7:いざ王都へ
ノイマール聖王国の首府――王都エヴイン。
精巧な城壁をあたりに張り巡らせ、海かと見紛うほどのシタデル湖には、都市の湾港からたくさんの船が行き交っている。
およそ四万人もの人々が住み、ほかの諸国から巡礼に訪れる旅人も多いという。
全部アリスと侍女のジョゼさんの受け売りだが、要点は説明できていると思う。
この世界における大都市のひとつで、ほかの地方にはこれよりも大きい都市もあるそうだが、そう多くはない。
というわけで、俺はいま馬車から降りて巨大な城門の前にいる。
ここから出入りをちょっと見るかぎりでも、さまざまな種族や階級の人々が伺えて楽しい。
一行を助けた礼として、いま俺の手元にはいくらかの金子が収まっていた。
すげー、金貨とか銀貨とか、初めて見たわ。
「あの、本当に大神殿には来られないのですか?」
「あー、はい。面倒くさいことになりそうなんで」
不安げな表情で、馬車のなかから俺を引き留めようとするアリス。
俺は先に馬車の外へ出ていた。
というのも、レクリス隊長やその部下からのいやな視線をびんびんに感じていたからである。
「……一緒に来ていただけるなら、わたくしがレイジ様を、道中の恩人として推挙することもできますのに」
ひどく気落ちした様子でそんなことを口走るアリスを見ると、おもわず一緒に行きますと言いたくなる。
衣食住の世話とかもみてもらえるかもしれないし、本当はそっちのほうがいいかもしれない。
だが、俺の正体は混沌神の祝福を受けたデーモンロードだ。
神殿からしたら、なんかすごい敵の親玉がわざわざ訪ねてきました、みたいなもんだろう。
この力があれば力負けするとは思わないが、いまは自由に動きたいし、あまりしがらみに囚われるのもよくない。
「気持ちだけもらっときます」
俺が苦笑をみせると、アリスは切なげに瞳を潤ませて、馬車のなかから俺の手をそっと掴んできた。
女の子らしい、ひどく華奢な手だ。真っ白で、きれいで、よわよわしい。
「どうかまた会えるとおっしゃってください。なぜか分からないのですが、胸が張り裂けそうで……」
「聖女様。それはーー」
「お願い、ジョゼ。これだけはさせてほしいの」
うーむ。これってあれだよな。確実に惚れられてるパターンだよな。
勘違い野郎にはなりたくないけど、こんなことされたらふつうに理解できてしまう。
元凶は……俺のスキルだよなぁ。強力すぎだろ、レディキラー。
「えっと、俺、しばらくはこの街にいるつもりなんで、なにかあれば探してください」
「……はいっ! もちろんですわっ!」
まるで長年の恋人との別れとでもいうように、彼女はほろりと涙を流す。
彼女はこちらに手招きすると、ジョゼさんに見つからないよう、指から宝石が埋め込まれたシルバーの指輪を外す。
そして俺の手を開くと、それをていねいにぎゅっと収めた。
「そう気軽には会えませんけれど、でも、これがあればわたくしたちはまた巡り会えるはずですから」
想いと熱情を秘めた言葉。
アリスの瞳には燃えるような愛と、切り裂かれるような悲しみが宿っていた。
俺がなにも言えずにいると、ジョゼさんに促され、騎士が馬車の扉を閉める。
そしてアリスを乗せた馬車とその護衛たちは、城門を通って悠々と、都市のなかへ過ぎ去っていく。
アリスは、最後まで俺のほうを見つめていたと思う。
うーむ。聖女様と熱愛発覚とか……かるく死ねるよなあ。
なにはともあれ、俺は城門の衛兵たちに誰何されることもなく、無事になかへ入ることができた。
どうやら話を通しておいてくれたらしい。
服装なんかはジロジロと奇異の目でみられたが、追究もされなかった。
そうか。先ずはあたらしい服を手に入れないとな。
* *
王都エヴリンは、さすが大都市だけあって活気に満ちあふれていた。
数メートルはあろうかという漆喰と瓦屋根で造られた木造の家々が、両脇にずらりと建ち並ぶ。
大通りは石畳で舗装されていて、そこをバラエティ豊かな人々が走ったり、歩いたり、怒鳴ったり、大笑いしたり、呆れ返ったり……。
意気盛んな露店の商人、流れの職人、作物を売りに来た農民、槍を抱えた勇壮な衛兵たち。
戦斧を抱えたヒゲを生やした小人たちーー絶対ドワーフだよあれーーや、黒いローブに身を包んだ怪しげな聖職者たちもいる。
「すげえなぁ」
俺、マジでどうしよ。この景色に感動するのはいいんだが、なんか適当に仕立屋でも見つけないとなぁ。
人の波を避けたり、その場で立ち止まったりしている途中、俺の懐がなんだか震え始める。
なんだ?
