、好き勝手にやらせてもらう、ってな感じで、みんなバラバラよ」
三人はそれぞれ、いかにも異世界らしい服装をしている。
すっかり馴染んでいるようにしか見えないし、そのうえ武器も用意しているようだった。
頼りないマモルだって二刀のショートソードを腰に携えているし、
大柄なシュウにいたっては、背中に戦斧を背負っている。
ツルミの武器は弓のようで、椅子の傍らに年季の入ったものが立てかけてあった。
俺は三人の話すことにうなずきながら、質問を投げてみる。
「ところで、そっちの服や武器とかみると、なんかどういう職業してるのか聞いてみたくなるんだけど」
「おう! オレたちは冒険者をやっている!」
「冒険者?」
え、冒険者ってあの冒険者? ゲームとかラノベとかによく出てくる?
クエスト受けたり、ダンジョン潜ったり、モンスターと戦ったりするあれなの。
「レイジがいまイメージしてるのと、だいたいおなじようなものだと思うよ」
「そんな大したものでもないけどね。体のいいなんでも屋アンド遺跡荒らしみたいなもんだし」
「なにを言っている! これでもオレたちは半年で『B級』に上り詰めた、期待の超ルーキー組だぞ!」
おおう。まさか本当に冒険者やってるとは思わなかった。
しかし『B級』ってなんぞや?
「ああ。冒険者はね。ギルドによってランク付けがされてるんだよ」
「うむ! 上からS、A、B、C、D、Eだ! 登録してから半年で、Bだぞ! これは快挙だ!」
「ここは王都でも有名な宿のひとつでさ。冒険者に仕事の斡旋もしてるワケ。で、アタシたちも贔屓にさせてもらってんの」
「あー、そうなのか」
今更ながら周囲を見渡してみる。
たしかに武器を携えたゴツい人や、斧をもったドワーフやら、下衆な笑いをこぼす酔っぱらいとか、いろんな人達がいるな。
周囲から聞こえるがやがやとした賑わいも、いまとなって聞くと、どこに『C級』の~が出ただの、あそこの廃墟は実入りがいいだの、
そういう話ばっかりだ。
「ところでレイジ。レイジもなにか贈り物はもらったんでしょ?」
「贈り物?」
「あー、ほら。カミサマからいろいろもらったじゃん? スキル」
ツルミが木のフォークをこちらに指しながら続ける。
「アタシのは『狩猟の女神/アルテミス』だけど」
「オレは『怪力の英雄/パワーヒーロー』だぞ!」
後ろの戦斧を指し示しながら、シュウが腕の筋肉をやたらと見せつけてきた。
向こうのテーブルにいた冒険者たちから、笑いながらの苦情が飛んでくる。
シュウがそんなヤジにも負けずに筋肉美を披露。今度はコップが翔んできた。泥仕合だな。
その様子に苦笑していたマモルが、言葉を引き取る。
「僕たちだけスキルを与えるっていうのは、神様らしくないもんね。ついでに僕は『慈悲深き主人公/ハッピーストーリー』だよ」
「あー、えー、俺は」
言えねえ。言えるわけない。
まさか君らと違って、魔王とかいそうな敵対陣営に入っちゃいましたー、なんて。
いや、むしろ俺が魔王なのか。デーモンロードだもんね。
くそ、どうすんだこれ。
「俺は――」
「おいっ、また来てんのかよ!!」
唐突に、ガラの悪そうな声がその場に響き渡った。
視線をやると、そこには後ろへ数人の取り巻きを連れた、金髪の青年がいる。
お、マジで?
「カズマ……」
どこか困ったような口調で、マモルがその名前をこぼす。
俺もそいつのことは知っていた。遠北和真――クラスにいた不良のひとりだ。
そうか。よく考えたらこういうヤツもスキルをもらってんだよな。
カズマは革で出来た鎧を着て、ロングソードを腰に差していた。
チンピラみたいな顔立ちには、いくつか見慣れない傷が走っている。
「ここには来るなって言ったよなァ。マモルくんよォ」
「あの、僕は……」
「アンタには関係ないでしょ。向こう行きなよ」
「はっ! いつもオンナに守られてんだもんな? マジでクソだわお前……あん?」
カズマがやっと俺の存在に気付いた。かれはまるで虫けらを見るような視線で、俺を見下す。
「あー……ゴキブリかお前。ハブられたくせして、こっち来てんのかよ」
マモルたちとは違う種類の視線。憚られるようなあだ名を平気で人に付ける。
対等とはみていないのは明らかだった。まるで路傍に吐き捨てられたガムを見るかのような感じだ。
……こいつには、以前脅されてカネをむしり取られたり、校舎裏でいろいろと屈辱的なことをされた覚えがある。
それも当然のように、利用価値がある存在というよりかは、暇潰しに遊んでやったぐらいの感覚で。
「おい、ゴキ。どけや」
ヤツはずかずかと近付いてくると、俺が座っている椅子を蹴り、頭をばしんと叩く。
一瞬、ぷちりと切れそうになったが、堪えた。
「なんで俺が」
「口ごたえしてんじゃねえよカス(笑)」
なにかが風を切る音がする。へこむような感触がして、鈍い痛みとともに俺は横へ倒れた。
視界が傾いている。俺、こいつに蹴り飛ばされたのか?