その正体を確かめてみると、なんと例の本だった。
さすがに往来のど真ん中で、中身を確認するわけにもいかないので、俺はそっと路地のほうに行くと、ページを開いてみる。
すると、上から順にこのような内容が記載されていた。
――【熟練:剣豪】(説明)
――【我が名は強欲/ウロボロス】(説明)
――現時点では、これ以上の成長見込みがありません。再創造を推奨します。
ふむふむ。いろいろとあるようだが、先ずは上からふたつをタッチしてみた。
紙片上で文字が分離し、構成され、組み変わる。
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★『熟練:剣豪』
レア度:A 属性:中立
取得者は剣技に熟練したとみなされる。
剣豪レベルでは剣術の秘奥を極めたとして扱い、その技術を習得できる。
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ほう。ということは、いまの俺は剣を扱えばすごい腕前になっているわけか。
腰になにか差してないかな、と手をやってみるが……。
あ、そうだ。武器はレクリスに全部取られたんだっけ。
ぐぬぬ。
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★『我が名は強欲』
レア度:SS 属性:混沌
邪神タモルス:カーよりティラが譲り受けた権能のひとつ。
『ティラの祝福』の獲得者のみ習得可能。
取得者は戦闘で撃破した生物のスキルを吸収し、より強大なスキルを生み出す。
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反則やろ、これ。
だって戦って勝ったら、相手の能力を吸収して、さらには勝手に合成して強いヤツを創り出すわけじゃん。
ちょっとすさまじいスキルだ。
さて、俺は周囲をきょろきょろと見渡すと、最後に出ている項目をタッチする。
そう。これ以上の成長見込みがないから、再創造しろ、とかいうお達しについてだ。
――再創造について。
文字が有機的に動いて、説明が出る。
――再創造はレベルを1に戻し、もういちど始めから成長できるという隠し機能です。
――ステータス、スキル、称号、評価などはすべて引き継ぐことができるため、実質的なデメリットは存在しません。
――しかしレベルを本能的に感じ取る魔物や、それを評価基準とするアイテムからはかなりの不利を受けます。
――成長限界に到達したあなたに推奨される行為です。実行しますか?
ぬう。なるほど。
これはいわゆる『強くてニューゲーム』ってやつか。
要は変わるのはレベルだけ、つぎの昇格に必要な経験値は、初心者なみに設定されるという。
チート機能じゃんこれ。いや、強くならないとあんまり意味ないけどさ。
まあ、やるよね。そりゃそうだ。
とことんまで強くなりたいしな。世界を旅するにも力が必要だ。
「よし。実行、と」
その瞬間だった。本のなかにあった文字が物理的に渦を巻き、俺は強い立ちくらみを感じる。
「うおお」
くらりとした感覚が全身を遅い、頭が麻痺したような感じになる。
ふっと目を開けると、慌てて周囲を見渡した。本も無事なら、周囲にも変化はない。
ページを見てみると、あたらしいステータスが表示されていた。
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★ステータス
称号:黒のデーモンロード
Lv:1
HP:48390
MP:32240
攻撃:5300[S]
防御:4800[A]
速度:3200[A]
魔術:4300[A]
スキル
【ティラの執着/グレイトジェラシー】
【混沌ノ君主/デーモンロード】
【混沌魔術LvA/ケイオスマジック】
【デーモンの香気LvA/レディキラー】
【我が名は強欲/ウロボロス】
【熟練:剣豪】
備考:
・再創造ボーナスにより、[スキルガチャ]が[2回]利用できます。
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ほうほう。ん? スキルガチャ?
該当項目をタッチすると、こんな説明が出る。
――ティラーア:クラシル命名のこの機能では、自動生成されたスキルをランダムで入手できます。
ああ、うん。ほんとのガチャだわ。
というか命名はティラーア様なのかい。たぶんこの本をくれたのティラーア様だし、あんまり驚きも感じないけど。
俺は息を付くと、ひとまず本の中身を閉じた。
いまだに周囲は喧騒でまみれている。
路地から出ると、大通りの脇にある露店の近く。木造家屋の壁を背にして腰を下ろした。
「俺がけっこう強いってのは分かったし……あとは」
本を懐にしまいながら、俺は考える。
ひとまず必要なのは、この異世界において拠点にできるところだ。
布袋に入った金子を確かめる。ちょっとカネの相場とか分からないから、不安だけど。
俺はよっこらせと立ち上がると、露店にいたおっちゃんへ声をかける。
陶器のカップに酒のようなものを注いで売っていたから、ちょうどいいと思ったのだ。
「すいません。それ、いくらです?」
「銅2枚だよ。やれるクチかい?」
「ん」
酒か。まあ、ここ異世界だし……いいよな!
「えーと……これしかないんだけど」
布袋のなかには金貨と銀貨しかないので、俺は銀貨を一枚渡した。
おっちゃんは一瞬、目をパチクリさせると、銀貨をにっこりと受け取る。
「お前さん、遠くから来たんだろ」
「あ、うん。やっぱわかります?」
「そりゃあな。おかしな服といい、慣れない仕草といい、こんな露店で銀を出してくるんだもんよ」
ははと苦笑してみる。しょうがない。実際、異世界からの転生組だからな。
「ほら。釣りだ」
くすんだ銅貨を8枚、俺の手に握らせてくれる。
ふむ。これが銅貨か。
おっちゃんは陶器のカップに、ピッチャーから並々と酒のようなものを注いでくれた。
「ヴォリー酒だ。ここらじゃ、いちばん呑まれてる酒だぜ」
「ん、カップは返したほうがいいのかな」
「はは。ほんとにこの辺りの風習を知らねえんだな。カップは使い捨てだよ」
気のいいおっちゃんはそう答えながら、あたらしく来た客に、ピッチャーから酒を注いでやる。
俺は銅貨の肌触りを感じながら布袋にしまうと、おっちゃんに向けて質問した。
「俺、この街に来たばかりなんだけど、宿を探してるんです。どこかいいところありません?」
「まあ、お前さんの身なりからすりゃ、そうだろうな」
おっちゃんは作業の手を止めずに少し考えこむと、ニッと笑った。
「なら『安楽の新月亭』がいい。この大通りを先にいくと、中央広場がある。そこで神殿近くの通りを先に進めば見つかるよ」
「お、ありがとうございます」
「いいってことよ。旅人には親切にするのが、エヴリンっ子だからな」
俺はおっちゃんの「がんばれよ」という声を受けながら、振り返って手を振りつつ、大通りを往く。
行き交う人々の群れを避けつつ、大通りをずっと進むと、やがて円形になっている大きな広場のような場所に着いた。
先ず確認できるのは、槍を持ち、ぐっと片手を前に突き出している石像だ。
広場を囲むように大きな建築物が軒を連ねており、
そのなかにはギリシャ風の神殿みたいな建物と、あとは大賑わいの居酒屋兼宿屋みたいなところもある。
片方は先ず神殿なのはまちがいないとして、あそこにある盛況な宿屋もわるくはないと思うのだが……。
なぜおっちゃんは紹介しなかったのだろう、そんなことを思っていると、ふと肩を叩かれる感触がした。
「もしかして――レイジ?」
「へ?」
俺はくるりと振り返って……たいそう驚いた。
なんと――そこには元クラスメイトたちの姿があったのだ。
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