「なんだよバカ筋肉。怒ってんの?」
「! 駄目だシュウ」
傾いた視界のなかで、戦斧に手をかけようとするシュウの姿が見える。
その手はぷるぷると震え、顔は茹でダコのように真っ赤だった。
「キサマ……!」
「ゴキのこと心配する前に、てめえらの借金について心配しろや」
椅子に寄りかかり、悠々自適としているカズマ。
ぶっちゃけ、俺の力を使って顔面でも陥没させてやりたかったが、ここは人が大勢いる宿のなかだ。
それに借金だと?
シュウは必死で自分の感情を抑えると、腕を組んで目を瞑る。
ツルミも頬杖をついて、不愉快そうに目をそらした。
唯一マモルだけがどこか気弱そうにカズマへ口を開く。
「でも、あれは、君も同意したよね? クラスメイトが死ぬのは見たくないって」
「だ~か~ら~、あれは貸したカネなんだよ。もらったとか都合のいい考えしてんじゃねえぞ?」
「少しずつでも返すつもりだよ……」
「滞ってるんですけど~?」
机をどんっと蹴りあげるカズマ。ケタケタと取り巻きたちが笑う。
見た感じ、クラスメイトではない。この世界で得た連中だろう。
「まァ、いつまでも逃げられるとか思うなよてめえ。早いうちにカネ返さねえと、レイズさんに話持ち込むからな?」
「話が終わったならかえってよ」
険悪そうなツルミの言葉を、カズマが鼻で笑う。
「おまえもさ、バカ女だよなぁ。こんなのより俺のほうがよっぽどいい男じゃん?」
ヨシキとクリスたちのほうがモテモテで、それに張り合ってたお前は相手にされてなかった、と事実を告げたくなる。
ツルミはなにも答えなかった。
カズマが舌打ちして、なにかモノに当たれないかと考えたらしい。俺を見つけると、ニタァと笑って腹に蹴りをいれようとしてきた
だけど、二度目はない。ヤツの足を、強く掴んだ。
「あ?」
「……いい加減にしろよお前」
「ゴキがなに粋がってんだ。こいつ殺すわ、ぜってころ――」
イメージする。
――こいつの腕がねじ折れる幻覚を、ヤツの頭に。
「え、は?……ぎゃあああアアアアアアアアアアアアアア!?」
突然けたたましい悲鳴をあげたカズマが、その場で跳躍して転げ落ちる。
なにも"異常”のない片腕を驚愕の表情で押さえながら、致命的な激痛に顔を歪ませる。
あまりの惨めさと、突飛さと、おぞましさに、この店にいた全員が目を見開く。
俺はテーブルに立ち上がりつつも、カズマの側にやって、手をかざした。
ただで止めるつもりはない。
鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにするこいつは醜いが、
いままで俺をバカにしてきた不良が、こうやって這いつくばるのは正直いい気分だ。
『ねぇ』
ふと頭のなかで声が聞こえる。
女性の声だ。どこかで聞いたことがある。これは――。
『簡単でしょう?』
ティラーア様?
『あなたの力を制限するものはないわぁ。こんなクズなら、少し"想像”しただけでこの有様……』
カズマを見下ろす。ぜえぜえ言いながら、片手を押さえて転げまわっている。
『もっと嬲ってみましょうよぉ。つぎは足にするぅ? それとも指? ああ、皮を剥いでやってもいいわねぇ』
無意識のうちに、頭のなかでカズマを傷めつけるイメージが現れる。
俺は……。
『なにをためらうの? あなたはデーモンロード。魔族の君主よぉ。支配と変革の導き手、混沌の貴種、わたしの子供』
そうだ。ここにいる三人もコイツに迷惑をかけられてるみたいだし、殺したって別にだれも文句は――。
そのときだった。
食器が落ちる音がして、俺は正気に帰る。
はっとなって見ると、カズマは泡をふいて気絶していて、取り巻きは完全に腰を抜かしている。
そして背後から声がした。
「れ、レイジ」
振り返る。すると店にいる客たちが、全員こちらを見つめていた。
困惑、興味、怒り、悲しみ……なによりも驚き。
おなじテーブルにいた三人も、俺のことを信じられないものを見るかのような目で見ていた。
マモルが動揺を必死で隠しつつ、言葉を続ける。
「そ、それって魔術なのかな」
「あ、うん」
「魔術だと!? こいつ一言も詠唱してないぞっ!?」
悲鳴のような声が別のテーブルからあがる。
灰色のローブを見にまとった、いかにも魔術師らしい人物だった。
わなわなとふるえながら、たちあがって俺を指差す。
「マナの放出も視えなかった……!」
「そんな馬鹿な話があるか! 魔術を使うにはマナが必要だ!」
「だが視えなかったんだ!」
別テーブルで仲間と騒ぎになる魔術師。
ずっと奥のテーブルにいた強者らしい数人の男女が腰をあげ、手前にいるドワーフたちが目を輝かせてこっちに迫る。
さらに遅れまいとばかりに、ほかのテーブルから俺を品定めすることもなく、こちらに向かって進んでくる冒険者たちもいる。
「……マズい!」
呆けていたシュウが我に返り、突然鋭い声を発した。
「レイジ、走れ!」
「え、ええ?」
「お前、狙われてるんだ! "争奪戦”されたくなきゃ逃げろ!」
じりじりとこちらへやってくる冒険者たち。その目には、眼前の逸材を絶対に引き込んでやるという闘志が浮かんでいた。
ああ、なるほど。なぜおっちゃんがここを推薦しなかったのか分かった。
こいつら、やべえ。
「またあとでっ!?」
俺は倒れこんでいたカズマに引っかかりながらも、慌ててこの宿を逃げ去る。
冒険者もいいかもしれないが――。
「勘弁してくれよっ!」
「「待てぇ!!」」
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